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六.
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「開けっ放しの勝手口? ああ、この辺のというより、ウチだけの風習だよ」
「どういう意味があるんですか?」
夕方になり、外に出てきた春人に奈津は尋ねた。Tシャツ姿の、いかにも涼んでいる格好をしている。それなりに鍛えているのか締まった体つきをしていた。
「神様が尋ねてきたときに、困らないようにだよ」
「神様?」
「そう。森からやって来た神様が、家の中に気軽にはいれるようにってな。森の中に、神様が宿っているという樹齢1000年を超えるご神木があって、そこから、この神社まで道が作ってあるんだ。昼間見せた森に連なる階段も、本来は人間が下りるためのものではなくて、神様が上がってくるためのものなんだ」
「へえ……」
森からやってくる神様……か。どんな姿をしているのだろうか、と何となく考えてみる。なぜか、頭の大きな腰の曲がったおじいさんが思い浮かんだ。
「君も、くれぐれも、勝手に閉めないようにな」
「ひょっとして、2階の奥の『葉月の部屋』ってプレートがかかっていた部屋も?」
「ああ……」
春人の表情がふっと曇った。
「あれは、違う。いや……違わないかな。“今”の、森の神様をお招きする部屋だと思ってくれれば、まぁ、間違いない」
「そっか……神様の部屋だから入っちゃいけないんですね」
奈津は、春人の様子にあまり気を払わずに、勝手に自分で結論付けた。
* * *
「ご飯はおいしくて、西瓜もおいしくて、お風呂はあったかいし、星は綺麗だし。田舎っていいですね」
佐奈と藤次、それに春人と並んで縁側に座り、切ってもらった西瓜をパクつきながら奈津は笑う。
空を見上げると満天の星。静寂の中に虫の声がどこからともなく聞こえてくるのを耳を澄ませてみる。花より団子の奈津だって、虫の音を劇伴にしながら、星の瞬きを楽しむ程度の感受性は持ち合わせているのだ。
「佐奈もそう思うでしょ」
と右横に座った佐奈に声をかけてみると、半分ほどかじった小さく切った西瓜を手に持ったまま、うつらうつらと舟を漕いでいた。
食べ終わったら佐奈を布団まで連れて行こうと思いながら、急いで手に盛った西瓜を食べ尽くして皮を盆の上に置く。西瓜の甘味と水気を口いっぱいに感じながらチュッと唇を尖らせた奈津は、左横の藤次に、「種を庭に飛ばすんじゃないぞ」と釘を刺された。どのくらい飛ばせるか試してみようと思っていた奈津は、肩をすくめ、「はぁい」と言いながら、種入れ用の皿の上に黒い種を吹き出した。小さな黒い種が、皿に当たってちりんと硬い音を鳴らす。
それを聞いて、さっきから風鈴が鳴っていないな、と気づいた。風のない夜だったが、そんなに不快を感じてはいなかった。
「ご飯がおいしいのは保科さんの腕がいいから。西瓜は普通にスーパーで買ったもの。風呂は取り立てて珍しくないユニットバス。都会で手に入るもので、田舎で手に入らないものはたくさんあるけれど、その逆は、まず無いと思うけれどもなぁ」
田舎暮らしへの憧れを口にした奈津に、奈津の家族からちょっとだけ離れて座った春人が呆れた口調で言った。
夕食を用意してくれた瑞穂は5時までの予定を1時間ほど遅れて宮瀬家を後にしていた。彼女はこの近所の人で、春人の遠縁にあたり両親と同居しているのだと言っていた。家政婦が通いで来ていても、一人暮らしの春人にとっては、手間がかからないほうがいいのだろう。外観は風情を保ちながらも、内観は近代的な設備に一新されているものが多くあった。
「田舎の生活に憧れるのはいいけれど、幻想を持ちすぎるのはあんまりよくないぞ。田舎暮らしなんて、不便と苦労と鬱陶しさしかない」
自分が田舎に憧れているとしたら春人は都会に憧れているのだろうと奈津は思った。春人にとってここは仕方なく居る場所でしかないのだろう。
隣の芝は青い、という言葉が思い浮かんだ。
「そんなことはないですよ」
奈津は、夜空を見上げて言った。
「都会は明るすぎて、こんなに綺麗な星空はそうそう見られません」
「確かにいい空だ……。こんな夜は、ちゃんと寝る前にトイレに行って、さっさと寝て、朝まで部屋を出ない方がいい。森から、神様が来るかもしれないから」
* * *
他所のお宅に行くと、不思議とお手伝いをしたくなるタイプの人間がいる。奈津はそのタイプである。春人が片づけようとするところに割り込んで、食事の後のお茶碗やら、西瓜の乗っていた皿やら盆やらを手早く洗う。せっかく泊めてもらっているのだからと張り切っていたのもあるが、もともと、父と妹の3人暮らしで、家事のほとんどは奈津の仕事である。
母親が死んで早3年。奈津は不器用に家族の“母親役”をこなしてきた。
洗い物が終わり、シンクの水気をふいてから、「おやすみなさい」と座敷に移動してビールを飲みながらテレビを見ていた藤次と春人に声をかけ、部屋に向かう。
奈津と沙奈は部屋に戻り、隅のほうに畳んで重ねてあった布団を敷いた。その中に、半分寝ている佐奈を放り込む。奈津が自分が寝る分の布団を敷く前に、微かな寝息が聞こえてきた。
「今日は疲れたね」
奈津も言いながら布団に入り込む。荷物に紛れ込ませていた愛用の目覚ましの時計で時間を確かめる。9時を回ったところ。普段ならまだ起きている時間だったが、奈津にとってもそろそろ限界だった。
とりあえず6時半にセットしてから「おやすみなさい」と誰にともなく呟くと、奈津にも一気に睡魔が襲い掛かって来た。うつぶせになったまま、目覚まし時計を畳の上に置くと、そのまま奈津の意識も暗闇に引きずり込まれていった。
* * *
「どういう意味があるんですか?」
夕方になり、外に出てきた春人に奈津は尋ねた。Tシャツ姿の、いかにも涼んでいる格好をしている。それなりに鍛えているのか締まった体つきをしていた。
「神様が尋ねてきたときに、困らないようにだよ」
「神様?」
「そう。森からやって来た神様が、家の中に気軽にはいれるようにってな。森の中に、神様が宿っているという樹齢1000年を超えるご神木があって、そこから、この神社まで道が作ってあるんだ。昼間見せた森に連なる階段も、本来は人間が下りるためのものではなくて、神様が上がってくるためのものなんだ」
「へえ……」
森からやってくる神様……か。どんな姿をしているのだろうか、と何となく考えてみる。なぜか、頭の大きな腰の曲がったおじいさんが思い浮かんだ。
「君も、くれぐれも、勝手に閉めないようにな」
「ひょっとして、2階の奥の『葉月の部屋』ってプレートがかかっていた部屋も?」
「ああ……」
春人の表情がふっと曇った。
「あれは、違う。いや……違わないかな。“今”の、森の神様をお招きする部屋だと思ってくれれば、まぁ、間違いない」
「そっか……神様の部屋だから入っちゃいけないんですね」
奈津は、春人の様子にあまり気を払わずに、勝手に自分で結論付けた。
* * *
「ご飯はおいしくて、西瓜もおいしくて、お風呂はあったかいし、星は綺麗だし。田舎っていいですね」
佐奈と藤次、それに春人と並んで縁側に座り、切ってもらった西瓜をパクつきながら奈津は笑う。
空を見上げると満天の星。静寂の中に虫の声がどこからともなく聞こえてくるのを耳を澄ませてみる。花より団子の奈津だって、虫の音を劇伴にしながら、星の瞬きを楽しむ程度の感受性は持ち合わせているのだ。
「佐奈もそう思うでしょ」
と右横に座った佐奈に声をかけてみると、半分ほどかじった小さく切った西瓜を手に持ったまま、うつらうつらと舟を漕いでいた。
食べ終わったら佐奈を布団まで連れて行こうと思いながら、急いで手に盛った西瓜を食べ尽くして皮を盆の上に置く。西瓜の甘味と水気を口いっぱいに感じながらチュッと唇を尖らせた奈津は、左横の藤次に、「種を庭に飛ばすんじゃないぞ」と釘を刺された。どのくらい飛ばせるか試してみようと思っていた奈津は、肩をすくめ、「はぁい」と言いながら、種入れ用の皿の上に黒い種を吹き出した。小さな黒い種が、皿に当たってちりんと硬い音を鳴らす。
それを聞いて、さっきから風鈴が鳴っていないな、と気づいた。風のない夜だったが、そんなに不快を感じてはいなかった。
「ご飯がおいしいのは保科さんの腕がいいから。西瓜は普通にスーパーで買ったもの。風呂は取り立てて珍しくないユニットバス。都会で手に入るもので、田舎で手に入らないものはたくさんあるけれど、その逆は、まず無いと思うけれどもなぁ」
田舎暮らしへの憧れを口にした奈津に、奈津の家族からちょっとだけ離れて座った春人が呆れた口調で言った。
夕食を用意してくれた瑞穂は5時までの予定を1時間ほど遅れて宮瀬家を後にしていた。彼女はこの近所の人で、春人の遠縁にあたり両親と同居しているのだと言っていた。家政婦が通いで来ていても、一人暮らしの春人にとっては、手間がかからないほうがいいのだろう。外観は風情を保ちながらも、内観は近代的な設備に一新されているものが多くあった。
「田舎の生活に憧れるのはいいけれど、幻想を持ちすぎるのはあんまりよくないぞ。田舎暮らしなんて、不便と苦労と鬱陶しさしかない」
自分が田舎に憧れているとしたら春人は都会に憧れているのだろうと奈津は思った。春人にとってここは仕方なく居る場所でしかないのだろう。
隣の芝は青い、という言葉が思い浮かんだ。
「そんなことはないですよ」
奈津は、夜空を見上げて言った。
「都会は明るすぎて、こんなに綺麗な星空はそうそう見られません」
「確かにいい空だ……。こんな夜は、ちゃんと寝る前にトイレに行って、さっさと寝て、朝まで部屋を出ない方がいい。森から、神様が来るかもしれないから」
* * *
他所のお宅に行くと、不思議とお手伝いをしたくなるタイプの人間がいる。奈津はそのタイプである。春人が片づけようとするところに割り込んで、食事の後のお茶碗やら、西瓜の乗っていた皿やら盆やらを手早く洗う。せっかく泊めてもらっているのだからと張り切っていたのもあるが、もともと、父と妹の3人暮らしで、家事のほとんどは奈津の仕事である。
母親が死んで早3年。奈津は不器用に家族の“母親役”をこなしてきた。
洗い物が終わり、シンクの水気をふいてから、「おやすみなさい」と座敷に移動してビールを飲みながらテレビを見ていた藤次と春人に声をかけ、部屋に向かう。
奈津と沙奈は部屋に戻り、隅のほうに畳んで重ねてあった布団を敷いた。その中に、半分寝ている佐奈を放り込む。奈津が自分が寝る分の布団を敷く前に、微かな寝息が聞こえてきた。
「今日は疲れたね」
奈津も言いながら布団に入り込む。荷物に紛れ込ませていた愛用の目覚ましの時計で時間を確かめる。9時を回ったところ。普段ならまだ起きている時間だったが、奈津にとってもそろそろ限界だった。
とりあえず6時半にセットしてから「おやすみなさい」と誰にともなく呟くと、奈津にも一気に睡魔が襲い掛かって来た。うつぶせになったまま、目覚まし時計を畳の上に置くと、そのまま奈津の意識も暗闇に引きずり込まれていった。
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