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2章

知りたいことが知りたくはなかったことと同じだったとき【12】

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 しかし、自分に出来ることとは、それは……。

 何だろうかと考えても答えが見つけられず、少し落ち込む。

 その時、ズボンのポケットに入れたままだった携帯電話が震え始め、はじかれたようにサトルは携帯電話を取り出した。発信者の名前も確かめず、条件反射的に通話ボタンを押した。

「もしもし……」

「もしもーし」

「何だ……朱美か」

 ずいぶんと間延びした聞き覚えのある女の子の声が聞こえてきて、サトルは無視すればよかったと思った。それは3つ年下の妹からの電話だった。彼女は今年、サトルの出身校よりずっと偏差値の高い進学校に通う高校3年生である。

 つかさより年上だけれど、彼女とは異なり、甘ったれた自立とは程遠いタイプだ。そのくせ、要領はいいし、自分よりも成績もよかった。まぁ、中学時代野球漬けだったサトルの成績がそこまでいいはずもなかったが。

 男女の兄妹で、どうにも話が合わないので、こちらから連絡することも、向こうから連絡してくることもあまりない。

「何だ、ってことはないでしょ。自分からはろくに連絡もよこさないくせに」

 ムッとしたような口調が受話器の向こう側から聞こえてきた。

「ろくに連絡よこさないのはお互い様だろ」

 さっきまでの落ち込んだ気持ちのままで、ついつい喧嘩腰になりかけたことに気づいて、「それで、どうした?」と、できるだけ穏やかな声になるように話しかけた。

「ん……。もうすぐゴールデンウィークじゃない。今年は帰ってくるの?」

「あぁ……どうするかな。……親父か母さんから探りいれるように言われたのか?」

 大学に進学してから、同じ街に住んでいるのにほとんど実家には帰っていなかった。学業とバイトが忙しいと言い訳にしながらも、どうも足が向かない。将来のことをあれこれ言われるのは鬱陶しいということもあったし、実際、バイトが面白いから休みがあったらシフトを入れたいというのもあった。

「それもあるけれど、この間、たまたまアズちゃんに会ってね。連絡を取りたがっていたよ」

 アズちゃん……という名前にしばらく頭の中から旧友や先輩後輩の顔を検索する。江藤梓という2つ年下で中学・高校時代に後輩だった女の子の顔がヒットするのにそれほど時間はかからなかった。彼女の兄の修一とサトルとは中学・高校の同級生で……その頃は親友だった。修一は高校の時、サトルが野球部を辞めた後も部に残ってキャプテンを最後まで勤め上げた。結局、それ以降は互いに接触することもなくなった。サトルの野球部の頃の一番のわだかまりだった。

「連絡取りたがってって言ったって、俺、あの子の連絡先知らないから。連絡先教えてくれ」

「……私だって知らないわよ。学校だって違うしメルアド交換したこともないし。修一さんの連絡先は?」

「高校のときはあいつは携帯電話持っていなかったんだよ。卒業してからは……知らん」

「頼りにならないわねぇ」

「それはこっちの台詞だ。どうして、連絡先を聞いといてくれないんだよ」

「知ってるものだと思うもん」

 サトルは、連絡先が分かりそうなものはないかと考える。

「家に戻れば当時の連絡網が残っているだろう」

「じゃ、ゴールデンウィークは帰省するのね」

「……そうなるかな」

 帰省って距離じゃないだろう……と思いながら曖昧に答える。結局5月3日の憲法記念日の祝日に帰ることを約束させられて、「じゃあ、お父さんと母さんにもそう伝えておくね」という言葉で、朱美からの電話は切られた。

「……」

 ……先輩のことを見損ないました。

 その言葉を聴いてから3年以上が経つ。初めて彼女に会ったのは中学3年の時。梓は兄を追いかける格好で野球部に入ってきた。そのときは選手としてだった。小学生対象のチームに所属していた彼女は、地元の野球経験者の間では、それなりに名を知られた存在だった。女の子だからという物珍しさからではない。4番でエースを実力でもぎ取った卓越したセンスが認められてのことだ。

 そんな彼女が選手としての野球を辞めて、野球部のマネージャーになったのは2年の時。話を聞いた時は、再起不能な怪我でもしたのかと心配したが、そういうわけではなかったらしい。なぜ、別の女子スポーツに転向せずに、マネージャーという選択をしたの。そこに、どんな心境の変化があったのかはサトルの知る由もない。その時にはサトルは卒業をして中学の野球部とはあまり関わることがなかったし、高校の野球部の練習は中学のそれよりずっと厳しく、後輩のことに気を取られる余裕もなかったからだった。
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