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11.見覚えのある靴
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「ヘルは……この館の中に私が知りたいことや無くしてしまったものが全てあると言っていたわ。でも、ひょっとしたらそれは私にとって、思い出したくないほど辛いことや、あまりに苦しくて捨ててしまったものだったのかもしれないね……。それでも、私は、探さなければいけないのかな? 見つけなければいけないのかな?」
アカリは出来ることならずっと立ち止まっていたいと思い始めていた。たった今、もしかしたら自分は無くしてしまった物の一端に触れてしまったかもしれない。無くしたものがあるということは、それを何が何でも探し出さなければならないということと同じ意味ではないのではないだろうか?
見つけたらもっと苦しむ無くし物だって、きっとある。今自分は闇の中でもがいているが、世界が光に溢れていたからといって、それが幸福だったなどと、どうして言えるのか?
ひょっとしたら闇の女王ヘルはそれを赦してくれるのかもしれない。
仮に苦労の末にエリューズニルを脱出できたとしても、そこに広がるのは闇ばかり。再びファントムに怯え続ける日々が始まるだけ。
あるいは……と、アカリは思う。
バルドルも赦してくれるかもしれない。自分がこうやって立ち止まろうとしている時、バルドルは何も言わず、傍らでただ見守ってくれている。
「……」
アカリは両手に力を入れて、バルドルの首から身体を離した。
「何を考えているんだろうね。私は! ファントムの親玉なんかに、頼ろうとするなんてさ。よっぽど、心が弱っているんだね……」
そして、ぎゅっと握り拳を作って下を向いて、「大丈夫、大丈夫。やれる。やれる!」と何度も繰り返した。
* * *
ピアノのあった部屋を出る。また左を向いて歩きだす。しばらく歩くうちに、右足の踵に痛みを覚え始めた。自分の右足に目を落とすと赤い靴が目に入った。
踵のある靴だからか、新しい靴だからか、靴擦れを起こしてしまったらしい。
でも、立ち止まるわけにはいかないなぁ……と思いながら歩いていると、また曲がり角があって、先ほど入ったような扉があった。
「……この館を設計した人は考えていたのか面倒くさがりだったのか」
目の前に同じ光景が続いて、前に入ったのと同じ部屋に戻ってきたのではないかと思える。
中に入ってみるとランプはついていたけれど机も棚もないがら~んとした部屋だった。
その真ん中に一組の靴らしきものが置いてある。
その横に、ご丁寧にガーゼやら包帯やらが置かれている。
「用意のいいことだこと……?」
赤い靴を脱いで、白い靴下を脱ぐと、右足の踵に丸いじくじくした傷がついていた。ガーゼを傷口に当てて包帯を巻く。その上から靴下を履いて赤い靴にもう一度足を入れようとして、置いてある靴に目をやった。
白を基調に緑のラインが入った、靴もが通された靴。
何となく、この靴にも見覚えがあるような気がしないでもないが、やっぱり思い出せない。泡のような細かい記憶が浮かんでは消えているような感覚を覚える。
その靴に足を通してみる。
右足の踵に痛みは感じない。
靴紐を結んでみると、包帯を巻いた右足はちょっと窮屈に感じたものの、左足の方はちょうどいい感じにフィットしている。
二、三度屈伸して、ピョンピョンとその場で飛び上がってみる。うっかり、白いワンピースのスカートがめくれてしまい、慌てて両手で抑えた。
足の下のクッションも効いていて、とても走りやすそうだ。
アカリは、その見たことのない靴をすっかり気に入ってしまった。
「貰っていいのかなぁ……。包帯とかも勝手に貰ってしまったし、うん。いいよね」
アカリは勝手にそう決めて、赤い靴の方はその場に残して部屋を出た。そして、再び左を向いて廊下の先へと進んでいく。
そして、行き詰った先にある扉までたどり着いた。
2階に上がってから遭遇した扉は全て引いて開けていたので、この扉もそうかと思い引っ張ったが開かなかった。引いて駄目なら押してみろと、押してみると簡単に開いた。
出た先は見覚えのある空間だった。
玄関ホールから2階に上がってすぐの広間だった。
「おかしい……」
アカリは再び首を傾げることになった。たしかにこの空間には、いくつかの扉があったはずだった。しかし、今見てみると、2階に上がって真っ先に入った扉と、たった今、出てきたばかりの扉と、2つだけしかない。
まぁ、飾られていた絵画の人物が消えてしまうような館だ。今更扉の1つや2つ、消えていたから何だというのか。
とはいえ、それらの扉を選択していたらどうなっていたのかと寒気がした。
向かうべき先がなくなってしまったので1階に降りることにした。
アカリは出来ることならずっと立ち止まっていたいと思い始めていた。たった今、もしかしたら自分は無くしてしまった物の一端に触れてしまったかもしれない。無くしたものがあるということは、それを何が何でも探し出さなければならないということと同じ意味ではないのではないだろうか?
見つけたらもっと苦しむ無くし物だって、きっとある。今自分は闇の中でもがいているが、世界が光に溢れていたからといって、それが幸福だったなどと、どうして言えるのか?
ひょっとしたら闇の女王ヘルはそれを赦してくれるのかもしれない。
仮に苦労の末にエリューズニルを脱出できたとしても、そこに広がるのは闇ばかり。再びファントムに怯え続ける日々が始まるだけ。
あるいは……と、アカリは思う。
バルドルも赦してくれるかもしれない。自分がこうやって立ち止まろうとしている時、バルドルは何も言わず、傍らでただ見守ってくれている。
「……」
アカリは両手に力を入れて、バルドルの首から身体を離した。
「何を考えているんだろうね。私は! ファントムの親玉なんかに、頼ろうとするなんてさ。よっぽど、心が弱っているんだね……」
そして、ぎゅっと握り拳を作って下を向いて、「大丈夫、大丈夫。やれる。やれる!」と何度も繰り返した。
* * *
ピアノのあった部屋を出る。また左を向いて歩きだす。しばらく歩くうちに、右足の踵に痛みを覚え始めた。自分の右足に目を落とすと赤い靴が目に入った。
踵のある靴だからか、新しい靴だからか、靴擦れを起こしてしまったらしい。
でも、立ち止まるわけにはいかないなぁ……と思いながら歩いていると、また曲がり角があって、先ほど入ったような扉があった。
「……この館を設計した人は考えていたのか面倒くさがりだったのか」
目の前に同じ光景が続いて、前に入ったのと同じ部屋に戻ってきたのではないかと思える。
中に入ってみるとランプはついていたけれど机も棚もないがら~んとした部屋だった。
その真ん中に一組の靴らしきものが置いてある。
その横に、ご丁寧にガーゼやら包帯やらが置かれている。
「用意のいいことだこと……?」
赤い靴を脱いで、白い靴下を脱ぐと、右足の踵に丸いじくじくした傷がついていた。ガーゼを傷口に当てて包帯を巻く。その上から靴下を履いて赤い靴にもう一度足を入れようとして、置いてある靴に目をやった。
白を基調に緑のラインが入った、靴もが通された靴。
何となく、この靴にも見覚えがあるような気がしないでもないが、やっぱり思い出せない。泡のような細かい記憶が浮かんでは消えているような感覚を覚える。
その靴に足を通してみる。
右足の踵に痛みは感じない。
靴紐を結んでみると、包帯を巻いた右足はちょっと窮屈に感じたものの、左足の方はちょうどいい感じにフィットしている。
二、三度屈伸して、ピョンピョンとその場で飛び上がってみる。うっかり、白いワンピースのスカートがめくれてしまい、慌てて両手で抑えた。
足の下のクッションも効いていて、とても走りやすそうだ。
アカリは、その見たことのない靴をすっかり気に入ってしまった。
「貰っていいのかなぁ……。包帯とかも勝手に貰ってしまったし、うん。いいよね」
アカリは勝手にそう決めて、赤い靴の方はその場に残して部屋を出た。そして、再び左を向いて廊下の先へと進んでいく。
そして、行き詰った先にある扉までたどり着いた。
2階に上がってから遭遇した扉は全て引いて開けていたので、この扉もそうかと思い引っ張ったが開かなかった。引いて駄目なら押してみろと、押してみると簡単に開いた。
出た先は見覚えのある空間だった。
玄関ホールから2階に上がってすぐの広間だった。
「おかしい……」
アカリは再び首を傾げることになった。たしかにこの空間には、いくつかの扉があったはずだった。しかし、今見てみると、2階に上がって真っ先に入った扉と、たった今、出てきたばかりの扉と、2つだけしかない。
まぁ、飾られていた絵画の人物が消えてしまうような館だ。今更扉の1つや2つ、消えていたから何だというのか。
とはいえ、それらの扉を選択していたらどうなっていたのかと寒気がした。
向かうべき先がなくなってしまったので1階に降りることにした。
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