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再び、王都へ
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「ああ」
フィリップはなんとかそう返事をしたが、呆けたようにコンスタンスを凝視したままだ。
自分の知っている元婚約者と違い過ぎて、面食らっているのだろう。
そんなフィリップを、コンスタンスは可愛らしく小首を傾げ、不思議そうに見上げる。
フィリップは狼狽え、「説明しろ」とばかりにオレリアンに目をやった。
これまでのやりとりで、オレリアンはコンスタンスの記憶喪失を隠し通すのは無理だと悟った。
コンスタンスが姿を見せた以上、真実を告げねばなるまい。
「コニーは事故で頭を打ち、12年分の記憶を失っているのです。
7歳の…、殿下とのご婚約が整った翌日の記憶から…」
「…なんだと?」
フィリップが目を見開く。
「ではコニーは10年間私の婚約者であったことも、お妃教育を受けていたことも覚えていないのか?」
「もちろん覚えておりません」
「その後…、婚約解消したことも?」
「事実としてルーデル公爵より伝えられてはいますが、全く記憶には無いようです」
「では、今のコニーの中身は…」
「7歳の少女です」
「7歳…」
俄かには信じられないような話だが、フィリップは先程からのコンスタンスの子供っぽい話し方や仕草に、ようやく納得がいったようだった。
「…コニー…」
フィリップは痛ましげな目をコンスタンスに向ける。
手を差し伸べてくるが、コンスタンスは再びオレリアンの後ろに隠れてしまった。
「おいでコニー。辛かったね」
コンスタンスは顔だけ出して、フィリップを見上げる。
「ほら、君の婚約者だったフィルだ。出ておいで、コニー」
「………」
「君と私は幼馴染なんだ。
ほら、よく一緒に遊んだだろう?
私と王宮に行って、また一緒に遊ばないか?」
フィリップとしては7歳までの記憶しかないコンスタンスにとって自分はごく近しい人間だと思っているだろうが、コンスタンスにしてみればフィリップは最早見知らぬ青年だ。
コンスタンスはオレリアンの後ろに隠れたまま、警戒心満載でフィリップを見上げる。
それを見たフィリップは何かを覚悟するような顔でオレリアンを見据えた。
「そなたの話は本当のようだな、ヒース侯爵。
コニーは幼い子供に戻ってしまったようだ。
だが、それであれば尚更、コニーをこんな目に遭わせたそなたにコニーを任せることは出来ない。
やはり、コニーは私が引き取らせてもらう」
「………は?」
オレリアンは驚きのあまり目を見開き、絶句した。
一国の王太子ともあろう人物が、なんて理不尽で愚かなことを言うのだろう。
こんな夜中に訪ねて来て、正妃になる女性の許しを得たからと、すでに人妻になった元婚約者を召上げると言う。
まるで、捨てた玩具を再び取り上げるように。
「さぁおいで、コニー…」
フィリップが手を出して触れようとすると、コンスタンスは顔を隠してオレリアンにしがみついてしまった。
オレリアンはそんな妻を振り返り、宥めるように優しく頭を撫でた。
そう、今のコンスタンスが慕っているのは、王太子ではなく夫であるオレリアンなのだから。
「殿下…、コニーは私の妻です。
それ以上近づくのはおやめください」
オレリアンは妻を抱き抱えるようにしながらフィリップを睨みつけた。
「このような状態の妻を王宮に連れ帰り、どうするおつもりですか?
王妃様の侍女など、つとまるわけがありません。
それに、妻は10年に及ぶお妃教育も覚えていないのです。
殿下のお役に立つことは、何一つございません」
「役に立つなど…。
…妃の仕事は正妃がするだろう。
コニーはただ私の側妃として、愛でられ、慈しまれる存在になってくれればいいのだ」
「愚かなことを…!
コニーは7歳の少女なのです!
側妃だなどと、玩具にでもなさる気か⁈
コニーは私の妻だ!
貴方の玩具にはさせない!」
「貴様!不敬だぞ!」
護衛騎士が再び剣の柄に手をかけ、フィリップの前に立った。
「王命だと夫人を取り上げることも、不敬だと貴様を斬り捨てることも出来るのだ!」
宰相の嫡男もそう叫んでいる。
激怒する2人に凄まれても、オレリアンはさらに燃えるような瞳でフィリップを睨みつけた。
「斬るなら斬れ!
女1人奪うために人殺しもするような愚かな王太子と知らしめたいならな!」
「貴様!!」
「待て」
激昂した騎士が本気で抜刀しそうなところを、フィリップが制した。
「ヒース侯爵、私の騎士がすまない。
とりあえず今日のところは帰ろう。
夜中に、すまなかった」
フィリップはオレリアンに謝罪すると、コンスタンスの方へ目を向けた。
相変わらず彼女はオレリアンに隠れるようにしながらこちらを伺っている。
怒鳴り声をあげて抜刀しそうになった護衛騎士に怯え、瞳いっぱいに涙を溜め、唇を震わせている。
「怖がらせて悪かったな、コニー」
フィリップが手を伸ばすと、オレリアンはまるで隠すようにコンスタンスを抱きしめた。
フィリップは宙に浮いた手を引っ込め、寂しそうに笑った。
そして踵を返すと、漸く部屋から出て行った。
フィリップはなんとかそう返事をしたが、呆けたようにコンスタンスを凝視したままだ。
自分の知っている元婚約者と違い過ぎて、面食らっているのだろう。
そんなフィリップを、コンスタンスは可愛らしく小首を傾げ、不思議そうに見上げる。
フィリップは狼狽え、「説明しろ」とばかりにオレリアンに目をやった。
これまでのやりとりで、オレリアンはコンスタンスの記憶喪失を隠し通すのは無理だと悟った。
コンスタンスが姿を見せた以上、真実を告げねばなるまい。
「コニーは事故で頭を打ち、12年分の記憶を失っているのです。
7歳の…、殿下とのご婚約が整った翌日の記憶から…」
「…なんだと?」
フィリップが目を見開く。
「ではコニーは10年間私の婚約者であったことも、お妃教育を受けていたことも覚えていないのか?」
「もちろん覚えておりません」
「その後…、婚約解消したことも?」
「事実としてルーデル公爵より伝えられてはいますが、全く記憶には無いようです」
「では、今のコニーの中身は…」
「7歳の少女です」
「7歳…」
俄かには信じられないような話だが、フィリップは先程からのコンスタンスの子供っぽい話し方や仕草に、ようやく納得がいったようだった。
「…コニー…」
フィリップは痛ましげな目をコンスタンスに向ける。
手を差し伸べてくるが、コンスタンスは再びオレリアンの後ろに隠れてしまった。
「おいでコニー。辛かったね」
コンスタンスは顔だけ出して、フィリップを見上げる。
「ほら、君の婚約者だったフィルだ。出ておいで、コニー」
「………」
「君と私は幼馴染なんだ。
ほら、よく一緒に遊んだだろう?
私と王宮に行って、また一緒に遊ばないか?」
フィリップとしては7歳までの記憶しかないコンスタンスにとって自分はごく近しい人間だと思っているだろうが、コンスタンスにしてみればフィリップは最早見知らぬ青年だ。
コンスタンスはオレリアンの後ろに隠れたまま、警戒心満載でフィリップを見上げる。
それを見たフィリップは何かを覚悟するような顔でオレリアンを見据えた。
「そなたの話は本当のようだな、ヒース侯爵。
コニーは幼い子供に戻ってしまったようだ。
だが、それであれば尚更、コニーをこんな目に遭わせたそなたにコニーを任せることは出来ない。
やはり、コニーは私が引き取らせてもらう」
「………は?」
オレリアンは驚きのあまり目を見開き、絶句した。
一国の王太子ともあろう人物が、なんて理不尽で愚かなことを言うのだろう。
こんな夜中に訪ねて来て、正妃になる女性の許しを得たからと、すでに人妻になった元婚約者を召上げると言う。
まるで、捨てた玩具を再び取り上げるように。
「さぁおいで、コニー…」
フィリップが手を出して触れようとすると、コンスタンスは顔を隠してオレリアンにしがみついてしまった。
オレリアンはそんな妻を振り返り、宥めるように優しく頭を撫でた。
そう、今のコンスタンスが慕っているのは、王太子ではなく夫であるオレリアンなのだから。
「殿下…、コニーは私の妻です。
それ以上近づくのはおやめください」
オレリアンは妻を抱き抱えるようにしながらフィリップを睨みつけた。
「このような状態の妻を王宮に連れ帰り、どうするおつもりですか?
王妃様の侍女など、つとまるわけがありません。
それに、妻は10年に及ぶお妃教育も覚えていないのです。
殿下のお役に立つことは、何一つございません」
「役に立つなど…。
…妃の仕事は正妃がするだろう。
コニーはただ私の側妃として、愛でられ、慈しまれる存在になってくれればいいのだ」
「愚かなことを…!
コニーは7歳の少女なのです!
側妃だなどと、玩具にでもなさる気か⁈
コニーは私の妻だ!
貴方の玩具にはさせない!」
「貴様!不敬だぞ!」
護衛騎士が再び剣の柄に手をかけ、フィリップの前に立った。
「王命だと夫人を取り上げることも、不敬だと貴様を斬り捨てることも出来るのだ!」
宰相の嫡男もそう叫んでいる。
激怒する2人に凄まれても、オレリアンはさらに燃えるような瞳でフィリップを睨みつけた。
「斬るなら斬れ!
女1人奪うために人殺しもするような愚かな王太子と知らしめたいならな!」
「貴様!!」
「待て」
激昂した騎士が本気で抜刀しそうなところを、フィリップが制した。
「ヒース侯爵、私の騎士がすまない。
とりあえず今日のところは帰ろう。
夜中に、すまなかった」
フィリップはオレリアンに謝罪すると、コンスタンスの方へ目を向けた。
相変わらず彼女はオレリアンに隠れるようにしながらこちらを伺っている。
怒鳴り声をあげて抜刀しそうになった護衛騎士に怯え、瞳いっぱいに涙を溜め、唇を震わせている。
「怖がらせて悪かったな、コニー」
フィリップが手を伸ばすと、オレリアンはまるで隠すようにコンスタンスを抱きしめた。
フィリップは宙に浮いた手を引っ込め、寂しそうに笑った。
そして踵を返すと、漸く部屋から出て行った。
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