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初恋、やり直し
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「旦那様」と呼ばれて驚いたオレリアンは、そう呼んだ少女をマジマジと見つめた。
そこにいるのは1年余り自分の妻であった女性であるけれど、今や全く別人のような少女である。
いつも高く結い上げていた髪は緩くおさげに結ばれ、腕も足も剥き出しで、足にいたっては素足のままだ。
毎日こうして外で遊んでいるからだろうか、病的なほど蒼白かった頬は、健康的に薔薇色に染まっている。
そして何より違うのは、いつも冷静で冷ややかなほどの空気を纏っていた彼女が、好奇心に満ちた丸い目を見開き、輝かんばかりの笑顔で自分を見上げていることだ。
思わず言葉を失ったオレリアンに、コンスタンスはコテンと首を傾げた。
「旦那様、どうなさったの?
私に会いに来てくれたんでしょう?」
「あ…、いや…、うん…」
オレリアンは戸惑いながら、足元に転がってきていた円盤を拾い上げてコンスタンスに手渡した。
「ありがとう」
円盤を受け取りながら、コンスタンスはさらに満面の笑みを浮かべる。
「この円盤とっても面白いのよ?
フィルも私もとっても気に入っているの」
「そうか…、良かった…」
「旦那様もそんなところで見ていないで、一緒に遊びましょうよ」
「え……⁈ いや…」
「ほら、早く!」
コンスタンスは躊躇することなくオレリアンの手を掴むと自分の方へ引っ張った。
突然引かれたためオレリアンはバランスを崩し、彼の胸がコンスタンスの頭に触れてしまうほどに接近してしまう。
「…すまないっ…」
焦って謝るオレリアンをコンスタンスは不思議そうに見上げ、
「変な旦那様」
と言ってニッコリ笑った。
そのまましっかり手を繋いで歩き出した彼女に、オレリアンは狼狽える。
「待ってくれ。
私は貴女との面会を拒まれている。
こんなところを見られたら…!」
しかしコンスタンスは彼の手を離さない。
「それ、おかしいと思うのよ。
だって旦那様と私は夫婦なのでしょう?
どうしてお父様やお兄様は会っちゃダメだって言うのかしら?」
「しかし…!」
ただでさえ会わせてもらえないのに、庭に忍び込んで隠れて見ていたなんて…、しかも一緒に遊んだなんてことが公爵にバレたら、今度こそ完全に出入り禁止になってしまう。
「ちゃんと、義父上の了解を得て…!」
そう訴えながらも、オレリアンは妻の手を振り払うことが出来なかった。
こうして彼女と手を繋ぐなど、おそらく初めてのことだろう。
彼女の手は華奢で柔らかく、そしてあたたかかった。
「…コンスタンス嬢…」
ポツリとこぼしたオレリアンの呟きに、コンスタンスが立ち止まって振り返った。
そして、不思議そうな顔でオレリアンを見上げる。
「旦那様は、そんな風に私を呼んでいたの?」
それは、妻を呼ぶ夫には相応しくない呼び方だ。
オレリアンは言葉を発しようとして、しかし、口を噤んでしまった。
正直、ほとんど妻を呼んだことなどなかったから。
「コニーよ」
「…え?」
「お父様もお母様もお兄様も。
私の周りの人はみんな私をコニーって呼ぶの。
旦那様もそう呼んでいたんでしょう?」
オレリアンを見つめ、コンスタンスは可愛らしく首を傾げた。
いつも贈り物をしてくれて、自分に会いたいと通ってくる夫と仲が悪かったはずがない。
きっと睦じい夫婦だったのだろうに、両親や兄は何か行き違いがあって夫を拒んでいるのだろう…、と、コンスタンスはそう思っている。
「…コニー…」
オレリアンが囁くようにそう呼ぶと、コンスタンスは花が綻ぶように笑った。
その可愛らしい笑顔に、オレリアンの目が釘付けになる。
「…コニー…」
もう一度名を呼んだオレリアンがコンスタンスの髪に触れようとした時、
「お嬢様!」
と叫ぶ女性の声が聞こえてきた。
見れば、コンスタンス付きの侍女リアが息を切らして走って来る。
コンスタンスの目が、行き場をなくして戻っていくオレリアンの指を残念そうに追う。
「…残念だけど、今日はこれで許してあげるわ、旦那様。
でも次に来た時は絶対に遊んでね。
約束よ」
オレリアンはコンスタンスに指切りをされ、その場は解放された。
指切りした小指は熱を持ち、オレリアンの胸をあたたかくさせた。
そこにいるのは1年余り自分の妻であった女性であるけれど、今や全く別人のような少女である。
いつも高く結い上げていた髪は緩くおさげに結ばれ、腕も足も剥き出しで、足にいたっては素足のままだ。
毎日こうして外で遊んでいるからだろうか、病的なほど蒼白かった頬は、健康的に薔薇色に染まっている。
そして何より違うのは、いつも冷静で冷ややかなほどの空気を纏っていた彼女が、好奇心に満ちた丸い目を見開き、輝かんばかりの笑顔で自分を見上げていることだ。
思わず言葉を失ったオレリアンに、コンスタンスはコテンと首を傾げた。
「旦那様、どうなさったの?
私に会いに来てくれたんでしょう?」
「あ…、いや…、うん…」
オレリアンは戸惑いながら、足元に転がってきていた円盤を拾い上げてコンスタンスに手渡した。
「ありがとう」
円盤を受け取りながら、コンスタンスはさらに満面の笑みを浮かべる。
「この円盤とっても面白いのよ?
フィルも私もとっても気に入っているの」
「そうか…、良かった…」
「旦那様もそんなところで見ていないで、一緒に遊びましょうよ」
「え……⁈ いや…」
「ほら、早く!」
コンスタンスは躊躇することなくオレリアンの手を掴むと自分の方へ引っ張った。
突然引かれたためオレリアンはバランスを崩し、彼の胸がコンスタンスの頭に触れてしまうほどに接近してしまう。
「…すまないっ…」
焦って謝るオレリアンをコンスタンスは不思議そうに見上げ、
「変な旦那様」
と言ってニッコリ笑った。
そのまましっかり手を繋いで歩き出した彼女に、オレリアンは狼狽える。
「待ってくれ。
私は貴女との面会を拒まれている。
こんなところを見られたら…!」
しかしコンスタンスは彼の手を離さない。
「それ、おかしいと思うのよ。
だって旦那様と私は夫婦なのでしょう?
どうしてお父様やお兄様は会っちゃダメだって言うのかしら?」
「しかし…!」
ただでさえ会わせてもらえないのに、庭に忍び込んで隠れて見ていたなんて…、しかも一緒に遊んだなんてことが公爵にバレたら、今度こそ完全に出入り禁止になってしまう。
「ちゃんと、義父上の了解を得て…!」
そう訴えながらも、オレリアンは妻の手を振り払うことが出来なかった。
こうして彼女と手を繋ぐなど、おそらく初めてのことだろう。
彼女の手は華奢で柔らかく、そしてあたたかかった。
「…コンスタンス嬢…」
ポツリとこぼしたオレリアンの呟きに、コンスタンスが立ち止まって振り返った。
そして、不思議そうな顔でオレリアンを見上げる。
「旦那様は、そんな風に私を呼んでいたの?」
それは、妻を呼ぶ夫には相応しくない呼び方だ。
オレリアンは言葉を発しようとして、しかし、口を噤んでしまった。
正直、ほとんど妻を呼んだことなどなかったから。
「コニーよ」
「…え?」
「お父様もお母様もお兄様も。
私の周りの人はみんな私をコニーって呼ぶの。
旦那様もそう呼んでいたんでしょう?」
オレリアンを見つめ、コンスタンスは可愛らしく首を傾げた。
いつも贈り物をしてくれて、自分に会いたいと通ってくる夫と仲が悪かったはずがない。
きっと睦じい夫婦だったのだろうに、両親や兄は何か行き違いがあって夫を拒んでいるのだろう…、と、コンスタンスはそう思っている。
「…コニー…」
オレリアンが囁くようにそう呼ぶと、コンスタンスは花が綻ぶように笑った。
その可愛らしい笑顔に、オレリアンの目が釘付けになる。
「…コニー…」
もう一度名を呼んだオレリアンがコンスタンスの髪に触れようとした時、
「お嬢様!」
と叫ぶ女性の声が聞こえてきた。
見れば、コンスタンス付きの侍女リアが息を切らして走って来る。
コンスタンスの目が、行き場をなくして戻っていくオレリアンの指を残念そうに追う。
「…残念だけど、今日はこれで許してあげるわ、旦那様。
でも次に来た時は絶対に遊んでね。
約束よ」
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指切りした小指は熱を持ち、オレリアンの胸をあたたかくさせた。
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