7歳の侯爵夫人

凛江

文字の大きさ
84 / 100
いざ、王宮へ

8

しおりを挟む
絶句するコンスタンスを見つめ、王妃は優雅にカップに口を付けた。

そしてコトリとカップを置くと、ニッコリ微笑む。

「私ね、知っていたの。
ヒース侯爵に恋人がいることも、彼が貴女に全く興味がないことも。
だからわざと、貴女との縁談を持ち込んだのよ。
だって貴女は我が国最高の淑女として成長したのだもの、いくらフィリップとの婚約が解消されたからといって、全く貴女の傷にはならないわ。
貴族たちはこぞって貴女に求婚するでしょうし、きっと誰に嫁いでも貴女は大切に扱われ、幸せになれたでしょう」

微笑みを絶やさないまま語る王妃を、コンスタンスもまた黙って凝視する。

「貴女がね、夫に顧みられず不幸な結婚生活を送っていたならまだ良かったの。
なのに貴女ったら、いつのまにかヒース侯爵と仲睦まじくやってるって言うんだもの。許せるわけないじゃない。
やっぱりあの女…、貴女の母親と同じ、男を誑し込むのが上手なのだと思ったわ」

今度は蔑むように見据える王妃に、コンスタンスは目を見張った。

やはり王妃は、母を妬んでいたのだ。

王妃は我が国最高の女性として国民に崇められてはいるし、正妃として国王にも丁重に扱われている。

フィリップが即位すれば国母としてさらに大切にされることだろう。

しかし国王は王妃に義務とばかりにフィリップを産ませた後、次々と側妃や寵姫を迎え、フィリップの異母弟妹たちを産ませている。

一方ルーデル公爵は夫人を唯一の妻として慈しみ、社交界でも有名な愛妻家だ。

もちろん子供も夫人が産んだエリアスとコンスタンスしかおらず、『男子が1人では不安であろう』と側室を世話しようとした国王の話も即座に断っている。

身分はともかく、1人の女性としてどちらの方が幸せであるかは、火を見るより明らかだ。

そういう意味で王妃は気の毒ではあるが、しかし、母を貶められて黙っているわけにはいかない。

「母は…、そんな女性ではありません。
父は本当に心から母だけを愛して…」

「そんな話、聞きたくないわ」

王妃はバサリと扇子で顔をあおいだ。

「フィリップの妾になりなさい、コンスタンス。
そして、フィリップを支えて。
貴女が受け入れてくれさえすれば、全て丸くおさまるわ」

そう言ってコンスタンスをジッと見つめてくる王妃の目を見て、コンスタンスは『私はこの目を知っている』と思った。

あの日も王妃はコンスタンスに言ったのだ。

『貴女さえこの縁談を受け入れれば全て丸くおさまるのよ』と。

あの日…?

あの日っていつ?

コンスタンスは頭を押さえた。

何か思い出せそうで、思い出せない。

ただ、王妃にそう迫られた場面は頭に浮かんでいる。

そう、あれはもしかしたら、フィリップとの婚約が解消されて打ちひしがれていたコンスタンスに、王妃が告げた言葉だったのかもしれない。

近衛騎士オレリアンとの縁談をねじ込んできた時の。

(その時からすでに私は、この人の手のひらの上で…!)

目眩がする。

喉の奥に、苦いものがこみ上げてくる。

だがコンスタンスはこみ上げてくるものをこらえ、王妃を見据えた。

「公式寵姫の話は受け入れられませんわ、王妃様。
私はヒース侯爵オレリアンの妻ですもの」

「口を慎みなさい、コンスタンス。
貴方の気持ち次第で、ヒース侯爵の処遇にも関わるのですよ」

それは、コンスタンスが拒めばオレリアンが罰せられるとでも言うことだろうか。

コンスタンスは唇を噛み、睨むように王妃を見据えた。

オレリアンの、あの、穏やかな笑顔が思い出される。

自分のせいで、また彼に迷惑がかかるのだろうか。

だが、今この状況を、この話を受け入れたりしたら、彼はもっと傷つくのではないだろうか。

まだ半月しか関わっていないが、きっと彼はそういう人だと思う。

(ダメだ、もう帰ろう)

話は終わっていないが、コンスタンスは立ち上がろうとした。

王妃に対して不敬かもしれないし、この後ルーデル公爵家やヒース侯爵家に何かしらお咎めがあるかもしれない。

でも、両親も兄も、そして夫オレリアンも、きっとコンスタンスが受け入れてしまうことの方に怒り、悲しむであろう。

「もう失礼しますわ、王妃様」

そう言って立ち上がろうとしたコンスタンスは、しかしグラリと傾いて、再びソファに沈んだ。

手にも、足にも、力が入らないのだ。

「……私……?」

必死に体を動かそうとするが、体が動かない。

しかも何やら体中火照ってきて、動悸がする。

王妃はそんなコンスタンスを見ながら、優雅に立ち上がった。

そして見下ろすと、ニヤリと嫌な笑みを浮かべた。


「やっと薬が効いてきたようね」
しおりを挟む
感想 62

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

夫に相手にされない侯爵夫人ですが、記憶を失ったので人生やり直します。

MIRICO
恋愛
第二章【記憶を失った侯爵夫人ですが、夫と人生やり直します。】完結です。 記憶を失った私は侯爵夫人だった。しかし、旦那様とは不仲でほとんど話すこともなく、パーティに連れて行かれたのは結婚して数回ほど。それを聞いても何も思い出せないので、とりあえず記憶を失ったことは旦那様に内緒にしておいた。 旦那様は美形で凛とした顔の見目の良い方。けれどお城に泊まってばかりで、お屋敷にいてもほとんど顔を合わせない。いいんですよ、その間私は自由にできますから。 屋敷の生活は楽しく旦那様がいなくても何の問題もなかったけれど、ある日突然パーティに同伴することに。 旦那様が「わたし」をどう思っているのか、記憶を失った私にはどうでもいい。けれど、旦那様のお相手たちがやけに私に噛み付いてくる。 記憶がないのだから、私は旦那様のことはどうでもいいのよ? それなのに、旦那様までもが私にかまってくる。旦那様は一体何がしたいのかしら…? 小説家になろう様に掲載済みです。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

記憶が戻ったのは婚約が解消された後でした。

しゃーりん
恋愛
王太子殿下と婚約している公爵令嬢ダイアナは目を覚ますと自分がどこにいるのかわからなかった。 眠る前と部屋の雰囲気が違ったからだ。 侍女とも話が噛み合わず、どうやら丸一年間の記憶がダイアナにはなかった。 ダイアナが記憶にないその一年の間に、王太子殿下との婚約は解消されており、別の男性と先日婚約したばかりだった。 彼が好きになったのは記憶のないダイアナであるため、ダイアナは婚約を解消しようとするお話です。

〖完結〗王女殿下の最愛の人は、私の婚約者のようです。

藍川みいな
恋愛
エリック様とは、五年間婚約をしていた。 学園に入学してから、彼は他の女性に付きっきりで、一緒に過ごす時間が全くなかった。その女性の名は、オリビア様。この国の、王女殿下だ。 入学式の日、目眩を起こして倒れそうになったオリビア様を、エリック様が支えたことが始まりだった。 その日からずっと、エリック様は病弱なオリビア様の側を離れない。まるで恋人同士のような二人を見ながら、学園生活を送っていた。 ある日、オリビア様が私にいじめられていると言い出した。エリック様はそんな話を信じないと、思っていたのだけれど、彼が信じたのはオリビア様だった。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

大好きなあなたを忘れる方法

山田ランチ
恋愛
あらすじ  王子と婚約関係にある侯爵令嬢のメリベルは、訳あってずっと秘密の婚約者のままにされていた。学園へ入学してすぐ、メリベルの魔廻が(魔術を使う為の魔素を貯めておく器官)が限界を向かえようとしている事に気が付いた大魔術師は、魔廻を小さくする事を提案する。その方法は、魔素が好むという悲しい記憶を失くしていくものだった。悲しい記憶を引っ張り出しては消していくという日々を過ごすうち、徐々に王子との記憶を失くしていくメリベル。そんな中、魔廻を奪う謎の者達に大魔術師とメリベルが襲われてしまう。  魔廻を奪おうとする者達は何者なのか。王子との婚約が隠されている訳と、重大な秘密を抱える大魔術師の正体が、メリベルの記憶に導かれ、やがて世界の始まりへと繋がっていく。 登場人物 ・メリベル・アークトュラス 17歳、アークトゥラス侯爵の一人娘。ジャスパーの婚約者。 ・ジャスパー・オリオン 17歳、第一王子。メリベルの婚約者。 ・イーライ 学園の園芸員。 クレイシー・クレリック 17歳、クレリック侯爵の一人娘。 ・リーヴァイ・ブルーマー 18歳、ブルーマー子爵家の嫡男でジャスパーの側近。 ・アイザック・スチュアート 17歳、スチュアート侯爵の嫡男でジャスパーの側近。 ・ノア・ワード 18歳、ワード騎士団長の息子でジャスパーの従騎士。 ・シア・ガイザー 17歳、ガイザー男爵の娘でメリベルの友人。 ・マイロ 17歳、メリベルの友人。 魔素→世界に漂っている物質。触れれば精神を侵され、生き物は主に凶暴化し魔獣となる。 魔廻→体内にある魔廻(まかい)と呼ばれる器官、魔素を取り込み貯める事が出来る。魔術師はこの器官がある事が必須。 ソル神とルナ神→太陽と月の男女神が魔素で満ちた混沌の大地に現れ、世界を二つに分けて浄化した。ソル神は昼間を、ルナ神は夜を受け持った。

処理中です...