7歳の侯爵夫人

凛江

文字の大きさ
22 / 100
回想、オレリアン

5

しおりを挟む
結婚式を終えた俺たちは、その日のうちに王都を発ち、ヒース侯爵領に向かった。

新妻をしばらく領地の邸宅で過ごさせるためだ。

それは、婚約中に俺から提案し、公爵家でも受け入れていたことである。

義母を王都の邸から移そうとしたが、なんだかんだと駄々を捏ねてなかなか出て行かないのも原因の一つだ。

だがそれより大きな理由は、コンスタンス自身王都を離れた方がゆっくり出来るだろうとの判断だった。

王太子との婚約解消からあまり時を置かずに他の男と婚約・結婚した公爵令嬢は、社交界の格好の噂の的になっている。

悲劇の主人公として同情的な声もあれば、節操がないと蔑む声もある。

どちらにしてもコンスタンスにとって社交界は針の筵のようで、当然足は遠のいていた。

できれば王家や社交界から距離を置いて、静かな暮らしをさせてやりたいー。

それは、ルーデル公爵家と俺の、共通の思いだった。



侯爵領に向かう馬車で、俺たちは向かい合って座った。

彼女は相変わらず背筋をしゃんと伸ばして行儀良く座ってはいるが、その顔にはだいぶ疲れが滲んでいる。

結婚式を挙げたその日のうちにこうして王都を発つのだから、当然と言えば当然だ。

「疲れたでしょう?
ヒース領までまだかなりかかります。
少し眠られてはいかがですか?」

そう声をかけてはみたが、コンスタンスは小さく首を横に振り、「大丈夫です」と答えた。

まぁ、婚約中に何度か顔を合わせているとは言え名ばかりの夫に、寝顔を見せるほど気を許しているわけもない。

彼女からしたら、こんな騎士風情と狭い馬車の中に2人きりでいること自体恐ろしいのかもしれないから。



ヒース領の邸宅に到着したのは、かなり夜も更けてからのことだ。

しかし、執事のマテオをはじめ、使用人たちは皆あたたかく迎えてくれた。

コンスタンスは新婦のために設えられた部屋に案内され、俺も自室へ行って風呂に入った。

時間を見計らって、新婦の部屋を訪ねる。

いくら気が染まぬ結婚だと言っても、さすがに新婚初夜に花嫁を一人きりで放っておくような男にはなりたくない。

彼女はこれから侯爵家の女主人になるのだから、使用人の手前、恥をかかせるわけにもいかなかった。

初夜に放っておかれた花嫁を、誰が女主人として認めるだろうか。



部屋を訪ねると、コンスタンスはベッドの上に座って待っていた。

侍女たちの手によるものであろう、薄く化粧を施され、薄手の、真っ白な寝間着を着せられている。

正直、息を飲むほど美しいと思った。

いつも高く結い上げらている銀色の髪は腰に向かって流れるようにおろされている。

病的なほど青白い肌は、風呂上がりのせいか僅かに薄桃色に上気している。

透けて見えるのではないかと思えるほどの薄衣を纏い、微かに潤んだ翠の瞳で見上げてくるコンスタンスは、たしかに、言葉を失うほどに美しかった。

だが、気丈に俺を見上げてはいるものの、唇を噛み、体を強張らせ、その指先が僅かに震えているのを、見逃しはしなかった。

まるで、戦に臨む騎士のようだなー。

なんだか可笑しくなって、俺は僅かに口角を上げた。


「今日は疲れたでしょう?
私はそちらのソファで眠りますから、どうぞゆっくりお休みください」

それだけ言うと、俺は彼女に背を向けた。

「え?あの…!」

彼女の戸惑ったような声が聞こえる。

「さすがにすぐに出て行くわけにはいきませんから。
どうか、朝まで隣室にいることはお許しください」

この言葉を言った時、彼女はどんな顔をしていたのだろう。

俺はそれを確かめることもなく、足早に寝室を出た。

寝室の隣は居間になっていて、ソファセットが置いてある。

俺はソファにどかっと腰をおろすと、そのまますぐに横になった。


朝まで彼女の部屋にいれば、初夜は滞りなく済んだと思われるだろう。

これで、彼女も使用人たちに面目が立つだろう。

愚かにも、俺はそんな風にしか考えなかった。


俺には、心の中で全く別の男を想っている女を抱く趣味はない。

いつもすました貴婦人を組み敷きたいとか、貼り付けた微笑が乱れるところを見たいとか、あいにくそんな変態じみた趣味嗜好もない。

ただ王命に従い、望まぬ相手に嫁がされた哀れな女が穏やかに暮らせればいい…、そんなことを考えていたのだ。


しおりを挟む
感想 62

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

夫に相手にされない侯爵夫人ですが、記憶を失ったので人生やり直します。

MIRICO
恋愛
第二章【記憶を失った侯爵夫人ですが、夫と人生やり直します。】完結です。 記憶を失った私は侯爵夫人だった。しかし、旦那様とは不仲でほとんど話すこともなく、パーティに連れて行かれたのは結婚して数回ほど。それを聞いても何も思い出せないので、とりあえず記憶を失ったことは旦那様に内緒にしておいた。 旦那様は美形で凛とした顔の見目の良い方。けれどお城に泊まってばかりで、お屋敷にいてもほとんど顔を合わせない。いいんですよ、その間私は自由にできますから。 屋敷の生活は楽しく旦那様がいなくても何の問題もなかったけれど、ある日突然パーティに同伴することに。 旦那様が「わたし」をどう思っているのか、記憶を失った私にはどうでもいい。けれど、旦那様のお相手たちがやけに私に噛み付いてくる。 記憶がないのだから、私は旦那様のことはどうでもいいのよ? それなのに、旦那様までもが私にかまってくる。旦那様は一体何がしたいのかしら…? 小説家になろう様に掲載済みです。

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

記憶が戻ったのは婚約が解消された後でした。

しゃーりん
恋愛
王太子殿下と婚約している公爵令嬢ダイアナは目を覚ますと自分がどこにいるのかわからなかった。 眠る前と部屋の雰囲気が違ったからだ。 侍女とも話が噛み合わず、どうやら丸一年間の記憶がダイアナにはなかった。 ダイアナが記憶にないその一年の間に、王太子殿下との婚約は解消されており、別の男性と先日婚約したばかりだった。 彼が好きになったのは記憶のないダイアナであるため、ダイアナは婚約を解消しようとするお話です。

〖完結〗王女殿下の最愛の人は、私の婚約者のようです。

藍川みいな
恋愛
エリック様とは、五年間婚約をしていた。 学園に入学してから、彼は他の女性に付きっきりで、一緒に過ごす時間が全くなかった。その女性の名は、オリビア様。この国の、王女殿下だ。 入学式の日、目眩を起こして倒れそうになったオリビア様を、エリック様が支えたことが始まりだった。 その日からずっと、エリック様は病弱なオリビア様の側を離れない。まるで恋人同士のような二人を見ながら、学園生活を送っていた。 ある日、オリビア様が私にいじめられていると言い出した。エリック様はそんな話を信じないと、思っていたのだけれど、彼が信じたのはオリビア様だった。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。

【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。

112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。 愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。 実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。 アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。 「私に娼館を紹介してください」 娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──

騎士の妻ではいられない

Rj
恋愛
騎士の娘として育ったリンダは騎士とは結婚しないと決めていた。しかし幼馴染みで騎士のイーサンと結婚したリンダ。結婚した日に新郎は非常召集され、新婦のリンダは結婚を祝う宴に一人残された。二年目の結婚記念日に戻らない夫を待つリンダはもう騎士の妻ではいられないと心を決める。 全23話。 2024/1/29 全体的な加筆修正をしました。話の内容に変わりはありません。 イーサンが主人公の続編『騎士の妻でいてほしい 』(https://www.alphapolis.co.jp/novel/96163257/36727666)があります。

処理中です...