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第一章
(五)悪い報せ
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冒険者としての初仕事を終え宿場町へ戻ろうというころに、森のしげみからひとつの気配が転がりこんできた。首元に赤と黄の羽飾りをさげた青年はソウを見るなり、青ざめた顔で必死になにかを訴えた。腰にすがりつく手はぶるぶるとふるえ、額には脂汗をにじませている。なにかにひどく怯えているようすだ。見るからに、ただごとではない。
青年の事情をいちばんに理解したのは、やはりナギだ。
「そんな……」
血の気の失せた顔をしたナギが、ソウへ告げた。
「死んじゃうかも、って」
「どういうこと?」
訊ねると、ナギはかがんだ。青年の目線にあわせるためだった。おちついた声でゆっくりと質問すると、青年はしどろもどろになりながらもどうにか答え、木の皮を一枚手渡した。ナギはその皮をすこしのあいだ見つめると、立ちあがった。
「魔種の集団暴走です」
ソウは目を見ひらいた。
「魔種によって仲間が負傷して、洞窟内で動けなくなっている状態だそうです。これは、その地図だと」
ナギから受けとり、地図へ視線を落とす。昨日、立て板に貼りつけられていたものと材質は同じだが、いくつかのバツ印と短い直線で構成されていて、そのなかには一本だけ長い直線も描かれている。
「――昨日のことは本当に、本当にごめん。でも、いますぐ助けてやらなきゃ死んじゃうかもしれないんだ。あんた強いんだろ、頼むよ……」
ナギの声が、青年の言葉をなぞる。青年の身体は泥にまみれ、むきだしの肌には打撲痕が見られた。
「……」
ソウはわずかに目を細めた。ナギに通訳を頼みながら、青年の肩に手を置いて目線を合わせる。青年はビクリと肩をふるわせ、おびえた眼でこちらを凝視した。
「大丈夫。助けにいく」
まっすぐに伝えた瞬間、青年は頬を濡らしてしゃくりあげた。とぎれとぎれになりながらも、くりかえし同じことを言っている。
「ごめんなさい、だそうです」
「いいよ。気にしてない」
ソウは安心させるように笑みをたずさえた。
「おちついて、君の見たことを教えてくれる?」
負傷者がどれくらいで、どのていどのものか。また、魔種はどのようなものを見て、どれくらいの数なのか。ソウの質問に対する答えは「混乱していてよく覚えていない。とにかくいっぱいいて怖かった」といったふうで、いまいち要領を得ないものだった。おちついてくればもう少し有益な情報が得られるかもしれないが、その猶予がない可能性もある。
わずかな思案を重ねる。
最後に洞窟のようすを訊ねると、青年はここから近いことを告げ、洞窟がある方角をはっきりと教えてくれた。地図を示し、仲間と別れたおおよその場所を指さす。
「どうします?」
ナギの問いに、ソウは「助けに行くよ」と立ちあがった。頭のなかで反芻させていたのは、魔狩の行動指針だ。たとえ、昨日殴られそうになった相手だとしても、魔狩である以上、魔種の脅威をはらい、人命救助をおこなうのはとうぜんのことだ。やるべきことに私的な感情を混ぜてしまえば、救えるものも救えなくなってしまう。
「町に近い洞窟の内部で集団暴走が起こっているんだとしたら、その魔種たちか、もしくはそれにおどろいて混乱した別の魔種たちがこの付近を襲う可能性も出てくる。そうなると、周辺にいる人たちもまきこまれるし、なにより、前線にいる彼らの命だって……」
ソウはそこで言葉を止めた。続くように言葉をつむいだのは、いままで黙っていた黒影だった。
「なぜ最後まで言わない。あのていどの雑魚だ。集団暴走を前にして、生きているわけがなかろう。どうせコイツには言葉も通じないんだ。言ってやればいい。――死んでいる、と」
黒影は、吐き捨てるように低く嗤った。
ソウはまっすぐ見つめかえした。
「言葉が通じないからとか、そういうことじゃないでしょ?」
「むだな期待をもたせるな。根拠もなく、助けるだのなんだのと。優しくしたところでけっきょく恨まれるのはキサマだぞ?」
真っ黒によどんだ瞳だ。なにも信じず、誰にも期待していない。けれども、人間の悪意だけは信じているような、鋭利で暗い目。
言い争っている時間はない。ソウは視線をはずした。
「ナギさん、彼といっしょに町へ。みんなに事情を説明してくれる? 周辺の防衛を指示して、それから森と洞窟に慣れている冒険者を派遣してもらえるように手配してほしい」
ナギはうなずいた。
差しこむように舌打ちを重ねたのは、黒影だ。
「ワタシは行かんぞ」
「それでいいよ。君はこの街の防衛のかなめになる。だから、お願い。……護って」
返答はなかった。だが、かまわない。万一に、この街へ強い魔種が現れたなら、きっと黒影は嬉々として戦うだろう。そうでないなら、冒険者たちで対応できるはずだ。
ソウはもう一度片膝をついて、泥だらけの青年に視線を合わせた。その肩にそっと手を置く。青年は大きく肩をふるわせた。
「ナギさん。彼に伝えてくれるかな」
――大丈夫だよ、って。
青年の事情をいちばんに理解したのは、やはりナギだ。
「そんな……」
血の気の失せた顔をしたナギが、ソウへ告げた。
「死んじゃうかも、って」
「どういうこと?」
訊ねると、ナギはかがんだ。青年の目線にあわせるためだった。おちついた声でゆっくりと質問すると、青年はしどろもどろになりながらもどうにか答え、木の皮を一枚手渡した。ナギはその皮をすこしのあいだ見つめると、立ちあがった。
「魔種の集団暴走です」
ソウは目を見ひらいた。
「魔種によって仲間が負傷して、洞窟内で動けなくなっている状態だそうです。これは、その地図だと」
ナギから受けとり、地図へ視線を落とす。昨日、立て板に貼りつけられていたものと材質は同じだが、いくつかのバツ印と短い直線で構成されていて、そのなかには一本だけ長い直線も描かれている。
「――昨日のことは本当に、本当にごめん。でも、いますぐ助けてやらなきゃ死んじゃうかもしれないんだ。あんた強いんだろ、頼むよ……」
ナギの声が、青年の言葉をなぞる。青年の身体は泥にまみれ、むきだしの肌には打撲痕が見られた。
「……」
ソウはわずかに目を細めた。ナギに通訳を頼みながら、青年の肩に手を置いて目線を合わせる。青年はビクリと肩をふるわせ、おびえた眼でこちらを凝視した。
「大丈夫。助けにいく」
まっすぐに伝えた瞬間、青年は頬を濡らしてしゃくりあげた。とぎれとぎれになりながらも、くりかえし同じことを言っている。
「ごめんなさい、だそうです」
「いいよ。気にしてない」
ソウは安心させるように笑みをたずさえた。
「おちついて、君の見たことを教えてくれる?」
負傷者がどれくらいで、どのていどのものか。また、魔種はどのようなものを見て、どれくらいの数なのか。ソウの質問に対する答えは「混乱していてよく覚えていない。とにかくいっぱいいて怖かった」といったふうで、いまいち要領を得ないものだった。おちついてくればもう少し有益な情報が得られるかもしれないが、その猶予がない可能性もある。
わずかな思案を重ねる。
最後に洞窟のようすを訊ねると、青年はここから近いことを告げ、洞窟がある方角をはっきりと教えてくれた。地図を示し、仲間と別れたおおよその場所を指さす。
「どうします?」
ナギの問いに、ソウは「助けに行くよ」と立ちあがった。頭のなかで反芻させていたのは、魔狩の行動指針だ。たとえ、昨日殴られそうになった相手だとしても、魔狩である以上、魔種の脅威をはらい、人命救助をおこなうのはとうぜんのことだ。やるべきことに私的な感情を混ぜてしまえば、救えるものも救えなくなってしまう。
「町に近い洞窟の内部で集団暴走が起こっているんだとしたら、その魔種たちか、もしくはそれにおどろいて混乱した別の魔種たちがこの付近を襲う可能性も出てくる。そうなると、周辺にいる人たちもまきこまれるし、なにより、前線にいる彼らの命だって……」
ソウはそこで言葉を止めた。続くように言葉をつむいだのは、いままで黙っていた黒影だった。
「なぜ最後まで言わない。あのていどの雑魚だ。集団暴走を前にして、生きているわけがなかろう。どうせコイツには言葉も通じないんだ。言ってやればいい。――死んでいる、と」
黒影は、吐き捨てるように低く嗤った。
ソウはまっすぐ見つめかえした。
「言葉が通じないからとか、そういうことじゃないでしょ?」
「むだな期待をもたせるな。根拠もなく、助けるだのなんだのと。優しくしたところでけっきょく恨まれるのはキサマだぞ?」
真っ黒によどんだ瞳だ。なにも信じず、誰にも期待していない。けれども、人間の悪意だけは信じているような、鋭利で暗い目。
言い争っている時間はない。ソウは視線をはずした。
「ナギさん、彼といっしょに町へ。みんなに事情を説明してくれる? 周辺の防衛を指示して、それから森と洞窟に慣れている冒険者を派遣してもらえるように手配してほしい」
ナギはうなずいた。
差しこむように舌打ちを重ねたのは、黒影だ。
「ワタシは行かんぞ」
「それでいいよ。君はこの街の防衛のかなめになる。だから、お願い。……護って」
返答はなかった。だが、かまわない。万一に、この街へ強い魔種が現れたなら、きっと黒影は嬉々として戦うだろう。そうでないなら、冒険者たちで対応できるはずだ。
ソウはもう一度片膝をついて、泥だらけの青年に視線を合わせた。その肩にそっと手を置く。青年は大きく肩をふるわせた。
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――大丈夫だよ、って。
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