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突然の花婿交替劇
二人の晩餐②
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たしかに初夜の晩、アリスはクロードに騎士を辞める必要はないと言っていた。
しかしクロードは素直に聞く耳を持たず、夢を諦めることばかり考えていた。
とにかくこの結婚は自分の犠牲の上に成り立つ。
騎士の道は、諦めなければならないのだと。
多分あれからまた話をされたとして、頑なに拒むばかりであったのは確かだろう。
しかしやはり。
「いくら貴女の方が年上で次期当主だとしても、あまりにも勝手が過ぎるでしょう?護衛騎士に推挙など、本当に余計なことを…。もし選ばれれば、私は再来年には国を出なくてはならないのですよ?」
勝手に夢を探られたのも、それを叶えてやろうという傲慢さも本当に腹が立つ。
だいたい王女の護衛騎士に選ばれたら、隣国へ行ってそのまま帰れないかもしれないのだ。
完全に別居夫婦になる。
それこそ、結婚する意味さえないではないか。
そこまで考えて、クロードはアリスが言ったある言葉を思い出した。
『一年間白い結婚のままならすんなり離縁できる』と。
まさか。
真っ直ぐにアリスを見つめると、彼女は困ったように微笑んだ。
「ええ。二年あれば、貴方の実家であるコラール侯爵家との結びつきもさらに強固になり、事業も益々発展することでしょうね」
「二年…、あれば…」
「ええ。王女様が輿入れされるまでに、私たちの結婚は解消できると思います」
アリスは小さく笑うと、視線を手元に落とした。
「私は領地と王都の行き来で、これからもっと忙しくなると思います。貴方も護衛騎士になればさらにお忙しいでしょうし、新婚といってもすれ違いの日々ですね。でも、お互い顔を合わせない方が穏やかに過ごせるのではないでしょうか?」
クロードは視線の合わないアリスの顔を見つめた。
彼女はあの初夜の晩、きっぱりと結婚生活を諦めたのだ。
そして、早急にこれからのことを考えた。
離縁してもクロードが戻る場所を残しておくために。
「そうですか…。では、有難く騎士に戻していただきましょう」
クロードはそう言うと静かに席を立った。
もうこれ以上彼女と話すことはなかったから。
晩餐は、後で部屋に運んでもらうことにしよう。
「結局…、貴女が欲しかったのは侯爵家出身の婿という肩書きだけで、生身の私は邪魔だったと言うわけか」
アリスを見下ろし、クロードはぽつりと溢した。
アリスはハッとしたように顔を上げたが、もうその時にはクロードは扉の方へ向かっていた。
クロードは今日、初夜での暴言を謝罪するつもりでいた。
いくらやり場のない怒りや憤りを抱えていても、彼女に当たるのはお門違いだったと思う。
あれは完全に八つ当たりで、酷い暴言だ。
騎士の精神を叩き込まれた自分が、か弱い女性に対して決して言ってはいけない言葉であった。
どんな経緯であれ二人は夫婦になったのだ。
アリスの行動に腹立たしいことは多々あっても、それはそれとして、夫婦としての関係を築いていかなくてはならなかったのではないか。
だが…、その必要もなくなった。
アリスはもう、離縁後のことを見据えているのだから。
(明日から、寮に戻ろう)
クロードは今出てきたダイニングの方を振り返った。
アリスは一人で晩餐を続けているのだろうか。
騎士団に戻れるのも護衛騎士に推挙されたのも嬉しいはずなのに、クロードの胸には苦いものがこみ上げていた。
◇◇◇
「お嬢様、またミツバチ殿が来たから追い返しておきましたわよ」
侍女のフェリシーが執務中のアリスに声をかけた。
「まぁ、性懲りも無く、暇な方ね」
アリスは呆れたように笑ってため息をついた。
ナルシスが、アリスとの復縁を願ってちょくちょく来訪するのだ。
すでに実弟と婚姻している女性に非常識な話だが、元々ナルシスに常識を求める方が無駄なのかもしれない。
彼はまだ、なんとかなると思っているらしいのだから。
この件はコラール家に苦情を申し入れているのだが、ナルシスはなんとか監視の目を掻い潜って邸を抜け出して来るようだ。
そんな情熱があるなら他のことに使えば良いのに、とアリスは思う。
「なんなんですか?ミツバチと言いガキんちょと言い、あの家の息子たちは」
フェリシーは怒りを隠そうともせずにそう言った。
もちろん、ガキんちょと呼ばれたのはアリスの夫クロードだ。
そのガキんちょは、あの口論した夜以来騎士の宿舎に戻り、一度もサンフォース伯爵邸に帰って来ない。
「言葉が過ぎるわよ、フェリシー」
「じゃあくそガキですわね。だってアリスお嬢様への暴言と態度、このフェリシー、到底許せません」
フェリシーはクロードの部屋の方を睨んで罵った。
「仕方ないわ、私が悪いんだもの。あの方には本当に申し訳ないことをしたわ」
アリスの言う『申し訳ないこと』が身代わりで結婚したことを指すのか勝手に騎士団に行ったことを指すのかわからないが、どちらにしろフェリシーは全面的にアリスだけの味方だ。
この素晴らしいお嬢様と結婚出来ることこそ幸運なのに、それを理解しないわからずやは、やっぱりフェリシーにとって『ガキんちょ』なのだ。
しかしクロードは素直に聞く耳を持たず、夢を諦めることばかり考えていた。
とにかくこの結婚は自分の犠牲の上に成り立つ。
騎士の道は、諦めなければならないのだと。
多分あれからまた話をされたとして、頑なに拒むばかりであったのは確かだろう。
しかしやはり。
「いくら貴女の方が年上で次期当主だとしても、あまりにも勝手が過ぎるでしょう?護衛騎士に推挙など、本当に余計なことを…。もし選ばれれば、私は再来年には国を出なくてはならないのですよ?」
勝手に夢を探られたのも、それを叶えてやろうという傲慢さも本当に腹が立つ。
だいたい王女の護衛騎士に選ばれたら、隣国へ行ってそのまま帰れないかもしれないのだ。
完全に別居夫婦になる。
それこそ、結婚する意味さえないではないか。
そこまで考えて、クロードはアリスが言ったある言葉を思い出した。
『一年間白い結婚のままならすんなり離縁できる』と。
まさか。
真っ直ぐにアリスを見つめると、彼女は困ったように微笑んだ。
「ええ。二年あれば、貴方の実家であるコラール侯爵家との結びつきもさらに強固になり、事業も益々発展することでしょうね」
「二年…、あれば…」
「ええ。王女様が輿入れされるまでに、私たちの結婚は解消できると思います」
アリスは小さく笑うと、視線を手元に落とした。
「私は領地と王都の行き来で、これからもっと忙しくなると思います。貴方も護衛騎士になればさらにお忙しいでしょうし、新婚といってもすれ違いの日々ですね。でも、お互い顔を合わせない方が穏やかに過ごせるのではないでしょうか?」
クロードは視線の合わないアリスの顔を見つめた。
彼女はあの初夜の晩、きっぱりと結婚生活を諦めたのだ。
そして、早急にこれからのことを考えた。
離縁してもクロードが戻る場所を残しておくために。
「そうですか…。では、有難く騎士に戻していただきましょう」
クロードはそう言うと静かに席を立った。
もうこれ以上彼女と話すことはなかったから。
晩餐は、後で部屋に運んでもらうことにしよう。
「結局…、貴女が欲しかったのは侯爵家出身の婿という肩書きだけで、生身の私は邪魔だったと言うわけか」
アリスを見下ろし、クロードはぽつりと溢した。
アリスはハッとしたように顔を上げたが、もうその時にはクロードは扉の方へ向かっていた。
クロードは今日、初夜での暴言を謝罪するつもりでいた。
いくらやり場のない怒りや憤りを抱えていても、彼女に当たるのはお門違いだったと思う。
あれは完全に八つ当たりで、酷い暴言だ。
騎士の精神を叩き込まれた自分が、か弱い女性に対して決して言ってはいけない言葉であった。
どんな経緯であれ二人は夫婦になったのだ。
アリスの行動に腹立たしいことは多々あっても、それはそれとして、夫婦としての関係を築いていかなくてはならなかったのではないか。
だが…、その必要もなくなった。
アリスはもう、離縁後のことを見据えているのだから。
(明日から、寮に戻ろう)
クロードは今出てきたダイニングの方を振り返った。
アリスは一人で晩餐を続けているのだろうか。
騎士団に戻れるのも護衛騎士に推挙されたのも嬉しいはずなのに、クロードの胸には苦いものがこみ上げていた。
◇◇◇
「お嬢様、またミツバチ殿が来たから追い返しておきましたわよ」
侍女のフェリシーが執務中のアリスに声をかけた。
「まぁ、性懲りも無く、暇な方ね」
アリスは呆れたように笑ってため息をついた。
ナルシスが、アリスとの復縁を願ってちょくちょく来訪するのだ。
すでに実弟と婚姻している女性に非常識な話だが、元々ナルシスに常識を求める方が無駄なのかもしれない。
彼はまだ、なんとかなると思っているらしいのだから。
この件はコラール家に苦情を申し入れているのだが、ナルシスはなんとか監視の目を掻い潜って邸を抜け出して来るようだ。
そんな情熱があるなら他のことに使えば良いのに、とアリスは思う。
「なんなんですか?ミツバチと言いガキんちょと言い、あの家の息子たちは」
フェリシーは怒りを隠そうともせずにそう言った。
もちろん、ガキんちょと呼ばれたのはアリスの夫クロードだ。
そのガキんちょは、あの口論した夜以来騎士の宿舎に戻り、一度もサンフォース伯爵邸に帰って来ない。
「言葉が過ぎるわよ、フェリシー」
「じゃあくそガキですわね。だってアリスお嬢様への暴言と態度、このフェリシー、到底許せません」
フェリシーはクロードの部屋の方を睨んで罵った。
「仕方ないわ、私が悪いんだもの。あの方には本当に申し訳ないことをしたわ」
アリスの言う『申し訳ないこと』が身代わりで結婚したことを指すのか勝手に騎士団に行ったことを指すのかわからないが、どちらにしろフェリシーは全面的にアリスだけの味方だ。
この素晴らしいお嬢様と結婚出来ることこそ幸運なのに、それを理解しないわからずやは、やっぱりフェリシーにとって『ガキんちょ』なのだ。
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