心読みの魔女と異星【ほし】の王子様

凛江

文字の大きさ
17 / 52
閑話①

その頃のローレンシウム領

しおりを挟む
ディアナが去ってしばらくの間、ローレンシウム子爵家は平和だった。

魔女の疑いのある邪魔な長女ディアナは、森の中で殺すよう子爵自身が御者に指示した。
あの後馬車は見つかったが、御者もディアナの姿もなかったという。
ただ、血痕が残っていたことから、おそらく馬車に乗っていた者は森の獣にでも襲われたのだろうと結論づけられた。
跡形もなく、食われてしまったのだろうと。
もちろん、あの馬車が子爵家のものである証拠も、乗っていたのが子爵令嬢であったことも発覚してはいない。

結局、子爵家長女は熱病の後長く療養していたが、とうとう亡くなったということで届け出た。
遺体がないまま、すでに内々で葬儀も終わらせている。

血の繋がった実の娘を殺すことに、全く心が痛まなかったわけではない。
しかし、あの娘はもはや自分の娘ではなく、魔女なのだ。
子爵家を守るためにはこうするしかなかったのだと、子爵は自分の判断を後悔していない。

◇◇◇

「取引を…、やめるだと?」
部下の報告に、子爵は声を荒げた。
今までローレンシウム領で生産される生糸を大量に買い込んでいたガリウム公国の織物工場が、現在の契約満了をもって継続しないと伝えてきたのである。
「もっと、上質な生糸を見つけたからと…」
言いづらそうに頭を下げる部下を、子爵はにらみつける。
たしかに長い取引の上に胡座をかいて、品質向上に力を入れていなかった部分はある。
それにこの夏は長い日照りが続き、蚕を育てる桑の木もかなり枯れてしまった。
しかし、信頼あるからこそ長年の取引が続いていると思っていたのに。

「実は…、ガリウム公国で人気のアルド商会という呉服店があるのですが、その主人のアルドが、ローレンシウム領の生糸で織られた絹は買わないと言い出したらしく…」
「一介の商人の言葉など、取るに足らぬではないか!」
「しかし、アルド商会は大公家御用達にもなっているらしく、かなり発言力があるようなのです」
「仕方がない…。いや、ちょうどいいかもしれない。これからは、クリプトン王国の方にもっと力を入れよう」
クリプトン王国とは、キセノン王国、ガリウム公国とも領土を接する国だ。
キセノン王国から独立した小国ガリウムとは違い、大国だから商会だって多いし市場も広い。
長い目で見たら、ガリウム公国よりクリプトン王国相手に商売した方がきっといい。

しかし、その数日後。
「クリプトンの中央商会も…、取引をやめるだと?どういうことだ?」
「その…、ガリウム公国の工場がうちを切って他と取引を始めたことを知り、それに便乗したのかと、」
「そんな馬鹿な話があるか!なんとかならないのか?いや、私が直接行って話してみよう」
「いえ、旦那様。おそらく旦那様が行かれても無理かと…。実は、あちらはディアナお嬢様が亡くなった後すぐに取引を中止するつもりだったようです。だから今回のことはきっかけに過ぎないかと…」
「なぜ、ここでディアナが出てくる?」
「ここ数年、ディアナお嬢様は旦那様の代理でお仕事をなさっておりましたよね。お嬢様は語学に長けていて、お顔は出さないまでも、お手紙で商談を行っておりました。また、奥様の代わりに商会の奥方たちとも手紙のやり取りをしてらして、季節の折々に細やかな気遣いをしていらっしゃいました。もちろん相手はお嬢様の正体など知らぬまま取引を続けていたのですが、旦那様や奥様の人柄を深く信頼していたようです。ところが、お嬢様が亡くなった途端全てにおいて杜撰になったと…」
「く…っ」

ディアナに押し付けていた仕事は、その後新たに雇った秘書にやらせている。
息子アーサーに夢中な子爵夫人は全く領主夫人の仕事をしようとはしないし、興味も示さない。
エルミラは可愛いだけで仕事はできないし、イグナシオも良いのは見た目だけである。

(ディアナを殺したのは、早まったか…?)

しかしそうは言っても、取引を見直したいと言ってきた商会や工場はまだ僅かな数だ。
ここキセノン王国にもクリプトン王国にもまだまだ商会はある。
「大丈夫…」
そう呟くと、子爵は執務室の窓から庭を見下ろした。
庭では、嫡男アーサーを抱いた妻と次女エルミラが、優雅にお茶を飲んでいる。
来年には、可愛いエルミラの子供も生まれ、ローレンシウム領はより賑やかになることだろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!! お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。 皆様、お気に入り登録ありがとうございました。 現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。 辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

身代わり令嬢、恋した公爵に真実を伝えて去ろうとしたら、絡めとられる(ごめんなさぁぁぁぁい!あなたの本当の婚約者は、私の姉です)

柳葉うら
恋愛
(ごめんなさぁぁぁぁい!) 辺境伯令嬢のウィルマは心の中で土下座した。 結婚が嫌で家出した姉の身代わりをして、誰もが羨むような素敵な公爵様の婚約者として会ったのだが、公爵あまりにも良い人すぎて、申し訳なくて仕方がないのだ。 正直者で面食いな身代わり令嬢と、そんな令嬢のことが実は昔から好きだった策士なヒーローがドタバタとするお話です。 さくっと読んでいただけるかと思います。

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が

和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」 エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。 けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。 「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」 「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」 ──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。

溺愛王子の甘すぎる花嫁~悪役令嬢を追放したら、毎日が新婚初夜になりました~

紅葉山参
恋愛
侯爵令嬢リーシャは、婚約者である第一王子ビヨンド様との結婚を心から待ち望んでいた。けれど、その幸福な未来を妬む者もいた。それが、リーシャの控えめな立場を馬鹿にし、王子を我が物にしようと画策した悪役令嬢ユーリーだった。 ある夜会で、ユーリーはビヨンド様の気を引こうと、リーシャを罠にかける。しかし、あなたの王子は、そんなつまらない小細工に騙されるほど愚かではなかった。愛するリーシャを信じ、王子はユーリーを即座に糾弾し、国外追放という厳しい処分を下す。 邪魔者が消え去った後、リーシャとビヨンド様の甘美な新婚生活が始まる。彼は、人前では厳格な王子として振る舞うけれど、私と二人きりになると、とろけるような甘さでリーシャを愛し尽くしてくれるの。 「私の可愛い妻よ、きみなしの人生なんて考えられない」 そう囁くビヨンド様に、私リーシャもまた、心も身体も預けてしまう。これは、障害が取り除かれたことで、むしろ加速度的に深まる、世界一甘くて幸せな夫婦の溺愛物語。新婚の王子妃として、私は彼の、そして王国の「最愛」として、毎日を幸福に満たされて生きていきます。

竜帝に捨てられ病気で死んで転生したのに、生まれ変わっても竜帝に気に入られそうです

みゅー
恋愛
シーディは前世の記憶を持っていた。前世では奉公に出された家で竜帝に気に入られ寵姫となるが、竜帝は豪族と婚約すると噂され同時にシーディの部屋へ通うことが減っていった。そんな時に病気になり、シーディは後宮を出ると一人寂しく息を引き取った。 時は流れ、シーディはある村外れの貧しいながらも優しい両親の元に生まれ変わっていた。そんなある日村に竜帝が訪れ、竜帝に見つかるがシーディの生まれ変わりだと気づかれずにすむ。 数日後、運命の乙女を探すためにの同じ年、同じ日に生まれた数人の乙女たちが後宮に召集され、シーディも後宮に呼ばれてしまう。 自分が運命の乙女ではないとわかっているシーディは、とにかく何事もなく村へ帰ることだけを目標に過ごすが……。 はたして本当にシーディは運命の乙女ではないのか、今度の人生で幸せをつかむことができるのか。 短編:竜帝の花嫁 誰にも愛されずに死んだと思ってたのに、生まれ変わったら溺愛されてました を長編にしたものです。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~

香木陽灯
恋愛
 「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」  実の父と妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。  「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」  「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」  二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。 ※ふんわり設定です。 ※他サイトにも掲載中です。

処理中です...