ド天然アルファの執着はちょっとおかしい

のは(山端のは)

文字の大きさ
7 / 8
匂い

引っかかる

 一嶌久希は最近、つがいが最近よく使うリップクリームの匂いに引っかかりを覚えていた。

 彼のつがいである澄也は、ショートカットが良く似合う中性的な美人で、自分の見せ方をよく知っている。彼の身につけるものには、すべてこだわりが詰まっている。
 そんな彼のお気に入りを取り上げるわけにもいかず、結局久希は口を閉ざす。

 仕事へ行く前に、久希は澄也にキスをしようと思ったのだが、澄也はちょうど件のリップクリームを塗っているところだった。唇を近づける手前でほんの少し迷いが出てしまった。

「久希さん、もしかしてこの匂い嫌い?」
 澄也は久希の変化を感じ取り、顔の前でリップクリームを振って見せた。これには降参するしかなかった。
「嫌いというほどではないのだが、あなたの匂いと混ざってしまうのが、残念で」
 澄也に出会う前までは、オメガの甘ったるい匂いはむしろ苦手だった。だが、澄也の放つ匂いは別だ。常に嗅いでいたいと思うほど好ましい。

「わかった。じゃあコレは家では使わない」
 澄也はあっさり言って、コットンになにやら液体をしみ込ませ、さっさと落としてしまった。

「無香料の奴にするね。久希さんにキスしてもらえなくなったら困るから」
「あ、ああ」
 めまいがするほど可愛いことを言われてしまった。
「もしかして、化粧品の匂いも嫌?」
「うん、だが、美しく装った澄也を見るのは好きだ」
「よかった。俺も好き」
 澄也はふわりと笑う。
「もちろん、澄也はそのままでも美しいと思っている」

 久希が真剣な顔で言うので、澄也は満足して笑みを深めた。
 頭に浮かんだ言葉をそのまま言ってしまった、みたいな調子だったので余計に嬉しい。

 久希はアルファの男性らしく、オメガとは違った美しさがある。直線的な眉、きりりとした目元。そして均整のとれた逞しい体。
 だが澄也が惹かれたのは、この素直さだ。

 久希は慈しむように、澄也の髪に触れた。それから、眉、まぶた、鼻筋、くちびるを優しくなぞる。
 彼の指は首筋から鎖骨に下りてゆき、胸の先端でくるりと円を描いた。
 どこまで行く気なのか、面白がっていた澄也だが、彼の指が中心線からへそへ降りたあたりで余裕がなくなった。
 もう少し――。
 と思うところで彼の指がピタリと止まる。
「帰ったら、いいだろうか」
「……いいよ」

 仕事へ出かける久希を玄関まで見送って、内側からカギをかけると、澄也はドアに頭をくっつけた。

「帰ってくるまで待てるかな」
 無理。とすぐに自答する。

 そこで、洗濯籠に放り込まれた久希のパジャマを取り出して、ベッドに持ち込んだ。
 彼の匂いを嗅ぎながら、自分で処理してしまおうと思うのだがどうにも満足できない。
 クローゼットから肌着やジャケット、ネクタイを集めてベッドの上にこんもりと積み上げる。そこに頭を突っ込んだら、ようやく満足できた。

 久希の匂いに包まれたら、あとは邪魔な服を脱ぎ捨てる。
 ゆるく立ち上がった自分のものに手を伸ばしながら、先ほどの久希の熱っぽいまなざしと指先の感触を思い出す。

「久希さん……」

 そこへ久希が扉をバーンと開けて入ってきた。
「澄也! 聞き忘れていた、今日は何が……」
 おそらく夕食のリクエストでも聞きに来たのだろう。そんなのメッセージで済ませればいいものを。

 二人はしばし固まった。
 先に動いたのは澄也だ。ぴゃっと布の塊に引っ込んで、布団もかけて引きこもる。
 すると、久希が電話をかけ始めた。

「一嶌だ。すまないが、今日の予定すべて午後にずらしてくれ」
 驚いて澄也が頭をひょっこり出した時にはもう通話を終えていて、久希はスーツの上着を脱ぎながら、ベッドを覗き込んだ。
「こんな状態のつがいを、ひとりにしておけないだろう」
 ネクタイを外し、スラックスも脱いでハンガーに掛ける。

「それもちょうだい」
 澄也はここまで来たら、恥じらうよりも欲望に従うつもりだ。
「これは午後からまた着るんだ」
「ぱんつは履き替えたっていいだろ」
「……欲しいのか」
 無言でうなずく。
「ワイシャツは?」
「いる」

 まだぬくもりの残る下着を手に入れて、澄也は喜んで匂いを嗅いだ。
「本人は要らないのか」
「早く触って」
感想 2

あなたにおすすめの小説

俺以外を見るのは許さないから

朝飛
BL
赤池凌平は、成瀬真介と出会い、緩やかに親交を深めてやがて恋人同士になるのだったが、時折違和感を抱いていた。  その違和感の正体が明らかになる時には、もう何もかも手遅れになってしまい……。 (女性と付き合うシーンもあります。) ※ネオページ、エブリスタにも同時掲載中。マイペースに更新します。

魔性の男

久野字
BL
俺はとにかくモテる。学生の頃から、社会人になった今でも、異性問わずにモテてしまう。 最近、さえない同性の先輩に好意を持たれている。いつものことだろう。いい人だから、傷つけたくはないな。 そう、思っていた。

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

最悪の婚姻から始まるただ一つの愛

統子
BL
最悪の婚姻だった。 皇太子の正室として迎えられながら、 与えられたのは祝福ではなく、冷たい部屋と拒絶だけ。 触れられることすら恐ろしく、 ただ静かに時間が過ぎるのを待つしかなかった。 けれど—— 差し出された手は、思っていたものとは違っていた。 無理に触れない。 急がない。 ただ、こちらの様子を確かめるように、少しずつ距離を縮めてくる。 気づけば、隣に座ることが当たり前になり、 言葉を交わす時間が、夜の習慣になっていた。 触れられるたびに怖さは消え、 代わりに残るのは、離れがたい温もり。 これは、最悪の婚姻から始まった関係が、 やがて“ただ一人”へと変わっていく物語。 望まれなかったはずのはじまりが、 いつしか、何よりも大切なものになるまでの—— 静かで、優しい、溺れるような愛の記録。

君と僕の関係は罰ゲーム

くすのき
BL
小学生の時、幼馴染の発した自分との関係性を聞いてしまった十都棗(とそなつめ)は、彼に頼らない人間になる事を決意して生きてきた。でも大学生となったら、まさかその幼馴染と再会し、しかもお隣さんになっていた。 彼は僕の事を親友と呼ぶが、僕はそのつもりはなくて……。 陽キャ✕陰キャ

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

【完結】逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。抱かれたら身代わりがばれてしまうので初夜は断固拒否します!

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
隣国の国王キリアン(アルファ)に嫁がされたオメガの王子リュカ。 しかし実は、結婚から逃げ出した双子の弟セラの身代わりなのです… 本当の花嫁じゃないとばれたら大変! だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだんキリアンに惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

入社1ヶ月のワンコ系男子が、知らずのうちに射止めたのはイケメン社長!?

monteri
BL
CM制作会社の新入社員、藤白純太は入社1ヶ月で教育係の先輩が過労で倒れたため、特別なクライアントの担当を引き継ぐことになる。 そのクライアントは、女子禁制ミーハー厳禁の芸能事務所だった。 主人公の無知で純なところに、翻弄されたり、骨抜きにされるイケメン社長と、何も知らない純太がドキドキするお話です。 ※今回の表紙はAI生成です ※小説家になろうにも公開してます