50 / 101
第四章 アメリア その二
帰りの馬車で①
「…本当に、すまなかった」
帰りの馬車の中で、セドリックは何度も謝罪の言葉を口にしていた。
あの、初夜の晩から数えればもう何度目かわからないくらいのアメリアへの謝罪だ。
「いいえ、もうどうか謝らないでくださいませ、閣下。それに、あんな噂話、私は慣れているんですよ」
謝られる度にアメリアは恐縮し、許しの言葉を口にする。
実際、慣れているのも本当なのだ。
今までの領内散策の折にも、アメリアを公爵夫人だとは夢にも思わない領民たちから、散々悪口は聞いてきたのだから。
自分が良かれと思って連れて行った食堂でアメリアの悪口を聞き、それを庇えなかったことを、セドリックは悔いているのだろう。
そして、この悪評をこれまで放置したことにも、彼は罪悪感を持っているらしい。
しかし、それも全て、彼に真実を伝えていない自分のせいだとアメリアは思っている。
セドリックに秘密を持ったままで、結婚式も、お披露目も、彼の提案を全て拒否してきたのだから。
だから本来責められるべきは自分の方なのだ。
「閣下、私は傷ついていません。だからどうか、気になさらないでください」
そう言って笑って見せると、セドリックはただ何かに耐えるように眉を寄せた。
馬車に乗ってからのアメリアはもうセドリックを『セディ』とは呼んでいない。
『恋人ごっこ』はもう終わったのだから。
馬車の中は、行きの時とは比べ物にならないくらい重い空気が漂っている。
「ところで…、閣下」
そろそろ馬車が公爵邸に着こうかという頃、アメリアは思い切ってセドリックに声をかけた。
今朝からずっと、どうやって切り出そうかと思いあぐねていたのだ。
眉を寄せたまま、セドリックがアメリアを見つめている。
本当はこんな空気の中で切り出したくはなかったのだが、今ここで話さなくてはならないとアメリアは思った。
今のセドリックの様子では、多分邸に着いたらすぐ本邸に戻ってしまうだろうから。
「あの…、以前お渡しした予定表は見ていただいていますか?実は私、今多分…、」
そこまで言うと、アメリアはなんと言って良いかわからず口を噤んだ。
セドリックと寝室を共にした日からすでに一ヶ月近く経つ。
ざっくりとした体調の周期で言えば、今は多分『妊娠しやすい時期』なのではないかと思う。
だからなんとか、アメリアは『自分の義務』を果たしたいと思ったのだ。
しかし、アメリアはまだ十代の少女。
直接的な言葉で誘うことは下品で恥ずかしくもあり、やはり躊躇してしまう。
「予定表…、」
そこまで呟いてセドリックもまた言葉を切った。
アメリアが何を言わんとしているのか、察したのであろう。
「あの…、閣下」
アメリアは覚悟を決めて背筋をスッと伸ばすと、セドリックの目を真っ直ぐに見つめた。
「今夜は、私の部屋へ来ていただけますか?」
「………あ、」
セドリックは思わずといった様子で身を乗り出し、そしてグッと唇を噛んだ。
アメリアに恥ずかしい言葉を言わせてしまった後悔なのかもしれない。
たしかに今のアメリアは顔から火が出るほど恥ずかしい思いでいっぱいだ。
女性側から誘うなどはしたないことではあるが、それでもセドリックさえ諾の返事をくれれば…。
とにかく自分は公爵夫人としてのつとめを果たさなければいけないのだから。
しかしセドリックはジッとアメリアの目を見つめると、静かに首を横に振った。
そして言葉を選ぶように、こう答えた。
「アメリア。私はもう貴女を傷つけたくはない。心が通じ合わないうちに触れ合うべきではないと思うんだ」
「閣下…」
アメリアは失望を隠しもせずにセドリックを見つめた。
何故この人はアメリアの立場を理解してくれないのだろうか。
女性にここまで恥をかかせておいて、何故自分の方が傷ついたような表情を見せるのだろうか。
ありったけの勇気を振り絞って誘ったというのに。
だいたい、『この先貴女を愛することはない』と言い放ったのも、それなのに『後継を生むことは公爵夫人の唯一のつとめ』と告げたのも、全部セドリックの方ではないか。
その言葉が例えあの時誤解や認識の違いの上での発言であっても、言葉の持つ意味は今もそう変わらないだろうに。
(ああ、そうか)
アメリアはある考えに思い至り、頷いた。
そして、セドリックの目を真っ直ぐに見つめた。
「閣下。もしかして、私と結婚したせいで一緒になれなかったお好きな方がいらっしゃるのですか?」
帰りの馬車の中で、セドリックは何度も謝罪の言葉を口にしていた。
あの、初夜の晩から数えればもう何度目かわからないくらいのアメリアへの謝罪だ。
「いいえ、もうどうか謝らないでくださいませ、閣下。それに、あんな噂話、私は慣れているんですよ」
謝られる度にアメリアは恐縮し、許しの言葉を口にする。
実際、慣れているのも本当なのだ。
今までの領内散策の折にも、アメリアを公爵夫人だとは夢にも思わない領民たちから、散々悪口は聞いてきたのだから。
自分が良かれと思って連れて行った食堂でアメリアの悪口を聞き、それを庇えなかったことを、セドリックは悔いているのだろう。
そして、この悪評をこれまで放置したことにも、彼は罪悪感を持っているらしい。
しかし、それも全て、彼に真実を伝えていない自分のせいだとアメリアは思っている。
セドリックに秘密を持ったままで、結婚式も、お披露目も、彼の提案を全て拒否してきたのだから。
だから本来責められるべきは自分の方なのだ。
「閣下、私は傷ついていません。だからどうか、気になさらないでください」
そう言って笑って見せると、セドリックはただ何かに耐えるように眉を寄せた。
馬車に乗ってからのアメリアはもうセドリックを『セディ』とは呼んでいない。
『恋人ごっこ』はもう終わったのだから。
馬車の中は、行きの時とは比べ物にならないくらい重い空気が漂っている。
「ところで…、閣下」
そろそろ馬車が公爵邸に着こうかという頃、アメリアは思い切ってセドリックに声をかけた。
今朝からずっと、どうやって切り出そうかと思いあぐねていたのだ。
眉を寄せたまま、セドリックがアメリアを見つめている。
本当はこんな空気の中で切り出したくはなかったのだが、今ここで話さなくてはならないとアメリアは思った。
今のセドリックの様子では、多分邸に着いたらすぐ本邸に戻ってしまうだろうから。
「あの…、以前お渡しした予定表は見ていただいていますか?実は私、今多分…、」
そこまで言うと、アメリアはなんと言って良いかわからず口を噤んだ。
セドリックと寝室を共にした日からすでに一ヶ月近く経つ。
ざっくりとした体調の周期で言えば、今は多分『妊娠しやすい時期』なのではないかと思う。
だからなんとか、アメリアは『自分の義務』を果たしたいと思ったのだ。
しかし、アメリアはまだ十代の少女。
直接的な言葉で誘うことは下品で恥ずかしくもあり、やはり躊躇してしまう。
「予定表…、」
そこまで呟いてセドリックもまた言葉を切った。
アメリアが何を言わんとしているのか、察したのであろう。
「あの…、閣下」
アメリアは覚悟を決めて背筋をスッと伸ばすと、セドリックの目を真っ直ぐに見つめた。
「今夜は、私の部屋へ来ていただけますか?」
「………あ、」
セドリックは思わずといった様子で身を乗り出し、そしてグッと唇を噛んだ。
アメリアに恥ずかしい言葉を言わせてしまった後悔なのかもしれない。
たしかに今のアメリアは顔から火が出るほど恥ずかしい思いでいっぱいだ。
女性側から誘うなどはしたないことではあるが、それでもセドリックさえ諾の返事をくれれば…。
とにかく自分は公爵夫人としてのつとめを果たさなければいけないのだから。
しかしセドリックはジッとアメリアの目を見つめると、静かに首を横に振った。
そして言葉を選ぶように、こう答えた。
「アメリア。私はもう貴女を傷つけたくはない。心が通じ合わないうちに触れ合うべきではないと思うんだ」
「閣下…」
アメリアは失望を隠しもせずにセドリックを見つめた。
何故この人はアメリアの立場を理解してくれないのだろうか。
女性にここまで恥をかかせておいて、何故自分の方が傷ついたような表情を見せるのだろうか。
ありったけの勇気を振り絞って誘ったというのに。
だいたい、『この先貴女を愛することはない』と言い放ったのも、それなのに『後継を生むことは公爵夫人の唯一のつとめ』と告げたのも、全部セドリックの方ではないか。
その言葉が例えあの時誤解や認識の違いの上での発言であっても、言葉の持つ意味は今もそう変わらないだろうに。
(ああ、そうか)
アメリアはある考えに思い至り、頷いた。
そして、セドリックの目を真っ直ぐに見つめた。
「閣下。もしかして、私と結婚したせいで一緒になれなかったお好きな方がいらっしゃるのですか?」
あなたにおすすめの小説
好きな人の好きな人
ぽぽ
恋愛
"私には何年も思い続ける初恋相手がいる。"
初恋相手に対しての執着と愛の重さは日々増していくばかりで、彼の1番近くにいれるの自分が当たり前だった。
恋人関係がなくても、隣にいれるだけで幸せ……。
そう思っていたのに、初恋相手に恋人兼婚約者がいたなんて聞いてません。
【完結】生贄になった婚約者と間に合わなかった王子
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
フィーは第二王子レイフの婚約者である。
しかし、仲が良かったのも今は昔。
レイフはフィーとのお茶会をすっぽかすようになり、夜会にエスコートしてくれたのはデビューの時だけだった。
いつしか、レイフはフィーに嫌われていると噂がながれるようになった。
それでも、フィーは信じていた。
レイフは魔法の研究に熱心なだけだと。
しかし、ある夜会で研究室の同僚をエスコートしている姿を見てこころが折れてしまう。
そして、フィーは国守樹の乙女になることを決意する。
国守樹の乙女、それは樹に喰らわれる生贄だった。
いつも隣にいる
はなおくら
恋愛
心の感情を出すのが苦手なリチアには、婚約者がいた。婚約者には幼馴染がおり常にリチアの婚約者の後を追う幼馴染の姿を見ても羨ましいとは思えなかった。しかし次第に婚約者の気持ちを聞くうちに変わる自分がいたのだった。
私の大好きな彼氏はみんなに優しい
hayama_25
恋愛
柊先輩は私の自慢の彼氏だ。
柊先輩の好きなところは、誰にでも優しく出来るところ。
そして…
柊先輩の嫌いなところは、誰にでも優しくするところ。
【完結】彼を幸せにする十の方法
玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。
フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。
婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。
しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。
婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。
婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。
夫は私を愛してくれない
はくまいキャベツ
恋愛
「今までお世話になりました」
「…ああ。ご苦労様」
彼はまるで長年勤めて退職する部下を労うかのように、妻である私にそう言った。いや、妻で“あった”私に。
二十数年間すれ違い続けた夫婦が別れを決めて、もう一度向き合う話。