花婿が差し替えられました

凛江

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近づく、離れる

王女の想い

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アルゴン王国の末娘ルイーズ王女は、最近不機嫌だ。
お気に入りの護衛騎士クロードが、頻繁に自宅に帰るようになったからだ。

いつの頃からか、クロードは休みの日は王宮を出て過ごし、夜勤以外の日は自宅で寝泊まりするようになった。
呼んですぐ来れる距離にクロードがいないことにルイーズ王女はご立腹だが、本来休みの日の騎士を呼び出す方がおかしいのだ。
兄である王太子にも、護衛騎士に限らず侍女たちにもしっかり休みを取らせるようにと苦言を呈され、王女はもしかしたらこれは王太子妃から言わされているのかもしれないと勘繰った。
王太子妃ゾフィーは、クロードの妻アリスと仲が良いと知っていたからだ。

◇◇◇

ルイーズは、一目見た時からクロードが気に入っていた。
新たに護衛騎士が選ばれた時の顔合わせで、彼だけがルイーズの目を惹いたからだ。
ルイーズは二年後、隣国タンタルの第二王子に嫁ぐ。
その時連れて行く護衛騎士を選ぶため、現在の護衛を増員した。
この護衛騎士の中から、精鋭を選んで連れて行くのだ。
ルイーズはすぐに「絶対クロードは決まり」と思った。
ゴツくて脳筋の集まりのような護衛騎士の中で、クロード一人だけが、まるで清涼剤のように涼やかな美男子だったからだ。
嫁ぎ先の王子は何度か会ったことがあるが、だいぶ年上だし、美男子とは言いがたい。
そんなところに若く美しい姫が嫁ぐのだから、見目麗しい護衛を侍らせるくらい可愛いものだろう。

その時ルイーズは、小さい頃に乳母が話してくれた、騎士がお姫様を守る物語を思い出していた。
物語の中の騎士は、身分故に自分の気持ちを隠し、姫のために闘う。
まるで、クロードと自分のようではないかとルイーズは思う。

クロードがルイーズの護衛騎士に選ばれた時、彼はその直前に結婚していた。
しかし彼は新婚だというのに全く自宅に寄り付かず、ずっと王宮に寝泊まりしていた。
ルイーズが呼べば休みであろうとすぐに駆けつけられる距離にいるのだ。
探らせてみれば、彼の結婚は全くの政略結婚で、しかもクロードは兄の身代わりだったという。
妻との仲はかなり拗れているようで、社交界では離縁も秒読みだとまで噂されているらしい。

(だからクロードは、新婚なのに敢えて二年後には隣国に嫁ぐ私の護衛に立候補したのね。要するに、妻より私を選んだってこと…)
ルイーズはそう考えた。
それはあながち間違った考えではなかったのだが、そう仕向けたのが他ならぬ妻であることを、ルイーズは知らない。
そしてやがて、ルイーズは王宮の庭園で、彼の妻を見かけることになる。

クロードの妻アリスは、ルイーズが想像していたよりもずっと美しく、可愛らしい女性だった。
しかも、ルイーズが憧れている義姉ゾフィー王太子妃も、アリスをベタ褒めしている。
それに…、その時ルイーズは、アリスを複雑な表情で見つめるクロードの瞳に気づいた。
いつも無表情で感情を顔に表さないクロードのなんとも言えない表情。
そこにルイーズは、アリスに対する彼の憧憬のようなものを感じたのだ。

その日から、ルイーズの中でアリスはクロードと自分の邪魔をする者と位置付けられた。
それまでは全く気にも留めていなかった彼の妻を、初めて認識したのだ。

だから、ルイーズは余計にクロードを身近に置くようになった。
彼には、隣国タンタルまでついて来て、生涯騎士として自分に忠誠を誓ってもらわなければならない。
今はまだ国王に忠誠を誓い国王の任命に従ってルイーズの護衛騎士になった形のクロードだが、タンタルに向かう時は唯一ルイーズだけに、忠誠を誓わせるのだ。

ところが、あの庭園で会った日以来、何やら雲行きが怪しい。
休みの日でも王宮内で鍛錬ばかりしていたはずのクロードが、頻繁に外出するようになったのだ。
理由を問いただせば、妻が飼い始めた仔犬が可愛くて会いに行っていると言う。
「ならここでも仔犬を飼うか、さもなければその仔犬を王宮に呼び寄せるか」と提案してみたが、クロードは激しく首を横に振った。
「私は、他の犬ではなくてあの仔犬に会いたいのです。それに、妻があんなに可愛がっている仔犬を引き離すなんて出来ません」と。

あれからも二回ほど、王太子妃ゾフィーと連れ立って王宮内を歩くアリスを見かけた。
ゾフィーと仲の良いアリスは今までもこうしてお茶に付き合わされることがあったようだが、気にも留めていなかったから気づかなかったのだろう。
こうして気づくようになってみれば、連れ立って歩く淑女二人はとても艶やかだ。
それに、クロードの瞳…。
アリスを見つめる彼の瞳には、以前よりあきらかに、親愛の情がこめられている。
そしてとうとうクロードは、夜勤以外の日は王宮を出て自宅に寝泊まりするようになった。

今日も、夜勤明けだったクロードはサンフォース邸に帰る。
朝の挨拶を済ませると、彼はいそいそとルイーズから離れて行った。
そのクロードの後ろ姿を見送るルイーズに、お付きの侍女がそっと声をかけた。
「クロード様は来月の騎馬試合に出場なさるそうですわよ」
「騎馬試合…?」
未成年王族だったルイーズは観覧したことがなかったが、そういうものがあるのは聞いたことがある。
「優勝すると陛下から望みを叶えてもらえるそうです。クロード様は何を望まれるのでしょうね。もしかしたら、王女殿下のことかもしれませんわ」
侍女がうっとりと頬を染める。

『騎馬試合に優勝した騎士が唯一の望みは王女殿下だと国王陛下に訴える』というようなお伽話は、巷で溢れている。
少女たちは皆、自分にもそんな騎士が現れることを夢見ているのだ。
(でも…、それは無いわ)
ルイーズはポツリと呟いた。
騎士の鑑のようなクロードが、妻帯している身でそんな非常識で大それた望みを抱くわけがない。
それに、ルイーズを見る目にそんな熱量がないこともわかっている。

(でも…、あの女を見る目は…)
このままでは、クロードは隣国について行かないと言い出すかもしれない。
「なんとかしなくちゃ…」
ルイーズはそう呟くと、エントランスを出て厩舎へ急ぐクロードの後ろ姿を、窓から眺めていた。
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