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突然の花婿交替劇
初夜の罵倒
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アリスは少々面倒になってきた。
殊勝に謝罪してきたと思えば距離を置きたいと言い。
騎士を続け、事業に関わらなくて良いと聞いて喜ぶと思いきや、不機嫌になる。
また、これはまぁそうであろうが、兄の名前を聞けばさらに不機嫌になる。
しかしクロードは被害者であり、何より自分より年下なのだ。
彼のことを思って言ったこととは言え、事業や領地経営に関わらなくていいと言ったことも少なからず彼の矜持を傷つけたのかもしれない。
クロードは鍛え抜かれた優秀な騎士であるし自分よりずっと身体は大きいが、三つも歳下の、まだ十代の少年なのだ。
とりあえずは今夜は自分がリードしなくてはいけないのではないだろうか。
アリスの中におかしな責任感がわき上がってくる。
アリスは思い切ってクロードとの距離を詰めてみた。もう少しで身体が触れ合う位置で座り直すと、クロードはびくりと反応する。
「とにかく。これからのことをゆっくりお考えになるのは当然のことですけど、それは明日からになさっては?それに、夫婦のことはそれとは別の話ではありませんか?しばらく距離を置いてとおっしゃいますけど、しばらくって一体いつまででしょう。それでは余計に距離が開いてしまうと思いませんか?私たちは突然、でも縁あって夫婦になってしまったのです。今夜は初夜なのですから、まずは触れ合うことから始めてみてはいかがでしょう?」
アリスは畳みかけるように一気に言い切ると、膝の上に置いてあったクロードの手に自分の手を重ねた。
「ふ、触れ合う…⁈」
思わず引き抜こうとしたクロードの手を、アリスは離さずさらに握りこむ。
「クロード様、閨教育はお受けになってらっしゃいますか?」
「ね…⁈そ、それはもちろん、」
「では、大丈夫ですね」
何が大丈夫なのか知らないが、アリスはにっこり笑うとさらにクロードとの距離を詰めてきた。
「結婚したからには、後継者をもうけるのが私の義務ですもの。どうぞクロード様も協力してくださいませ」
色気もムードも何もない誘い文句だが仕方がない。
アリスはそんな芸当は持ち合わせていない。
「な…!恥ずかしげもなくなんてことを!貴女は淑女だろう?」
クロードは握られた手を振り払い、勢いよく立ち上がった。
そして、まるで睨むかのような目でアリスを見下ろした。
いや、アリスだって本当はとんでもなく恥ずかしいし、正直言えば怖い。
だがそれを悟られれば、生真面目なクロードは遠慮して出て行ってしまうだろう。
ここは、年上の女性らしく余裕ある態度を見せるのがいいと思ったのだ。
アリスの言動は、さらに斜め上を行く。
「寝室に入ったら淑女も娼婦も関係ありませんわ。私の容姿が気に入らなくてその気になれないなら、部屋を真っ暗にいたしましょうか?」
アリスはそう言いながら再びクロードの手に触れようとする。
どこまでも残念な思考回路だ。
だがクロードは、再びその手を振り払った。
「触るな痴女が!やはり貴女が欲しかったのはコラール侯爵家との繋がりとその子種だけか。結局…、兄だろうと俺だろうと種馬でしかなかったのだな⁈」
「…え?」
痴女と言われてアリスは目を丸くした。
(痴女⁈私が⁈未だ男性とキスもしたこともない私が⁈)
ナルシスとだって、何度かお茶を飲んで、何度か一緒に夜会に参加しただけ。エスコートされて手を繋いだりダンスを踊ったくらいだ。
その自分を痴女とは、言いがかりも甚だしい。
アリスはキッとクロードを見上げた。
なんて失礼で、なんて面倒臭い男なのだろう。
「興醒めですわ。ここに来てくれたからにはクロード様もお覚悟を決めていらしてくれたのかと思っておりましたのに。でも私の買い被りでしたのね」
それを聞いたクロードは顔を真っ赤にして、握った拳を震わせた。
「あ、貴女は先刻前まで兄の婚約者だったのではないか!いくら初夜だからって、兄のお下がりなど抱けるか!」
「……っ⁈」
部屋の中が、水を打ったように静かになった。
クロードは言ってしまってからハッと自分の口に手のひらを当てたが、出てしまった言葉はもう引っ込みがつかない。
呆然とアリスを見下ろせば、彼女は俯いて先ほどクロードに振り払われた自分の手を見つめていた。
「それが…、貴方の本音ですのね」
アリスは俯いたまま、ポツリとこぼした。
「あ…、アリス嬢…」
「たしかに。貴方にとったら私はお兄様のお下がりですものね」
睨むように見上げれば、クロードはその顔を見て息を飲んだ。
涙こそ流していないが、彼女が泣いているように見えたのである。
アリスは目の前に立つクロードを避け、静かに立ち上がった。
そして、扉の方へ歩いていく。
「アリス嬢、その…」
クロードが声をかけたが、アリスは振り返らずドアノブに手をかけた。
アリスは今、心の底から面倒に思った。
クロードが勘違いしているのは明らかだ。
あの女癖の悪い次兄が一年余りも婚約者に手を出さないわけがないと、彼はそう思っているのだろう。
アリスとナルシスはすでに深い関係だと思っているのだ。
(なんて屈辱)
アリスはクロードの寝室へと続く扉を開け放つと、振り返ってにっこり笑った。
「なんでしたかしら。たしか、一年間白い結婚のままなら教会に申請してすんなり離縁できるのでしたよね?」
「…アリス嬢?」
「申し訳ありませんが、どうか一年間は籍だけこのままにしておいてくださいませ。後のことはどうぞ私にお任せを」
「アリス嬢?それは、どういう…」
「因みに、私は貴方のお兄様と口づけさえ交わしておりません。私はこれでも貴族の娘ですので、結婚するまで純潔は頑なに守るべきと教育を受けてまいりました。まぁ、もう確かめる術もありませんし、信じてくださらなくても結構ですが」
謝罪の言葉を口にしかけたクロードを遮り、アリスはさらに口角を上げる。
「どうぞもうお引き取りを。出口はこちらですわ、旦那様」
顔は笑っているのに、淡々と、感情をなくしたような声で紡がれる言葉をクロードは呆然としながら聞いた。
そしてクロードがアリスの寝室を出ると同時に、向こうから『ガチャリ』と重い金属音が響いた。
夫婦の寝室を繋ぐ扉に、鍵をかける音であった。
殊勝に謝罪してきたと思えば距離を置きたいと言い。
騎士を続け、事業に関わらなくて良いと聞いて喜ぶと思いきや、不機嫌になる。
また、これはまぁそうであろうが、兄の名前を聞けばさらに不機嫌になる。
しかしクロードは被害者であり、何より自分より年下なのだ。
彼のことを思って言ったこととは言え、事業や領地経営に関わらなくていいと言ったことも少なからず彼の矜持を傷つけたのかもしれない。
クロードは鍛え抜かれた優秀な騎士であるし自分よりずっと身体は大きいが、三つも歳下の、まだ十代の少年なのだ。
とりあえずは今夜は自分がリードしなくてはいけないのではないだろうか。
アリスの中におかしな責任感がわき上がってくる。
アリスは思い切ってクロードとの距離を詰めてみた。もう少しで身体が触れ合う位置で座り直すと、クロードはびくりと反応する。
「とにかく。これからのことをゆっくりお考えになるのは当然のことですけど、それは明日からになさっては?それに、夫婦のことはそれとは別の話ではありませんか?しばらく距離を置いてとおっしゃいますけど、しばらくって一体いつまででしょう。それでは余計に距離が開いてしまうと思いませんか?私たちは突然、でも縁あって夫婦になってしまったのです。今夜は初夜なのですから、まずは触れ合うことから始めてみてはいかがでしょう?」
アリスは畳みかけるように一気に言い切ると、膝の上に置いてあったクロードの手に自分の手を重ねた。
「ふ、触れ合う…⁈」
思わず引き抜こうとしたクロードの手を、アリスは離さずさらに握りこむ。
「クロード様、閨教育はお受けになってらっしゃいますか?」
「ね…⁈そ、それはもちろん、」
「では、大丈夫ですね」
何が大丈夫なのか知らないが、アリスはにっこり笑うとさらにクロードとの距離を詰めてきた。
「結婚したからには、後継者をもうけるのが私の義務ですもの。どうぞクロード様も協力してくださいませ」
色気もムードも何もない誘い文句だが仕方がない。
アリスはそんな芸当は持ち合わせていない。
「な…!恥ずかしげもなくなんてことを!貴女は淑女だろう?」
クロードは握られた手を振り払い、勢いよく立ち上がった。
そして、まるで睨むかのような目でアリスを見下ろした。
いや、アリスだって本当はとんでもなく恥ずかしいし、正直言えば怖い。
だがそれを悟られれば、生真面目なクロードは遠慮して出て行ってしまうだろう。
ここは、年上の女性らしく余裕ある態度を見せるのがいいと思ったのだ。
アリスの言動は、さらに斜め上を行く。
「寝室に入ったら淑女も娼婦も関係ありませんわ。私の容姿が気に入らなくてその気になれないなら、部屋を真っ暗にいたしましょうか?」
アリスはそう言いながら再びクロードの手に触れようとする。
どこまでも残念な思考回路だ。
だがクロードは、再びその手を振り払った。
「触るな痴女が!やはり貴女が欲しかったのはコラール侯爵家との繋がりとその子種だけか。結局…、兄だろうと俺だろうと種馬でしかなかったのだな⁈」
「…え?」
痴女と言われてアリスは目を丸くした。
(痴女⁈私が⁈未だ男性とキスもしたこともない私が⁈)
ナルシスとだって、何度かお茶を飲んで、何度か一緒に夜会に参加しただけ。エスコートされて手を繋いだりダンスを踊ったくらいだ。
その自分を痴女とは、言いがかりも甚だしい。
アリスはキッとクロードを見上げた。
なんて失礼で、なんて面倒臭い男なのだろう。
「興醒めですわ。ここに来てくれたからにはクロード様もお覚悟を決めていらしてくれたのかと思っておりましたのに。でも私の買い被りでしたのね」
それを聞いたクロードは顔を真っ赤にして、握った拳を震わせた。
「あ、貴女は先刻前まで兄の婚約者だったのではないか!いくら初夜だからって、兄のお下がりなど抱けるか!」
「……っ⁈」
部屋の中が、水を打ったように静かになった。
クロードは言ってしまってからハッと自分の口に手のひらを当てたが、出てしまった言葉はもう引っ込みがつかない。
呆然とアリスを見下ろせば、彼女は俯いて先ほどクロードに振り払われた自分の手を見つめていた。
「それが…、貴方の本音ですのね」
アリスは俯いたまま、ポツリとこぼした。
「あ…、アリス嬢…」
「たしかに。貴方にとったら私はお兄様のお下がりですものね」
睨むように見上げれば、クロードはその顔を見て息を飲んだ。
涙こそ流していないが、彼女が泣いているように見えたのである。
アリスは目の前に立つクロードを避け、静かに立ち上がった。
そして、扉の方へ歩いていく。
「アリス嬢、その…」
クロードが声をかけたが、アリスは振り返らずドアノブに手をかけた。
アリスは今、心の底から面倒に思った。
クロードが勘違いしているのは明らかだ。
あの女癖の悪い次兄が一年余りも婚約者に手を出さないわけがないと、彼はそう思っているのだろう。
アリスとナルシスはすでに深い関係だと思っているのだ。
(なんて屈辱)
アリスはクロードの寝室へと続く扉を開け放つと、振り返ってにっこり笑った。
「なんでしたかしら。たしか、一年間白い結婚のままなら教会に申請してすんなり離縁できるのでしたよね?」
「…アリス嬢?」
「申し訳ありませんが、どうか一年間は籍だけこのままにしておいてくださいませ。後のことはどうぞ私にお任せを」
「アリス嬢?それは、どういう…」
「因みに、私は貴方のお兄様と口づけさえ交わしておりません。私はこれでも貴族の娘ですので、結婚するまで純潔は頑なに守るべきと教育を受けてまいりました。まぁ、もう確かめる術もありませんし、信じてくださらなくても結構ですが」
謝罪の言葉を口にしかけたクロードを遮り、アリスはさらに口角を上げる。
「どうぞもうお引き取りを。出口はこちらですわ、旦那様」
顔は笑っているのに、淡々と、感情をなくしたような声で紡がれる言葉をクロードは呆然としながら聞いた。
そしてクロードがアリスの寝室を出ると同時に、向こうから『ガチャリ』と重い金属音が響いた。
夫婦の寝室を繋ぐ扉に、鍵をかける音であった。
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