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第三章

ウォータースライダー 一

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「ペアどうすっか」

 神崎が言った。
 
 ウォータースライダーは一人でも乗ることが可能だが、二人で乗ることもできるようだった。せっかくだし二人で乗ろうということになり、二人乗りボートを持ち、最後尾に並ぶこととなった。
 待ち時間は十分ほど。それまでの間にどのペアで滑るか決めなければならない。普通に考えれば、俺と楓、神崎と須藤だ。普通に考えれば、な。

「じゃんけんにする?」
「ありだな」

 楓も頷いており、やる気満々のようだ。

 それぞれが誰と乗りたいかなんてわかりきっている。無難なペアで乗るのもありだろう。それでも運に身を委ね、決まったペアで乗るのも一興だ。

「よし、じゃあいくぞ。グーとパーに分かれましょ」

 俺はパーを出した。楓がグー、神崎がパー、須藤がチョキを出した。須藤は虚をつかれたような表情をしている。

「千草ってやっぱバカなのか?」
「この手のまま、目突くよ?」
「冗談冗談」

 神崎が苦笑しながら、言った。

「言い訳させて欲しい!」
「ちーちゃん、どうぞ!」
「私のいた中学じゃ、分かれる時の掛け声がそんなんじゃなかったの。ぐーちっ! ってやつだったから、ついチョキを出しちゃった」
「学校によって差が出るよな。天野たちは聞いたことあったか?」
「うん」

 楓も頷いた。俺と楓は同じ小学校だったので、神崎の掛け声に聞き覚えがあった。神崎とは小学校、中学校が違ったけれど、同じ掛け声だったのだろう。須藤だけが違ったわけだ。 

「そうか。今日はグーとパーのやつでいいか?」
「別にチョキにこだわりはないから、全然いいよ。ごめんごめん」

 須藤が両手を顔の前で合わせ、笑顔で謝った。

「よし、じゃあ、気を取り直して。グーとパーに分かれましょ」

 俺がグー、楓がパー、神崎がパー、須藤がグー。

「意外な組み合わせ! 神崎くんよろしくー」
「よ、よろしくお願いします」
「何改まってんの。楓ちゃんに鼻の下伸ばさないでよ。ニヤついてるとこ見たら、あとでソフトクリーム奢りの刑ね」
「バカ。そんなことするわけねえだろ」

 と言いつつも、少し頰が緩んでいる神崎を俺は見逃さなかった。まあ、恋に発展することはない神崎だから、安心できるけど。

「本当かねぇ。天野くん、よろしくね」
「こちらこそ、よろしく」

 特に意識したわけではないが、階段で並ぶ時の立ち位置は、ペアで横に並ぶことになった。神崎が二人乗りのボートを持ち、楓と話している。

「最初の頃に比べると、大分打ち解けたよねぇ」
「確かにね。神崎からよそよそしさは消えた」

 初めて神崎と楓が顔を合わせたのはいつだっただろう。勉強会を開いた日だったかな。その頃はどこか遠慮したような、そんな空気が感じ取られた。今は違い、友達として仲良く話ができている、そんな風に見えた。

「天野くん、本当は楓ちゃんと乗りたかったでしょ?」
「え、いや、そんなことは......」
「別に本当のこと言っていいんだよ。逆に私と乗りたいとか翔太と乗りたいって言われても、戸惑っちゃうし」
「まあ、そうだね」
「当然だよねー。私も翔太と乗れないかなーって思ってたし」

 やっぱり同じようなことを考えている。

「でもね。別に天野くんと乗るのが嫌とかそういうわけじゃないからね。むしろ、これはこれで良かったと思う。こういう機会がないとあんまり二人で話す機会ってないでしょ? あ、でも私たちの場合は、お買い物に行ったっけ」

 俺も楓と乗りたかったけれど、須藤と乗ることが決まって、残念だ、とかそういう感情は一切湧いてこなかった。友達と乗るのが楽しくないはずがないし、俺も全然良いと思っている。ただ、彼女と乗りたいという気持ちが少々勝ってしまった、それだけだ。
 
「誕プレ選びだったり、色々お世話になりました」
「いえいえー。いつでも相談してくれていいからね。あの二人もそういう関係になって欲しいなぁ」
 
 神崎と楓が仲良くなることを厭わない。それはきっと二人を信頼しているからだろう。今は話が弾んでいるようだけど、今まで二人だけで話すような場面をあまり見たことがない。俺も楓たちがもっと仲良くなってくれれば良いな、と思った。
 

「どっちからいく?」
「お先にどうぞ」
「んじゃ、いかせてもらうわ」

 前に楓が座り、後ろに神崎が座った。ボートが動き出す直前に、楓が親指を立ててグッドポーズをしたので、真似して返しておいた。

 大きなチューブの中に二人は消えていった。

「ねえ、神崎ってウォータースライダーは平気なのかな?」
「確かに。絶叫系ダメだもんね。楓ちゃんの前だからいい格好しそう」

 須藤が笑いながら、言った。

 須藤には前に乗ってもらった。俺はボートのグリップ部分をしっかり握った。スタッフのお兄さんの合図と同時にボートが発進した。暗闇の中に吸い込まれていった。


「ぷはっ」

 須藤が水面から顔を出し、頭を横に振っている。

「楽しかったね!」

 かなりのスピードが出ていた。激しくボートは揺れ、振り落とされそうになった。須藤は終始、「はははっ」と楽しそうな笑い声を発していた。
 
「うん。思ったよりもスピードが出てて、ちょっとびっくりした」
「天野くん、全然声出してなかったもんね。怖かった?」
「びっくりしただけで、怖くはなかったよ。ちゃんと楽しめた」

 俺は感情があまり表に出るタイプではないので、楽しんでなさそう、とか勘違いされがちだけれど、きちんと楽しんでいる。もっと嬉々とした表情が出るとか、須藤のように声が自然と出れば良いんだけれど、残念ながらそうはいかないようだ。

「良かったー! おっ、あそこにいるね」

 須藤が指差した方向には、手を振る楓たちがいた。プールサイドの、邪魔にならない場所で待ってくれていたようだ。

「お疲れさん」
「おつおつー。楓ちゃん、翔太にセクハラされてない?」
「大丈夫だよー。むしろ、怖くないか? とか気にかけてくれてたよー」

 容疑をかけられた神崎に楓が優しく微笑み、フォローを入れていた。

「へー、そんなことできるんだ。私にもそういうこと言ってくれてもいいのに」
「絶対言わねえ」
「まあ、出発してからすぐに、『ひぃっ』っていう声が後ろから聞こえてきたんだけどね」
「おい、言うなよ」

 楓は小悪魔のような笑みを浮かべていた。

「想像してたよりは速かったね。変な声は出さなかったけど」
「はははっ。翔太っぽくないけど、翔太っぽいねぇ」

 矛盾する発言だけれど、言いたいことはわかる。ガタイの良い見た目と普段の雰囲気などを考えると、神崎っぽくない。逞しいイメージがついている。けれど、以前の絶叫系が苦手という神崎の性質を考えれば、神崎っぽい。そういう意味で言ったんだと、解釈した。
 
「今回は全然叫んでねーからな。そんなに怖くはなかったし。ちょっと、ほんのちょっと驚いただけだ」
「とか言って、怖かったくせにー」

 また須藤がクスクス笑っている。

「んじゃあ、もっかい乗ってやるよ。ペア替えるぞ」

 そう言った神崎は楓とじゃんけんをし始めた。誰も、もう一度乗ることに何も言わなかった。正確には言う時間を与えられないまま、じゃんけんが開始された。俺と須藤も分かれるためにじゃんけんをし始めたが、異を唱えることはなかった。
 全員同じ気持ちが心の中にあったんだな、とぼんやりと思った。
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