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第一章

天野は手持ち無沙汰

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 約二週間しかない春休みを有効活用できていない。
 休みが始まって一週間が経過したというのにしたことと言えば、楓から借りた少女漫画を読んだり、レンタルショップで借りてきた映画を観たりしたくらいだ。あとは、一回だけ神崎とラーメンを食べに行ったな。それ以外は、何も。
 
 春休みには宿題もないので、暇を持て余している。時間を忙しい時期に消費できるように、ストックできれば最高なのに、と思った。

 楓は家族旅行に行っているらしく、明日まで家を空けている。青葉ちゃんの受験も終わったので、家族で旅行を満喫しているのだろう。

 昨日は足湯に浸かる姉妹のツーショットが送られてきた。その写真と一緒に『悟ともいつか旅行行きたいね!』という男を勘違いさせてしまうようなメッセージも送られてきた。俺と二人で......? 

 ベッドの上で読んでいた少女漫画を閉じ、正座でなんと返信するべきか考えていると、『ちーちゃんたちもいたら楽しそうだよね』と笑顔の絵文字付きで届いた。楓は別に俺と二人で旅行に行きたいわけではなかったことに少々残念な気持ちになりながらも、よくよく考えれば当たり前か、と数秒前の自分の考えに羞恥を覚えた。恥ずかしくなって布団に包まり、頰に帯びた熱が冷めるまでの数秒間を思い返すくらいには、現在進行形で暇なのだ。

 我が家の最後の家族旅行はいつだったか思い出そうと記憶を遡る。小五だな。何かを考えて時間を潰そうとしたけれど、秒針が一周する前に求めていた答は出た。

 登校するのも面倒くさいけど、ここまで暇だと学校があった方がマシに思えてくる。楓は初日から友達とボウリングに行ったり、映画を観に行ったりと楽しんでいるのに対し、俺は......。
 友達は狭く深くな俺だけど、あまりにも狭すぎる。もっと積極的に交友関係を広げておくべきだったかもしれない。

 春休み期間のみの短期バイトでも始めようかと思ったことがあったが、思っただけで調べようともせず家でだらだら過ごす日々。思い立ったら、すぐに行動に移すような人間になりたかった。俺の悪い部分が出ている気がするけれど、誰かに迷惑をかけているわけではないので、別に良いよね。今のところは、だけど。

 暇で暇でどうしようもない俺のスマホが鳴った。誰からの連絡でも嬉しい。
 ディスプレイには神崎の名が表示されていた。普段電話をしないので、珍しい。飯に行く時は『ラーメン』『おけ』くらいの会話で済ましている。

 緊急事態でも発生したのかと思い、俺は応答した。

「もしも......」
『助けてくれ』

 まさか本当に助けを求められるとは思っていなかった。

「何があったんだよ」
『千草と喧嘩した』
「は?」

 今すぐ切ってやろうか。暇潰しくらいにはなるかと思い、切らないことにしたけど。

『は? ってなんだよ。これは事件だぞ、事件』
「その程度のことが事件認定されるなら、警察が何人いても足りない」
『まあ聞いてくれよ』
「聞くだけなら」
『よし、じゃあ三十分後にいつものファミレス前集合な。よろしく』
「えっ、ちょっと......」

 切りやがった。俺にだって予定が入っている可能性があるのに、一方的に切るのは感心しないな。話を聞くことくらい電話でもできるのになあ。

 部屋着から外に出てもまずくない格好に着替えた。似合ってるかはわからないけど。

 いつもの痴話喧嘩だろうけど、一応話を聞くためファミレスに向かうことにした。暇なんでね。
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