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閑話①
その頃のローレンシウム領
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ディアナが去ってしばらくの間、ローレンシウム子爵家は平和だった。
魔女の疑いのある邪魔な長女ディアナは、森の中で殺すよう子爵自身が御者に指示した。
あの後馬車は見つかったが、御者もディアナの姿もなかったという。
ただ、血痕が残っていたことから、おそらく馬車に乗っていた者は森の獣にでも襲われたのだろうと結論づけられた。
跡形もなく、食われてしまったのだろうと。
もちろん、あの馬車が子爵家のものである証拠も、乗っていたのが子爵令嬢であったことも発覚してはいない。
結局、子爵家長女は熱病の後長く療養していたが、とうとう亡くなったということで届け出た。
遺体がないまま、すでに内々で葬儀も終わらせている。
血の繋がった実の娘を殺すことに、全く心が痛まなかったわけではない。
しかし、あの娘はもはや自分の娘ではなく、魔女なのだ。
子爵家を守るためにはこうするしかなかったのだと、子爵は自分の判断を後悔していない。
◇◇◇
「取引を…、やめるだと?」
部下の報告に、子爵は声を荒げた。
今までローレンシウム領で生産される生糸を大量に買い込んでいたガリウム公国の織物工場が、現在の契約満了をもって継続しないと伝えてきたのである。
「もっと、上質な生糸を見つけたからと…」
言いづらそうに頭を下げる部下を、子爵はにらみつける。
たしかに長い取引の上に胡座をかいて、品質向上に力を入れていなかった部分はある。
それにこの夏は長い日照りが続き、蚕を育てる桑の木もかなり枯れてしまった。
しかし、信頼あるからこそ長年の取引が続いていると思っていたのに。
「実は…、ガリウム公国で人気のアルド商会という呉服店があるのですが、その主人のアルドが、ローレンシウム領の生糸で織られた絹は買わないと言い出したらしく…」
「一介の商人の言葉など、取るに足らぬではないか!」
「しかし、アルド商会は大公家御用達にもなっているらしく、かなり発言力があるようなのです」
「仕方がない…。いや、ちょうどいいかもしれない。これからは、クリプトン王国の方にもっと力を入れよう」
クリプトン王国とは、キセノン王国、ガリウム公国とも領土を接する国だ。
キセノン王国から独立した小国ガリウムとは違い、大国だから商会だって多いし市場も広い。
長い目で見たら、ガリウム公国よりクリプトン王国相手に商売した方がきっといい。
しかし、その数日後。
「クリプトンの中央商会も…、取引をやめるだと?どういうことだ?」
「その…、ガリウム公国の工場がうちを切って他と取引を始めたことを知り、それに便乗したのかと、」
「そんな馬鹿な話があるか!なんとかならないのか?いや、私が直接行って話してみよう」
「いえ、旦那様。おそらく旦那様が行かれても無理かと…。実は、あちらはディアナお嬢様が亡くなった後すぐに取引を中止するつもりだったようです。だから今回のことはきっかけに過ぎないかと…」
「なぜ、ここでディアナが出てくる?」
「ここ数年、ディアナお嬢様は旦那様の代理でお仕事をなさっておりましたよね。お嬢様は語学に長けていて、お顔は出さないまでも、お手紙で商談を行っておりました。また、奥様の代わりに商会の奥方たちとも手紙のやり取りをしてらして、季節の折々に細やかな気遣いをしていらっしゃいました。もちろん相手はお嬢様の正体など知らぬまま取引を続けていたのですが、旦那様や奥様の人柄を深く信頼していたようです。ところが、お嬢様が亡くなった途端全てにおいて杜撰になったと…」
「く…っ」
ディアナに押し付けていた仕事は、その後新たに雇った秘書にやらせている。
息子アーサーに夢中な子爵夫人は全く領主夫人の仕事をしようとはしないし、興味も示さない。
エルミラは可愛いだけで仕事はできないし、イグナシオも良いのは見た目だけである。
(ディアナを殺したのは、早まったか…?)
しかしそうは言っても、取引を見直したいと言ってきた商会や工場はまだ僅かな数だ。
ここキセノン王国にもクリプトン王国にもまだまだ商会はある。
「大丈夫…」
そう呟くと、子爵は執務室の窓から庭を見下ろした。
庭では、嫡男アーサーを抱いた妻と次女エルミラが、優雅にお茶を飲んでいる。
来年には、可愛いエルミラの子供も生まれ、ローレンシウム領はより賑やかになることだろう。
魔女の疑いのある邪魔な長女ディアナは、森の中で殺すよう子爵自身が御者に指示した。
あの後馬車は見つかったが、御者もディアナの姿もなかったという。
ただ、血痕が残っていたことから、おそらく馬車に乗っていた者は森の獣にでも襲われたのだろうと結論づけられた。
跡形もなく、食われてしまったのだろうと。
もちろん、あの馬車が子爵家のものである証拠も、乗っていたのが子爵令嬢であったことも発覚してはいない。
結局、子爵家長女は熱病の後長く療養していたが、とうとう亡くなったということで届け出た。
遺体がないまま、すでに内々で葬儀も終わらせている。
血の繋がった実の娘を殺すことに、全く心が痛まなかったわけではない。
しかし、あの娘はもはや自分の娘ではなく、魔女なのだ。
子爵家を守るためにはこうするしかなかったのだと、子爵は自分の判断を後悔していない。
◇◇◇
「取引を…、やめるだと?」
部下の報告に、子爵は声を荒げた。
今までローレンシウム領で生産される生糸を大量に買い込んでいたガリウム公国の織物工場が、現在の契約満了をもって継続しないと伝えてきたのである。
「もっと、上質な生糸を見つけたからと…」
言いづらそうに頭を下げる部下を、子爵はにらみつける。
たしかに長い取引の上に胡座をかいて、品質向上に力を入れていなかった部分はある。
それにこの夏は長い日照りが続き、蚕を育てる桑の木もかなり枯れてしまった。
しかし、信頼あるからこそ長年の取引が続いていると思っていたのに。
「実は…、ガリウム公国で人気のアルド商会という呉服店があるのですが、その主人のアルドが、ローレンシウム領の生糸で織られた絹は買わないと言い出したらしく…」
「一介の商人の言葉など、取るに足らぬではないか!」
「しかし、アルド商会は大公家御用達にもなっているらしく、かなり発言力があるようなのです」
「仕方がない…。いや、ちょうどいいかもしれない。これからは、クリプトン王国の方にもっと力を入れよう」
クリプトン王国とは、キセノン王国、ガリウム公国とも領土を接する国だ。
キセノン王国から独立した小国ガリウムとは違い、大国だから商会だって多いし市場も広い。
長い目で見たら、ガリウム公国よりクリプトン王国相手に商売した方がきっといい。
しかし、その数日後。
「クリプトンの中央商会も…、取引をやめるだと?どういうことだ?」
「その…、ガリウム公国の工場がうちを切って他と取引を始めたことを知り、それに便乗したのかと、」
「そんな馬鹿な話があるか!なんとかならないのか?いや、私が直接行って話してみよう」
「いえ、旦那様。おそらく旦那様が行かれても無理かと…。実は、あちらはディアナお嬢様が亡くなった後すぐに取引を中止するつもりだったようです。だから今回のことはきっかけに過ぎないかと…」
「なぜ、ここでディアナが出てくる?」
「ここ数年、ディアナお嬢様は旦那様の代理でお仕事をなさっておりましたよね。お嬢様は語学に長けていて、お顔は出さないまでも、お手紙で商談を行っておりました。また、奥様の代わりに商会の奥方たちとも手紙のやり取りをしてらして、季節の折々に細やかな気遣いをしていらっしゃいました。もちろん相手はお嬢様の正体など知らぬまま取引を続けていたのですが、旦那様や奥様の人柄を深く信頼していたようです。ところが、お嬢様が亡くなった途端全てにおいて杜撰になったと…」
「く…っ」
ディアナに押し付けていた仕事は、その後新たに雇った秘書にやらせている。
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エルミラは可愛いだけで仕事はできないし、イグナシオも良いのは見た目だけである。
(ディアナを殺したのは、早まったか…?)
しかしそうは言っても、取引を見直したいと言ってきた商会や工場はまだ僅かな数だ。
ここキセノン王国にもクリプトン王国にもまだまだ商会はある。
「大丈夫…」
そう呟くと、子爵は執務室の窓から庭を見下ろした。
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