2 / 48
突然の花婿交替劇
婚約者はミツバチ野郎
しおりを挟む
この結婚式より遡ること約一年前。
サンフォース伯爵家令嬢アリスは、もうすぐ二十一歳を迎える時になって、ようやく婚約式の席に臨んでいた。
幼い頃から婚約者がいたりする貴族界の中では、かなり遅い婚約である。
だが、これは決してアリスに問題があった訳ではない。
ここアルゴン王国で、海に面した領地を持つサンフォース伯爵家は、海運事業で発展してきた家だ。
大きな港を持ち他国との貿易で栄えてきた街は異国情緒に溢れ、又、人々の活気に満ち溢れている。
王国の玄関口としての役割も果たしてきた伯爵家は他の貴族たちに一目置かれ、繋がりを求める家門も後を絶たない。
そんなサンフォース伯爵家のひとり娘で次期伯爵、しかも才色兼備の令嬢とくれば、当然アリスへの求婚は多かった。
特に継ぐべき爵位のない貴族の次男三男は挙ってアリス嬢に求婚していたであろう。
裕福で美しい令嬢に婿入りできれば、一生幸せに暮らせると思えたから。
要するにアリスはここ数年の結婚市場において、超優良物件だったのだ。
貴族の令嬢は幼い頃から婚約を結ぶことが多いが、アリスに婚約者はいなかった。
それはひとり娘を溺愛する両親が可愛い娘を政略結婚の道具になどしたくないという親心であったし、サンフォース伯爵家の方針がしっかり固まっていなかったこともある。
当主の子が娘一人のみだったため、優秀な婿をとって当主に立てるか、親類・縁者から養子をとるか決めかねていたのである。
もちろん弟妹が生まれる可能性も皆無ではなかったが、アリス出産時の母親は相当な難産で命がけだったため、当主は早い時期から子どもはアリスだけでいいと決めていたようだ。
そんな中、アリスは両親の愛情を一身に受け、賢く健やかに成長した。一を聞けば十を知り、岩に水が染み込むごとく知識を吸収していく令嬢に、家庭教師たちは皆舌を巻いた。
そして挙って進言した。
『当主には、アリス嬢を立てられませ』と。
そうしてサンフォース伯爵はひとり娘を後継に立てる意思を表明し、その配偶者を選ぶことにした。
しかしそれも政略に重きを置かず、あくまで娘が気に入った男を迎えるつもりだと宣言する。
アリスを大切に想う父親は、彼女の意思を尊重したかったのだ。
だが、親の想いをよそに、娘の方はまったくもってドライであった。
「結婚するならサンフォース家の事業に役立つ家のご子息を。それ以外の要望は特にありませんわ」
可愛い娘の口からそんな言葉を聞かされた両親は驚愕する。
いくら事業に夢中な娘であってもそこは花も恥じらう年頃の乙女。
恋に夢見て、好きな男性の花嫁になることを望んでいると思っていたのに。
実際、アリスは夫という存在に必要性を感じていなかった。
伯爵家にはずっと伯爵家を支えてくれた優秀な人材がたくさんいる。自分が采配を振るって彼らが手助けしてくれれば、それで十分だ。
夫として迎えた男に口出しされたりしたらかえって迷惑だし、夫として立てなくてはならないのも面倒だ。
しかしやはり、女伯爵として立つためにも結婚は必要なのだろう。
非常に理不尽ではあるが、まだまだこの世の中、男も女も結婚することで一人前扱いされることが多いからだ。
それにサンフォース伯爵として、自分は後継者をもうける必要もある。
現在王国では国家事業として、汽車、汽船の開発、生産に取り組んでいる。
海に面した領地を持つサンフォース家には造船所があり、最近国から造船の公共事業をもぎ取ったところである。
そのため王都からサンフォース領に鉄道を敷く布石にもなった。
鉄道を敷くためにもちろん近隣の領主との仲も良好で、また、造船事業で提携している領主ともよい関係だ。
もちろん事業で敵対している家もあるし、成功者であるサンフォース家を妬む者、恨む者もいるだろう。
しかし今のところ表立って攻撃してくるようなこともない。
そこでアリスは事業で提携でき、尚且つ現在も良好な関係の貴族の中から婚約者を選ぶことにした。
伯爵家より格上なら程よい緩衝材になって尚良いと思う。
そのため、今までは事業の話だけのために参加していた夜会にも、違う目的で足を運ぶようになる。
求婚者は皆アリスのお眼鏡に叶おうと優しく親切だ。
そして求婚者の中でとりわけ熱心だったのが、領地が隣り合わせであるコラール侯爵家の、次男ナルシスであった。
サンフォース伯爵家は王都に出る時コラール侯爵領を通らねばならず、コラール侯爵家は貿易のためサンフォース伯爵領の港を使う。
隣り合わせた家門は言わばウィンウィンの関係だ。
それに古くから続くコラール侯爵家は王妃を輩出したこともある名門で、王室や高位貴族との良いパイプ役を果たしてくれるだろう。
裕福だが商人貴族と揶揄されることもあるサンフォース伯爵家にとってはなかなか良い縁談相手だ。
そうして時を置かず婚約を発表したアリスとナルシスであるが、二人の婚約のニュースは社交界に衝撃を与えた。
ナルシスは社交界きってのプレイボーイ…女ったらしと有名だからだ。
社交界の花から花へと移り行くナルシスは陰で『ミツバチ』と揶揄されている。
そんな噂を知らぬはずがなかっただろうに、超優良物件の令嬢が選んだのは社交界一の尻軽男なのだ。
「顔か…?やっぱり顔なのか?アリス嬢ともあろう方が、やっぱり選ぶのは顔なのか?」
「所詮アリス嬢と言えど、男を顔で見る普通の女なのだ」
衝撃を受けた求婚者たちは、皆腹立ち紛れにアリスを罵ったという。
サンフォース伯爵家令嬢アリスは、もうすぐ二十一歳を迎える時になって、ようやく婚約式の席に臨んでいた。
幼い頃から婚約者がいたりする貴族界の中では、かなり遅い婚約である。
だが、これは決してアリスに問題があった訳ではない。
ここアルゴン王国で、海に面した領地を持つサンフォース伯爵家は、海運事業で発展してきた家だ。
大きな港を持ち他国との貿易で栄えてきた街は異国情緒に溢れ、又、人々の活気に満ち溢れている。
王国の玄関口としての役割も果たしてきた伯爵家は他の貴族たちに一目置かれ、繋がりを求める家門も後を絶たない。
そんなサンフォース伯爵家のひとり娘で次期伯爵、しかも才色兼備の令嬢とくれば、当然アリスへの求婚は多かった。
特に継ぐべき爵位のない貴族の次男三男は挙ってアリス嬢に求婚していたであろう。
裕福で美しい令嬢に婿入りできれば、一生幸せに暮らせると思えたから。
要するにアリスはここ数年の結婚市場において、超優良物件だったのだ。
貴族の令嬢は幼い頃から婚約を結ぶことが多いが、アリスに婚約者はいなかった。
それはひとり娘を溺愛する両親が可愛い娘を政略結婚の道具になどしたくないという親心であったし、サンフォース伯爵家の方針がしっかり固まっていなかったこともある。
当主の子が娘一人のみだったため、優秀な婿をとって当主に立てるか、親類・縁者から養子をとるか決めかねていたのである。
もちろん弟妹が生まれる可能性も皆無ではなかったが、アリス出産時の母親は相当な難産で命がけだったため、当主は早い時期から子どもはアリスだけでいいと決めていたようだ。
そんな中、アリスは両親の愛情を一身に受け、賢く健やかに成長した。一を聞けば十を知り、岩に水が染み込むごとく知識を吸収していく令嬢に、家庭教師たちは皆舌を巻いた。
そして挙って進言した。
『当主には、アリス嬢を立てられませ』と。
そうしてサンフォース伯爵はひとり娘を後継に立てる意思を表明し、その配偶者を選ぶことにした。
しかしそれも政略に重きを置かず、あくまで娘が気に入った男を迎えるつもりだと宣言する。
アリスを大切に想う父親は、彼女の意思を尊重したかったのだ。
だが、親の想いをよそに、娘の方はまったくもってドライであった。
「結婚するならサンフォース家の事業に役立つ家のご子息を。それ以外の要望は特にありませんわ」
可愛い娘の口からそんな言葉を聞かされた両親は驚愕する。
いくら事業に夢中な娘であってもそこは花も恥じらう年頃の乙女。
恋に夢見て、好きな男性の花嫁になることを望んでいると思っていたのに。
実際、アリスは夫という存在に必要性を感じていなかった。
伯爵家にはずっと伯爵家を支えてくれた優秀な人材がたくさんいる。自分が采配を振るって彼らが手助けしてくれれば、それで十分だ。
夫として迎えた男に口出しされたりしたらかえって迷惑だし、夫として立てなくてはならないのも面倒だ。
しかしやはり、女伯爵として立つためにも結婚は必要なのだろう。
非常に理不尽ではあるが、まだまだこの世の中、男も女も結婚することで一人前扱いされることが多いからだ。
それにサンフォース伯爵として、自分は後継者をもうける必要もある。
現在王国では国家事業として、汽車、汽船の開発、生産に取り組んでいる。
海に面した領地を持つサンフォース家には造船所があり、最近国から造船の公共事業をもぎ取ったところである。
そのため王都からサンフォース領に鉄道を敷く布石にもなった。
鉄道を敷くためにもちろん近隣の領主との仲も良好で、また、造船事業で提携している領主ともよい関係だ。
もちろん事業で敵対している家もあるし、成功者であるサンフォース家を妬む者、恨む者もいるだろう。
しかし今のところ表立って攻撃してくるようなこともない。
そこでアリスは事業で提携でき、尚且つ現在も良好な関係の貴族の中から婚約者を選ぶことにした。
伯爵家より格上なら程よい緩衝材になって尚良いと思う。
そのため、今までは事業の話だけのために参加していた夜会にも、違う目的で足を運ぶようになる。
求婚者は皆アリスのお眼鏡に叶おうと優しく親切だ。
そして求婚者の中でとりわけ熱心だったのが、領地が隣り合わせであるコラール侯爵家の、次男ナルシスであった。
サンフォース伯爵家は王都に出る時コラール侯爵領を通らねばならず、コラール侯爵家は貿易のためサンフォース伯爵領の港を使う。
隣り合わせた家門は言わばウィンウィンの関係だ。
それに古くから続くコラール侯爵家は王妃を輩出したこともある名門で、王室や高位貴族との良いパイプ役を果たしてくれるだろう。
裕福だが商人貴族と揶揄されることもあるサンフォース伯爵家にとってはなかなか良い縁談相手だ。
そうして時を置かず婚約を発表したアリスとナルシスであるが、二人の婚約のニュースは社交界に衝撃を与えた。
ナルシスは社交界きってのプレイボーイ…女ったらしと有名だからだ。
社交界の花から花へと移り行くナルシスは陰で『ミツバチ』と揶揄されている。
そんな噂を知らぬはずがなかっただろうに、超優良物件の令嬢が選んだのは社交界一の尻軽男なのだ。
「顔か…?やっぱり顔なのか?アリス嬢ともあろう方が、やっぱり選ぶのは顔なのか?」
「所詮アリス嬢と言えど、男を顔で見る普通の女なのだ」
衝撃を受けた求婚者たちは、皆腹立ち紛れにアリスを罵ったという。
154
あなたにおすすめの小説
【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう~踏みにじられた恋を抱えて
ゆうぎり
恋愛
「この子がクラーラの婚約者になるんだよ」
お父様に連れられたお茶会で私は一つ年上のナディオ様に恋をした。
綺麗なお顔のナディオ様。優しく笑うナディオ様。
今はもう、私に微笑みかける事はありません。
貴方の笑顔は別の方のもの。
私には忌々しげな顔で、視線を向けても貰えません。
私は厭われ者の婚約者。社交界では評判ですよね。
ねぇナディオ様、恋は花と同じだと思いませんか?
―――水をやらなければ枯れてしまうのですよ。
※ゆるゆる設定です。
※名前変更しました。元「踏みにじられた恋ならば、婚約破棄はお受けいたしましょう」
※多分誰かの視点から見たらハッピーエンド
許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください>
私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
月夜に散る白百合は、君を想う
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢であるアメリアは、王太子殿下の護衛騎士を務める若き公爵、レオンハルトとの政略結婚により、幸せな結婚生活を送っていた。
彼は無口で家を空けることも多かったが、共に過ごす時間はアメリアにとってかけがえのないものだった。
しかし、ある日突然、夫に愛人がいるという噂が彼女の耳に入る。偶然街で目にした、夫と親しげに寄り添う女性の姿に、アメリアは絶望する。信じていた愛が偽りだったと思い込み、彼女は家を飛び出すことを決意する。
一方、レオンハルトには、アメリアに言えない秘密があった。彼の不自然な行動には、王国の未来を左右する重大な使命が関わっていたのだ。妻を守るため、愛する者を危険に晒さないため、彼は自らの心を偽り、冷徹な仮面を被り続けていた。
家出したアメリアは、身分を隠してとある街の孤児院で働き始める。そこでの新たな出会いと生活は、彼女の心を少しずつ癒していく。
しかし、運命は二人を再び引き合わせる。アメリアを探し、奔走するレオンハルト。誤解とすれ違いの中で、二人の愛の真実が試される。
偽りの愛人、王宮の陰謀、そして明かされる公爵の秘密。果たして二人は再び心を通わせ、真実の愛を取り戻すことができるのだろうか。
【完結】彼を幸せにする十の方法
玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。
フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。
婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。
しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。
婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。
婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。
「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
【完結】呪言《ことほぎ》あなたがそうおっしゃったから。
友坂 悠
恋愛
「君はまだ幼い、私は君を大事にしたいのだ」
あなたがそうおっしゃったから。
わたくしは今までお飾りの妻でがまんしてきたのに。
あなたがそうおっしゃったから。
好きでもない商会のお仕事を頑張ってこなしてきたのに。
全部全部、嘘だったというの?
そしたらわたくしはこれからどうすればいいっていうの?
子供の頃から将来の伴侶として約束された二人。
貴族らしく、外あたりが良く温厚に見えるように育ったラインハルト。
貞淑な令嬢、夫を支えるべき存在になるようにと育てられたアリーシア。
二人は両家に祝福され結婚したはず、だった。
しかし。
結婚したのはラインハルトが18になった歳、アリーシアはまだ14歳だった。
だから、彼のその言葉を疑いもせず信じたアリーシア。
それがまさか、三年後にこんなことになるなんて。
三年間白い結婚を継続した夫婦は子を残す意思が無いものと認められ、政略的な両家のしがらみや契約を破棄し離縁できる。
それがこの国の貴族の婚姻の決まりだった。
元は親同士の契約に逆らって離縁しやり直すための決まり事。
もちろん、そんな肉体的繋がりなど無くても婚姻を継続する夫婦は存在する。
いや、貴族であれば政略結婚が当たり前、愛はなくても結婚生活は続いていく。
貴族の結婚なんて所詮そんなもの。
家同士のつながりさえあれば問題ないのであれば、そこに愛なんてものがなくってもしょうがないのかも、知れない。
けれど。
まさかそんなラインハルトから離婚を言い出されるとは思ってもいなかったアリーシア。
自分は傾いた家を立て直すまでのかりそめの妻だったのか。
家業が上手くいくようになったらもう用無しなのか。
だまされていたのかと傷心のまま実家に戻る彼女を待っていたのは、まさかのラインハルトと妹マリアーナの婚約披露。
悲しみのまま心が虚になったまま領地に逃げ引き篭もるアリーシアだったが……
夫と妹に、いや、家族全てから裏切られたお飾り妻のアリーシア。
彼女が心の平穏を取り戻し幸せになるまでの物語。
【完結】恋が終わる、その隙に
七瀬菜々
恋愛
秋。黄褐色に光るススキの花穂が畦道を彩る頃。
伯爵令嬢クロエ・ロレーヌは5年の婚約期間を経て、名門シルヴェスター公爵家に嫁いだ。
愛しい彼の、弟の妻としてーーー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる