光の射す方へ

弐式

文字の大きさ
11 / 27

11.見覚えのある靴

しおりを挟む
「ヘルは……この館の中に私が知りたいことや無くしてしまったものが全てあると言っていたわ。でも、ひょっとしたらそれは私にとって、思い出したくないほど辛いことや、あまりに苦しくて捨ててしまったものだったのかもしれないね……。それでも、私は、探さなければいけないのかな? 見つけなければいけないのかな?」

 アカリは出来ることならずっと立ち止まっていたいと思い始めていた。たった今、もしかしたら自分は無くしてしまった物の一端に触れてしまったかもしれない。無くしたものがあるということは、それを何が何でも探し出さなければならないということと同じ意味ではないのではないだろうか?

 見つけたらもっと苦しむ無くし物だって、きっとある。今自分は闇の中でもがいているが、世界が光に溢れていたからといって、それが幸福だったなどと、どうして言えるのか?

 ひょっとしたら闇の女王ヘルはそれを赦してくれるのかもしれない。

 仮に苦労の末にエリューズニルを脱出できたとしても、そこに広がるのは闇ばかり。再びファントムに怯え続ける日々が始まるだけ。

 あるいは……と、アカリは思う。

 バルドルも赦してくれるかもしれない。自分がこうやって立ち止まろうとしている時、バルドルは何も言わず、傍らでただ見守ってくれている。

「……」

 アカリは両手に力を入れて、バルドルの首から身体を離した。

「何を考えているんだろうね。私は! ファントムの親玉なんかに、頼ろうとするなんてさ。よっぽど、心が弱っているんだね……」

 そして、ぎゅっと握り拳を作って下を向いて、「大丈夫、大丈夫。やれる。やれる!」と何度も繰り返した。

     *     *     *

 ピアノのあった部屋を出る。また左を向いて歩きだす。しばらく歩くうちに、右足の踵に痛みを覚え始めた。自分の右足に目を落とすと赤い靴が目に入った。

 踵のある靴だからか、新しい靴だからか、靴擦れを起こしてしまったらしい。

 でも、立ち止まるわけにはいかないなぁ……と思いながら歩いていると、また曲がり角があって、先ほど入ったような扉があった。

「……この館を設計した人は考えていたのか面倒くさがりだったのか」

 目の前に同じ光景が続いて、前に入ったのと同じ部屋に戻ってきたのではないかと思える。

 中に入ってみるとランプはついていたけれど机も棚もないがら~んとした部屋だった。

 その真ん中に一組の靴らしきものが置いてある。

 その横に、ご丁寧にガーゼやら包帯やらが置かれている。

「用意のいいことだこと……?」

 赤い靴を脱いで、白い靴下を脱ぐと、右足の踵に丸いじくじくした傷がついていた。ガーゼを傷口に当てて包帯を巻く。その上から靴下を履いて赤い靴にもう一度足を入れようとして、置いてある靴に目をやった。

 白を基調に緑のラインが入った、靴もが通された靴。

 何となく、この靴にも見覚えがあるような気がしないでもないが、やっぱり思い出せない。泡のような細かい記憶が浮かんでは消えているような感覚を覚える。

 その靴に足を通してみる。

 右足の踵に痛みは感じない。

 靴紐を結んでみると、包帯を巻いた右足はちょっと窮屈に感じたものの、左足の方はちょうどいい感じにフィットしている。

 二、三度屈伸して、ピョンピョンとその場で飛び上がってみる。うっかり、白いワンピースのスカートがめくれてしまい、慌てて両手で抑えた。

 足の下のクッションも効いていて、とても走りやすそうだ。

 アカリは、その見たことのない靴をすっかり気に入ってしまった。

「貰っていいのかなぁ……。包帯とかも勝手に貰ってしまったし、うん。いいよね」

 アカリは勝手にそう決めて、赤い靴の方はその場に残して部屋を出た。そして、再び左を向いて廊下の先へと進んでいく。

 そして、行き詰った先にある扉までたどり着いた。

 2階に上がってから遭遇した扉は全て引いて開けていたので、この扉もそうかと思い引っ張ったが開かなかった。引いて駄目なら押してみろと、押してみると簡単に開いた。

 出た先は見覚えのある空間だった。

 玄関ホールから2階に上がってすぐの広間だった。

「おかしい……」

 アカリは再び首を傾げることになった。たしかにこの空間には、いくつかの扉があったはずだった。しかし、今見てみると、2階に上がって真っ先に入った扉と、たった今、出てきたばかりの扉と、2つだけしかない。

 まぁ、飾られていた絵画の人物が消えてしまうような館だ。今更扉の1つや2つ、消えていたから何だというのか。

 とはいえ、それらの扉を選択していたらどうなっていたのかと寒気がした。

 向かうべき先がなくなってしまったので1階に降りることにした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
恋愛
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

処理中です...