花婿が差し替えられました

凛江

文字の大きさ
10 / 48
突然の花婿交替劇

妻の寝室で

しおりを挟む
扉をノックする音にアリスが返事をすると、クロードはゆっくりと寝室に入って来た。
心なしか顔が赤い気がする。
普段細身に見えるクロードだが、薄手の寝衣で現れた彼はかなり筋肉質であることがわかる。
さすがは騎士様だけあって、とてもよく鍛えているのだろう。
相変わらずの仏頂面だが、美麗で知られるコラール侯爵家の令息だけあって顔も整っている。
彼に対して恋愛感情は全くないが、これならイケるだろうとアリスは思う。
政略結婚ではあるが、やはり嫌悪感を抱くような相手と身体を重ねるのは苦痛であるから。

一方クロードは、ベッドの端に腰掛けていたアリスを見ると一瞬息を飲んだ。
薄手の、透けてしまいそうな寝衣に身を包み、先程まで結い上げていた髪をはらりと落とした姿は、なんだか儚くさえ見える。
しかも昼間と違ってほぼ素顔の彼女は幼くも見え、まだ少女のように見えた。
クロードは瞬時にアリスから目をそらすと、そのまままた扉を開けて戻ってしまおうとした。
そんなクロードを見たアリスは慌てて立ち上がる。

「今日はお疲れ様でした、旦那様」
声をかけながら小走りで駆け寄れば、彼は体を引き気味に振り返った。
しかしアリスを直視はせず、目を泳がせている。
どうやらクロードは、寝衣姿のアリスを見て目のやり場に困っているらしい。
(本当に、何から何までナルシスとは違うのね)
これがナルシスならすぐに押し倒されていたことだろう。
婚約中もナルシスは何かとアリスに触れたがり、そういう雰囲気に持っていきたがる彼を何度制してきただろうか。
「結婚までは」と押しのけなんとか死守してきたが、こうなってみると本当に操を守り通して良かったと思う。

クロードは一つ深呼吸をし、意を決したようにアリスの方に向き直ると、突然深々と頭を下げた。
「アリス嬢、この度のこと、本当に申し訳ありませんでした。愚兄がしでかしたこと、それからコラール侯爵家が貴女にしたこと、侯爵家を代表してあらためて謝罪いたします」
真摯に謝罪するクロードの姿に、アリスは少々驚いた。
式の最中も披露パーティーの最中の彼もずっと怒った顔をしていたから、まさか謝られるとは思わなかったのだ。
「クロード様に謝罪していただくことではありません。貴方だって被害者なのですから」
「しかし…」
俯き、唇を噛んだクロードは、再びキッと顔を上げてアリスを見据えた。

「式直前に新郎が差し替えられるなど、貴女には本当に酷い恥をかかせてしまいました。しかし私も…、私は考える間も無くこんな事態になってしまい、正直今激しく戸惑っています。故に、貴女とはしばらく距離を置き、落ち着いてこれからのことを考えてみたいと思います」
「距離を?」
きょとんと首を傾げたアリスがクロードを見上げれば、彼は即座に目を逸らした。
「とにかく。もう式まで挙げてしまったのだから逃げようとは思いません。ただ、心の整理をしたいと…」
「…心の整理?」
アリスはクロードの端正な横顔を見つめる。
「…なるほど。もしかしてクロード様にはお心に決めた方がいらっしゃったのですね?それは申し訳ないことを…」
「違います!私にそのような女性はおりません。私は自分のこれからの身の振り方を考えたいと言っているのです」

距離を置きたいとか心の整理をしたいとか、新婚初夜には似つかわしくない言葉が並ぶ。
とにかくクロードは、婿入りさせられて騎士への道が断たれたことに絶望しているのだろう。
それなら、その憂いを取ってやることがまずはアリスのするべきことなのだろう。
アリスは「とりあえず、座りませんか?」とベッドの方を指し示した。
「いや、だから、それは…」
少しの間目を泳がせていたクロードに、アリスは小さく微笑んだ。
「こんな突っ立ったままでは話ができません。それに私は首が痛くなってしまうわ」
立っていると二人の身長差が大き過ぎ、アリスは見上げたまま話さなくてはならない。
それを聞いたクロードは、やがて諦めたようにアリスと並んでベッドに腰をおろした。
ただし、人一人分以上間を空けてだが。
アリスはそんなクロードに向かって、口を開いた。

「実は明日ゆっくり話し合うつもりでしたが…、婿入りしてくださったからと言って、私はクロード様に騎士をやめていただくつもりはございません」
「それは、どういう…?」
「サンフォース家の切り盛りは今まで通り私が行います。貴方に事業や領地経営に関わっていただきたいとは思っておりませんので、どうぞクロード様はこのまま騎士の道を精進くださいませ」
アリスの言葉に、クロードは酷く驚いた顔をした。

「騎士を?だが、貴女は事業や領地経営に役立つ配偶者が欲しかったのでは?」
兄ナルシスは女癖は悪かったが、飛び抜けた話術と社交性で男女問わず人の心を掴む要素があった。
きっと傍に立っていればそれなりに役には立っていたことだろう。
だが、アリスはクロードにそれさえも求めないようだ。
「それは、私が事業については素人だから、役立たずだということですか?」
仏頂面でたずねるクロードに、アリスは首を傾げる。
(騎士を続けていいと言えば喜ぶと思ったのに、おかしいわね)

「クロード様は優秀な騎士だとお聞きしております。そんな方を伯爵家に婿入りしたからと言ってやめさせてしまうのは王国にとっても損失です。それに、騎士として身を立てるのは貴方の夢だったのでしょう?」
「何故、それを…、」
「ナルシス様からお聞きしましたわ。一応、一年余り婚約者でしたから」
「兄の名前を、サラッと出すのですね」
「それは…、そもそもこんな事態になっているのはナルシス様のせいですし。とにかく貴方が騎士までやめて犠牲になることはないと私は、」
そこまで言ってアリスは口を噤んだ。
たしかに初夜の場で、しかもベッドの上で他の男の名前を出すのはさすがに無神経だったと思ったから。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう~踏みにじられた恋を抱えて

ゆうぎり
恋愛
「この子がクラーラの婚約者になるんだよ」 お父様に連れられたお茶会で私は一つ年上のナディオ様に恋をした。 綺麗なお顔のナディオ様。優しく笑うナディオ様。 今はもう、私に微笑みかける事はありません。 貴方の笑顔は別の方のもの。 私には忌々しげな顔で、視線を向けても貰えません。 私は厭われ者の婚約者。社交界では評判ですよね。 ねぇナディオ様、恋は花と同じだと思いませんか? ―――水をやらなければ枯れてしまうのですよ。 ※ゆるゆる設定です。 ※名前変更しました。元「踏みにじられた恋ならば、婚約破棄はお受けいたしましょう」 ※多分誰かの視点から見たらハッピーエンド

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

月夜に散る白百合は、君を想う

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢であるアメリアは、王太子殿下の護衛騎士を務める若き公爵、レオンハルトとの政略結婚により、幸せな結婚生活を送っていた。 彼は無口で家を空けることも多かったが、共に過ごす時間はアメリアにとってかけがえのないものだった。 しかし、ある日突然、夫に愛人がいるという噂が彼女の耳に入る。偶然街で目にした、夫と親しげに寄り添う女性の姿に、アメリアは絶望する。信じていた愛が偽りだったと思い込み、彼女は家を飛び出すことを決意する。 一方、レオンハルトには、アメリアに言えない秘密があった。彼の不自然な行動には、王国の未来を左右する重大な使命が関わっていたのだ。妻を守るため、愛する者を危険に晒さないため、彼は自らの心を偽り、冷徹な仮面を被り続けていた。 家出したアメリアは、身分を隠してとある街の孤児院で働き始める。そこでの新たな出会いと生活は、彼女の心を少しずつ癒していく。 しかし、運命は二人を再び引き合わせる。アメリアを探し、奔走するレオンハルト。誤解とすれ違いの中で、二人の愛の真実が試される。 偽りの愛人、王宮の陰謀、そして明かされる公爵の秘密。果たして二人は再び心を通わせ、真実の愛を取り戻すことができるのだろうか。

【完結】彼を幸せにする十の方法

玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。 フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。 婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。 しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。 婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。 婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

【完結】呪言《ことほぎ》あなたがそうおっしゃったから。

友坂 悠
恋愛
「君はまだ幼い、私は君を大事にしたいのだ」  あなたがそうおっしゃったから。  わたくしは今までお飾りの妻でがまんしてきたのに。  あなたがそうおっしゃったから。  好きでもない商会のお仕事を頑張ってこなしてきたのに。  全部全部、嘘だったというの?  そしたらわたくしはこれからどうすればいいっていうの?  子供の頃から将来の伴侶として約束された二人。  貴族らしく、外あたりが良く温厚に見えるように育ったラインハルト。  貞淑な令嬢、夫を支えるべき存在になるようにと育てられたアリーシア。  二人は両家に祝福され結婚したはず、だった。  しかし。  結婚したのはラインハルトが18になった歳、アリーシアはまだ14歳だった。  だから、彼のその言葉を疑いもせず信じたアリーシア。  それがまさか、三年後にこんなことになるなんて。  三年間白い結婚を継続した夫婦は子を残す意思が無いものと認められ、政略的な両家のしがらみや契約を破棄し離縁できる。  それがこの国の貴族の婚姻の決まりだった。  元は親同士の契約に逆らって離縁しやり直すための決まり事。  もちろん、そんな肉体的繋がりなど無くても婚姻を継続する夫婦は存在する。  いや、貴族であれば政略結婚が当たり前、愛はなくても結婚生活は続いていく。  貴族の結婚なんて所詮そんなもの。  家同士のつながりさえあれば問題ないのであれば、そこに愛なんてものがなくってもしょうがないのかも、知れない。  けれど。  まさかそんなラインハルトから離婚を言い出されるとは思ってもいなかったアリーシア。  自分は傾いた家を立て直すまでのかりそめの妻だったのか。  家業が上手くいくようになったらもう用無しなのか。  だまされていたのかと傷心のまま実家に戻る彼女を待っていたのは、まさかのラインハルトと妹マリアーナの婚約披露。  悲しみのまま心が虚になったまま領地に逃げ引き篭もるアリーシアだったが……  夫と妹に、いや、家族全てから裏切られたお飾り妻のアリーシア。  彼女が心の平穏を取り戻し幸せになるまでの物語。

【完結】恋が終わる、その隙に

七瀬菜々
恋愛
 秋。黄褐色に光るススキの花穂が畦道を彩る頃。  伯爵令嬢クロエ・ロレーヌは5年の婚約期間を経て、名門シルヴェスター公爵家に嫁いだ。  愛しい彼の、弟の妻としてーーー。  

愛する人のためにできること。

恋愛
彼があの娘を愛するというのなら、私は彼の幸せのために手を尽くしましょう。 それが、私の、生きる意味。

処理中です...