7歳の侯爵夫人

凛江

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再び、王都へ

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王太子フィリップは、生まれてからの20年間、ずっと王族としての自覚と矜持を持って生きてきた。

常に国民の模範であれと己を律し、磨いてきたのである。

勉強も、剣術も、馬術も、全てにおいて優秀でなければいけないと思っていたし、事実、そうなるように人一倍努力もしてきた。



1つ年下のルーデル公爵令嬢コンスタンスと婚約したのは、フィリップが8歳になってすぐのことである。

ずっと王家を支える一番の忠臣で貴族筆頭のルーデル公爵の娘を妻に迎えることは、当然の成り行きだった。

それを見据えた上で両家の親は婚約前から2人を交流させていたし、所謂幼馴染のような関係であったから。


フィリップは、お転婆で好奇心旺盛で、でも優しくて可愛らしいこの幼馴染が好きだった。

だから、彼女と婚約したことはとても嬉しかった。

彼女となら、きっと末永く仲良くやっていけるだろうと。

2人は厳しい帝王教育とお妃教育の合間を縫って交流し、あたたかい関係を築いていった。


だが、長年の帝王教育とお妃教育は、少なからず2人を変えていったようである。

特にコンスタンスからは幼い頃の弾けるような笑顔を取り去り、好奇心でキラキラ輝く瞳を奪っていった。

元来素直な彼女は、『妃はこうあるもの』という前提でなされる教育を疑うこともなく吸収したのであろう。


流れるような美しい所作に、凛とした立ち姿。

慈愛のこもった瞳と、優雅に微笑む口元。

正しく未来の王妃に相応しい姿であるが、フィリップはこの婚約者に何か物足りないものを感じ始めていた。

彼女が国のために、自分のために変わってきたのはわかっている。

だが教育を終える16歳の頃には、コンスタンスはかつてフィリップが好きだった彼女とは違っていたのである。

贅沢な思いを抱いているのはわかっているし、やはり彼女のことは大切な、唯一の女性だとは思っている。

だが以前のように浮き立つような想いは影を潜め、最近ではお茶に誘うのも間遠になっていた。



フィリップが隣国に表敬訪問したのは、ちょうどその頃のことである。

そして、国王に溺愛されているというソニア王女と出会った。

大国の王女として生まれ蝶よ花よと育てられたソニアは、少々我儘で、気が強そうな少女だった。

だが、隣国の王子に好奇心満載のキラキラとした瞳を向けるソニアに、フィリップは幼い頃のコンスタンスを重ねた。

だから、少しだけ、惹かれた。

でも、ただそれだけだ。

帰国して1年後には、長年想い合い、慈しみ合ってきた婚約者と結婚する。

この訪問中だけ、魅力的な王女と楽しく語り合い、微笑み合うだけ。


そう、それだけだったのに。

表敬訪問から帰国して僅か1週間後。

隣国から、ソニア王女とフィリップ王太子の縁談が持ち込まれた。

きっかけはソニア王女の一目惚れという話だったが、王女はともかく、隣国の国王やその周りの者がフィリップ王太子の婚約を知らなかったはずはない。

それでもゴリ押ししてきたのは、本気で我が国と縁を結びたかったのだろうし、フィリップ王太子の将来性を見込んでのことだろう。

当然我が国でも隣国と縁を結ぶのが得策との意見が大多数で、結局フィリップはソニア王女と婚約することが決定した。

そこに、フィリップの意思など全く存在しなかった。

もちろん自分にはすでに婚約者がいると、彼女と別れるつもりはないと、抗おうとはした。

だが、いくら王太子とはいえ、所詮は国の駒だ。

国の決定に逆らうことも、国民の期待を裏切ることも出来なかったのである。


こうして、ルーデル公爵令嬢コンスタンスは10年にも及ぶ婚約期間とお妃教育の末に、婚約を解消された。

未来の王妃への道を閉ざされ、お妃教育に費やしてきた日々を無駄にされ、下位貴族の次男坊でしかなかった男を結婚相手として充てがわれたのである。


婚約の解消が決まった後、フィリップはコンスタンスと2人きりで会える最後の…、僅かな時間を与えられた。

お互い婚約が決まったら、二度と2人きりで会うことなど出来ないのだから。


コンスタンスは泣いていた。

いつも凛として冷静な彼女が、目を真っ赤にして、唇を震わせて泣いている。

その涙が、王太子妃になれないことを悔しがってのものなどではなく、フィリップの妻になれないことが悲しくてのものだと、フィリップはわかっている。

フィリップは彼女の震える肩を抱き寄せた。

抱きしめた彼女の体は華奢だった。

彼女はこんな華奢な体で、10年間も厳しいお妃教育に耐え、自分の婚約者でいてくれたのだ。

いつの間にか、フィリップの目にも涙が溢れていた。


心の底から、コンスタンスが愛おしいと思う。

でももう、歯車は狂ってしまった。


『国のため』という名の元、若い2人は別の道を歩むことになったのである。







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