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近づく、離れる
妻を探して
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「オーヴ!」
クロードは同僚の名を叫びながら宿舎に駆け込んだ。
真っ直ぐ同僚の部屋を目指し、ノックもせずに扉を開ける。
部屋に入るとアルコールの匂いが充満していて、オーヴと呼ばれた男はだらしなくソファに寄りかかっていた。
どう見ても、昼間から酒を飲んで酔っ払っているらしい。
「オーヴ!アリスをどこにやった!」
クロードはその男の胸ぐらを掴んで怒鳴った。
「…何のことだ?」
オーヴがへらりと笑う。
「おまえ、会合の場からアリス…、サンフォース伯爵を連れ出しただろう?」
「知らないな。何故俺がそんなことをするんだ?」
「おまえがやったのはわかっている。証言する者だっているんだぞ?」
「何だ証言って。証拠でもあるのか?だいたい俺はおまえの妻なんて知らないし、連れ出す理由もないだろう?」
「なるほど…、王女殿下の指図か」
薄々そうじゃないかとは思っていたが、クロードはオーヴの態度を見て確信した。
王女の指示に従ってやったことだから、オーヴはこれほど強気なのだろう。
「オーヴ、答えろ。アリスはどこだ。アリスに何かあってからでは、おまえの身も危ういぞ」
「ハッ!バカを言え。たかが女伯爵とその婿に何が出来る」
オーヴはクロードをバカにするように笑った。
前々から思っていたことだが、オーヴはクロードのことが嫌いらしい。
おそらく、クロードがルイーズ王女に寵愛されていることが原因なのだろうが。
「…男の嫉妬は見苦しいな」
クロードもオーヴを挑発するように笑った。
本当はこんな馬鹿げたやり取りをしている時間も惜しいのだが、コイツの口を割らせないことには、広い王宮のどこを探したらいいのか見当もつかない。
案の定、オーヴは眉を上げ、クロードを睨んだ。
「おまえは欲張りだ、クロード。王女殿下から寵愛された上、才色兼備の妻だと?」
「…だからアリスを拉致したのか?」
オーヴはその問いには答えず、薄く笑った。
苛ついたクロードは、剣の柄に手をかけた。
それを見ていたオーヴが、またへらりと笑う。
「俺を脅しても無駄だぞ、クロード。俺はルイーズ王女殿下ただ一人に忠誠を捧げている。だいたいおまえだって、女伯爵の夫である前に、王女殿下の騎士だろう」
「…ああ、たしかに俺は殿下の騎士だ。だが、殿下が間違った道に進もうとも盲目的に忠誠を捧げるのとは違う。それなら俺は、騎士失格でもいい」
「馬鹿な…、どっちにしろ、俺たち護衛騎士が王女殿下の命令に逆らえるわけがないだろうが」
剣に手をかけたクロードをハッタリだと見るオーヴは、ニヤニヤ嫌な笑みを浮かべたまま明後日の方を向いた。
(コイツ…、何としても言わないつもりか)
クロードは手を剣の柄に置いたまま唇を噛んだ。
最近浮かれすぎていたという自覚がある。
だから、自分に執着しているルイーズ王女がアリスに危害を加える可能性など考えもしなかった。
そう、伯爵家の商売敵や事業の反対派から守ってさえいれば大丈夫だと、騎士である自分の力を過信していたのだ。
危険は、こんなすぐ側にあったのに。
「オーヴ、おまえは王女殿下が自分を守ってくれると思っているのかもしれないが、まずもうおまえの未来は無い。アリスに何かあったら、王太子妃殿下が黙っているはずがないんだ」
「……何?」
クロードの言葉を聞いて、ニヤニヤ笑っていたはずのオーヴが真顔になった。
今の王宮で確固たる地位を築いている王太子妃は、明らかにわがまま王女より権力がある。
「馬鹿な。そんな冗談には乗らない」
「俺も、こんな時に冗談は言わないさ」
クロードは剣の柄をしっかり握り直すと、オーヴを睨んだ。
「オーヴ、もう一度だけ聞く。アリスはどこだ?言わなければ、俺はおまえの片腕を落とす」
「な…っ!そんなことをすれば、おまえだってただではすまないぞ?」
「アリスが無事なら、俺のことはどうでもいい。片腕を失くす前に、アリスの居場所を言え」
クロードはスラリと剣を抜いた。
鬼気迫るクロードの瞳に、オーヴはたじろぐ。
騎馬試合の優勝候補に名前が上がるクロードに、オーヴが適うはずなどないのだから。
「後宮の…、今は使われていない棟だ。三階の、一番奥の部屋にいる」
そう言うと、オーヴは項垂れた。
しかしその顔には、薄く笑みを浮かべている。
「どうせ、もう遅い。今頃おまえの妻は、おまえの兄貴とお楽しみだろうさ」
ガッ!!
クロードは剣の柄でオーヴを殴りつけると、一瞬で踵を返して部屋を出て行った。
(アリス!アリス!頼む、無事でいてくれ!)
クロードは心の中で叫びながら、昔の後宮に向かってただひたすら走っていた。
クロードは同僚の名を叫びながら宿舎に駆け込んだ。
真っ直ぐ同僚の部屋を目指し、ノックもせずに扉を開ける。
部屋に入るとアルコールの匂いが充満していて、オーヴと呼ばれた男はだらしなくソファに寄りかかっていた。
どう見ても、昼間から酒を飲んで酔っ払っているらしい。
「オーヴ!アリスをどこにやった!」
クロードはその男の胸ぐらを掴んで怒鳴った。
「…何のことだ?」
オーヴがへらりと笑う。
「おまえ、会合の場からアリス…、サンフォース伯爵を連れ出しただろう?」
「知らないな。何故俺がそんなことをするんだ?」
「おまえがやったのはわかっている。証言する者だっているんだぞ?」
「何だ証言って。証拠でもあるのか?だいたい俺はおまえの妻なんて知らないし、連れ出す理由もないだろう?」
「なるほど…、王女殿下の指図か」
薄々そうじゃないかとは思っていたが、クロードはオーヴの態度を見て確信した。
王女の指示に従ってやったことだから、オーヴはこれほど強気なのだろう。
「オーヴ、答えろ。アリスはどこだ。アリスに何かあってからでは、おまえの身も危ういぞ」
「ハッ!バカを言え。たかが女伯爵とその婿に何が出来る」
オーヴはクロードをバカにするように笑った。
前々から思っていたことだが、オーヴはクロードのことが嫌いらしい。
おそらく、クロードがルイーズ王女に寵愛されていることが原因なのだろうが。
「…男の嫉妬は見苦しいな」
クロードもオーヴを挑発するように笑った。
本当はこんな馬鹿げたやり取りをしている時間も惜しいのだが、コイツの口を割らせないことには、広い王宮のどこを探したらいいのか見当もつかない。
案の定、オーヴは眉を上げ、クロードを睨んだ。
「おまえは欲張りだ、クロード。王女殿下から寵愛された上、才色兼備の妻だと?」
「…だからアリスを拉致したのか?」
オーヴはその問いには答えず、薄く笑った。
苛ついたクロードは、剣の柄に手をかけた。
それを見ていたオーヴが、またへらりと笑う。
「俺を脅しても無駄だぞ、クロード。俺はルイーズ王女殿下ただ一人に忠誠を捧げている。だいたいおまえだって、女伯爵の夫である前に、王女殿下の騎士だろう」
「…ああ、たしかに俺は殿下の騎士だ。だが、殿下が間違った道に進もうとも盲目的に忠誠を捧げるのとは違う。それなら俺は、騎士失格でもいい」
「馬鹿な…、どっちにしろ、俺たち護衛騎士が王女殿下の命令に逆らえるわけがないだろうが」
剣に手をかけたクロードをハッタリだと見るオーヴは、ニヤニヤ嫌な笑みを浮かべたまま明後日の方を向いた。
(コイツ…、何としても言わないつもりか)
クロードは手を剣の柄に置いたまま唇を噛んだ。
最近浮かれすぎていたという自覚がある。
だから、自分に執着しているルイーズ王女がアリスに危害を加える可能性など考えもしなかった。
そう、伯爵家の商売敵や事業の反対派から守ってさえいれば大丈夫だと、騎士である自分の力を過信していたのだ。
危険は、こんなすぐ側にあったのに。
「オーヴ、おまえは王女殿下が自分を守ってくれると思っているのかもしれないが、まずもうおまえの未来は無い。アリスに何かあったら、王太子妃殿下が黙っているはずがないんだ」
「……何?」
クロードの言葉を聞いて、ニヤニヤ笑っていたはずのオーヴが真顔になった。
今の王宮で確固たる地位を築いている王太子妃は、明らかにわがまま王女より権力がある。
「馬鹿な。そんな冗談には乗らない」
「俺も、こんな時に冗談は言わないさ」
クロードは剣の柄をしっかり握り直すと、オーヴを睨んだ。
「オーヴ、もう一度だけ聞く。アリスはどこだ?言わなければ、俺はおまえの片腕を落とす」
「な…っ!そんなことをすれば、おまえだってただではすまないぞ?」
「アリスが無事なら、俺のことはどうでもいい。片腕を失くす前に、アリスの居場所を言え」
クロードはスラリと剣を抜いた。
鬼気迫るクロードの瞳に、オーヴはたじろぐ。
騎馬試合の優勝候補に名前が上がるクロードに、オーヴが適うはずなどないのだから。
「後宮の…、今は使われていない棟だ。三階の、一番奥の部屋にいる」
そう言うと、オーヴは項垂れた。
しかしその顔には、薄く笑みを浮かべている。
「どうせ、もう遅い。今頃おまえの妻は、おまえの兄貴とお楽しみだろうさ」
ガッ!!
クロードは剣の柄でオーヴを殴りつけると、一瞬で踵を返して部屋を出て行った。
(アリス!アリス!頼む、無事でいてくれ!)
クロードは心の中で叫びながら、昔の後宮に向かってただひたすら走っていた。
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