病室と戦場を紡ぐもの

檜麻耶

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戦場から

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 都内某所。

 薄暗く、鬱々たる湿気が周囲に立ち込める裏路地。小規模のテナントビルが聳え立ち、底気味悪い一本道を形成している空間に、男は居た。
 男は特注のスーツに身を包み、乱雑に切られた黒短髪を搔き上げながら、深い溜息をついた。


「誰も来ない……か」


 スーツとは違い、機能性を重視した簡素な造りの腕時計に目をやる。
 秒針は動き続けているが、裏路地に変化はない。
 男が踵を返そうとしたその時――。


「――犯罪界のVIPが、まさか護衛を付けずに来るとはなぁ!」


 男の頭上から、揉め事の開始を合図する濁声が耳に飛び込んできた。
 声の主はテナントビルの屋上から、位置的優位を噛み締める不敵な笑みを覗かせる。


「不意打ちは好みじゃねぇがよぉ! ボスを惨殺されちゃあ、馬鹿正直に戦うわけにもいかねぇよなぁ!!」


 雑魚丸出しの掛け声とともに、屋上から次から次へと復讐者の顔が現れる。
 中には、成人していない不良崩れの少年も見受けられた。


「どうなろうが知ったこっちゃねぇ! この汚ねぇ路地を墓場にしやがれッ!」


 屋上のリーダーらしき男が大きく手を振った直後、復讐者達は怒気を露わにした視線と自動小銃を地上の男へと向けた。
 だが、男は視線を屋上に向けようともしない。
 男はスーツの皺を正し、再び深い溜息をついて愚痴を溢していた。


「……後始末の費用も馬鹿にならないというのに……全く……」


 まるで、この状況を幾度も乗り越えてきたと言わんばかりの余裕の様相だ。


「報復なんて怖くねぇ! 撃――」


 リーダー格の男の発砲合図は下らなかった。
 グチャッ、とリーダー格の男の腹部に空いた風穴から、生命に不可欠な臓器が露出する。
 男が自らの腹部に違和感を感じると同時に、重厚な発砲音が周囲にこだまする。

「へっ?」


 何が起きたのか理解が追い付かないリーダー格の男は、呆気に取られた表情のまま、屋上から落下した。


「おっと、気を付けてくれ。泥と血の汚れはトマトソース以上に落ちにくいんだ」


 男の落下位置が想定より近かったのか、地上の男は華麗なステップを踏み、落下の衝撃で飛び散る泥水と血しぶきを躱す。
 愛用のスーツが無事だったことに安堵する男に対し、屋上は凍り付いていた。


「――な、何だっ!?」


 屋上の復讐者達が『リーダーが何処からか狙撃された』と理解するまで三秒。
 各自が小銃を構え直し、男を照準に収めつつ、リーダーに凶弾を撃ち込んだ狙撃手を索敵し始めるまで六秒。


「遮蔽物のない屋上に全人員を配置するなんて……平和ボケもいいとこだな。絶望的な練度不足だ。」


 男が口を閉じた刹那――何処からともなく、幾発もの銃弾が屋上に浴びせられた。
 数人の悲鳴が数秒ほど続き、気が付けば物音ひとつ聞こえない日常の裏路地に戻っていた。

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