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それぞれの役割
避寒地にて
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ルイーズ王女の離宮行きについて来たクロードは、思っていた通り毎日王女に振り回されていた。
離宮に来ても交代勤務のはずが、王女が眠っている間以外はほぼ側近くに侍らされる。
同僚たちももう嫉妬というより、クロードを気の毒な目で見るようになっていた。
ある日ルイーズは思いつきで近くの町に出かけると言い出した。
服や宝飾品の店が見たいと言うのだ。
警備が大変なため店員を離宮に呼ぶよう勧めたが、ルイーズ王女は言い出したら聞かない人間だ。
仕方なくお忍びで店を二軒だけに絞って行くことになったのだが、王女は何を思ったか、下級貴族のカップルに見えるような揃いの服を自分とクロードに着せて出かけた。
クロードは抵抗したが、同僚たちからは『王女様の初恋の思い出だと思って合わせてやれ』と言われ、仕方なくデートの真似事をすることになったのだ。
王女は馬車ではクロードを隣に座らせ、店の中でも手を繋いだり腕を組んだりして歩いた。
宝飾品の店に入った時、クロードはある髪飾りに目を留めた。
小さな藍色の石が付いて細工も美しいそれは、思ったほど金額も高くなく、クロードの手持ちの金でも十分に手が届きそうだ。
(アリスに似合いそうだな…)
普段のアリスはあまり装飾品を付けていないし、どうやら高級品にこだわる人でもなさそうだ。
藍色はクロードの瞳の色でもある。
今まで贈り物などしたことがなかったが、手紙と一緒にこれを送ったら、彼女はどんな反応をしてくれるだろうか。
(非番の時にもう一度来よう)
そう思った時、ルイーズ王女がその髪飾りを指差した。
「ねぇ、それを見せて」
「はい、お待ちくださいませ」
店員がいそいそとケースを開け、髪飾りを取り出した。
クロードはその店員の手を呆然と見ている。
「ねぇクロード。付けてみて」
「……え?」
「何ボーッとしてるのよ。私の髪に付けてちょうだい」
「……はい」
クロードは店員から髪飾りを渡されると、そっとハーフアップされたルイーズの髪に付けてやった。
「似合う?」
「ええ…、はい」
「そう。じゃあこれ、買うわ。このまま付けて行くから」
その日から毎日、その髪飾りは王女の髪を飾り続けた。
田舎の町の宝飾品店で買った髪飾りは、いつも高級品しか身に付けない王女にとっては安物であるのに。
次に行ったブティックでは、白くてふかふかのショールが目に留まった。
今頃王都はかなり寒くなっているだろうから、アリスにこのショールを贈ってはどうだろうか、とクロードは考えた。
可愛らしいそれは、アリスの華奢な体を包んでくれることだろう。
しかしルイーズ王女は、そのショールもすぐに購入した。
王女はどうしてかクロードの目に留まる物に気付き、それを購入する。
クロードはもう、『無』になることに決めた。
ここ避寒地からアリスに土産を贈るのは、諦めた方が良さそうだ。
そんな毎日を送っていたある日、アリスから、近々サンフォース領に向かうという連絡が来た。
鉄道事業の件で道々途中の領主と会談しながら、十日後には領地に入ると言う。
そして、アリス自身も休暇として、領地で二週間程過ごすというのだ。
サンフォース領は海に面して冬でも温暖であるため、彼女もまた避寒地として滞在するつもりなのだろう。
クロードはアリスに会えないだろうかと考えた。
同じく海に面した直轄領の離宮からサンフォース領までは、二日あれば往復出来る。
二日休みさえもらえれば、アリスに会いに行けるのだ。
クロードは言葉を尽くして、アリスが休暇を終える頃に合わせて二日間の休みをもぎ取った。
ルイーズ王女はそれでも渋っていたが、普段クロードに仕事を押し付け気味の同僚たちも後押ししてくれた。
だいたい、元々休みを取らせない方がおかしいのであって、国王からもその言質は得ている。
もちろんクロードは妻に会いに行くなどとは口が裂けても言うつもりはない。
ただ、彼女に会うのを楽しみにいつもより張り切って仕事をしていたのは否めない。
◇◇◇
休みを取った朝、クロードは夜が明ける前に厩舎に姿を現した。
アリスは明日サンフォース領を出て王都に向かうと聞いたから、馬で駆ければ昼過ぎには領地に着き、一晩一緒に過ごせるだろう。
もちろんおかしな意味はなく、彼女の生まれた家を見て、彼女が守る領地を見て、ゆっくり語り合えたらと思う。
そして翌日は領地から王都へ向かうアリスを、少し見送るくらいのことは出来るだろう。
クロードは久しぶりにアリスに会えると浮かれていた。
ウキウキする気持ちを抑えられないのだ。
それで、否応なく自覚した。
やはり自分は彼女が好きなのだと。
会えない時間で想いは募るばかりで、何をしていても彼女のことを思い出してしまう。
この気持ちをアリスに伝えよう。
そうクロードは思った。
離縁前提の結婚ではあるが、二人で考えれば…、そう、もし彼女も自分と同じ気持ちならば、離縁を回避することも出来るかもしれない。
馬に鞍を乗せ、鎧に足をかけた時、厩舎の外から足音が聞こえて来た。
「クロード、どこへ行くの?」
ルイーズ王女と、騎士仲間のうちの数人だった。
何故こんな早朝に王女が厩舎に現れるのか不思議に思ったが、もしかしたらクロードの行動を見張らせていたのかもしれない。
その証拠に、騎士仲間たちがバツの悪そうな顔でクロードを見ている。
「ちょっと遠乗りに行って来ます。私の愛馬も運動不足なようなので」
クロードはそう言って笑ったが、王女は顔を強張らせたまま、「じゃあ私も連れて行きなさい」と命令した。
「しかし、私は休みをもらったはずでは…」
「休み中だからといって、離宮を離れるのは許しません。その間に私に何かあったらどうするつもりなの⁈」
「しかし王女様、護衛騎士はクロードの他にもおりますから…」
そう言って間に入ったのは、一番年長の護衛騎士だ。
しかし王女は冷ややかにその騎士を睨みつけ、そしてクロードに目を向けた。
「側で私を守るのがあなたたちの仕事よ。すぐに駆けつけられない場所に行くのは絶対に許さないわ」
王女がこう言い出したからには、多分クロードが戻るまで諦めないだろう。
クロードは項垂れ、馬を厩舎に戻すと、大人しく自室に帰った。
それからのクロードは、休暇を取った二日間、体調不良を理由に部屋から一歩も出なかったのである。
離宮に来ても交代勤務のはずが、王女が眠っている間以外はほぼ側近くに侍らされる。
同僚たちももう嫉妬というより、クロードを気の毒な目で見るようになっていた。
ある日ルイーズは思いつきで近くの町に出かけると言い出した。
服や宝飾品の店が見たいと言うのだ。
警備が大変なため店員を離宮に呼ぶよう勧めたが、ルイーズ王女は言い出したら聞かない人間だ。
仕方なくお忍びで店を二軒だけに絞って行くことになったのだが、王女は何を思ったか、下級貴族のカップルに見えるような揃いの服を自分とクロードに着せて出かけた。
クロードは抵抗したが、同僚たちからは『王女様の初恋の思い出だと思って合わせてやれ』と言われ、仕方なくデートの真似事をすることになったのだ。
王女は馬車ではクロードを隣に座らせ、店の中でも手を繋いだり腕を組んだりして歩いた。
宝飾品の店に入った時、クロードはある髪飾りに目を留めた。
小さな藍色の石が付いて細工も美しいそれは、思ったほど金額も高くなく、クロードの手持ちの金でも十分に手が届きそうだ。
(アリスに似合いそうだな…)
普段のアリスはあまり装飾品を付けていないし、どうやら高級品にこだわる人でもなさそうだ。
藍色はクロードの瞳の色でもある。
今まで贈り物などしたことがなかったが、手紙と一緒にこれを送ったら、彼女はどんな反応をしてくれるだろうか。
(非番の時にもう一度来よう)
そう思った時、ルイーズ王女がその髪飾りを指差した。
「ねぇ、それを見せて」
「はい、お待ちくださいませ」
店員がいそいそとケースを開け、髪飾りを取り出した。
クロードはその店員の手を呆然と見ている。
「ねぇクロード。付けてみて」
「……え?」
「何ボーッとしてるのよ。私の髪に付けてちょうだい」
「……はい」
クロードは店員から髪飾りを渡されると、そっとハーフアップされたルイーズの髪に付けてやった。
「似合う?」
「ええ…、はい」
「そう。じゃあこれ、買うわ。このまま付けて行くから」
その日から毎日、その髪飾りは王女の髪を飾り続けた。
田舎の町の宝飾品店で買った髪飾りは、いつも高級品しか身に付けない王女にとっては安物であるのに。
次に行ったブティックでは、白くてふかふかのショールが目に留まった。
今頃王都はかなり寒くなっているだろうから、アリスにこのショールを贈ってはどうだろうか、とクロードは考えた。
可愛らしいそれは、アリスの華奢な体を包んでくれることだろう。
しかしルイーズ王女は、そのショールもすぐに購入した。
王女はどうしてかクロードの目に留まる物に気付き、それを購入する。
クロードはもう、『無』になることに決めた。
ここ避寒地からアリスに土産を贈るのは、諦めた方が良さそうだ。
そんな毎日を送っていたある日、アリスから、近々サンフォース領に向かうという連絡が来た。
鉄道事業の件で道々途中の領主と会談しながら、十日後には領地に入ると言う。
そして、アリス自身も休暇として、領地で二週間程過ごすというのだ。
サンフォース領は海に面して冬でも温暖であるため、彼女もまた避寒地として滞在するつもりなのだろう。
クロードはアリスに会えないだろうかと考えた。
同じく海に面した直轄領の離宮からサンフォース領までは、二日あれば往復出来る。
二日休みさえもらえれば、アリスに会いに行けるのだ。
クロードは言葉を尽くして、アリスが休暇を終える頃に合わせて二日間の休みをもぎ取った。
ルイーズ王女はそれでも渋っていたが、普段クロードに仕事を押し付け気味の同僚たちも後押ししてくれた。
だいたい、元々休みを取らせない方がおかしいのであって、国王からもその言質は得ている。
もちろんクロードは妻に会いに行くなどとは口が裂けても言うつもりはない。
ただ、彼女に会うのを楽しみにいつもより張り切って仕事をしていたのは否めない。
◇◇◇
休みを取った朝、クロードは夜が明ける前に厩舎に姿を現した。
アリスは明日サンフォース領を出て王都に向かうと聞いたから、馬で駆ければ昼過ぎには領地に着き、一晩一緒に過ごせるだろう。
もちろんおかしな意味はなく、彼女の生まれた家を見て、彼女が守る領地を見て、ゆっくり語り合えたらと思う。
そして翌日は領地から王都へ向かうアリスを、少し見送るくらいのことは出来るだろう。
クロードは久しぶりにアリスに会えると浮かれていた。
ウキウキする気持ちを抑えられないのだ。
それで、否応なく自覚した。
やはり自分は彼女が好きなのだと。
会えない時間で想いは募るばかりで、何をしていても彼女のことを思い出してしまう。
この気持ちをアリスに伝えよう。
そうクロードは思った。
離縁前提の結婚ではあるが、二人で考えれば…、そう、もし彼女も自分と同じ気持ちならば、離縁を回避することも出来るかもしれない。
馬に鞍を乗せ、鎧に足をかけた時、厩舎の外から足音が聞こえて来た。
「クロード、どこへ行くの?」
ルイーズ王女と、騎士仲間のうちの数人だった。
何故こんな早朝に王女が厩舎に現れるのか不思議に思ったが、もしかしたらクロードの行動を見張らせていたのかもしれない。
その証拠に、騎士仲間たちがバツの悪そうな顔でクロードを見ている。
「ちょっと遠乗りに行って来ます。私の愛馬も運動不足なようなので」
クロードはそう言って笑ったが、王女は顔を強張らせたまま、「じゃあ私も連れて行きなさい」と命令した。
「しかし、私は休みをもらったはずでは…」
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「しかし王女様、護衛騎士はクロードの他にもおりますから…」
そう言って間に入ったのは、一番年長の護衛騎士だ。
しかし王女は冷ややかにその騎士を睨みつけ、そしてクロードに目を向けた。
「側で私を守るのがあなたたちの仕事よ。すぐに駆けつけられない場所に行くのは絶対に許さないわ」
王女がこう言い出したからには、多分クロードが戻るまで諦めないだろう。
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