花婿が差し替えられました

凛江

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近づく、離れる

事件

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その日、アリスは鉄道事業の会合で王宮に来ていた。
今日は宰相を交えての大きな会合で、関わりのある部門のトップや事業主、領主たちも集まっている。
コラール侯爵家からは長男パトリスと三男レイモンが参加しており、アリスはあの意味不明な求婚騒ぎ以来、初めてレイモンと顔を合わせた。
レイモンも侯爵家から独立する貴族として、この会合に初めて参加したらしい。

会合が終わると、アリスは事業主たちに取り囲まれた。
事業主たちは皆、やり手の女伯爵と良い関係を結びたいのだ。
そしてやっとその輪を抜けた頃、それを待っていたように近づいて来たのはやはり義兄レイモンだった。

「お久しぶりです、アリスさん」
「…お義兄様、ご無沙汰しております」
アリスは仕方なく微笑みを顔に貼り付けて挨拶した。
正直、薄ら笑いを浮かべているレイモンの前から逃げ出したい。
義妹である自分に邪な思いを持っていると知ったあの日から、アリスはレイモンが気持ち悪くて仕方ないのだ。

「この後よかったらお茶でもいかがですか?」
「…申し訳ありませんが、この後は予定がありますの」
「まぁ、そう言わず…」
そう言って近づいてくるのを避けようとした時、突然グンッとレイモンが離れた。
見れば、後ろから長兄パトリスに引っ張られたようだ。
「レイモン、アリスさんには近づくなと言っただろう?その約束でここに来たはずだ」
パトリスはレイモンの腕を掴んだまま、アリスに申し訳なさそうな顔を見せた。
「すまない、アリスさん。絶対に貴女に迷惑はかけないから」
「…大丈夫ですわ、パトリスお義兄様」

アリスの父がコラール侯爵家に苦情を申し入れて以来、レイモンはアリスに近づかないよう見張られている。
やっと次男ナルシスの奇行がおさまってきたら今度は三男レイモンの求婚騒ぎだ。
長兄パトリスはほとほと出来損ないの弟たちに手を焼いているのだろう。
レイモンの件はまだ世間には伝わっていないものの、それでも勘のいい輩はレイモンのアリスに対する狂気じみた瞳に気づいていると思われる。
そんな者たちの間で、アリスは三人の兄弟を虜にして惑わす悪女のように語られているのだが、そんなことはアリスの知ったことではない。
この次期コラール侯爵に、しっかり弟たちを見張っていて欲しいだけだ。

「私はこの後約束がありますので失礼しますわ、お義兄様」
「ああ、気をつけて、アリスさん」
レイモンがまだ何か言いたそうにしていたが、多勢の者がまだ残っているこの部屋でアリスに迂闊なことは言えないだろう。
アリスはパトリスに挨拶すると、足早にその場を去った。

アリスがこの後約束があるというのは、あながち嘘ではなかった。
仕事で王宮に来た時は顔を出して欲しいと、王太子妃ゾフィーから言われているからだ。
それにその後は、クロードが王宮に迎えに来ることになっている。
今日クロードはいわゆる夜勤明けで、今頃はぐっすり眠っているはずだ。
だから王宮まで送ることはしなかったのだが、帰りは迎えに来ると言っていた。
その後は、外で夕食をとろうと約束していたのだ。
最近のクロードは、こうしてアリスの送迎をしたり、ちょっとしたデートに誘って来る。
彼なりに、離縁するその日が来るまで誠実な夫であろうとしてくれているのだろう。

アリスは会合のあった部屋から出ると、入り口にいた騎士に今から伺うとゾフィーへの伝言を頼んだ。
いくら姉妹のように仲の良い相手に会いに行くのであっても、勝手に王宮の中を歩き回るわけにはいかない。
だから、ゾフィーはいつも迎えを寄越してくれるのだ。
伝言を頼まれた騎士は近くにいた違う騎士に声をかけ、その騎士によって、案内役の騎士が現れた。
彼らも勝手に持ち場を離れるわけにいかないため、案内役を探してきたのだろう。

しばらく案内役の騎士の後をついて歩いていたアリスだが、ふとおかしなことに気づいた。
向かっている方向が、王太子宮とは違うのだ。
「もし、騎士様。方向が違うように思うのですが…」
「いえ、合っております。こちらが近道なので」
「…そうなのですか…?」
アリスの記憶だと、今向かっているのは王太子妃宮とは反対の方向だと思われる。
だが、王太子妃がわざわざ迎えに寄越してくれた騎士が言うならそうなのだろう。

しかしだんだんと、アリスは不安になってきた。
今騎士について歩いている棟はすれ違う人も無く、何やら閑散としているのだ。
「ここは…、今まで通ったことが無いのですが、何の建物ですか?」
「…先王陛下の後宮だった棟です」
「…後宮?」
「はい、もう十年以上使用されていない後宮です。先王陛下は多くの側室をお持ちになっていたのですが、現陛下は妃は王妃様お一人なので、後宮を閉鎖されたのです。王太子殿下もゾフィー王太子妃殿下お一人を寵愛されているので、こちらは閉鎖されたままになっております」
「なるほど」
国王夫妻と王太子夫妻の仲睦まじさは国民の間でも有名だ。
姉とも慕うゾフィーが寵愛されていると聞くのは、わかってはいても気分がいい。

「ここを抜ければ王太子宮もすぐです」
「わかりましたわ」
王宮は迷路のように入り組んでいる。
後宮を抜ければ近道だと騎士が言うのならそうなのだろう。
ところがーー。

「!」
突然アリスは背後から羽交締めにされ、口を塞がれた。
逃れようとすると、余計に拘束される。
「…申し訳ありません、サンフォース伯爵」
アリスを拘束した男は耳元でそう囁くと、目の前の部屋に彼女を押し込んだ。
外から、ガチャリと鍵がかけられた音がする。

「な…!何をするの⁈ここを開けて!」
ドアノブを回しても引いても動かず、扉はびくともしない。
男が走り去って行く足音が聞こえ、アリスは、暗い部屋にたった一人で閉じ込められてしまったことを理解した。

「どういうこと…?」
今まで、事業で恨みを買って襲われそうになったことはある。
身代金を狙って誘拐されそうになったこともあるが、こんな誘拐のされ方は全く想定していなかった。
だってここは、最も安全であるはずの王宮の中なのだから。
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