23 / 48
それぞれの役割
おかえり、ただいま
しおりを挟む
「今日も来るんですかね、騎士のお坊ちゃん」
秘書ラウルの声に、アリスは書類から少しだけ目線を上げた。
ラウルは皮肉げに口角を上げて、アリスを見下ろしている。
「…旦那様よ、ラウル」
アリスが嗜めるように言うと、ラウルはふんっと鼻を鳴らした。
「…どこが旦那様ですか。婿のくせに伯爵家の手伝いもしないで…」
「それは旦那様のせいじゃないわ。私が望んだことよ、ラウル」
アリスにそう言われ、ラウルは口をへの字にして黙り込んだ。
ラウルだって、わかっているのだ。
クロードが家業に携わることを拒んだのも、騎士団に残ることを望んだのもアリス自身だということを。
しかしそれをいいことに、あのお坊ちゃんはサンフォース邸に寄り付かず、王女の護衛騎士の任にまでついたのだ。
…何故か最近は頻繁に訪れるけれど。
サンフォース家で、クロードの評判はすこぶる悪い。
皆アリスお嬢様に心酔しているのだから、当然と言えば当然である。
だがそれを態度に出すとアリスに叱られるため、最近頻繁に顔を出すようになったクロードをそれなりにあたたかく迎え入れているのだ。
「お嬢様、旦那様がお見えになりました」
侍女のフェリシーが、クロードの来訪を告げに来た。
その顔も、仏頂面だ。
「あら、今、どちらに?」
「お庭で、タロと戯れておいでですわ」
「そう。じゃあ私もそちらに行くわ」
「……はい」
いそいそと執務室を出ていくアリスを見送り、ラウルはさらに口をへの字に曲げた。
クロードの来訪を聞いて微かに嬉しそうな顔をした主人に、少しだけ腹が立ったのだ。
◇◇◇
「旦那様、おかえりなさいませ」
アリスに声をかけられ、タロと戯れていたクロードは振り返った。
「…ただいま」
クロードがはにかむように答える。
まだまだこのシチュエーションに慣れないのだ。
以前は「いらっしゃいませ」と言っていたアリスが、「おかえりなさいませ」と言ってくれるようになった。
あの、晩餐会以降のことだ。
タロを間において、二人はよく会話するようになった。
以前はタロのことしか話題が無く会話に行き詰まってばかりいたが、最近は話題も多く、会話もスムーズに進んでいる。
「お仕事の方は順調ですか?」
お茶を飲みながらアリスがたずねると、クロードは少し苦笑した。
ルイーズ王女がかなりわがままで奔放だということは、アリスも王太子妃ゾフィーから聞いて知っている。
クロードのことを相当気に入っていて片時も離そうとせず、かなり振り回しているということも。
「昨日は王女殿下のお伴で中央劇場に行って参りました。舞台も荘厳な作りで、石造りの外観も本当に素晴らしかったです」
「まぁ、オペラですか?今流行りの演目を演っていますものね」
中央劇場ならアリスも行ったことがある。
ナルシスと婚約中、一度だけオペラを観に行ったのだ。
「…興味があるようでしたら、ご一緒にいかがですか?」
「え…?オペラを、私と、ですか?」
伺うようにたずねたクロードに、アリスは目を丸くした。
「ええ。その、私たちに不仲説が流れているのはご存知ですよね?先日の夜会で少しは払拭できたようですが、もう少し二人で人前に出た方がいいように思うのです」
(え、今さら…?)
アリスはきょとんと小首を傾げた。
自分たちの不仲説などもうずっと以前から流れているし、なんなら、どうせそのうち離縁するのだからと放置しておくつもりでいた。
そう考えながら目の前のクロードの顔を見れば、恥ずかしそうに目を伏せ、耳が真っ赤になっている。
(…可愛い…)
男の人に可愛いなど失礼かもしれないが、アリスは素直にそう思った。
敬遠している時はただ女性慣れしていない生真面目な堅物に見えていたが、少し打ち解けてみれば、彼は温和で純朴な好青年である。
そのクロードが、アリスを誘ってくれているのだ。
もしかしたら、離縁は決まっていてもそれまでの関係を少しでも円満に過ごせるよう、彼なりに気をつかっているのかもしれない。
「でも…、その演目は、旦那様はご覧になったのでしょう?」
「私は護衛の勤務中でしたから、劇の方は全く見ておりませんし、内容も覚えておりません」
「なるほど」
生真面目なクロードらしい回答である。
しかし、劇は覚えていないのに、劇場の外観を褒めるクロードにアリスは苦笑した。
夜会の席で流暢な外国語を披露したクロードを見て確信したが、彼はアリスが思っていたよりずっと博識だった。
特にあの時テルミー夫人に古い灯台を勧めていたように、歴史的建造物などに造詣が深いようだ。
「是非、ご一緒したいですわ。でも、護衛のお仕事は大丈夫なんですの?」
「護衛と言ったって二十四時間付きっきりなわけじゃありません。交代勤務ですから休みや明け番がありますし、こうして貴女とお茶を飲む時間だってあるでしょう?」
「でしたら…、一日中一緒にいられるのなら、昼間は国立博物館に行きませんか?」
「博物館ですか⁈」
クロードはにわかに目を輝かせ、身を乗り出した。
国立博物館というのは中央劇場の近くにあり、昔は宮殿として使われていた建物を国に下げ渡して博物館として公開しているものだ。
クロードが歴史的なものに興味があるなら、絶対に好きだと思ったのだが。
「行きましょう、是非!しばらく行ってないから新しい展示も気になってたんですよ!ああ、楽しみだなぁ」
嬉しさを隠そうとともせず顔を綻ばせるクロードを、アリスはあらためて可愛いと思った。
秘書ラウルの声に、アリスは書類から少しだけ目線を上げた。
ラウルは皮肉げに口角を上げて、アリスを見下ろしている。
「…旦那様よ、ラウル」
アリスが嗜めるように言うと、ラウルはふんっと鼻を鳴らした。
「…どこが旦那様ですか。婿のくせに伯爵家の手伝いもしないで…」
「それは旦那様のせいじゃないわ。私が望んだことよ、ラウル」
アリスにそう言われ、ラウルは口をへの字にして黙り込んだ。
ラウルだって、わかっているのだ。
クロードが家業に携わることを拒んだのも、騎士団に残ることを望んだのもアリス自身だということを。
しかしそれをいいことに、あのお坊ちゃんはサンフォース邸に寄り付かず、王女の護衛騎士の任にまでついたのだ。
…何故か最近は頻繁に訪れるけれど。
サンフォース家で、クロードの評判はすこぶる悪い。
皆アリスお嬢様に心酔しているのだから、当然と言えば当然である。
だがそれを態度に出すとアリスに叱られるため、最近頻繁に顔を出すようになったクロードをそれなりにあたたかく迎え入れているのだ。
「お嬢様、旦那様がお見えになりました」
侍女のフェリシーが、クロードの来訪を告げに来た。
その顔も、仏頂面だ。
「あら、今、どちらに?」
「お庭で、タロと戯れておいでですわ」
「そう。じゃあ私もそちらに行くわ」
「……はい」
いそいそと執務室を出ていくアリスを見送り、ラウルはさらに口をへの字に曲げた。
クロードの来訪を聞いて微かに嬉しそうな顔をした主人に、少しだけ腹が立ったのだ。
◇◇◇
「旦那様、おかえりなさいませ」
アリスに声をかけられ、タロと戯れていたクロードは振り返った。
「…ただいま」
クロードがはにかむように答える。
まだまだこのシチュエーションに慣れないのだ。
以前は「いらっしゃいませ」と言っていたアリスが、「おかえりなさいませ」と言ってくれるようになった。
あの、晩餐会以降のことだ。
タロを間において、二人はよく会話するようになった。
以前はタロのことしか話題が無く会話に行き詰まってばかりいたが、最近は話題も多く、会話もスムーズに進んでいる。
「お仕事の方は順調ですか?」
お茶を飲みながらアリスがたずねると、クロードは少し苦笑した。
ルイーズ王女がかなりわがままで奔放だということは、アリスも王太子妃ゾフィーから聞いて知っている。
クロードのことを相当気に入っていて片時も離そうとせず、かなり振り回しているということも。
「昨日は王女殿下のお伴で中央劇場に行って参りました。舞台も荘厳な作りで、石造りの外観も本当に素晴らしかったです」
「まぁ、オペラですか?今流行りの演目を演っていますものね」
中央劇場ならアリスも行ったことがある。
ナルシスと婚約中、一度だけオペラを観に行ったのだ。
「…興味があるようでしたら、ご一緒にいかがですか?」
「え…?オペラを、私と、ですか?」
伺うようにたずねたクロードに、アリスは目を丸くした。
「ええ。その、私たちに不仲説が流れているのはご存知ですよね?先日の夜会で少しは払拭できたようですが、もう少し二人で人前に出た方がいいように思うのです」
(え、今さら…?)
アリスはきょとんと小首を傾げた。
自分たちの不仲説などもうずっと以前から流れているし、なんなら、どうせそのうち離縁するのだからと放置しておくつもりでいた。
そう考えながら目の前のクロードの顔を見れば、恥ずかしそうに目を伏せ、耳が真っ赤になっている。
(…可愛い…)
男の人に可愛いなど失礼かもしれないが、アリスは素直にそう思った。
敬遠している時はただ女性慣れしていない生真面目な堅物に見えていたが、少し打ち解けてみれば、彼は温和で純朴な好青年である。
そのクロードが、アリスを誘ってくれているのだ。
もしかしたら、離縁は決まっていてもそれまでの関係を少しでも円満に過ごせるよう、彼なりに気をつかっているのかもしれない。
「でも…、その演目は、旦那様はご覧になったのでしょう?」
「私は護衛の勤務中でしたから、劇の方は全く見ておりませんし、内容も覚えておりません」
「なるほど」
生真面目なクロードらしい回答である。
しかし、劇は覚えていないのに、劇場の外観を褒めるクロードにアリスは苦笑した。
夜会の席で流暢な外国語を披露したクロードを見て確信したが、彼はアリスが思っていたよりずっと博識だった。
特にあの時テルミー夫人に古い灯台を勧めていたように、歴史的建造物などに造詣が深いようだ。
「是非、ご一緒したいですわ。でも、護衛のお仕事は大丈夫なんですの?」
「護衛と言ったって二十四時間付きっきりなわけじゃありません。交代勤務ですから休みや明け番がありますし、こうして貴女とお茶を飲む時間だってあるでしょう?」
「でしたら…、一日中一緒にいられるのなら、昼間は国立博物館に行きませんか?」
「博物館ですか⁈」
クロードはにわかに目を輝かせ、身を乗り出した。
国立博物館というのは中央劇場の近くにあり、昔は宮殿として使われていた建物を国に下げ渡して博物館として公開しているものだ。
クロードが歴史的なものに興味があるなら、絶対に好きだと思ったのだが。
「行きましょう、是非!しばらく行ってないから新しい展示も気になってたんですよ!ああ、楽しみだなぁ」
嬉しさを隠そうとともせず顔を綻ばせるクロードを、アリスはあらためて可愛いと思った。
161
あなたにおすすめの小説
【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう~踏みにじられた恋を抱えて
ゆうぎり
恋愛
「この子がクラーラの婚約者になるんだよ」
お父様に連れられたお茶会で私は一つ年上のナディオ様に恋をした。
綺麗なお顔のナディオ様。優しく笑うナディオ様。
今はもう、私に微笑みかける事はありません。
貴方の笑顔は別の方のもの。
私には忌々しげな顔で、視線を向けても貰えません。
私は厭われ者の婚約者。社交界では評判ですよね。
ねぇナディオ様、恋は花と同じだと思いませんか?
―――水をやらなければ枯れてしまうのですよ。
※ゆるゆる設定です。
※名前変更しました。元「踏みにじられた恋ならば、婚約破棄はお受けいたしましょう」
※多分誰かの視点から見たらハッピーエンド
許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください>
私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
月夜に散る白百合は、君を想う
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢であるアメリアは、王太子殿下の護衛騎士を務める若き公爵、レオンハルトとの政略結婚により、幸せな結婚生活を送っていた。
彼は無口で家を空けることも多かったが、共に過ごす時間はアメリアにとってかけがえのないものだった。
しかし、ある日突然、夫に愛人がいるという噂が彼女の耳に入る。偶然街で目にした、夫と親しげに寄り添う女性の姿に、アメリアは絶望する。信じていた愛が偽りだったと思い込み、彼女は家を飛び出すことを決意する。
一方、レオンハルトには、アメリアに言えない秘密があった。彼の不自然な行動には、王国の未来を左右する重大な使命が関わっていたのだ。妻を守るため、愛する者を危険に晒さないため、彼は自らの心を偽り、冷徹な仮面を被り続けていた。
家出したアメリアは、身分を隠してとある街の孤児院で働き始める。そこでの新たな出会いと生活は、彼女の心を少しずつ癒していく。
しかし、運命は二人を再び引き合わせる。アメリアを探し、奔走するレオンハルト。誤解とすれ違いの中で、二人の愛の真実が試される。
偽りの愛人、王宮の陰謀、そして明かされる公爵の秘密。果たして二人は再び心を通わせ、真実の愛を取り戻すことができるのだろうか。
【完結】彼を幸せにする十の方法
玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。
フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。
婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。
しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。
婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。
婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。
「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
【完結】呪言《ことほぎ》あなたがそうおっしゃったから。
友坂 悠
恋愛
「君はまだ幼い、私は君を大事にしたいのだ」
あなたがそうおっしゃったから。
わたくしは今までお飾りの妻でがまんしてきたのに。
あなたがそうおっしゃったから。
好きでもない商会のお仕事を頑張ってこなしてきたのに。
全部全部、嘘だったというの?
そしたらわたくしはこれからどうすればいいっていうの?
子供の頃から将来の伴侶として約束された二人。
貴族らしく、外あたりが良く温厚に見えるように育ったラインハルト。
貞淑な令嬢、夫を支えるべき存在になるようにと育てられたアリーシア。
二人は両家に祝福され結婚したはず、だった。
しかし。
結婚したのはラインハルトが18になった歳、アリーシアはまだ14歳だった。
だから、彼のその言葉を疑いもせず信じたアリーシア。
それがまさか、三年後にこんなことになるなんて。
三年間白い結婚を継続した夫婦は子を残す意思が無いものと認められ、政略的な両家のしがらみや契約を破棄し離縁できる。
それがこの国の貴族の婚姻の決まりだった。
元は親同士の契約に逆らって離縁しやり直すための決まり事。
もちろん、そんな肉体的繋がりなど無くても婚姻を継続する夫婦は存在する。
いや、貴族であれば政略結婚が当たり前、愛はなくても結婚生活は続いていく。
貴族の結婚なんて所詮そんなもの。
家同士のつながりさえあれば問題ないのであれば、そこに愛なんてものがなくってもしょうがないのかも、知れない。
けれど。
まさかそんなラインハルトから離婚を言い出されるとは思ってもいなかったアリーシア。
自分は傾いた家を立て直すまでのかりそめの妻だったのか。
家業が上手くいくようになったらもう用無しなのか。
だまされていたのかと傷心のまま実家に戻る彼女を待っていたのは、まさかのラインハルトと妹マリアーナの婚約披露。
悲しみのまま心が虚になったまま領地に逃げ引き篭もるアリーシアだったが……
夫と妹に、いや、家族全てから裏切られたお飾り妻のアリーシア。
彼女が心の平穏を取り戻し幸せになるまでの物語。
【完結】恋が終わる、その隙に
七瀬菜々
恋愛
秋。黄褐色に光るススキの花穂が畦道を彩る頃。
伯爵令嬢クロエ・ロレーヌは5年の婚約期間を経て、名門シルヴェスター公爵家に嫁いだ。
愛しい彼の、弟の妻としてーーー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる