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近づく、離れる
空から降ってきた妻
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(アリス…っ!頼む、間に合ってくれ!)
クロードは全力で走った。
オーヴはたしかに『おまえの兄と』と言った。
それが、次兄ナルシスを指すのか三兄レイモンを指すのかわからないが、どちらの男もアリスに執着していたのは間違いない。
だとしたら…。
もし、彼らのうちの一人と、部屋に閉じ込められたのだとしたら…。
クロードは、ルイーズ王女の狙いがアリスの醜聞にあることを悟った。
王女はアリスをクロードから引き離すため、他の男との醜聞を利用しようとしているのだ。
(まさか、そこまでするなんて…!)
クロードは、あらためて自分の甘さを呪った。
愚かな自分のせいで、アリスが傷つけられるなど、あってはならないことだ。
(万が一アリスが傷つけられるようなことがあったら、その時は、たとえ王女でも…!)
全速力で走ってきたクロードは、ようやく旧後宮の棟に着いた。
しかしエントランスの扉は固く閉ざされ、近くに入れるような入口も無い。
これは別の棟に回り込んでから入るしかなさそうだが、それらは騎士たちがそれぞれの入口を厳重に守っているため、すぐには通してもらえないだろう。
いくら王女の護衛騎士を名乗ったとしても、騎士にはそれぞれ管轄があるのだから。
クロードは棟の裏手に回ってみた。
現在使用されていない後宮は警備も手薄で周囲には騎士の姿も見えないため、窓でもあれば破って侵入しようと思ったのだ。
(あれは…!)
クロードが後宮の裏手に回った瞬間、紐のような物がぶら下がっているのを発見した。
目線を上げると、三階辺りの窓かと思われる所から下がっていて、途中に何かヒラヒラしたものがぶら下がっている。
高さで言えば、二階より少し高いくらいの位置だ。
(まさか…!)
ドレスの裾を切ったのか白い足を剥き出しにして紐にぶら下がっている女性…、そう、それは、正しくクロードの妻アリスの姿だった。
「アリス!」
クロードはアリスの真下付近に急いだ。
その時、ビッと紐が嫌な音を立てる。
あきらかにアリスが掴んでいる辺りの紐が細くなっていて、切れそうになっているのがわかる。
(間に合ってくれ…!)
クロードがさらに全速力で走る最中にも、紐は嫌な音を鳴らし続けた。
そしてとうとう紐は耐え切れずに千切れた。
「きゃあ!!」
「アリス…!」
クロードはアリスの落下地点と思しき場所に向かって両手を広げ、突っ込んだ。
ドッ!!
一瞬の後、アリスはクロードの腕の中にいた。
クロードは落ちてくるアリスを、危機一髪受け止めたのだ。
「ああ、アリス…」
クロードはアリスをギュッと抱きしめたまま、その場に座り込んだ。
「…旦那様…?」
未だに何が起きたのかよく把握していないアリスは目を丸くしている。
「ああ、アリス、良かった…」
クロードの声が震えている。
その声と強い抱擁に、アリスはようやくクロードが落ちた自分を受け止めてくれたのだと理解した。
「旦那様、私…」
「ああ、怪我は⁈怪我はない?アリス」
「ええ……。私は大丈夫です。助けてくれて、ありがとう、旦那様」
「よかった、本当によかった…」
アリスを抱きしめる腕も声も震えているクロードに、アリスの胸には申し訳ない気持ちと、それ以上にあたたかい気持ちが広がった。
だからアリスも、クロードの首に腕を回した。
そして、彼の抱擁に負けないくらい強く、抱きついたのだ。
かくして、アリスの身体と純潔は守られた。
後にクロードはこの時のことを、『降ってきた妻』ならぬ、『舞い降りた天使』のようだったと話している。
◇◇◇
その後間も無く、別ルートでアリスを探していた王太子妃ゾフィーの騎士たちがナルシスを保護した。
王宮内で起きた事件のためアリスもいちおう王宮の医官に診察を受けたが、逃げる際についた擦り傷程度しかなかったようだ。
当然、ルイーズ王女が企てた陳腐な強姦未遂事件は国王の耳に入り、極秘で処理されることになった。
これまでも小さな騒ぎは起こしてきたお騒がせ王女ルイーズだったが、今回ばかりは王太子妃ゾフィーが激怒し、妻に同調した王太子も国王に迫り、お咎めなしというわけにはいかなかった。
ルイーズは国王に甘やかされ、何をしても許されると勘違いしていたのだろう。
結局、『こんな不出来な王女をよその国に嫁がせては国益を損ねる』との判断から、タンタル王子との縁談も解消になった。
この後ルイーズは厳しい監視の元、北の離宮に送られて再教育を受けるらしい。
ルイーズに従って悪事に手を染めたオーヴは、騎士の職を解雇された。
一歩間違えば大変なことになっていたのだから甘い処分とも取れるが、王女の命令に背くことは出来なかったのだろうという判断からだ。
しかし一概に解雇とは言っても、ずっと騎士の仕事しかしてこなかったオーヴが突然市井に放り出され、実家からも縁を切られたらしいから、これから苦難の道が待っていることは間違いない。
クロードは全力で走った。
オーヴはたしかに『おまえの兄と』と言った。
それが、次兄ナルシスを指すのか三兄レイモンを指すのかわからないが、どちらの男もアリスに執着していたのは間違いない。
だとしたら…。
もし、彼らのうちの一人と、部屋に閉じ込められたのだとしたら…。
クロードは、ルイーズ王女の狙いがアリスの醜聞にあることを悟った。
王女はアリスをクロードから引き離すため、他の男との醜聞を利用しようとしているのだ。
(まさか、そこまでするなんて…!)
クロードは、あらためて自分の甘さを呪った。
愚かな自分のせいで、アリスが傷つけられるなど、あってはならないことだ。
(万が一アリスが傷つけられるようなことがあったら、その時は、たとえ王女でも…!)
全速力で走ってきたクロードは、ようやく旧後宮の棟に着いた。
しかしエントランスの扉は固く閉ざされ、近くに入れるような入口も無い。
これは別の棟に回り込んでから入るしかなさそうだが、それらは騎士たちがそれぞれの入口を厳重に守っているため、すぐには通してもらえないだろう。
いくら王女の護衛騎士を名乗ったとしても、騎士にはそれぞれ管轄があるのだから。
クロードは棟の裏手に回ってみた。
現在使用されていない後宮は警備も手薄で周囲には騎士の姿も見えないため、窓でもあれば破って侵入しようと思ったのだ。
(あれは…!)
クロードが後宮の裏手に回った瞬間、紐のような物がぶら下がっているのを発見した。
目線を上げると、三階辺りの窓かと思われる所から下がっていて、途中に何かヒラヒラしたものがぶら下がっている。
高さで言えば、二階より少し高いくらいの位置だ。
(まさか…!)
ドレスの裾を切ったのか白い足を剥き出しにして紐にぶら下がっている女性…、そう、それは、正しくクロードの妻アリスの姿だった。
「アリス!」
クロードはアリスの真下付近に急いだ。
その時、ビッと紐が嫌な音を立てる。
あきらかにアリスが掴んでいる辺りの紐が細くなっていて、切れそうになっているのがわかる。
(間に合ってくれ…!)
クロードがさらに全速力で走る最中にも、紐は嫌な音を鳴らし続けた。
そしてとうとう紐は耐え切れずに千切れた。
「きゃあ!!」
「アリス…!」
クロードはアリスの落下地点と思しき場所に向かって両手を広げ、突っ込んだ。
ドッ!!
一瞬の後、アリスはクロードの腕の中にいた。
クロードは落ちてくるアリスを、危機一髪受け止めたのだ。
「ああ、アリス…」
クロードはアリスをギュッと抱きしめたまま、その場に座り込んだ。
「…旦那様…?」
未だに何が起きたのかよく把握していないアリスは目を丸くしている。
「ああ、アリス、良かった…」
クロードの声が震えている。
その声と強い抱擁に、アリスはようやくクロードが落ちた自分を受け止めてくれたのだと理解した。
「旦那様、私…」
「ああ、怪我は⁈怪我はない?アリス」
「ええ……。私は大丈夫です。助けてくれて、ありがとう、旦那様」
「よかった、本当によかった…」
アリスを抱きしめる腕も声も震えているクロードに、アリスの胸には申し訳ない気持ちと、それ以上にあたたかい気持ちが広がった。
だからアリスも、クロードの首に腕を回した。
そして、彼の抱擁に負けないくらい強く、抱きついたのだ。
かくして、アリスの身体と純潔は守られた。
後にクロードはこの時のことを、『降ってきた妻』ならぬ、『舞い降りた天使』のようだったと話している。
◇◇◇
その後間も無く、別ルートでアリスを探していた王太子妃ゾフィーの騎士たちがナルシスを保護した。
王宮内で起きた事件のためアリスもいちおう王宮の医官に診察を受けたが、逃げる際についた擦り傷程度しかなかったようだ。
当然、ルイーズ王女が企てた陳腐な強姦未遂事件は国王の耳に入り、極秘で処理されることになった。
これまでも小さな騒ぎは起こしてきたお騒がせ王女ルイーズだったが、今回ばかりは王太子妃ゾフィーが激怒し、妻に同調した王太子も国王に迫り、お咎めなしというわけにはいかなかった。
ルイーズは国王に甘やかされ、何をしても許されると勘違いしていたのだろう。
結局、『こんな不出来な王女をよその国に嫁がせては国益を損ねる』との判断から、タンタル王子との縁談も解消になった。
この後ルイーズは厳しい監視の元、北の離宮に送られて再教育を受けるらしい。
ルイーズに従って悪事に手を染めたオーヴは、騎士の職を解雇された。
一歩間違えば大変なことになっていたのだから甘い処分とも取れるが、王女の命令に背くことは出来なかったのだろうという判断からだ。
しかし一概に解雇とは言っても、ずっと騎士の仕事しかしてこなかったオーヴが突然市井に放り出され、実家からも縁を切られたらしいから、これから苦難の道が待っていることは間違いない。
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