異世界でお金を使わないといけません。

りんご飴

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ゼウス級の効果

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 アカネ草の根を細かく刻んで、乾燥させたポポ菜の花と、クロガネの樹液と一緒に鉄鍋でじっくりと煮出す。
 そこにゆっくりと混ぜながら、温泉水を追加する。分量の見極めが難しい作業だ。ゆっくり少量づつ。

「ただいま戻りましたぁ、うわっ、きゃぁ!」

 ガラガラガシャーーン!!

 突然の大きな音に、レオナルドはビクリと身体を震わせた。

「あ……あーー」

 その衝撃で、温泉水がドバッと入った。
 煮込んでいた液体からブクブクと泡が出てくる。鍋から溢れ、ジュ~ッと音と煙りを出しながら、火が消えり。
 わずかに眉間にシワを寄せたレオナルドは、こっそりと肩を落とした。

「あ、レオ君。来てたんだね」

 色々な物を派手に巻き込みながら転んだのは、ボルドーの髪色が特徴的なアメリだ。

「あらあら、邪魔しちゃったかな。ごめんね~~、レオ君」

 倒れた状態のまま一向に立ち上がらないアメリは、そのままズルズルと這って、レオナルドの足元までやって来た。

 チラと横目で見たレオナルドは、すぐに視線を戻して鍋の片付けに専念する。

「レ~~オ君」

 青白い顔の少女が床を這う姿は、なかなかホラーだ。ルッツあたりが見たら、ブルブル震えあがりそうなくらい迫力がある。

「アメリさん。鬱陶しいのでさっさと立ち上がって、散らかした物を片付けて下さい。ババ様に怒られますよ」

 ここはバート村唯一の薬師、ババ様の作業場だ。
 レオナルドはイシカワ邸での仕事が休みの時に、ババ様の元で勉強している。

 薬を作るための様々な器具が揃っているババ様の作業場は、基本的に汚したり壊したりしなければ、自由に使わせてくれる。

 以前、ババ様の弟子であるアメリが調合に失敗したことがあった。鍋から黒い煙が吹き出して、あっという間に作業場が黒い煤だらけになった。
 保存していた薬草は使い物にならなくなった時のババ様の顔は、まさしく鬼ババのようだった。

 以来、作業場は「汚すな、バレるな」をモットーに使用している。

「散らばったリコの実は、潰さないで下さいよ。匂いが残って片付けが大変ですから」

「むぅ、分かってるよ。レオ君は安定の塩対応なんだから。
 師匠は宿屋でスペシャルパフェを食べてるから、ゆっくり片付けても大丈夫だよ。
 それでねぇ、ちょっと手をかしてもらえると、お姉さんは嬉しいんだけどな」

 ちょうど薬草を摘んできたところだったらしい。アメリのまわりにはたくさんの薬草が散らばっている。

「足に力が入らなくて、今は立てる気が全くしないんだ。あ、天井と床がグルグル回ってるね。くふふ、ふふふ」

 這った体制のまま、妙な笑い声を出す。

 レオナルドはため息をついた。

 アメリの様子は、今日が特別ではない。
 常時貧血ぎみで青白い顔をしているし、今のように突然倒れることも珍しくない。最初の頃はいちいち心配していたけど、すでに慣れた。

「ババ様の薬は飲みましたか? 貧血にはアレが一番効くと言ってたでしょう」

「ん~~、アレさぁ、バッチリ効く変わりに味がねぇ。すごく苦いとか、すごく酸っぱいなら耐えられるんだけど」

 ババ様特製の貧血薬は、非常によく効く。それはもう、床に転がっているアメリもシャッキリ走り出すほど。
 ただ、味はヒドイ。
 軽い塩味と仄かな甘味で、生温いヌルリとした液体は、気合いで飲み込もうにも喉を通って行かなかった。
 レオナルドは一口試飲して、一生飲まないと心に決めた。

「いつもの貧血も問題なんだけどさ、今日は違うの。やっぱり原因はアレだよね」

「アレを飲んだんですか。ババ様が常用するなと言っていたじゃないですか」

 青白い顔をして、それでも貧血薬を飲まないのは、味だけが原因ではないことを二人共知っている。
 もっと美味しく、手っ取り早く、元気になる薬があるからだ。

 吹き零れた鍋を拭きながら、棚の上の茶色い小瓶を見る。

「凄い効果あるよね、ババ様の滋養強壮剤。私、森の川まで歩いて行けたわ」

「その代償が、今の状況でしょう。
 いくら効果があっても、毎回倒れられたら迷惑です。だからババ様も常用するなと言ったんでしょう」

「でもねぇ、中毒性とか依存性があるわけでもないし……」

 レオナルドは小瓶を手に取って、軽く振った。

「ゼウスDXデラックスか……」

 名もなかった滋養強壮剤をそう呼び始めたのは、マイカが「ゼウス級に最強の滋養強壮剤だね!」と言ったからだ。
 ゼウスが何か分からず、ババ様がマイカに聞いたところ、「神様のボス的存在」と言っていた。それほど強力な効果がある……という意味らしい。
 ゼウスなんて神の名を、レオナルドは初めて聞いた。

 『ゼウスDX』の味は、すっきりとしたベリー系。
 飲めば体力も活力も数段アップする。
 ただし効果はきっちり30分。
 使用した後、一時間はアメリのように、主に下半身の疲労感で立ち上がれなくなる。

 特に危険がある薬ではないけど、常用するなとババ様が言うのは、ところ構わず倒れられたら迷惑になるからだ。

 
 コンコンコン。


 ドアをノックする音に、二人は固まった。

「まさか……し、師匠?」

「まさか。ババ様ならノックなんてしないです。自分の家なんですから」

 まだ床に這いつくばっているアメリを避けながら、レオナルドはドアに向かった。

「どちら様でしょうか」

「あ、レオナルドの声! 私だよ!」

 聞こえた声に、二人は身体の力を抜く。
 ドアを開けると、マイカがいた。

「どう? 例の研究は進んだ?」

「はい。完成しました」

「お、さすが! これで明後日の教会チャリティーイベントは大成功だね!」

 レオナルドの銀色の髪を「えらいえらい」と誉めながら、ポンポンと撫でる。すると、レオナルドの頬が僅かにピンク色に染まり、隠しているようだけど口角も微妙にあがっていた。

「うわ、レオ君が子供みたい」

 思わず出たアメリの言葉に、マイカは「子供でしょう」と心の中で突っ込んだ。
 確かにレオナルドは大人びた雰囲気はあるけれど、やっぱり子供だ。誉められたら喜ぶし、冷静に見えて好奇心旺盛。意外と可愛い物好きで、いつも自室に花を飾っていたりする。
 ヨハンにタヌキケーキを作ってもらった時なんて、可愛いすぎて食べるのを躊躇していた。ちなみに姉のリリアは即タヌキの頭にフォークを突き立てたけれど。

「相変わらずトリッキーだね、アメリ」

 ズルズルと床を這いながらマイカのところまでやって来たアメリに、若干後退りながら全力で引いた。

「お嬢さま、こんにちは! こんな姿でご挨拶、すみません~~」

「いや、いいから。無理しないで」

 青白い顔で這う少女なんて、恐怖でしかない。夜だったらマイカも叫んでいたかもしれない。

「川辺まで薬草を取りに行きたくて、ゼウスDXを飲んだんですよ~~。で、この有り様ですぅ」

「ああ、なるほど。……あ!」

 マイカの頭の中に、ピコンと電球が点いた。

「いいこと思いついちゃった!
 ……ん? 何の匂い?」

 ツンと香ってきた匂いに、全員が顔をしかめた。洗濯物の生乾きのような匂いがする。

「あ~~リコの実、潰しちゃいました」

 アメリの身体の下で、紫色の実が潰れていた。

 
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