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六話.釣果
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わたしの友人に、釣り好きの男がいる。
好きといっても、行き先は、港や堤防ばかりで船に乗って沖合に出たこともない。
海に糸を垂らして日がな一日、餌をつけてはチャポンと投げ入れ、あたりがくるのを待つ。餌がなくなればまた餌をつけて投げ入れる。その繰り返し。
釣ってどうするのかと思ってしまうような、こまい魚が数匹入ったクーラーボックスを肩から下げて、満足したように帰っていくのが常であった。
正直、私からみれば、一体何が面白いのかわからない楽しみであったが、彼にとっては相当面白いらしく、このあたりは雪がほとんど降らないこともあって、ほとんど一年中、そうしていた。
ちなみに、仲間内での彼のあだ名は太公望であった。
そんな彼が、数か月ほど前から、ばったりと釣りをやめてしまったと人伝に聞いた。
なぜやめたのか、彼は全く語らないのだという。
その話を聞いてから一月ほどして、町でばったりと彼に会った。足を止めて少し話しててみると、変わった所はなく、ごくごく元気そうだった。ちょうど昼時だったので、一緒に何か食べないかと提案し、ファミレスに入ることにした。
雑談しながら頼んだ料理を待っていると、ふと、彼が釣りをやめたという話を思い出した。そう言えばーーと水を向けてみる。
「釣りをやめたと聞いたんだが、何かあったのかい?」
「いやぁ、大したことじゃないんだ」
「まさか、嫁さんに釣り道具を売り払われたのか?」
「バカなことを言うなよ」
私の軽口を苦笑しながら流しした彼は、水を飲んで、「しょうもない話だから……」と首を振る。
「第一、こんな時に話すような話でもない」
「そう言わずに教えてくれよ」
僕が粘ると、彼は「仕方ないなぁ」と肩をすくめた。
「でも、聞いたことを後悔するなよ。後になってから、こんな時に聞くんじゃなかった、なんて言い出すなよ」
「もちろんさ」
僕が答えると、彼は渋々といった感じで、それは、日が昇っていて青空が広がっているが肌寒い秋の日だったなぁ、と話し始めた。数ヶ月前に経験した出来事であるらしい。
その日も、いつもと同じように、港に向かって釣り糸を垂らしていた。
「周りにも、何人かの釣り人がいたんだ」
彼はそう言って目を細めた。
その日は、思いのほかよく釣れ、気分良く釣り糸を垂らしていたという。それが起こったのは、釣り始めて二時間ほどがたった頃だった。急に強い引きがあったのだという。
引きずり込まれそうな強い力に、懸命に竿を立て、ルアーを巻いた。大きくしなる竿にこれはただ事ではないと周りの釣り人達も気付いて盛り上がった。応援してくれる人や、たもを出してくれる人。異様な盛り上がりに、もうこれは絶対に逃がすわけにはいかないぞ、と思いながら、竿を握りしめた。
暴れまわる相手に振り回されながらしばらくの格闘した末、おとなしくなったそれはゆっくりと釣り上げられた。
「僕は、目を疑ったよ」
それが上がった瞬間、周りから悲鳴が上がった。たもを持って待ち構えていた釣り人は、あまりの光景にたもを取り落としてしまった。
釣り上げられたのは……上がってきたのは人間のおそらく男だったーーと彼は言った。さっきまで勢いよく暴れまわっていたのがウソのように、ピクリと動かない。
見間違いとか錯覚じゃないか、と僕が言うより早く、「周りの釣り人達も見た。僕だけが見た錯覚というわけじゃない」と彼は強調した。
釣り上げた彼にしても、認識が追いつかず、竿を握ったままあわあわとしていたが、やがて正気に戻ってとにかく引き寄せようとした。
その瞬間だった。釣り上げられた男はかっと目を見開いた。彼がびくりと身を震わせるのと同時に糸はぷつりと切れて釣り上げられた男は、ばしゃりと飛沫を上げて再び海の中に消えていった。
「それからは大騒ぎだったよ。警察を呼んだり、誰か落ちた人間がいないか、大声で呼んだりね。でも、何も浮いてはこなかったし、警察の捜索でも、何も見つからなかった」
そういえばそんな記事を新聞で読んだことがあったような気がしないでもないような気がした。
「ひょっとして性質の悪いいたずらだったんじゃないか? 警察まで出てくる騒動になって、出るに出られなくなったとか?」
僕は何とか可能性がありそうなことを考えて口にした。
「そうだったら、いいのだけれどね」
彼は苦笑しながらそう言うと、ぽつりと呟くように言葉を続けた。
ーー肌は腐ってぼろぼろだった。顔にはフジツボらしきものがびっしり。あれはとても生きた人間じゃない。
その光景を想像してしまい、僕は体が痒くなりぶるりと身震いした。
その時、「ステーキランチお待たせしました」と若いウエイトレスの女の子が元気よく料理を運んできた。
「熱くなっていますので気をつけてください」
とにこやかな笑顔とともに私の前に置く。
湯気の上がる肉の塊を見ながら「ああ、聞くんじゃなかったなぁ」と呟いてしまった。
それを聞き咎めた彼は「だから最初に言ったじゃないか」とあきれたように言った。
「食事時にするような話じゃないって」
好きといっても、行き先は、港や堤防ばかりで船に乗って沖合に出たこともない。
海に糸を垂らして日がな一日、餌をつけてはチャポンと投げ入れ、あたりがくるのを待つ。餌がなくなればまた餌をつけて投げ入れる。その繰り返し。
釣ってどうするのかと思ってしまうような、こまい魚が数匹入ったクーラーボックスを肩から下げて、満足したように帰っていくのが常であった。
正直、私からみれば、一体何が面白いのかわからない楽しみであったが、彼にとっては相当面白いらしく、このあたりは雪がほとんど降らないこともあって、ほとんど一年中、そうしていた。
ちなみに、仲間内での彼のあだ名は太公望であった。
そんな彼が、数か月ほど前から、ばったりと釣りをやめてしまったと人伝に聞いた。
なぜやめたのか、彼は全く語らないのだという。
その話を聞いてから一月ほどして、町でばったりと彼に会った。足を止めて少し話しててみると、変わった所はなく、ごくごく元気そうだった。ちょうど昼時だったので、一緒に何か食べないかと提案し、ファミレスに入ることにした。
雑談しながら頼んだ料理を待っていると、ふと、彼が釣りをやめたという話を思い出した。そう言えばーーと水を向けてみる。
「釣りをやめたと聞いたんだが、何かあったのかい?」
「いやぁ、大したことじゃないんだ」
「まさか、嫁さんに釣り道具を売り払われたのか?」
「バカなことを言うなよ」
私の軽口を苦笑しながら流しした彼は、水を飲んで、「しょうもない話だから……」と首を振る。
「第一、こんな時に話すような話でもない」
「そう言わずに教えてくれよ」
僕が粘ると、彼は「仕方ないなぁ」と肩をすくめた。
「でも、聞いたことを後悔するなよ。後になってから、こんな時に聞くんじゃなかった、なんて言い出すなよ」
「もちろんさ」
僕が答えると、彼は渋々といった感じで、それは、日が昇っていて青空が広がっているが肌寒い秋の日だったなぁ、と話し始めた。数ヶ月前に経験した出来事であるらしい。
その日も、いつもと同じように、港に向かって釣り糸を垂らしていた。
「周りにも、何人かの釣り人がいたんだ」
彼はそう言って目を細めた。
その日は、思いのほかよく釣れ、気分良く釣り糸を垂らしていたという。それが起こったのは、釣り始めて二時間ほどがたった頃だった。急に強い引きがあったのだという。
引きずり込まれそうな強い力に、懸命に竿を立て、ルアーを巻いた。大きくしなる竿にこれはただ事ではないと周りの釣り人達も気付いて盛り上がった。応援してくれる人や、たもを出してくれる人。異様な盛り上がりに、もうこれは絶対に逃がすわけにはいかないぞ、と思いながら、竿を握りしめた。
暴れまわる相手に振り回されながらしばらくの格闘した末、おとなしくなったそれはゆっくりと釣り上げられた。
「僕は、目を疑ったよ」
それが上がった瞬間、周りから悲鳴が上がった。たもを持って待ち構えていた釣り人は、あまりの光景にたもを取り落としてしまった。
釣り上げられたのは……上がってきたのは人間のおそらく男だったーーと彼は言った。さっきまで勢いよく暴れまわっていたのがウソのように、ピクリと動かない。
見間違いとか錯覚じゃないか、と僕が言うより早く、「周りの釣り人達も見た。僕だけが見た錯覚というわけじゃない」と彼は強調した。
釣り上げた彼にしても、認識が追いつかず、竿を握ったままあわあわとしていたが、やがて正気に戻ってとにかく引き寄せようとした。
その瞬間だった。釣り上げられた男はかっと目を見開いた。彼がびくりと身を震わせるのと同時に糸はぷつりと切れて釣り上げられた男は、ばしゃりと飛沫を上げて再び海の中に消えていった。
「それからは大騒ぎだったよ。警察を呼んだり、誰か落ちた人間がいないか、大声で呼んだりね。でも、何も浮いてはこなかったし、警察の捜索でも、何も見つからなかった」
そういえばそんな記事を新聞で読んだことがあったような気がしないでもないような気がした。
「ひょっとして性質の悪いいたずらだったんじゃないか? 警察まで出てくる騒動になって、出るに出られなくなったとか?」
僕は何とか可能性がありそうなことを考えて口にした。
「そうだったら、いいのだけれどね」
彼は苦笑しながらそう言うと、ぽつりと呟くように言葉を続けた。
ーー肌は腐ってぼろぼろだった。顔にはフジツボらしきものがびっしり。あれはとても生きた人間じゃない。
その光景を想像してしまい、僕は体が痒くなりぶるりと身震いした。
その時、「ステーキランチお待たせしました」と若いウエイトレスの女の子が元気よく料理を運んできた。
「熱くなっていますので気をつけてください」
とにこやかな笑顔とともに私の前に置く。
湯気の上がる肉の塊を見ながら「ああ、聞くんじゃなかったなぁ」と呟いてしまった。
それを聞き咎めた彼は「だから最初に言ったじゃないか」とあきれたように言った。
「食事時にするような話じゃないって」
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