使いっパシリのゾルゲさん

ゴエモン

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9パシリ 土産を買うのも一苦労

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 再び偵察にシャンディへと舞い戻ってきたゾルゲは前回買えなかったお土産を買うために、いくつかの依頼をこなし換金を済ませた後、虹色のパラソルをクルクル回しながらフラフラ歩き街を散策していた。ただ歩いているだけでなく新しい情報がないか、この街に密かに放っている密偵の乞食や孤児たちから報告を回収するのが本当の目的だ。

 開拓村の鉱山が……

 遊撃隊が王国に戻って来た……

 前線への追加派兵が……

 戦争孤児の増加が……

 施設の人員不足……

 兵役崩れの野盗の集団が……

 新たな要塞の築城が……

 新攻城兵器が……

 混凝土の新しい新技術が……

 横丁の老舗呑み屋がもうすぐ閉店……

 新作バッグとコスメの展示会が……

 新しくできた食堂の女給が…… 

 下町のゲンさんのパンツが盗まれた……


 何の情報がどう事件や現実と繫がっているかわからない。玉石混交の情報を取捨選択し、魔王軍にとって有益か無益かを判断せねばならない。そのためには違和感を持った情報の裏取りや調査も行うなど、ゾルゲの仕事はなかなかどうして大変だ。
 しかし、戦場で切った張ったの血腥い戦いや、多くの部下の命を預かるなんて責任の重い任務よりは、こちらの方がよっぽど性に合っていた。そのため体を張っている上のクラスの将軍達と少しでも軋轢を生まないように、この片手間でやるお土産購入は実は大切な仕事でもあった。


 まずは……女給のチェックですな。

 新しく開店した食堂『ぐぐーがじゅーぷー』は人だかりができてい。並んで待ってなんとか入って、出された料理は肉体労働者向けのガッツリメニューだ。味付けした魚や肉を大鉄板でいっぺんに焼き、それを食べやすい大きさに切ったものを小麦粉を発酵させ練って焼いた丸くて膨らんだ物で挟んだ物だ。ソースや野菜もタップリ入っている。味付けはオイルとビネガーとシンプルだが、食べ応えはあり美味い。さて、肝心のウエイトレスだが、確かに元気が良くて笑顔も可愛いく純粋そうな身なりだが、あまりの忙しさに声をかける隙もなく諦めた。

 ゲンさんのパンツはどうでもいいとして、コスメとバッグでも買っておきますか。あの姦し娘共のために。

 ボヤキながら向かった展示会場は雑多な物が集まる露天市場とは違い、祭りや芝居の他公共イベントで使用される深いすり鉢状のミニ劇場だった。そこに小屋程度なら覆えるほどの丈夫な黄白色の天幕が張られ、大勢の若い女性を中心とした民衆が集まり賑わいをみせていた。

 ボッタクリニカやバカレンシア、クサマンタバサ、キモ・スイなどこの国はおろか他国のブランド品まで展示販売されているが、そこで目を輝かせている何人かの美しい女性に声をかけ、貴女だったら何が欲しい? といった軽いナンパをしつつ人気作の動向をはかる。
 特に人気なバッグはルイ・ガテンで、ひとつとして同じデザインはないシリーズだった。リリーにおねだりされたがさすがに値段が張る。しかし、まあこの前変な噂を流して───主にアシュランが悪いのだが───自分がいない間迷惑をかけたかもしれぬことを考えると買わねばならぬか、いや、しかし、リリーに高価な物を買うとヴェラにも同じくらいのグレードの物をやらないとうるさくて敵わない。さて、どうするかと悩んでいると、目の前でポンポン売れていき気づいた時にはルイ・ガテンは売り切れていた。これはいけないと店員に慌てて頼み込むも、もう売り切れだからどうしようもない。工房ならひとつやふたつあるだろうから、行ってみてはどうかと助言をもらう。ただ買える保証はできませんが……とのこと。まぁ、それはそうだろう。
 
 トボトボと職人街がある下町に向かうと下働きの孤児がやけに目についた。そういえば戦争孤児が増えたと言っていたがこの子達なのだろうか。そのうちの何人かが、布を丸めて作ったであろう毬を投げて遊んでいる。ゾルゲの方に飛んで来たのでヒョイと掴むと、子供達はぶつけたと勘違いして蜘蛛の子を散らすように逃げていく。なんのことやらと思いつつ、後で渡してやろうと毬は懐にしまい、件のルイ・ガテンの工房に行く。なめし革と薬品と獣の匂いが入り交じる独特の香りがする工房では、何人もの職人がひと刺しひと刺し極太の針で獣皮を縫い付けていた。
 店で鞄が売切れだったから代わりになんかないかと問うも、いくつかできてるが、ここで販売するとあとで噂を聞いた客が来たりすると大変だから、直販はやっていないとのこと。まぁそういうもんだろうと工房を後にする。

 有名ブランドが一同に介する期間限定の展示会場、つまり営業や販売代理店のシステムがあり、商品の製造とが分業されてますねぇ。ずいぶんと経済も発達してきましたなぁ。

 などと思いつつもも、どうしたものかと街を歩くとすでに夕暮れであったので、そろそろ閉店するという横丁の呑み屋に足を向ける。
 くたびれた材木に張られた古めかしい革張りの天幕で建てられた小さな店は、コの字のカウンターが並びその中で腰の曲がった老齢な夫婦が常連客と会話をしながら慌ただしく手元を動かす。立呑屋『ずたぼろ』はおっさん達がわいのわいのと賑やかな店だった。なんでも店主が高齢でしんどくなり後継もいないので閉めるのだそうだ。
 乾燥肉と煎り豆に肉と野菜の出汁で食す麺を注文し麦酒を呷っていると、隣に身なりのいい初老の男性が来る。がっしりとした体格、隙のない振る舞いにひと目で上の階級にいるベテラン騎士だとわかる。さらには店内での振舞や“おやっさん、麦酒といつもの” の一言でこの店の常連客だと察せられる。
 よく来られてるんですね、と呑み屋あるあるの会話で話し始めると、見た目の感じより気さくな人柄で応えてくれる。最初は当たり障りのない会話をしていたが、酒が進むにつれ最近派兵の増加や新要塞の築城などで人手が取られ大変なのだという話題になる。どんな要塞なんだと聞くと、総混凝土製でちっとやそっとでは破壊できない程丈夫なんだそうだ。それでは今までの攻城兵器じゃ役にたたないですな、と話しをふると、矛と盾は一緒に開発するもので、簡単に作れて扱える爆発する薬をこの新型要塞用に開発したのだそうだ。元は鉱山開発用に発明されたものだが、兵器として転用するそうだ。しかし、ここにきて野盗が増えたせいで騎士団からさらに人がとられてんてこまいなので、そちらはギルドに手伝いを依頼したという。
 ひとしきり喋ったあと、この呑み屋は駆け出しの頃から何十年も来ていて、なくなるというのは悲しい、と愚痴をこぼして帰って行った。
 今日は労せず有益な情報を聞けたと密かに喜んでいると、昨日起きたらパンツが無くてよー、という愚痴が反対隣から耳に入る。そちらに顔を向けると、いかにも職人といった風体のおっさんだった。そういえば “パンツを盗まれたゲンさん” というどうでもいい情報があったな、と思いつつ何気なく耳を傾けてみる。

「あの辺浮浪児のガキンチョが増えたからな。なんでもかんでもこそ泥しておもちゃにして遊んでるからそれかもしれねぇな」

「俺のパンツなんかでどうやって遊ぶんだよ」

「パンツぶつけられたやつは他の奴にぶつけるまでエンガチョ扱いされるとかな」

「鬼ごっこの非道バージョンじゃねーか」

 同僚であろうか二人の会話にまさかと思い、昼過ぎに子供達が投げていた布を懐から取り出し広げると、それは…… ゾルゲはエンガチョになっていた。子供達が散らすように逃げたのはこのためか!と悔しさが込み上げてくるが、麦酒を呷って落ち着かせる。愚痴っていたおっさんに声をかけ経緯を話してその布をパラリと広げて見せると、間違いなく自分のパンツだという。少し鬱になりながらもパンツを返すと、お礼をしたいという。ならば好意に甘えるかと呑み屋を出ておっさんの家に向かうと、出迎えてくれたのはどこかで見たことのある純朴そうな可愛いらしい女性であった。ニコリと笑った笑顔に、ハッと思い出す。そうだ、新しい食堂のウエイトレスだ。おっさんの娘なのかと思い、美しくて可愛いらしい娘さんだと褒めると、妻だという。腹に燃えたぎる何かが芽生えるが必死に抑える。これがお礼だとルイ・ガテンのロゴが入った小洒落たバッグを貰う。財布と手帳を入れたらそれだけでいっぱいになってしまうくらいのサイズだ。女性はこういう実用性のないやたら小さいバッグを好むから丁度よいだろう。パンツごときでタダというわけにはいかないので、正規の料金より少し割引いたお金を置いていく。固辞されたが、ではこれは美しい奥様にまた出会える事を願って、といって無理矢理置いていった。

 今日はこんなもので帰ろうとしたが、思うところあってギルドに向かう。既に日は沈み深夜と呼ばれる時間までもう僅かというところであったためかギルドは閉まっていた。外から覗き込み職員が居ない事を確認すると、パラソルを振り転移で中に入る。依頼の書類を盗み見て、取り出したのは『野盗の退治』であった。


 ◇    ◇    ◇    ◇    ◇


「なんだてめぇは!」

「吾輩人材派遣を生業にしてるものでして、貴方がたを勧誘しに参ったわけです」

「こんな深夜に来るスカウトマンがいるか!」

 時刻は深夜も深夜、日没からよりも日の出までの時間の方が短いくらいの深夜、ギルドを出たその足で転移したのはシャンディから徒歩で数日程の地にある廃村だった。ギルドの情報通り村は野盗達のアジトになっており、虹色の日傘をクルクル振り回す男は石造りの教会で首領であろう片目片腕の巨漢の男と対峙していた。ゾルゲの周りは石斧や歯欠けが著しい銅剣、樹皮を貼り付けた防護服など貧相な武装をした十数名の野盗が囲んでいる。

「いえいえ、本当ですよ。いい話をお持ちしたんですけどねぇ。どうせ他国の戦争で怪我して仕事を無くして野盗落ちしたんでしょ。このままですとギルドか国かどちらからか討伐隊きますよ」

「どこへ行っても爪弾きにした俺たちに討伐隊だと! 笑わせてくれる、返り討ちにしてやるわ!」

「おかしいですね、他国は知りませんが少なくともシャンディは乞食や戦争孤児の福祉は充実してるように見えたのですがね」

「あんな底辺の暮らしができるか! 女も酒も思うがままにしたいんだよ!」

「なるほど、その欲望は否定しませんがね。どれ、派遣の前に社会復帰のための研修と行きましょうか……」

 ゾルゲがパンと両手をひと叩きすると教会内に反響する。誰もいない空間に響くような反響だ。

「御託はもういい! やっちまえおめぇ……ら?」

「周りにいた皆さんはもう研修施設に送りました。

「へ……?」

「ご心配なく、お辞儀の角度から名刺交換、ハンコの押し方までしっかりとご教授致しますから───」

 ◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 数日後、人員不足だった孤児乞食用の施設と、そろそろ閉まるといわれた老舗の呑み屋『ずたぼろ』には急に優秀な働き手が増え閉店は免れることになった。しかし、働いている人間はゾルゲや騎士団の人が来るとなぜかビクビクしていたそうだ。

 あんな素晴らしい情報源や人材を失うなんて、我が軍にとってとんでもない損失であるからな。にしても、火薬──か。思ったよりもずいぶん早い登場ですね。混凝土を提案して正解でしたな。

 ビクビクする店員を肴に、この日は白い果実酒で疲れを癒やすゾルゲであった。
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