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第三章

ウォータースライダー 二

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「なあ、これおかしくねえか?」
「同意」

 じゃんけんの結果、俺と神崎、楓と須藤のペアになった。こんなはずじゃなかった......。

「前の二人は楽しそうだけどな」
 
 俺と神崎が並ぶ前で楓たちは、満面の笑みでトーク中だった。とても微笑ましい光景だ。対照的に俺と神崎は悲愴感に満ちた表情をしている。鏡を見ていないけれど、きっとそんな顔をしているだろう。
 じゃんけんをやり直すことも可能だったが、前の二人がウキウキしていたので、とてもじゃないけどやり直そうとは言えなかった。

「決まったもんはしゃーないし、楽しもうぜ」

 さすがの切り替えの早さだ。ニヤっと笑う神崎の表情に、マイナスな部分は感じ取れなかった。たまにはこうして男二人で乗るのも悪くはないか。俺も楽しむことに努めよう。

「昼ごはん買いに行った時の話だけど、どういう経緯で二人は付き合ったの?」
「いや、いつか話すって言ったろ」
「今話してもらわないと、これから先もそうやって逃げられそうだから」

 神崎は苦い顔をした。俺たちのことはきちんと話したわけだし、神崎たちのことも聞きたい。
 また悩んでいるようで、真剣な表情をしながら俯いた。

「わかったよ。恥ずかしいから小声な」
「おっけー」

 神崎は決心したようで、一呼吸置き口を開いた。

「俺たちが出会ったのは入学式の時だ。恥ずかしい話だけど、俺、入学式当日に遅刻したんだよ。そん時、正面玄関で千草と出会った」
「須藤も遅刻してたの?」
「ああ。千草が、『遅刻? 一緒だねえ』って話しかけてきた。一年の下駄箱使ってたから、同じ新入生ってことがわかったんだろうな。そっから教室まで少し話して、何かの縁だと思って連絡先を交換して、その日はお互いの教室に入ってからは、それ以降話すことはなかった。家に帰ってから千草に何て送ったかは覚えてねえけど、何かしらのメッセージを送ったんだよなぁ。次の日の時間割かなんかを。クラス違うのにな」
 
 神崎は懐かしむような柔らかな表情で、喋った。

「神崎からアプローチかけたんだ」
「あの頃はまだ好きとか、そういう感情があったのかはわかんねえ。でも、何かしら理由をつけて連絡をとったってことは、そういうことなのかもしんねえな」
「それからそれから」
「話す機会が徐々に増えていって、二人で遊びにも行って、付き合うことになった。好きって言ったのは、千草の方だったと思うけど、ちゃんと告白したのは俺からだった気がする。あんま覚えてねえけど」

 縁はちゃんとあったんだ。ちょっとしたきっかけを無駄にしなかった神崎を尊敬する。俺の場合何度も掴めそうなチャンスを無駄にしてきたから。
 話し終えた神崎は少し赤くなっているような気がした。過去の話をするのは照れ臭いものだろう。良いこと聞けたなぁ。

「ロマンチックですねぇ」
「うっせえ」

 そう言って、軽く頭をグーで殴られた。本当に軽くなので、ダメージはかゆみを伴うくらいだ。多分、須藤の方が威力は強いだろう。

「何の話?」

 楓たちが振り返って、首を傾げながら、訊いてきた。

「女子禁制の話だ」
「翔太は想像通りだけど、天野くんもそういう話するんだ」

 何か須藤に勘違いされた気がする。楓はよくわからないようで、今度は逆側に首を傾げた。

「まあ、そういうことだから、そっとしといてくれ」
「了解! まあ、私たちの水着姿を見て、何も感じないはずないもんねぇ」

 そう言いながら須藤は、「はははっ」と笑った。楓は少し戸惑っている様子。

「そういやその水着って、この前二人で買いに行ったやつだろ?」
「そうだよ。楓ちゃんは、『悟なら、どっちが好きかな?』ってめちゃくちゃ気にしてて、可愛かった」
「ちょっと!」

 無言だった楓が、口を開いた。須藤をぽこぽこ叩いてる。ごめんごめん、と須藤は笑いながら言う。俺も少し顔が熱くなってる。そういう話は聞きたいけど、公共の場では聞きたくない!
 
「ちーちゃんだって、神崎くんに......ううん。即決だったね」

 楓は反撃しようとしたが、失敗したようだ。須藤らしい、と思った。

「はははっ。私の好みですぐ決めちゃったからねー」
「俺のことも少しは考えろよ」

 神崎は少々落ち込んだようだ。

「だって、翔太はこの水着悪くないと思うでしょ?」
「まあ、な」
「だから別に深く考える必要はないのだよ」
「ちーちゃん......かっこいい!」
「楓ちゃんも自分の直感を信じれば、天野くんは絶対喜んでくれるから、最後は自分を信じるだよ?」
「わかった!」

 頭を撫でられ、嬉しそうな楓。本日二度目の光景だ。なんか最近のこの二人は親子に見えてくる。当然、楓が子ども。須藤の面倒見の良い部分は俺もよくわかっているので、ついつい頼ってしまいたくなる気持ちはよくわかる。須藤は母性本能が強いのかもしれない。

 そんな会話をしているうちに、俺たちの番がやってきた。先ほどのお兄さんと数十分ぶりの再会を果たす。笑顔で対応するその姿にリスペクト。俺にこういうサービス業は難しいだろうな、と思う。もしバイトするなら、あまり人と関わることのない裏方の方が合っている。適材適所という便利な言葉があるので、自分に適したバイトを大学生になれば探したいな、と思う。

「次の方、どうぞー」

 営業スマイルであることはわかっているけれど、こちらの気分をしっかり高めてくれるので、素敵だ。

「お先にどうぞー」

 楓たちがそう言うので、俺たちが先に滑ることになった。前が俺で、後ろが神崎。

「二人ともお似合いだよー!」

 須藤がそんなことを笑いながら言う。

「彼女さんが何か言ってるよ」
「......あ、ああ」

 俺の声が届いていないかのように、非常に薄い反応をした。

「ビビってる?」
「んなわけねえだろ」

 と言った声が上ずっていることを聞き逃さなかった。

 お兄さんの掛け声でボートは動き出した。ゆったりと動き始めたボートは、一気に加速した。加速と同時に、神崎は叫んだ。


「そういうのは彼女とやって欲しいんだけど」
「できるか! 一生ネタにされる」

 滑っている最中、グリップを掴んでいたはずの神崎の手がなぜか俺の身体を掴んでいた。危ないのに。

 普通に叫んでいたし、楓と乗った時は我慢していたんだろうな。

「そろそろかな? 楓たち」
「多分な」

 プールサイドで二人が出てくるのを待つ。すぐに楓たちがチューブの中から出てきた。

「気持ちいい!」
「最高だったね。あ、翔太たち、あそこにいるよ」

 俺たちを見つけた楓たちは、プールから上がった。

「ねえねえ、もう一回だけ乗らない?」

 須藤が提案した。

「俺は構わないよ。滑ってないペアがまだあるし」
「さんせー!」
「神崎は?」
「頑張るわ......」

 神崎だけは険しい表情をしていた。神崎が須藤の前で醜態を晒さないように心の中で祈っておく。多分、無理だろうけど。

 というわけで、じゃんけんをせずに決まったペアで、三度目のウォータースライダーに乗るため、俺たちは列に並ぶことにした。
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