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第二章

青葉の好きな人

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「あの子だよ。あの子」
「ほー」

 楓に連れられて、昼休憩に一年生の教室にやってきた。いきなり二年生が教室の扉付近に現れれば注目を集めるわけだが、さらにそこに立っている人物が楓となれば、視線は自然とこちらへ向けられる。
 一年生の間でも楓の存在は知られているのだろう。忘れそうになるけど、校内でもトップの容姿をしてるんだからなあ。

 今日連れて来られた理由は、青葉ちゃんが好きな人を見に来たのだ。

 楓が指差す先に目をやると、短髪の少年がいた。身長はそれほど高くないが、顔は整っており、嫉妬しちゃう。

 楓の話によると、二人は入学式に廊下の角でぶつかったところから交流が始まったらしい。「現実にそんなこと起こるわけないでしょ!」と楓は言っていて、その通りだと思った。フィクションの世界でもベタすぎてそんな出会い方避けられるのではないだろうか?
 事実かはわからない。青葉ちゃんがはぐらかしただけかもしれない。けれど、もし事実だとすれば、運命を感じてもおかしくないだろう。

 青葉ちゃんから接触することは禁じられているらしいので、こうして教室の外から見るだけ。少年くんも一度はこちらに目を向けたが、楓が青葉ちゃんの姉であることに気づいているのかは定かではない。姉の存在は聞いていても実際に会ったことがなければ、気づかなくてもおかしくない。
 彼は特に変わった反応を見せなかったので、気づかなかったのかもしれない。

 一年の教室を後にし、自分たちの教室に戻る。

「いや~、青葉がああいうタイプが好きだとはねぇ」
「意外だったの?」
「うーん......意外、だったかも。元気はつらつでうるさいくらいの子が好きなのかなって思ってた」

 確かに。俺も青葉ちゃんと気が合うのは彼女のテンションについていけるくらいの明るさを持つ者だと思っていた。実際に話したわけではないし、印象でしかないけれど、見た感じ大人っぽい印象を受けた。ベラベラ喋るようなタイプではなさそうだ。別に青葉ちゃんがうるさい、とディスってるわけではないからね。

「タイプが違ったからこそ、惹かれる部分があったのかもね」

 自分にはないものに魅力を感じる気持ちはよくわかる。

「そんなものなのかなー。私たちってどうなんだろう?」
「俺たちも全然違うだろ。これが似た者同士って言われたら、そいつの感性に問題があると判断する」
「確かに、違うよねぇ。ふふっ」
「なんだよ」

 訝しげに楓を見る俺とは対照的に、彼女は「なんでもないよー」と能天気に言った。

 なんか怖い。

 俺たちが教室に戻った頃には、午後の授業が始まる五分前だった。
 一ヶ月前よりは真面目に授業を受けた。しかし、五限で少し居眠りをしてしまった。眠くなる時間帯だし、仕方ない。その時以外はしっかりノートをとったし、勉強に対する意識が変わったな、と自画自賛する。

 午後の授業が終わると、ホームルームが始まった。最近は修学旅行が近いこともあり、ホームルームが長引くことが多い。ホームルームが長引くと、普通はクラスメイトの不満感が目に見えてわかるものだが、内容が修学旅行ということもあり、そういったものは一切見えず、誰もが意欲的に見えた。 
 俺もその中の一人だ。やはり高校三年間でもっとも大きなイベントであると思うので、楽しみにしている。


 ホームルームも終わり、帰り支度をしていると、楓と須藤が俺の元にやってきた。

「今日は楓ちゃんを借りちゃうねー!」
「お、おう」

 二人で帰るのが習慣化しているから、須藤も断りを入れておいたのだろう。

「今からちーちゃんとお買い物に行くの。私と帰れないのは寂しいと思うけど、今日だけは我慢してね」
「了解。楽しんで」

 俺は「うん! 我慢する!」と言うわけにもいかないので、できる限り、感情を込めず言った。

「なんか天野くん、ドライだね?」
「悟は恥ずかしがってるだけだよぉ」
「なるほどなるほど。さすが楓ちゃんはよくわかってるね。代わりと言っちゃなんだけど、今日は翔太を貸してあげるよ!」

 丁重にお断りしよう。

「いや、い......」
「どうしたんだ?」

 神崎がベストタイミングでやってきた。俺たちが話してたらそりゃあ来るよな。

「今日私一緒に帰れないから、天野くんとイチャイチャしといて」
「そうなのか。じゃあ、二人でデートでもするか?」

 なぜ何事もなかったかのように会話を進める! イチャイチャっておかしいだろ! こいつはデートの意味を知ってるのか?

「神崎くん、悟とのツーショット撮ってきてね! あとで送って!」
「任せろ!」

 俺の発言権は失われ、三人の会話をぼんやりと聞いてる。
 この空気感が好きなんだろうな、俺は。この関係性がいつまでも続けばいいな、と思う。
 
「んじゃ、行くか」

 俺は神崎と遊びに行くことに一度も同意していないけれど、わざわざそんなことを言い、水を差すほどバカではない。それに、たまには高校生らしいことをしても良いだろう。

「そうだね」


 学校を出たところで俺たちは別れた。楓たちはすでに行き先を決めているようだったが、俺たちはまだ決まっていない。なので、まずは話し合いからスタートするのかと思いきや、神崎は歩き始めた。目的地を決めているのだろうか。

 俺はどこへ連れて行かれるのだろう?
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