弐式のホラー小説 一話完結の短い話集

弐式

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十一話.嵐の夜

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 困ったな……。

 私は腕時計を何度も見ながら思った。

 電車で一時間ほど離れた伯母の家に所用で訪れて居たのだが、昼過ぎからから強い雨が降り始めていた。

 所用を終え、家を出ようとした時には、夕方になっていた。雨足はさらに激しさを増し、強い稲光がひっきりなしに暗い空を照らし、雷の音が絶え間なく鳴り響いていた。予報ではさらに雨は激しくなると警報がでていた。

 スマホで今から乗れる電車の時間を調べる。最寄り駅まで数分だが、そこから30分は待たなければならなさそうだった。帰り着く頃には真っ暗になっているだろう。

 それから夕食の支度をしていたら大分遅くなるだろう。お風呂くらい洗っておいてくれればいいけど……旦那には期待できないだろうなぁ、と思った私は、今日は夫も出張で家にいなかったのだと思い当たり、げんこつで軽く自分の頭を叩いた。

 私には10歳になる娘がいる。親の贔屓ひいき目もあるが、しっかりした娘だと思う。けれど、とても恐がりなところがある。保育園の頃は雷が鳴った夜は、雷よりも大きな声で大泣きしていたほどだ。さすがに今はそんなことはないが、この強い雨と雷の中で一人留守番させるのは不安だった。

 ところが、急いで帰ろうとブーツに足をさしこんでいた私に、伯母が、「電車が運休になったとテレビのニュースでやっているよ」と声をかけてきた。私は、もう一度スマホで鉄道会社のホームページを開くと、確かに「運休のお知らせ」が表示されている。本日の最終列車まで運休するとのことだった。

 どうしようか、と弱っていると、「仕方ないから、今日は泊まっていきなさい」という伯母の言葉に、有り難く甘えることにした。

 しかし問題は娘のことだ。

 幸い、明日は土曜で学校は休み。

 インスタントの麺がいくつか買い置きがあるし、電子レンジで温めるだけの簡単な総菜もいくつか冷蔵庫の中にある。一晩なら、大丈夫だろう……。私は、そう思いながら自宅に電話をかけた。

 数回のコールのあと、すぐに娘が電話に出た。私は、今日は帰れないことを告げると、仕方ないね、というあっさりとした言葉が返ってきた。

「火とか熱湯を使うときは十分に気をつけてね。お風呂は、あんまり夜遅くになったら駄目よ。宿題はちゃんと済ませるのよ。寝る前に戸締まりと電気はちゃんと消してね。明日が休みだからって夜更かししたら駄目だからね」

 私が矢継ぎ早に言うと、受話器の向こうから、「分かってるって」と苦笑混じりの声が返ってきた。心配性だとでも言いたいのだろう。

「とにかく、ママがいないからって、だらしなくしてたら駄目だからね」

「うん。分かったって。ママこそ、気をつけてね」

 そんなやりとりをして電話は切れた。

 そして、その夜は娘のことを心配しながら伯母の家で一夜を過ごした。

 日付が変わるころまで強い雨と雷をもたらした雨雲も、朝日が上がる頃には去っていったようで、朝起きて外を見ると、空には雲いっぱいの中に晴れ間が見えていた。

 電車も始発から平常通りの運行になっており、伯母の家で朝食をいただいてから、近くのコンビニで娘へのケーキと、お昼ご飯の総菜を数点見繕って、10時前の電車で家に帰った。

 昼前に家に着く。

 鍵は開いていた。

 扉を開いて、「ただいま」と声をかける。

「お帰り」

 とリビングから娘が顔を出した。まだ、桃色の寝間着のままだったので、つい「だらしない」と言ってしまう。

「雷がうるさくて、なかなか寝付けなくてさ。夕べは、この辺りで結構長いこと停電があったんだよ」

 と娘は言った。

「朝ごはんは食べたの?」

「うん」

「雷は怖くなかった?」

「いつの頃の話をしてるのよ」

 そんなやり取りをしていると、娘が犬のぬいぐるみを抱えているのに気付いた。2年くらい前に近くの温泉地に日帰りで旅行に行ったときに1000円で買ってきたものだった。

「この子と話していたら、雷も怖くなかったよ」

 この犬のぬいぐるみは、ちょっとした機能がついている。

 言葉を掛けると言葉を返してくれるのだ。

 もっとも、こちらが喋った言葉と、同じ言葉を返すだけ。それでも、何だか会話したような気になるから不思議だ。買ってから2ヶ月ほどは娘のお気に入りだったが、今はリビングの飾りとなっていた。

 ちゃんと時々掃除して埃を取るくらいはしていたのだったのだけれど……。

「でも、朝になったら話さなくなっちゃったよ。元気がなくなっちゃったかなぁ」

 娘からぬいぐるみを受け取りながら私は苦笑した。

 元気がなくなった……か。子供らしい表現だ。大人だったらさしずめ……。それとも、電池とか電気などと言ったのを聞き違えたのだろうか……。

「電……池……?」

 私ははっとした。

 以前、急に乾電池が必要になったのに買い置きがなかったことがあった。その時に、このぬいぐるみから乾電池を拝借して……。その後、乾電池を入れ直した記憶がなかった。

 旦那が入れた?

 いや、触りすらしないのに電池の交換などするはずがない。

 娘が?

 乾電池が欲しいなどと言われたことがあっただろうか?

 私はそんなことはあり得ないと思いながら、ぬいぐるみの腹の部分の電池入れの蓋のツマミに、そっと爪をかけた。
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