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羽の中
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「ルアーカ!」
俺を呼ぶ声がする。遠く、遠くから……。
これは夢?
だって今、すごくふかふかな毛布に包まれている。少し狭いけど居心地は抜群だ。イシャズのうちのベッドにだって負けないんじゃないか。
「ふかふか……」
俺はうっとりと毛布に顔をうずめた。おひさまのいい匂いがしてとても暖かい。時々ドンと重たい音がして、まるで心臓があるみたいだった。いや、これって――。
「生きてる!?」
俺はハッとして顔を上げた。
まっくらというか、一面ピンクだった。ベッドじゃない……。もぞもぞと這い出すと、巨大な鳥の羽の間にいたことが分かる。
首は長めで優美な顔立ちだが、くちばしは鋭い。淡いピンクの羽に時々金色が混じる。俺が一人暮らしをしているボロ小屋よりも大きそうだ。
呆然と見上げていると向こうも目を覚ましたらしい。灰色でしわしわしたまぶたをぱちりと開いた。
目と目が合ったと思ったら、巨鳥は急に縮んだ。
立ち尽くすうちに、彼は見る間に人へと姿を変えた。
縮んだといってもかなりの長身だ。俺より、軽く頭一つ分は大きい。
毛量の多い、腰まで届く淡いピンク色の髪。怖いくらいに整った目鼻立ちはどこか気品を感じさせた。
布をぜいたくに使った白のローブを身に着け、わずかに首を傾げると、金色の耳飾りがしゃらりと鳴った。
彼は身をかがめ、こちらを覗き込む。鮮やかなオレンジ色の瞳の奥の、青い瞳孔まではっきり見えた。
ああ、炎の色だ――。
「目が覚めたか」
幼子に接するときのような甘さを感じさせる声だった。そのせいか選択肢から『逃げる』が抜け落ちてしまった。
「……人? それとも鳥?」
「ふむ……、人間の言葉でいうならば、私は精霊と呼ばれる存在だ」
「精霊……初めて見た」
あれ、精霊って、魔力のない人には見えないんじゃなかったっけ。
俺には魔力なんてないはずだけど。
でもこの人は確かにここにいて、それに――。
「すごくきれいだ」
ああでも、そういえば、イシャズが言っていた。「高位の精霊は肉体を持つ」って。
この人は本当に、王様みたいだ。
俺はそこで初めて自分の非礼に思い当たり、慌てて口を押えた。
「どうした?」
「俺、言葉遣いが……なってないって言われるんだ」
「ひなが気にすることではない」
「いや、ひなではないよ」
ポヤポヤと柔らかい茶髪のせいで間違えたのか?
それとも、痩せすぎて浮いて見える骨や、日焼けで赤く擦り剥けた肌のせいかもしれない。
だが、彼が何と言おうと、俺はもうすぐ二十歳になる。本当なら早く嫁をもらえとせっつかれる頃だ。
俺に嫁ぎたい奴なんているはずもないけど。
うつむいた拍子にふと自分の姿が目に入って、ぎょっとした。
「わっ! はだか!?」
「ひなのくせに妙なところで恥ずかしがる」
彼は笑いを含んだ声で言った割に、そこらからひょいと布をとって肩から掛けてくれた。
そして俺の隣に座りこんだ。彼の周りはすごく暖かくて、ほのかに果実のような甘い匂いがした。
なんだかすごく、すり寄りたくなる。
必死に堪えてあたりを見まわすと、どうやらここは洞窟の中のようだ。むこうにちらりと青空が覗いている。
日差しが届いているようでもないのに、不思議とほの明るい。もっと妙なのは、岩をくりぬき、あちこちに布が並べられているところだ。
「え? 仕立て屋さんかなんかなの?」
「いいや、倉庫代わりにしている奴がいるだけだ。ここに置いておくと、私の魔力が染みつくからと」
彼はさして興味もなさそうに布の山に視線をやった。
自分を包む布にそっと触れてみた。やたらと手触りがいいことに驚く。そのうえ、きれいな織模様が入っている。これは高級品だ。
うなっていると、彼は眉を寄せた。
「おまえはコロコロと表情が変わるな。どうした、気に入らないのか?」
「はだかになるのと、布を汚すのどっちがマシか考えてた」
「汚したところで私は困らん」
「布の持ち主は怒るんじゃないの?」
「多少はな。だが、ここは私の巣だ。普段は興味がないから放置しているだけで、どう扱おうが私の勝手だ。それはひなにやる。もう決めた」
浮かべているのは柔らかな笑みなのに、有無を言わせぬ感じ。
だけど全然押しつけがましさはない。
それどころか「やる」と言われて嬉しくなってしまった。持ち主のことを考えれば複雑だけど、もう手放せる気がしない。
「ありがとう」
「それより、痛むところはないか?」
俺は慌てて首を振った。
さっき自分の裸を見たとき腹と右足が赤くなっていて、そこがちょっと痒いけど、痛いとまでは言えない。
「死にかけていたわりに元気そうだ」
「死にかけた……?」
そうだ、俺、いったいどうしてこんな場所にいるんだろう。
さっき痒いと思った左腹のあたりが急に重たく感じられた。
俺、いったい何をしていたんだっけ――。
俺を呼ぶ声がする。遠く、遠くから……。
これは夢?
だって今、すごくふかふかな毛布に包まれている。少し狭いけど居心地は抜群だ。イシャズのうちのベッドにだって負けないんじゃないか。
「ふかふか……」
俺はうっとりと毛布に顔をうずめた。おひさまのいい匂いがしてとても暖かい。時々ドンと重たい音がして、まるで心臓があるみたいだった。いや、これって――。
「生きてる!?」
俺はハッとして顔を上げた。
まっくらというか、一面ピンクだった。ベッドじゃない……。もぞもぞと這い出すと、巨大な鳥の羽の間にいたことが分かる。
首は長めで優美な顔立ちだが、くちばしは鋭い。淡いピンクの羽に時々金色が混じる。俺が一人暮らしをしているボロ小屋よりも大きそうだ。
呆然と見上げていると向こうも目を覚ましたらしい。灰色でしわしわしたまぶたをぱちりと開いた。
目と目が合ったと思ったら、巨鳥は急に縮んだ。
立ち尽くすうちに、彼は見る間に人へと姿を変えた。
縮んだといってもかなりの長身だ。俺より、軽く頭一つ分は大きい。
毛量の多い、腰まで届く淡いピンク色の髪。怖いくらいに整った目鼻立ちはどこか気品を感じさせた。
布をぜいたくに使った白のローブを身に着け、わずかに首を傾げると、金色の耳飾りがしゃらりと鳴った。
彼は身をかがめ、こちらを覗き込む。鮮やかなオレンジ色の瞳の奥の、青い瞳孔まではっきり見えた。
ああ、炎の色だ――。
「目が覚めたか」
幼子に接するときのような甘さを感じさせる声だった。そのせいか選択肢から『逃げる』が抜け落ちてしまった。
「……人? それとも鳥?」
「ふむ……、人間の言葉でいうならば、私は精霊と呼ばれる存在だ」
「精霊……初めて見た」
あれ、精霊って、魔力のない人には見えないんじゃなかったっけ。
俺には魔力なんてないはずだけど。
でもこの人は確かにここにいて、それに――。
「すごくきれいだ」
ああでも、そういえば、イシャズが言っていた。「高位の精霊は肉体を持つ」って。
この人は本当に、王様みたいだ。
俺はそこで初めて自分の非礼に思い当たり、慌てて口を押えた。
「どうした?」
「俺、言葉遣いが……なってないって言われるんだ」
「ひなが気にすることではない」
「いや、ひなではないよ」
ポヤポヤと柔らかい茶髪のせいで間違えたのか?
それとも、痩せすぎて浮いて見える骨や、日焼けで赤く擦り剥けた肌のせいかもしれない。
だが、彼が何と言おうと、俺はもうすぐ二十歳になる。本当なら早く嫁をもらえとせっつかれる頃だ。
俺に嫁ぎたい奴なんているはずもないけど。
うつむいた拍子にふと自分の姿が目に入って、ぎょっとした。
「わっ! はだか!?」
「ひなのくせに妙なところで恥ずかしがる」
彼は笑いを含んだ声で言った割に、そこらからひょいと布をとって肩から掛けてくれた。
そして俺の隣に座りこんだ。彼の周りはすごく暖かくて、ほのかに果実のような甘い匂いがした。
なんだかすごく、すり寄りたくなる。
必死に堪えてあたりを見まわすと、どうやらここは洞窟の中のようだ。むこうにちらりと青空が覗いている。
日差しが届いているようでもないのに、不思議とほの明るい。もっと妙なのは、岩をくりぬき、あちこちに布が並べられているところだ。
「え? 仕立て屋さんかなんかなの?」
「いいや、倉庫代わりにしている奴がいるだけだ。ここに置いておくと、私の魔力が染みつくからと」
彼はさして興味もなさそうに布の山に視線をやった。
自分を包む布にそっと触れてみた。やたらと手触りがいいことに驚く。そのうえ、きれいな織模様が入っている。これは高級品だ。
うなっていると、彼は眉を寄せた。
「おまえはコロコロと表情が変わるな。どうした、気に入らないのか?」
「はだかになるのと、布を汚すのどっちがマシか考えてた」
「汚したところで私は困らん」
「布の持ち主は怒るんじゃないの?」
「多少はな。だが、ここは私の巣だ。普段は興味がないから放置しているだけで、どう扱おうが私の勝手だ。それはひなにやる。もう決めた」
浮かべているのは柔らかな笑みなのに、有無を言わせぬ感じ。
だけど全然押しつけがましさはない。
それどころか「やる」と言われて嬉しくなってしまった。持ち主のことを考えれば複雑だけど、もう手放せる気がしない。
「ありがとう」
「それより、痛むところはないか?」
俺は慌てて首を振った。
さっき自分の裸を見たとき腹と右足が赤くなっていて、そこがちょっと痒いけど、痛いとまでは言えない。
「死にかけていたわりに元気そうだ」
「死にかけた……?」
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俺、いったい何をしていたんだっけ――。
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