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第二章

南楓と修学旅行

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 修学旅行当日。
 昨夜はあまり眠れなかった。小学生の頃、遠足前日に中々寝つけないという経験をした人が多いと思うが、高校生にもなって経験するとは思わなかった。自分が思っていた以上に、修学旅行というイベントを楽しみにしていたんだろうな。

 新幹線で関西まで向かう。
 このクオリティでは、そこらの中学校の修学旅行と大差ないんじゃないか? 公立高校なら、仕方ないのかな。まあ、快適ではあるので、そんなに文句はないけど。

 就寝時間は遅かったのに、起床時間は早かったため、眠い。修学旅行の移動中って友達と楽しく話すものだと思っているが、俺の意識がもちそうにない。室温も完璧すぎて、寝ようと思えば、すぐにでも夢の中に入れる気がする。

「お前、眠そうだけど、楽しみすぎて夜眠れなかったのか?」

 ニヤッと笑いながら、言った。
 俺の隣に座るのは神崎だ。ホームルームの時間に席は決めていた。自由に決めて良いと言われていたので、当然のように神崎と座ることにした。
 
「朝が早かったから眠いだけ」

 神崎が言う通りなのだけど、そんな事実を知られたら、楓たちにも伝播し、修学旅行中はいじられることになるだろう。なので、本当の原因を俺は、喋るつもりはない。別に、嘘は言ってないし。

「寝ててもいいんじゃね? 邪魔してやるから」
「文脈がおかしい気がするんだけど」
「そうか?」

 寝かせてくれないのなら、俺が寝ないように喋り続けてくれ。今は、夢と現実を行き来している状態だ。頭がゆったり落ち、スーパースローヘドバンをしている感じだ。 
 あぁ、眠い。

「そういや、千草に喜んでもらえたぞ」

 千草? 須藤のことか。思考力も低下しているようで、パッと出てこなかった。

「何を?」
「何をって、誕生日だよ」

 忘れていた! 神崎に付き添って買いに行ったではないか! 須藤の誕生日をそもそも知らなかったので、いつ祝ったのか知らなかった。

「いつだったの? 誕生日」
「三日前だな」
「そうだったんだ。誕プレ喜んでもらえたんだ」
「ああ、ケーキも満足してもらえたし、良かった」

 微笑ましいなあ。二人の関係も一年以上続いているし、高校生のカップルにしては長い方だろう。なんか高校生ってすぐ別れるイメージあるし。
 
「仲、いいよね」

 そんなことを口にしていた。

「お前らだって、仲いいだろ」
「まあ......ね」

 確かに仲は良い。最近は仲が良すぎるのではないか? と自分でも思うくらいだ。けれど、それは友人という関係性を超えたわけではない。神崎と須藤の間にあるものと決定的に違う。
 やはり俺は今の関係性が好きだし、壊したくない。その気持ちは変わらない。高校を卒業した後も、今みたいに気軽に話して、遊べる関係であれば、嬉しい。

 でも、最近は今の関係をつらいと感じることもあった。特に、神崎たちを見ていると、その気持ちが一層強くなる。それが意味することはわかるし、そう思いたくなくて、今まで考えることから逃げてきた。
 これ以上、自分に嘘は吐けない気がした。


 結局、神崎に邪魔をされつつも、俺は眠った。邪魔なんか気にならないくらい眠かった。京都駅に着く数分前に起こされると、少しはマシになっていた。
 なんとか今日一日もちそうだ。

 今日の予定は、特に決まっていない。各々班で行動し、また夕方に集合して、今日泊まる予定のホテルに向かうということになっている。
 自由行動だと集合時間になっても来ない奴とかいないのだろうか? 自称進学校であるうちの生徒は、そこそこ真面目であるので、先生も信用しているのだろう。高校生にもなって、制限されすぎても不満が募るだけだろうしな。

「よし! まずはどこ行くー?」

 朝から元気な楓が言った。まだ少し眠い俺に元気を分けてくれ。

「そうだな。京都と言ったら、寺だよな」
「翔太のイメージとはかけ離れてるけどね」

 須藤の言葉に全力で同意しておいた。

「俺だってガキじゃねえんだからさ。なんていうか、先人たちの遺産を楽しめる男になりたいんだよな」

 似合わなすぎて、俺たち三人がぽかーんとしているが、そんなことはお構いなしに、神崎が歩き始める。
 駅を出て、バスでまずは清水寺に向かうことにした。


「なんかタイムスリップしたみたいだな」

 神崎の言葉に楓と須藤も同意している。
 本堂の外観を見ると、そう感じてもおかしくない。とにかく、すげーってなる。木、やべー! って感じに。もともと、お寺に興味があったわけではないが、これだけ立派なものを目の前にすると、興奮しないはずがなかった。京都すげえよ!

 音羽の滝と呼ばれるスポットがある。流れる三本の水には学業、恋愛、延命のご利益があるらしい。それぞれの水にどれかの効果があるらしいが、忘れた。昨日中々眠れなくて、清水寺について予習したが、あまり覚えていない。うろ覚えの知識をひけらかしても仕方がないので、黙っておこう。

「全部飲んじゃダメか?」
「他の人の迷惑でしょ。これで叩くよ」
「冗談冗談」

 神崎の後頭部を叩いてしまったら、その柄杓は一生使えなくなってしまうので、それもそれで迷惑行為だ。
 
「なんか心が清められた気がするよ」
「わかるわー。邪念が体外に出ていったな」
「次、どうしよっか? 悟、今何時?」

 腕時計で確認すると、正午になりかけだった。

「もう少しで十二時。どこかで飯食べるか」
「賛成!」

 全員の賛成を得られたので、店を探すことにした。当然、土地鑑があるはずないので、スマホで調べる。

「何か食べたいものは?」
「俺はなんでも」
「私もー」
「同じく」

 なんでも、って言ったからには俺が選んだ店に文句は言うなよ! 
 てか、なんでもってのが一番困るんだよな。京都と言えばこれ、という料理って何だろう? パッと思いつかないな。正直、俺もなんでも良い......。

「食べ歩きとかどうだ」

 特に食べたいものがないのなら、我ながら良い案だと思う。京都の町なみを堪能できるわけだし。

「いいと思う!」
「うん。私も天野くんの意見に賛成」
「決まりだな。案内よろしく」

 俺が案内するのかよ......まあ、良いけど。楓のように感覚で進むのではなく、しっかりスマホでルート検索をして、俺は先導した。
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