俺に取り憑いた幽霊が同級生を求めて困る

ことりさん

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悪霊退散のはずが……

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 約束の時間は十分ほど過ぎていたのに、弥彦からはメールの一つもない。
 夏の始めでも夜はまだ肌寒く感じられ、暁生は、一分毎に今の状況が馬鹿らしく感じられてきた。
 だいたい、幽霊に取り憑かれているっていうのもあやしいもんだ。自分の体の変調や異常行動がこわくて、弥彦の言葉を鵜呑みにしてしまった。そして、今夜、こんなふざけたことに付き合わされる破目になるなんて。
 あと五分待って弥彦が来なかったら家に帰ろう、そう思った。

 しかしそんな不安を掻き消すように、弥彦はその後すぐにやってきた。

――どきん。



(ん? 待て待て、どきん?)

 弥彦を認識すると、なぜか心臓が高鳴った。

(違う違う、違うだろ俺よ)

 首をぶんぶん振って、気を取り直す。
 初めてみる弥彦の私服は、黒のパーカーに細めのジーンズ、黒のスニーカーで、夜中では目立たない。

(ファッションには興味ないんだな)

 その格好は弥彦の華奢さを惹き立たせ、女の子には見えないにしても、男らしくも見えなかった。
 一方の暁生の方はというと、ただでさえ無駄にでかく伸びた身長に、ただのパーカーでも「お洒落だな」と思わせるポイントが入っているので、自然と目を惹く。弥彦はひょこひょこと暁生に近付いてきて、
「お前、目立つな……」
 と言った。
「そうか? それより、遅刻すんなよなー」
「悪い、準備で遅れちまった」
「準備?」
「ああ」
 暁生は、どうせ聞いてもわからない気がしたのでそれ以上は聞かなかった。


「ところで、例の、ホテルってどこなんだ」
「ホテル街、あるだろ、その中の一つで、キャンティっていうホテル」
「ふーん」
(入ったことは……ないなあ……)
 暁生は呑気に思った。

 平日の午前零時過ぎ、人気もほとんどない。
 ホテル街を、なんの因果かまだ出会って間もない弥彦と二人で歩くはめになるなんて――。
 思えば、弥彦のことは何も知らない。
 暁生は、こういう状況で何を話していいのか分からない。弥彦は気まずくないのだろうか。ちらりと横顔を見たが、あまり何も考えていないような表情で歩いている。

「なあ、今回の場所って、どんななん?」
「事件にもなったから結構有名だけど、知らないか?」
「いんや」
「そう、何年か前に、風俗嬢の女が、痴情のもつれかなんかで殺されたっていう、よくある話なんだけどさ」
「風俗嬢……ね」
「事件があった後、部屋は改修されて新しくなったらしいんだけど、ラップ音が聞こえたり、物が勝手に落ちたりっていう怪異現象が続いて、しまいには寝室の角にその女が立っているのを見たっていう客が続出したっていうんだ」
「へえ、そんな部屋、借りれるの?」
「なんか逆に客寄せっていうか、その部屋は金になるから結構いい値で泊まれるらしい」
「ふーん、まあ実害がそんなにないなら話題性はあるよな……客も恐いもの見たさで泊まってみたりとか」
「そう。ただ最近、噂の内容が変わってきたっていうか」
「というと?」
「ああ、サイトの書き込みによると、何ていうか……最中に、女性客の方に取り憑くらしい。色情霊っていうの」
「色情霊!?」
「そう」
「何ソレ?」
「……あとで調べてくれ。たまたま波長が合っちゃうと、男の方はおかしくなって自殺したり、女は取り憑かれて男を傷つけたりっていうことがあったっていう噂だ。それが本当ならきっと悪霊化したんだろう。だから興味本位で肝試しなんて行っちゃ駄目なんだよ」
「ふーん……」
 弥彦は淡々と話している。暁生は話を聞きながら、本当に自分の住む町でそんなことが起きてるとは信じ難く、いまいちピンと来ていなかった。

「放っておいたらそのホテル一体がその霊に飲み込まれて、営業もできなくなる事件が起きると思うよ」
「でもさ、そんなヤバイところに行って、何ができるっていうのお前さんは」
「ああ、今回はちょっと特例っていうか、霊の力を抑えるために、ちょっと部屋に細工をしに行くんだ。終わったらいつもと同じように、サイトに注意書きして終わり」
(だからその細工っていうのが、こわいんだよな~)

「俺は、ただお前と一緒にホテルに入るだけでいいんだよな」
「そうそう」
「俺のこと、驚かすようなことするなよ」
「なんだよ、あんたってこわがり?」
「うっせー」
「……ああ、でもな、俺と一緒に入ったらたぶん見えるよ。それにあんた今、取り憑かれているから波長が合えばなおさら――」
 そう言って弥彦はにこりと笑った。
「ホント見たくないんだけど!」



 そうこう話しているうちに、ホテルに着いた。
 自称霊感ゼロの暁生にでも分かる。このホテルは、なんか嫌だ。入らない方が良い、と本能が言っている。

「……本当に入るんだよな」
「ああ」
「やべえ、予想以上にコワイんですけど~」
「大丈夫、俺が何とかするからさ」
 不思議なことに、今の暁生には弥彦が男前に見える。

「入るぞ。ねえ、これ、どうするの」
「え、ああ――」
 弥彦は入り口を指さしている。ラブホの仕組みを知らないらしい。自動ドアを潜ると、薄暗い目の前の壁には部屋のタイプがネオンに照らされて掲示されている。
「入りたい部屋のボタンを押すんだよ、何号室?」
「慣れてるな」
「うるせって! 何号室?」
「三〇六号」
「お、空いているな、押すぞ」
「ああ」

 弥彦はエントランスに入ってから落ち着かない様子だった。初めての体験からか緊張しているのだろうか。
 二人は、すぐ横の目隠しされたカウンターから鍵を受け取ると、エレベーターを使って三階へ上がった。
「なあ、なんでそんなにきょろきょろしてんの? 」
「ああ、いや、やっぱりもう建物自体が喰われてるわ、これはちょっと自信ないなあ」
「へっ」
 弥彦の言葉に、暁生は情けない声を出した。
「それでも、入るのか?」
「入ろう。俺で駄目なら親父に助けてもらうよ」
 やれやれ、もうどうにでもなれという気分で暁生は部屋のドアノブを捻った。
「うわぁ……」
「何だよ!!」
 見えない暁生にとっては弥彦のリアクションにいちいち驚いてしまう。
「……」

 弥彦は何も言わずそのまま寝室へ進んだ。
 弥彦の後について部屋に入った暁生は、まだ何も確認できない。一見、普通のホテルの一室である。けれども、事態はすぐに一変した。目の前で立ち止まった弥彦が突然、うう、と唸り、頭を抱え始めた。
「おい、大丈夫か?」
 返事はなかった。その代わり、有り得ないことに弥彦の頭だけがゆっくりとこちらに振り返る。
「エ、エクソシスト! エクソシストだろ~お前! 」
 暁生は咄嗟の事態に、出口のドアの方へ走り出したが、勢い余ってカーペットに爪先を引っかけ転んでしまった。

 遠くなった弥彦の顔は明らかに正気ではなかった。どう正気ではないかというと、何と言うか……エロイ顔だ。
「おい、弥彦! お前どうしちゃったんだ?」
 薄暗い部屋の中で、弥彦はゆっくり後ずさりし、そのままベッドへ腰掛けた。

(て、手招きしてる…! わけわからん!)

 どうしてよいのか分からないが、置いて逃げるわけにもいかないし、こうなったら行くしかない。暁生は決心し、恐る恐る近付いた。弥彦は、静かに座っている。

(正気に戻ったか? 大丈夫そうだな、こいつの手を掴まえたらダッシュで逃げる!)

――バクバクバクバク。

 暁生の心拍が尋常ではない。
 何が起きているのかわからない恐怖。とにかく弥彦に状況を確認してから仕切り直すしかない。
 そろりそろりと近づいた暁生は、弥彦の目の前に立ち手を伸ばそうとした瞬間だった。
 暁生の首筋を、弥彦ががしりと掴み、抱きついてきた。
「ちょ、弥彦!」
 反動で二人はベッドになだれ込んだ。凄い力である。
 弥彦は何も言わずに、暁生に馬乗りになり、脚を絡めてくる。その動きは軟体動物のように柔らかなのに、解こうにも抗えないほど強力だった。
 暁生は弥彦の体を自分から剥がそうと暴れるが、その度に強い力で捩じ伏せられる。これは明らかに弥彦の力ではない。
「おい、やめろって! 正気に戻れ! そして俺を助けろーー!! っくう、」

 しばらく取っ組み合いを続けるうちに、互いの上衣が乱れ、弥彦の捲れ上がったパーカーの中に着ていたシャツまでジーンズからはみ出し、その部分からは削げた脇腹が見えた。

――どきん。

(だから! なんだ俺の心臓! んもう!)


 それにしても、取り憑かれた(らしい)弥彦は、さっきとは別人のようだ。
 女だ。
 錯覚だろうか、さっき風俗嬢の幽霊の話を聞いていたせいか、弥彦にその幽霊が重なって見える。
 弥彦にベッドで押し倒されて両手を塞がれてしまった。仰ぎ見る弥彦の輪郭は暗闇の中で妙に色っぽい。
「ん、んんん~! 」
 そのままキスされた。しかも、するりと舌が入ってくる。
 暁生の声にならない悲鳴が響く。ぴったりと塞がれた口の隙間から時おり漏れる弥彦の吐息に、暁生の何かが反応し、意識が遠のきそうになる。恥ずかしいことに気持ちいい。こんなキスを、今までしたことがない。
 それにしても、さっきからラップ音がひどい。
 弥彦は、うふふ、と笑い、その柔らかな唇を暁生の首筋から鎖骨の方へ滑らせていく。お陰で暁生の口は自由になった。
「弥彦!」
 そう叫んだが、その直後、弥彦に冷たくて細い人差し指を口に突っ込まれ、歯茎やら舌を執拗に捏ねまわされた。

(ちょ……何すんだよーー。このままじゃマジでヤバイんですけど!)

 弥彦の柔らかな舌は、なおも暁生の体を這っている。そしてそれは徐々に下の方へと下りていき……。
「んでぃぁめだ、りゃめりょっ、おえっ」
 弥彦の指が喉の方へ挿入され、暁生は嗚咽した。それから弥彦は暁生のジーンズに手をかけた。
(ヤバイって! あ、でも今だ) 
 ようやく両手を解放された暁生は、咄嗟に体をくねらせ、どうにか履いていたスリッパを掴むと、弥彦の頭をスカッとぶった。

「……痛い……」

 発した声の主は、妖艶な風俗嬢ではなく弥彦のようだった。正気に戻ったみたいだ。
「弥彦、よく戻ってきてくれた!」
 暁生は安堵した。
 しかし、安堵も束の間、頭を摩っている弥彦の背後に見てはいけないものを、とうとう暁生は見てしまったのだ。

「ひっ!!」

 弥彦が頭を下げた瞬間、それは現れた。
 遠いような近いような、遠近感が掴めない。それがまた恐怖心を増幅させる。
 長い髪の毛。顔は……見たくない。けれども、見えそうだ。気が狂いそうになる。
 暁生は叫んだ。
「お前の、後ろに、お、お、女! 女!!」
 暁生が声にならない悲鳴を上げた。リアル貞子だ。呪怨だ。ヤバイことになった。

「ああ、はいはい、この人ね」
 正気に戻った弥彦は、実に冷静だった。これでこそ弥彦だ。
 弥彦は何やらお経のような、呪文のような言葉を唱え出すと、一瞬で女はすっと消えた。

「これでしばらくの間は大丈夫だ。今のうちに、清めて結界を張ろうっと」

 弥彦は持ってきた鞄の中からまた何やら怪しい道具を取り出してせっせと身体を動かしている。まだ恐怖で腰の立たない暁生には目もくれず、すっかりいつもの弥彦らしさを取り戻している。
 手を動かしながら、弥彦は今さらながら言った。

「なあ、土岐、ところで、なんでお前、ズボン脱ぎかけなの?」
「お前なーーーー!!」

 

 そのホテルの女霊は、弥彦の唱えた呪文と結界のおかげで利用客に取り憑くことはできなくなったという。しかし、お祓いをしたわけではないので、また何かの拍子で力を取り戻すかもしれないそうで、そうなるとまた厄介なことになると弥彦は言った。
 興味本位で霊を刺激することが一番、やってはいけないことなのだそうだ。
 とりあえず、暁生の使命は終わった。
 弥彦はあのとき暁生にしたことを本当に覚えていないらしく、完全にやられ損の暁生だけがモヤモヤしていた。

 その日はそのまま解散となったが、その後もしばらく暁生は、弥彦の唇の感触や体の感触を忘れることができなかった。
(あれは、エロ過ぎだ、反則だろう)

 取り憑かれていたからとはいえ、見上げたときのあの腰のラインや表情を思い出すだけで、暁生は何とも言えない気持ちになる。
 しまいに夢にも出てくる事態だったので困った。
 自分は一体、どうしてしまったというのか。
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