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第一章

南楓と修了式後の会話

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 修了式が終わり、明日から春休みが始まる。

 次に登校する時には二年生か......。二年生になることへの不安は特にないけれど、唯一心配なのはクラス分けだ。二年生になれば修学旅行がある。おそらく、クラス単位での行動となるので、自分が属するクラスに誰がいるのかが重要になってくる。
 神崎が同じクラスであれば、心強いんだけどな......。例年通りであれば、文系は四クラスに振り分けられる。楓も須藤も文系だ。知り合いが誰一人いないってことはないよな。多分。
 
 そんなことを考えながら、感慨深い気持ちになることもなく、一年間お世話になった教室を出た。

 
 来年度になれば、青葉ちゃんが入学するので、俺たちの関係についてそろそろ説明しておく必要がある気がする。同じ高校に通っていれば、耳に入るのも時間の問題だと思う。
 隣の楓さんは長期休暇が始まるため気分が良いのか、軽やかに歩を進めている。彼女が歩くたびに頭の上に音符マークが出そうなくらいだ。鼻歌なんかも歌っていらっしゃる。楓の気分がよろしいうちに、訊いておこう。

「俺たちのこと青葉ちゃんに言った?」
「私たちが相思相愛ってこと?」

 まだ下校中なので、付き合っている設定が死んでいないからそういう言い方をしたのだろう。少し前にも似たようなことがあったな。強く否定すれば、「誰かに聞かれたらどうするの?」とか言われそうなので、ここは設定に則り、発言した方が良いと判断した。

「うん」
「まさか普通に返すとはっ。成長したねえ」

 褒められてるはずなのに、あんまり嬉しくないな。

「俺のことはいいから」
「えー、私はもう少し悟のことについて話し合ってもいいと思うよ?」

 目を合わせてしまえば、こちらの頰まで緩みそうな笑顔を見せながら、上目遣いで覗き込んでくる。無意識なのかは知らないけれど、男共を魅了するのは容姿だけではなく、彼女の行動も相まってのことである気がした。

「本人が拒否してるので、その話は中断」
「ちぇっ」

 本当に舌打ちをしたわけではなく、「ちぇっ」としっかり発音した。

「言わなくていいの? 絶対バレるよ」
「私もバレると思う!」
「じゃあ、混乱させないためにも先に言っておいた方がいいんじゃないの?」

 学校で俺たちが付き合っていることを知れば、青葉ちゃんは事実確認のために二年の教室に来てしまうだろう。校内で説明するわけにもいかないので、今のうちに関係性を伝えておくべきだろう。

「悟の言いたいことよーくわかるよ。私も先に言っとくべきだと思う」

 この言い方は望まぬ方向に話が進んでいる気がするなあ。この先を聞きたくない。

「でも、バレるまで黙っとこ!」

 ほーら。予想通りだ。俺の意見に納得しているのであれば、言えば良いのに。どうして黙っておくという選択肢を選んでしまうのか。

「半年以上近くにいるけど、楓の考えてることが全く読めないことがあるんだよね」
「それほどでもないよお」
「褒めてないぞ」

 どうして後頭部をかき、照れる動作をするんだ。この流れでどうして褒められたと思った......。

 彼女に関して、わかったことも増えたけれど、わからないことも増えた気がする。

「で、どうして言わないんだよ」
「なんか自分たちから言うの恥ずかしいしねえ。何より青葉がどんな反応するか楽しみじゃない?」

 鬼姉め! 青葉ちゃんが校内で知った時の反応を想像してみた。廊下に響くくらいの驚嘆の声をあげる姿が目に浮かんだ。次に、「え、お姉が!? それ、本当?」と複数回ご学友に尋ねてる姿も。

 ほんの一ヶ月前までの楓さんはどこに行ったの? 妹にハイパー優しいモードだったのになあ。

 俺がこっそり教えてあげた方が良いのではないだろうか。という頭の中に浮かんだ考えはすぐに消え去った。
 なぜなら、少し、ほんの少しだけ面白そうだと思ってしまったのだ。おそらく、付き合っていることを知った青葉ちゃんからお呼びがかかり、楓の家に集められ、事情聴取を受けることになる。ちょっと楽しそうじゃない? カツ丼の代わりにプリンでも用意されてないかな?

 謝罪の意味を込めて、俺がプリンを持参した方が良いかもしれないな。そして、全力で謝ろう。

「......ちょっとだけ、な」
「でしょでしょー。文句言われる時は一緒だよ!」

 春休みが終わり、バレるまでの期間毎晩楓の家の方角に向かって、土下座でもしておこうかな。青葉ちゃんの部屋に照準を合わせて。 
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