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それぞれの役割
彼のいない王都
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クロードがルイーズ王女の伴で離宮に行って、早一月が経つ。
その間、クロードからは何度か手紙が届き、離宮での様子などが書かれていた。
「ほらタロ。旦那様からのお手紙よ」
アリスはタロにも見えるように手紙を広げてやった。
破かれてしまうと困るので、タロが届かないように上の方でヒラヒラさせる。
「旦那様に会えなくてタロも寂しい?私も寂しいわ…」
アリスは手紙を胸に押し当てると、小さく呟いた。
仕事の方は、順調に進んでいる。
かねてからすすめていた鉄道事業はうまくいっていて、先日新しい線の開通式に行って来たばかりだ。
コラール家と共同で進めている貿易業も順調で、先日夜会で知り合ったテルルの商人とは良い取引も出来た。
(仕事さえあれば、それで良かったのに…)
ぽっかりと空いてしまった胸の寂しさを、埋めてくれる存在が今側にいない。
こんな気持ち、知らなくてよかったのに。
(…と言うか、私、チョロくない?)
アリスは自分の唇に指をやってそっと目を閉じた。
あのデートの夜にキスをしたクロードがしばらく顔を見せなくなって、アリスはもしかしたら彼が後悔しているのではないかと思っていた。
だったら、それをいいことに無かったことにしてしまえばいいとも思った。
あれは、雰囲気に浮かされてついしてしまったこと。
ちょっとした事故なのだと。
しかしクロードは次に顔を見せた時、何故来られなかったのか懇々と言い訳した。
その上で、再びアリスにキスをしたのだ。
あんなに無愛想で、堅物に見えていた騎士が。
(酷い人…)
アリスは唇に触れながら、そう呟いた。
お互い言葉にはしないが、もしかしたら自分たちは同じ気持ちなのかもしれない。
でもだからといって、どうなると言うのだろう。
やっぱり彼は酷い人だとアリスは思う。
こうしてアリスを一人にするくせに。
いずれは、永遠にアリスから離れて行くくせに。
いや、離縁しないという選択もあるにはあるだろう。
でも、それでもやはりクロードはルイーズ王女に付いて隣国タンタルに向かうだろうし、サンフォース伯爵であるアリスはここアルゴンに残るのだ。
それを思えば、やはり離縁するのが二人にとって一番良い選択だと思う。
(やっぱり酷い人ね、クロード)
こんな気持ちは知りたくなかった。
サンフォース伯爵としての自負があるアリスは、弱い女になんかなりたくなかったのだ。
◇◇◇
コラール家との商談の時のこと。
いつもはコラール家長男パトリスとアリスの間ですすめられるのだが、最近は三男レイモンも加わるようになった。
レイモンは近いうちに婚約者と式を挙げ、侯爵家から独立すると聞く。
「サンフォース伯爵。名前でお呼びしてもよろしいですか?」
商談を終えた後、アリスはレイモンに話しかけられた。
クロードと結婚して半年経つが、こうして三兄のレイモンと面と向かって会話するのはおそらく初めてのことだ。
「どうぞアリスとお呼びくださいませ、レイモン様。貴方とは同い年ですが、私は義妹にあたるのですもの」
「ではアリスさんと呼ばせていただきます」
レイモンは人当たりの良さそうな笑顔でそう言った。
美形揃いのコラール家の息子だけあって、レイモンもまた眉目秀麗な青年だ。
ただ、四人の中では幾分神経質そうにも見える。
「クロードは新妻を放ったらかして避寒地で遊興中らしいですね」
突然クロードの話を振られ、アリスは眉を上げた。
二人に共通する人間がクロードなのだから当たり前なのだが、いきなり遊興中とは穏やかじゃない。
「旦那様はお仕事で行かれたのですわ。遊んでなんておりません」
「どうですかね。敬愛する王女様について行かれたのですから」
「その王女様をお守りするために随行したのですわ」
クロードがどんなに騎士の仕事に誇りを持っているかアリスは理解しているつもりだ。
それを血の繋がった兄であるレイモンがクロードを貶めるようなことを言うなんて納得がいかない。
不機嫌さを隠そうともしないアリスを見て、レイモンは嘲るように笑った。
「本当はね、私が貴女の夫になりたかったのですよ」
「……は?」
レイモンの言葉に、アリスは目を大きく見開いた。
「でも、貴方には婚約者が…」
「それこそ、クロードの婚約者に差し替えればよかったんですよ。だってクロードのような脳筋、貴女には何の役にも立たないでしょう?あの時クロードが断固拒否すれば私に花婿の座が回ってきたかもしれないのに、結局はあいつが受けてしまって…」
「クロード様は脳筋なんかじゃありませんわ。歴史にもお詳しいし、テルル語にも堪能ですし…」
「アリスさんは、クロードが何故テルル語が堪能かご存知じゃないんですか?」
「…どういう意味ですか?」
「現在ルイーズ王女の婚約者はタンタルの第ニ王子ですが、二年前まではテルルの第三王子に嫁ぐ予定だったのですよ」
「…ええ」
その話はアリスも聞いたことがあった。
元々ルイーズ王女は幼い頃にテルルの第三王子と婚約を結んだのだが、その後王子が病弱を理由に婚約の解消を申し入れてきたらしい。
しかし実は病弱というのは嘘で、本当は自国の貴族令嬢と恋仲になったせいだという。
それに、わがまま娘と評判のルイーズ王女と結婚するのを嫌がったという噂もあるのだ。
困った国王は新たに王女の嫁ぎ先を探したのだが、なかなかいい相手が見つからない。
自国の貴族に降嫁させようとしても『もったいない』と辞退する家ばかり。
やっと見つけたのが、タンタルの第二王子の、後妻の口だった。
タンタル王子はルイーズより十三も年上だが、わがまま娘にはかえってずっと年上の男の方がいいだろうとの判断であった。
輿入れはルイーズが十六歳を迎える来年以降ということになっている。
ようやく見つかった輿入れ先に国王は安堵したが、しかし隣国の、しかもずっと年上の男性に嫁ぐ娘を憐れに思ってさらに甘やかしているのは否めない。
「要するにね、最初にルイーズ王女殿下が嫁ぐはずだったのはテルルだったから、護衛騎士を狙っていたクロードはテルル語を勉強していたんですよ」
レイモンは自慢げにそう話した。
アリスは黙って彼の話を聞いている。
「それに、先日の夜会ではずいぶんと上手なダンスを踊っていたようですが、それについても色々噂があるのを知っていますか?」
「噂…、ですか?」
「クロードのやつ、毎晩王女殿下のダンスレッスンに付き合わされているようです。まぁ、付き合わされてるのが純粋にダンスだけかどうかは知りませんが。王宮侍女たちの、もっぱらの噂ですよ」
たしかに結婚披露宴ではほとんど踊れなかったクロードが、先日の夜会では華麗なダンスを披露した。
なるほど、王女のダンスレッスンのパートナーになっているなら納得がいく。
「まぁ、ルイーズ王女はクロードの初恋の人ですしね」
レイモンが最後に漏らした言葉が、その後ずっとアリスの耳にこびりついて離れなかった。
その間、クロードからは何度か手紙が届き、離宮での様子などが書かれていた。
「ほらタロ。旦那様からのお手紙よ」
アリスはタロにも見えるように手紙を広げてやった。
破かれてしまうと困るので、タロが届かないように上の方でヒラヒラさせる。
「旦那様に会えなくてタロも寂しい?私も寂しいわ…」
アリスは手紙を胸に押し当てると、小さく呟いた。
仕事の方は、順調に進んでいる。
かねてからすすめていた鉄道事業はうまくいっていて、先日新しい線の開通式に行って来たばかりだ。
コラール家と共同で進めている貿易業も順調で、先日夜会で知り合ったテルルの商人とは良い取引も出来た。
(仕事さえあれば、それで良かったのに…)
ぽっかりと空いてしまった胸の寂しさを、埋めてくれる存在が今側にいない。
こんな気持ち、知らなくてよかったのに。
(…と言うか、私、チョロくない?)
アリスは自分の唇に指をやってそっと目を閉じた。
あのデートの夜にキスをしたクロードがしばらく顔を見せなくなって、アリスはもしかしたら彼が後悔しているのではないかと思っていた。
だったら、それをいいことに無かったことにしてしまえばいいとも思った。
あれは、雰囲気に浮かされてついしてしまったこと。
ちょっとした事故なのだと。
しかしクロードは次に顔を見せた時、何故来られなかったのか懇々と言い訳した。
その上で、再びアリスにキスをしたのだ。
あんなに無愛想で、堅物に見えていた騎士が。
(酷い人…)
アリスは唇に触れながら、そう呟いた。
お互い言葉にはしないが、もしかしたら自分たちは同じ気持ちなのかもしれない。
でもだからといって、どうなると言うのだろう。
やっぱり彼は酷い人だとアリスは思う。
こうしてアリスを一人にするくせに。
いずれは、永遠にアリスから離れて行くくせに。
いや、離縁しないという選択もあるにはあるだろう。
でも、それでもやはりクロードはルイーズ王女に付いて隣国タンタルに向かうだろうし、サンフォース伯爵であるアリスはここアルゴンに残るのだ。
それを思えば、やはり離縁するのが二人にとって一番良い選択だと思う。
(やっぱり酷い人ね、クロード)
こんな気持ちは知りたくなかった。
サンフォース伯爵としての自負があるアリスは、弱い女になんかなりたくなかったのだ。
◇◇◇
コラール家との商談の時のこと。
いつもはコラール家長男パトリスとアリスの間ですすめられるのだが、最近は三男レイモンも加わるようになった。
レイモンは近いうちに婚約者と式を挙げ、侯爵家から独立すると聞く。
「サンフォース伯爵。名前でお呼びしてもよろしいですか?」
商談を終えた後、アリスはレイモンに話しかけられた。
クロードと結婚して半年経つが、こうして三兄のレイモンと面と向かって会話するのはおそらく初めてのことだ。
「どうぞアリスとお呼びくださいませ、レイモン様。貴方とは同い年ですが、私は義妹にあたるのですもの」
「ではアリスさんと呼ばせていただきます」
レイモンは人当たりの良さそうな笑顔でそう言った。
美形揃いのコラール家の息子だけあって、レイモンもまた眉目秀麗な青年だ。
ただ、四人の中では幾分神経質そうにも見える。
「クロードは新妻を放ったらかして避寒地で遊興中らしいですね」
突然クロードの話を振られ、アリスは眉を上げた。
二人に共通する人間がクロードなのだから当たり前なのだが、いきなり遊興中とは穏やかじゃない。
「旦那様はお仕事で行かれたのですわ。遊んでなんておりません」
「どうですかね。敬愛する王女様について行かれたのですから」
「その王女様をお守りするために随行したのですわ」
クロードがどんなに騎士の仕事に誇りを持っているかアリスは理解しているつもりだ。
それを血の繋がった兄であるレイモンがクロードを貶めるようなことを言うなんて納得がいかない。
不機嫌さを隠そうともしないアリスを見て、レイモンは嘲るように笑った。
「本当はね、私が貴女の夫になりたかったのですよ」
「……は?」
レイモンの言葉に、アリスは目を大きく見開いた。
「でも、貴方には婚約者が…」
「それこそ、クロードの婚約者に差し替えればよかったんですよ。だってクロードのような脳筋、貴女には何の役にも立たないでしょう?あの時クロードが断固拒否すれば私に花婿の座が回ってきたかもしれないのに、結局はあいつが受けてしまって…」
「クロード様は脳筋なんかじゃありませんわ。歴史にもお詳しいし、テルル語にも堪能ですし…」
「アリスさんは、クロードが何故テルル語が堪能かご存知じゃないんですか?」
「…どういう意味ですか?」
「現在ルイーズ王女の婚約者はタンタルの第ニ王子ですが、二年前まではテルルの第三王子に嫁ぐ予定だったのですよ」
「…ええ」
その話はアリスも聞いたことがあった。
元々ルイーズ王女は幼い頃にテルルの第三王子と婚約を結んだのだが、その後王子が病弱を理由に婚約の解消を申し入れてきたらしい。
しかし実は病弱というのは嘘で、本当は自国の貴族令嬢と恋仲になったせいだという。
それに、わがまま娘と評判のルイーズ王女と結婚するのを嫌がったという噂もあるのだ。
困った国王は新たに王女の嫁ぎ先を探したのだが、なかなかいい相手が見つからない。
自国の貴族に降嫁させようとしても『もったいない』と辞退する家ばかり。
やっと見つけたのが、タンタルの第二王子の、後妻の口だった。
タンタル王子はルイーズより十三も年上だが、わがまま娘にはかえってずっと年上の男の方がいいだろうとの判断であった。
輿入れはルイーズが十六歳を迎える来年以降ということになっている。
ようやく見つかった輿入れ先に国王は安堵したが、しかし隣国の、しかもずっと年上の男性に嫁ぐ娘を憐れに思ってさらに甘やかしているのは否めない。
「要するにね、最初にルイーズ王女殿下が嫁ぐはずだったのはテルルだったから、護衛騎士を狙っていたクロードはテルル語を勉強していたんですよ」
レイモンは自慢げにそう話した。
アリスは黙って彼の話を聞いている。
「それに、先日の夜会ではずいぶんと上手なダンスを踊っていたようですが、それについても色々噂があるのを知っていますか?」
「噂…、ですか?」
「クロードのやつ、毎晩王女殿下のダンスレッスンに付き合わされているようです。まぁ、付き合わされてるのが純粋にダンスだけかどうかは知りませんが。王宮侍女たちの、もっぱらの噂ですよ」
たしかに結婚披露宴ではほとんど踊れなかったクロードが、先日の夜会では華麗なダンスを披露した。
なるほど、王女のダンスレッスンのパートナーになっているなら納得がいく。
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