弐式のホラー小説 一話完結の短い話集

弐式

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二話.写り込んだのは

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 私のご近所のお寺の和尚様は、徳を積んだ高名な僧であると知られており、檀家の方たちからも信頼を寄せられています。私も、盆とお彼岸にお寺の位牌堂に行くときくらいしか顔を合わせませんが、温かいお人柄で、いつも口元に柔和な笑みをたたえて話してくださいます。 

 初めてお会いしたのが私が10歳くらいですので、もう30年くらいの付き合いになります。そのころ、まだ僧侶としては若輩と言っておられた和尚様も、そろそろ「後を譲って……」などという言葉を口にされるような年齢になってしまいました。 

 私が、その和尚様のもとを訪ねたのは、残暑厳しい夏の終わりのこと。彼岸とも、盆とも関係のない、妙に蒸し暑い日のことでした。今日は、あることで和尚様にご相談とご意見を伺いたいと向かったのです。肩から下げたバッグの中には、1枚の写真が入っていました。 

 私がお寺に行くと、ちょうど境内を履き掃除していた和尚様がおられました。相談事があることを伝えると、和尚様に中の座敷に通されました。座布団が出され、座るように促されましたので、テーブルをはさんで向かい合うように正座し、私はバッグの中からその写真を取り出しました。 

「実は、この写真のことで助言をいただきたいと思ってきたのです」 

 それは、先日――2か月ほど前に、高校時代からの友人たち5人で日帰りの小旅行に行った時の写真でした。旅行先の温泉地で、少し洒落た外観のお土産物屋さんを見つけ、その建物をバックに特に仲の良かった親友と並んで撮影したものです。 

 写真は、そのお土産物屋で使い捨てカメラを購入して、撮影したものでした。 

 問題は、私の左横に立つ友人の姿です。 

「これは……」 

 写真を見た和尚さんも、絶句しました。その友人の顔は白に近い土気色で、頬骨は浮き出し、頭髪はすべて抜け落ちていました。それよりも、不気味だったのは眼窩がんかの部分で、ぽっかりと空いた空洞の向こう側に、蝋燭ろうそくの火が揺らめくような光が写っているように見えました。 

 それは、まるでミイラ……いえ、ゾンビのように見えました。 

 実は、この友人は、旅行から帰ってきた数日後に体調を崩して、倒れてしまいました。そして、2週間の入院ののち、帰らぬ人となってしまったのです。 

 そのため、カメラの存在をすっかりと忘れていたのですが、先日失念していたことに気付き、カメラ屋さんに現像をお願いし、昨日、受け取ってきたものです。 

 その時、カメラ屋さんが、とても困ったように、「勝手に捨てるわけにもいかないから」とこの写真の存在を教えてくれました。前後の写真にはおかしなところは何もなかったけれど、この写真だけが、こんなふうに気味の悪い写り方をしていたのだと伝えられました。 

「……この写真は、友人の死期を教えてくれたのでしょうか?」 

 私の話を最後まで聞いてくださった和尚様は、腕組みをして天井を見上げました。それから、すぐに顔を下すと、柔和な笑みを浮かべて、 

「この写真は、ちゃんと供養しておきましょう」 

 とおっしゃると、テーブルの上に写真を裏返して置きました。それから、「この写真は誰かに見せましたか?」と問われましたので、私は首を左右に振りました。事実、この写真は一緒に旅行に行った他の友人たちにも夫にも見せていませんでした。 

「実は……この写真には死神が写り込んでいるのです」 

「!!」 

 和尚様の言葉に、私はびっくりもしましたが、納得もしていました。やはり、この友人のところには、この時すでにお迎えが来ていたということなのだと。

 しかし、和尚様は小さく首を振ってそれを否定しました。 

「おそらく、こんなことを言って注意を促しても無駄だと思いますが……。この死神はあなたのご友人ではなく、その正面を向いているでしょう? 死神が見ているのは、この視線の先にいる人なのです」

 私は、その言葉の意味を理解するのに少し時間がかかりました。和尚様は、急かすことなく、待ってくださいました。

「つまり……この写真を撮影した人物?」

 私は声に震えが混じっていることを感じながら、問い返しました。和尚様は重々しく頷きます。
 
「そう……でしたか」

 私の声の震えは恐怖から来るものではありませんでした。ほっと安堵してしまったのです。そしてそのことに気付き、自分の冷たさに恐れを感じたからでした。

 いえ、私は本当に冷たい人間でしょうか? 

 この写真を撮影したのは――。
 
 この時シャッターを切ってくださいとお願いしたのは、たまたま通りがかった見ず知らずの年配の旅行者だったのです。
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