-Crazy- 殺しあいの約束

寺谷まさとみ

文字の大きさ
12 / 26
第一章

(四)理解できない

しおりを挟む
 鬱蒼うっそうとしげる暗い森。
 魔種の咆哮と、獣じみた笑い声。
 木々の隙間から差しこむわずかな陽光へ、飛行蜥蜴フライングリザードがとびだした。滑空して向こうの高木へ逃げおおせようという刹那、容赦なく艶のない黒色が影を落とす。
 次の瞬間には、大太刀の刀身が魔種の胴体を鋭利に貫いていた。
 だがそれだけでは終わらない。ひと息に大太刀を抜いて、穿うがたれた腹の穴から鮮血が噴きでるまでのあいだに、黒影は次の獲物に狙いをさだめている。真上を飛んだめすのフライングリザードを目視するよりも早く、黒影は今しがた殺した死体を足場に跳びあがった。さらに樹の幹を蹴りあがり、わずか数瞬で獲物に追いつく――斬る。その一太刀は角状突起の隙間へとうぜんのようにさしこまれ、なめらかに、しかし凄絶すいぜつに両断した。
「っはははははははは!」
 口の両端がこれでもかというほどに大きくつり上がり、細い眼が三日月のようにゆがむ。
 黒影からこぼれる声は魔種の咆哮と大差ない。それを聞くたびに、まったくちがう世界に来てしまったのではないかとソウは錯覚した。
「ぬるい。ぬるいぞ! もっと来い! まだ足りん!」
 フライングリザードの翼膜よくまくが根こそぎ飛ぶ。樹木に打ちつけられた胴体が、血の痕を残して地面に落ち潰れる。白い鱗が次々と赤く染まり、わずかな陽の光によってぬらぬらと光ってはつたい落ち、染みを広げていった。
「ナギさん、伏せて」
 ソウは次々と宙を舞う赤い血とよどんだ黒色を横目に見ながら、とびかかってきたフライングリザードを斬りふせた。次にせまってきた一体をとっさに蹴りとばして、今度は背後を狙ってきた白色を裂く。
「お金を稼ぐとはいいましたが、どうしていきなり魔種の巣につっこむんですかああ!」
 木陰でうずくまったままのナギが、涙声で叫んだ。
 魔幽まゆう大陸に来て二日目。ソウたちは仲介所で比較的簡単な依頼を受注した。フライングリザードの繁殖時期に合わせた狩猟討伐だ。
 いくらナギが博識だとはいえ、ソウにとっては知らない土地だ。この地方の魔種の生態がわからない以上、簡単な討伐依頼でようすを見たい、というのがあったのだが……。
「ワタシを満足させてみろ!」
 依頼を受けることに対して、黒影からなにも否定意見がなかったことは、ソウ自身も多少いぶかしく思った。そしてその後――一直線に魔種の巣に特攻する姿を、いったい誰が想像できただろうか。
 大太刀を大きく振りまわして、片っ端から魔種の群れを刻んでいく背中は、さながら真っ黒な肉食獣だ。人族は魔種を恐れ、魔種に喰われる側だが、これではどちらが喰う側なのかわからなくなってしまう。
(……にしても、食料の問題は深刻だなぁ)
 ナギの話では〈白の境界線〉は瘴気におおわれているせいで、一帯が白亜化しているらしい。それはすなわち、そこに生息する動植物もまた、瘴素しょうそに侵されているということだ。瘴素に侵されているものが食べられるわけもない。つまり、まともな食料を確保できない。
(いちおう、補給地点で食料の補給ができるって話だけど。下手すると、魔種の肉を食うことになるんじゃ……)
 ソウはため息をこぼした。
 瘴気を構成する主な物質は、瘴素しょうそという。手間をかければ、汚染された食物から瘴素をとりのぞいて食べることも可能になるらしいが……、いままでにそんな状況はなかった。そもそも、魔種の肉を好んで食べようという者はいない。そんなことをする人間は、よっぽど気が狂った美食家か、物好きか、後先を考えない蛮勇、というのが、世間の一般的な認識だろう。
 それほどまでに、瘴素は人体に有害だ。
 瘴気に満たされた空間――つまり、瘴素濃度の高い空間――で活動したり、魔種の攻撃を受けるなど、なんらかの方法で体内に瘴素が入ってしまうと、発熱や倦怠感・呼吸困難など特定の症状が現れる。一般的には、瘴気症しょうきしょうと呼ばれている。
 だがもっとも恐ろしいのは〈白亜化はくあか〉だ。
 瘴気症を発症すると、早ければ数時間で〈白亜化〉が始まる。末端、あるいはもっとも瘴素に侵された部分から白く変色し、そのうちに全身へ広がって死にいたる。そうして死にいたった遺体は、また新たな瘴素を生みだす――この恐ろしい循環が、十数年前に世界を震撼させ、多くの人族を死にいたらしめた感染爆発だ。つい十年前にも青国あおぐにがこの感染爆発で滅んだのは、記憶に新しい。
 瘴気症は予防と発症後の初期対応が重要とされるが、当時は有効な薬も手引も確立されていなかったために、各地で暴動や白狩りが発生し混乱をきわめた。
 いまでは比較的安価な薬も開発され、瘴気症の初期段階で投薬すれば命を落とすにはいたらない。しかし白亜化だけは、いまだ不治のままだ。白亜化が始まってしまえば最後、その部位を切除することでしか命を救えない。そして、白亜化で死んだ者の遺体は、二次被害を防止するために焼却処分される決まりとなっている。
 人々が白を恐れ忌み嫌うのは、ただ魔種の姿を想像しているからではない。白い死が、身近にあるからだ。
 それは魔狩も例外ではなかった。
 白亜化で身体の一部を失い前線から退いた魔狩も、白亜化で亡くなった魔狩のことも、ソウは知っている。
 瘴素を体内に保有する魔種を相手にする以上、魔狩は瘴気症、そして白亜化の危険にさらされることになる。そのため、魔狩には瘴気症の特効薬である〈携帯用緊急注射剤ワィトフォーワィト〉が支給されている。それは人さし指ほどの大きさのシリンジで、緊急時にプロテクターを外し、十秒かけて注入するものだ。
(俺はまだ、瘴気症になったことはないけど――……)
 もちろんソウも持っているが、あくまでも緊急用であって、これを使ってしまえば後はない。
「ああ、本当に」
 頭が痛い。ソウは嘆息を重ねて、黒影がとりこぼした魔種らを淡々と斬りふせていた。あっちもこっちも考えることが多すぎて頭がどうにかなりそうだ。この数分の間で、三回もため息をついてしまった。
「キサマが親玉か!」
 向こうでは、すっかり血に濡れた黒影が、ついぞフライングリザードの親玉と対峙しよう、という頃合いだった。
(俺が前に出ても、黒影にうまく合わせられる自信がない。雷撃は範囲が広いから確実にまきこんでしまう)
 それはもっとも非効率で危険なことだ。
 黒影は強い。敵を目の前にした胆力。とっさの判断力と行動力。命を狩り落とす太刀筋。いずれも、自分ソウとは比べものにならない。
 だが決定的に欠けているものがある。
 それは他者の命の保護だ。それどころか、自分の命すら投げだしているのではないか、と思うような戦い方が垣間見える。
 結果的にソウがナギを護衛する位置についたのは、ごく自然な流れだった。
 ソウ自身はもともと単独で仕事をこなすことが多く、他者をかばいながら戦うのは不慣れだ。……もちろん、そんな言いわけをしていられない状況だということも理解している。ここはひとつ、戦い方の幅が広がると前向きにとらえることにして、戦いの中で思考と実践をくりかえしていた。
「いい練習だけど、数が多いなぁ」
「ソウさん!」
 おもむろにぼやいたとき、ナギの声が鋭く響いた。その視線は、ソウの後ろを示している。
「もう」
 片足を軸に、そのまま蹴りおとす。
 黒影は戦いを楽しんでいるようだが、ソウはその心情がまるで理解できなかった。
 戦いはあくまでも仕事であり、危険な作業でしかない。そんなものに、いったいなんの喜びを見出せるのか。あれほどまでに興奮できるのか。
(理解、できないな)
 流れにそって右の片刃曲刀をくるりと逆手に持ちかえ、地面に伏せたフライングリザードの頭蓋にふりおろす。その瞬間を狙ってきた別の気配を、左手の片刃曲刀で切り裂く。
 視界の端にきらりと光がひらめいた。黒影の大太刀が森の暗がりから陽斑ひはんへ抜け、光を鋭く反射したのだろう。ソウは恬然てんぜんとそれを見あげた。
 頭上から、高く。一直線に振りおろされた太刀筋がひときわ大きくいきり立つフライングリザードを、殺した。ふきだすように弾けた鮮血をまきちらしながら、最後の抵抗すらなく白色は伏す。
 ゆらり。
 地面に立ちあがった異様に細い背中へ、遅れて、長い黒髪が重く垂れこめた。血に染まった濡羽色の髪は、不気味なほどに艶やかだ。
 大太刀の血をひとつはらう。黒影は、ソウの視界のずっと向こうで、ひとり血の雨を見あげた。
「このていどか。つまらん」
 尖った横顔は、小さく言葉をこぼすだけにとどまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

触手エイリアンの交配実験〜研究者、被験体になる〜

桜井ベアトリクス
恋愛
異星で触手エイリアンを研究する科学者アヴァ。 唯一観察できていなかったのは、彼らの交配儀式。 上司の制止を振り切り、禁断の儀式を覗き見たアヴァは―― 交わる触手に、抑えきれない欲望を覚える。 「私も……私も交配したい」 太く長い触手が、体の奥深くまで侵入してくる。 研究者が、快楽の実験体になる夜。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

処理中です...