7歳の侯爵夫人

凛江

文字の大きさ
44 / 100
再び、王都へ

2

「………どういうことですか?」

一瞬言葉をなくし、しかしなんとか気を取り直したオレリアンが顔を上げ、尋ねる。

「まずは、コニーに会わせて欲しい」

「……コニーは今は私の妻です。
王太子殿下とはいえ、妻を愛称で呼ぶのはお控えください」

「貴様!不敬であろう!」

王太子の護衛の1人が憤るが、フィリップはそれを制した。

「いや、たしかに今のは私が悪かった。
ヒース侯爵、そなたの夫人に会わせて欲しいのだ」

「失礼ですが、こんな夜更けに、妻にどんなご用件が?」

先触れもなく、王都に戻った翌日のこんな夜更けに訪ねて来るなど、非常識以外の何者でもない。

一国の王太子に対して不敬ではあるが、この男は自国のためとは言え、コンスタンスを捨てた男だ、と、オレリアンは気持ちを強く持つ。

睨むまではしないが、フィリップの真意を探るべく、強い目で彼を見つめる。

「こんな時刻になったのは謝る。
昨日ヒース侯爵夫妻が王都へ戻ったと、先程私の耳に入ったのだ。
聞いたら、矢も盾もたまらず来てしまった」

矢も盾もたまらず…。

その意味がわからず、オレリアンは黙った。

王太子はもうすぐ隣国の王女と結婚するはず。

何故、今更コニーに会いに来た?

捨てたはずの元婚約者に、一体何の用があると言うのだ。

黙ってしまったオレリアンに、フィリップは真っ直ぐ向き合った。

だが、その目は幾分威圧的だ。

「コニ…、侯爵夫人は…、不幸な結婚生活を送った挙句、事故に遭ったと聞いている。
事故前にはずっと自領に閉じ込もり、そなたと別居していたという事実もつかんでいるのだ。
彼女が不幸な目に遭っているなら、それは、そう仕向けた王家の…、私の咎だ。
お妃教育を10年も受けた素晴らしい貴婦人である彼女が田舎にこもっているなんて、およそ彼女らしくない。
だから…、彼女が彼女らしく生きられるなら、手を差し伸べたいと思ったのだ」

「手を…、差し伸べたい…?」

不敬ながら、オレリアンは王太子の言葉を繰り返した。

どうしても、言っている意味がわからなかったのだ。

すでに人の妻になっているコンスタンスに手を差し伸べるとは、一体どういうことなのか。

「まさか…。
コニーを差し出せとでも言われるのですか?」

王太子を見据えると、彼も、射抜くような瞳をオレリアンに向ける。

「殿下はもうすぐ隣国の王女様と結婚されるではありませんか。
手を差し伸べるとは一体どう…っ」


「私の…、側妃候補として、王宮に迎えたいと思う」

「…………なっ!!」


想像も出来なかった言葉に、オレリアンは目を見開き、絶句した。


「そなたと結婚したままで公式寵姫というのも考えた。
だが、いずれきちんと側妃…、私の第二夫人として迎えたいと思う。
それまでは、母…王妃の侍女として、王宮に引き取るつもりだ。
侯爵夫妻の承諾を得られれば、このままルーデル公爵にも申し入れに行く」

…なんて勝手な…!

オレリアンはあまりの驚きと憤りに、わなわなと体を震わせた。

コニーを、側妃にだって?

それを、『手を差し伸べる』などという言葉で表すなんて…!

「そんなこと、王太子妃になられる隣国の王女様が許されますか?
元婚約者が側妃だなんて…!」

隣国の王女はフィリップに一目惚れし、婚約者がいるにもかかわらず無理矢理縁談をねじ込んだと聞いている。

そんな王女が、側妃の存在を許すわけがないではないか。

しかしフィリップは静かに首を横に振った。

「王女は…、そんなに傲慢な女性ではない。
たしかに私を見染めてはくれたが、縁談を無理矢理ねじ込んできたのは王女の父親である国王だ。
彼女は私に婚約者がいたことも知らず、申し訳ないことをしたと言っている。
その上で、元婚約者を側妃に迎えることも承知しているのだ」

「そんなこと…、王女様が許したとしても、隣国の国王が許しますか?」

「側妃の件はしばらくは公表せず、正妃に子を授かったら公にしようと思う。
それまでコニー…、ルーデル公爵令嬢には、王妃の侍女として王宮の奥に住んでもらい、公の場には出さないつもりだ」

怒りで我を忘れるとはこのことだろうか。

オレリアンは今、はらわたが煮えくりかえる程の憤りに包まれていた。

この王太子は、一体何を、つらつらと述べているのか。

何を勝手なことばかり言っているのだろうか。

「…なんですか、それは」

手が、唇が、ブルブルと震える。

「コニーを陽の当たらない場所に押し込める気ですか」

「貴様、不敬であろう」

「待て、いいのだ。
だがそれを言うなら…、現在彼女を陽の当たらない場所に押し込めているのは、ヒース侯爵、そなたではないのか?」



感想 63

あなたにおすすめの小説

大好きなあなたを忘れる方法

山田ランチ
恋愛
あらすじ  王子と婚約関係にある侯爵令嬢のメリベルは、訳あってずっと秘密の婚約者のままにされていた。学園へ入学してすぐ、メリベルの魔廻が(魔術を使う為の魔素を貯めておく器官)が限界を向かえようとしている事に気が付いた大魔術師は、魔廻を小さくする事を提案する。その方法は、魔素が好むという悲しい記憶を失くしていくものだった。悲しい記憶を引っ張り出しては消していくという日々を過ごすうち、徐々に王子との記憶を失くしていくメリベル。そんな中、魔廻を奪う謎の者達に大魔術師とメリベルが襲われてしまう。  魔廻を奪おうとする者達は何者なのか。王子との婚約が隠されている訳と、重大な秘密を抱える大魔術師の正体が、メリベルの記憶に導かれ、やがて世界の始まりへと繋がっていく。 登場人物 ・メリベル・アークトュラス 17歳、アークトゥラス侯爵の一人娘。ジャスパーの婚約者。 ・ジャスパー・オリオン 17歳、第一王子。メリベルの婚約者。 ・イーライ 学園の園芸員。 クレイシー・クレリック 17歳、クレリック侯爵の一人娘。 ・リーヴァイ・ブルーマー 18歳、ブルーマー子爵家の嫡男でジャスパーの側近。 ・アイザック・スチュアート 17歳、スチュアート侯爵の嫡男でジャスパーの側近。 ・ノア・ワード 18歳、ワード騎士団長の息子でジャスパーの従騎士。 ・シア・ガイザー 17歳、ガイザー男爵の娘でメリベルの友人。 ・マイロ 17歳、メリベルの友人。 魔素→世界に漂っている物質。触れれば精神を侵され、生き物は主に凶暴化し魔獣となる。 魔廻→体内にある魔廻(まかい)と呼ばれる器官、魔素を取り込み貯める事が出来る。魔術師はこの器官がある事が必須。 ソル神とルナ神→太陽と月の男女神が魔素で満ちた混沌の大地に現れ、世界を二つに分けて浄化した。ソル神は昼間を、ルナ神は夜を受け持った。

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

忘れ去られた婚約者

かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』 甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。 レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。 恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。 サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!? ※他のサイトにも掲載しています。 毎日更新です。

記憶喪失の婚約者は私を侍女だと思ってる

きまま
恋愛
王家に仕える名門ラングフォード家の令嬢セレナは王太子サフィルと婚約を結んだばかりだった。 穏やかで優しい彼との未来を疑いもしなかった。 ——あの日までは。 突如として王都を揺るがした 「王太子サフィル、重傷」の報せ。 駆けつけた医務室でセレナを待っていたのは、彼女を“知らない”婚約者の姿だった。

【完結】この胸が痛むのは

Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」 彼がそう言ったので。 私は縁組をお受けすることにしました。 そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。 亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。 殿下と出会ったのは私が先でしたのに。 幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです…… 姉が亡くなって7年。 政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが 『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。 亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……  ***** サイドストーリー 『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。 こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。 読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです * 他サイトで公開しています。 どうぞよろしくお願い致します。

夫に相手にされない侯爵夫人ですが、記憶を失ったので人生やり直します。

MIRICO
恋愛
第二章【記憶を失った侯爵夫人ですが、夫と人生やり直します。】完結です。 記憶を失った私は侯爵夫人だった。しかし、旦那様とは不仲でほとんど話すこともなく、パーティに連れて行かれたのは結婚して数回ほど。それを聞いても何も思い出せないので、とりあえず記憶を失ったことは旦那様に内緒にしておいた。 旦那様は美形で凛とした顔の見目の良い方。けれどお城に泊まってばかりで、お屋敷にいてもほとんど顔を合わせない。いいんですよ、その間私は自由にできますから。 屋敷の生活は楽しく旦那様がいなくても何の問題もなかったけれど、ある日突然パーティに同伴することに。 旦那様が「わたし」をどう思っているのか、記憶を失った私にはどうでもいい。けれど、旦那様のお相手たちがやけに私に噛み付いてくる。 記憶がないのだから、私は旦那様のことはどうでもいいのよ? それなのに、旦那様までもが私にかまってくる。旦那様は一体何がしたいのかしら…? 小説家になろう様に掲載済みです。

いつも隣にいる

はなおくら
恋愛
心の感情を出すのが苦手なリチアには、婚約者がいた。婚約者には幼馴染がおり常にリチアの婚約者の後を追う幼馴染の姿を見ても羨ましいとは思えなかった。しかし次第に婚約者の気持ちを聞くうちに変わる自分がいたのだった。

壊れた心はそのままで ~騙したのは貴方?それとも私?~

志波 連
恋愛
バージル王国の公爵令嬢として、優しい両親と兄に慈しまれ美しい淑女に育ったリリア・サザーランドは、貴族女子学園を卒業してすぐに、ジェラルド・パーシモン侯爵令息と結婚した。 政略結婚ではあったものの、二人はお互いを信頼し愛を深めていった。 社交界でも仲睦まじい夫婦として有名だった二人は、マーガレットという娘も授かり、順風満帆な生活を送っていた。 ある日、学生時代の友人と旅行に行った先でリリアは夫が自分でない女性と、夫にそっくりな男の子、そして娘のマーガレットと仲よく食事をしている場面に遭遇する。 ショックを受けて立ち去るリリアと、追いすがるジェラルド。 一緒にいた子供は確かにジェラルドの子供だったが、これには深い事情があるようで……。 リリアの心をなんとか取り戻そうと友人に相談していた時、リリアがバルコニーから転落したという知らせが飛び込んだ。 ジェラルドとマーガレットは、リリアの心を取り戻す決心をする。 そして関係者が頭を寄せ合って、ある破天荒な計画を遂行するのだった。 王家までも巻き込んだその作戦とは……。 他サイトでも掲載中です。 コメントありがとうございます。 タグのコメディに反対意見が多かったので修正しました。 必ず完結させますので、よろしくお願いします。