中年オジが異世界で第二の人生をクラフトしてみた

Mr.Six

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9話 新たなNPCとの出会い

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 朝の陽ざしが瞼に透けて入ってくる。今の生活にすっかり馴染んできた俺は、欠伸をしながら起き上がる。仕事に行く前の朝のようで、いつものルーティンのように大きく背伸びをして肋骨を鳴らす。そしてインベントリを開いて最後のパンを取り出し、一口を頬張る。小麦の香りが鼻をスッと通り抜け、口いっぱいに小麦の味が波のように押し寄せてくる。まるで口の中だけリゾート気分だな。

「あ、そうだ。クエストを見よう」

 昨日は確か”ゾンビを3体”倒せだったな。果たして今日はどんなクエストが発行されてるんだ?

《クエスト発行!》
木材を6個採取しろ!
制限時間:4時間
報酬:経験値+20、能力値振り分け+1、保管箱+1

 木材の採取……思えばこの世界に来て木材を採取したことは無い、最初のクエストを達成したときに獲得した木材をやりくりしてきていたから、ここに来て採取のクエストは丁度良かったかもしれない。問題は制限時間が4時間しかないこと、昼過ぎになればクエストが失敗してしまう。今日は草原に行く予定だったから、早いとこ木材を採取して草原を探索しに向かうとしよう。

「う~ん、でも木材はどうやって取れるんだろう?」

 木の槍では到底取れないだろうし、かといって素手で獲得できるとも思っていない。そんなのはゲームの世界だけだ、ある程度現実に近いこの世界は、そこまで良心的とも考えにくい。通常なら斧とかが真っ先に浮かびそうだが、クラフトにはそれに近いアイテムはあるだろうか? 俺はベッドから起き上がり、作業台に向かうと、クラフト画面を覗いた。ざっと閲覧をしていると、木材を獲得するのに向いているアイテムを見つけた。

【石の斧】
必要資材:石3、木の棒2
攻撃力:1
耐久値:10
効果:木を伐採する際は耐久値の減少が1/10、攻撃力5倍に変化

 これは……クラフトするしかないな。川まで行けば、ちょうどいい大きさの石くらいは見つかるだろう。いや、この際、川を辿って草原まで出てしまうのも悪くない。流れも穏やかになるだろうし、石を拾う時に余計なトラブルも起こりにくいはずだ。俺は森を抜けるのをやめ、拠点裏の川の下流を辿って、草原を目指すことにした。しばらく歩いていると、俺が最初に倒れていた場所に辿り着いた。

 そう、すべてはここから始まったんだ……――

 思えば、今日までトラブル続きだ。当初は有給休暇の延長の気分で行動していたが、次第にそんな浮ついた気持ちはどこかへ消え去った。今はどうこの世界を生き抜くかという思考にさえ変わっている。俺は靴と靴下を脱いで、川の中に足を踏み入れた。ひんやりとした川の水の温度が足を伝って全身に広がっていく。気候も穏やかで太陽の光も川の表面をキラキラと歩いている。ふと視線を下に落とすと、手のひらサイズの石が目に入った。屈んで手を伸ばし、一つ手に取ると、インベントリにしまって名前を確認する。

〈小石:1〉

「う~ん、”小石”か、確か必要なのは”石”だったよな」

 このまま所持をしていたら石を拾えない。俺はインベントリからすぐに〈小石〉を取り出し、川底にポトンと投げ落とす。手のひらサイズではダメか……両手サイズ、もしくは手のひら大ぐらいのサイズを必要としてるのか。筋力を強化しておいて助かったな、ここで活かされるとは思わなかった。俺は視線を落として少し大きめの石を探したが、意外とそれらしい大きさの石には出会わない。あったとしても、とても俺では持ち上げられそうにない巨大サイズの岩のみ。俺が困り果てていると、後ろから男の子の声が聞こえてきた。思わず振り返る。まさか昼にゾンビが出るとは思っていなかったからだ。何の準備もしていなかった俺にとって後ろから声を掛けられることは、あの日を思い出すのに十分だった。

「だ、誰だ!」

「あぁ! ご、ごめんなさい!」

 言葉を交わすことができる、少なくともゾンビではない。ホッと肩を落とす。見たところ10歳前後の少年。白くて大きな帽子を深々と被り、白色のボサボサ髪は帽子からはみ出している。顔にはそばかすがあり、クリっとした瞳がとても愛らしい。薄汚れた白の長袖Tシャツを肘までまくり上げ、紺色のオーバーオールにハイカットの革靴。そして何よりも特徴的なのが背中に背負っているツルハシだ。体格に似合わない立派なツルハシを携え、恐らくだがこれから彼はどこかに向かう途中だったのだろう。俺が川で何かしているのが気になったのか?

「あの~、何してるんですか?」

 男の子は俺の顔を覗きこみながら尋ねてくる。そのクリっとした瞳で覗き込まれると、どうも警戒心が消えてしまうな。

「あぁ……いや、石が欲しんだけど、なかなかいいサイズの石が見つからなくて、ほらここにある石は軒並み小さいか、大きな石ばかりだろ?」

 男の子にそう伝えると、ツカツカとこちらに近寄ると背中のツルハシを手に取り両手で俺の前に持ってきた。

「えっ? 何……?」

 俺が戸惑っていると、男の子は屈託のない笑顔を浮かべ、優しく答える。

「使っていいですよ。どのくらいの大きさの石が欲しいのかわからないから、おじさんで使った方がいいと思いますけど……」

 おじさん? まだ35歳なんだけどな……それにしても、こんな立派なツルハシを使わせてくれるなんて、なんて良い子なんだ。だが俺もいい大人だ。これを受け取るわけにはいかない。

「君はこれからそのツルハシでどこかに向かうんだろ? 使っちゃ悪いよ。君で使えばいいさ」

 すると、男の子は口を突き出しながら、ツルハシを持って川に入ると、巨大な石に向かってツルハシを勢いよく振り下ろした。

「なっ! ちょ、ちょっと。君、危ないよ!」

使んですよね?」

 なっ、なんてのきく子なんだ! 男の子がツルハシを何度か振り下ろすと、巨大な石はいくつかの石に割れ、川に水しぶきを上げながら落下した。一体この子は……。

「……君は?」

「パパが言ってたけど、人に名前を聞く時は自分から名乗るって……」

 とんちがきく上に礼儀もしっかりしてるのか!? まさか10歳前後の男の子に社会のマナーを教えられるとは……。確かにその通りだ、営業のプロである俺がこんな初歩的なミスをするとは。俺は一度咳ばらいをして喉を整えた。

「あ、あぁ……俺は中島佑太っていうんだけど、君の名前を教えてくれるかな?」

「僕はリトです、それよりも……石、こんぐらいの大きさなら大丈夫ですか?」

 俺は視線を落として川に沈む石に近づいた。両手に収まるサイズがゴロゴロと転がっている。これぐらいならもしかしたら……。俺は両手で石を持ち上げると、インベントリにしまい込んで名前を確認した。しっかりと〈石:1〉と表記されている。これなら大丈夫か、男の子のおかげだな。俺は石の斧を作るための残りの石を拾い上げるとインベントリにしまった。すると、突然男の子が奇声とも悲鳴ともつかない声を上げながら駆け寄ってきた。

「な、なんですか!? 今の、い、石が煙のように……!」

 あぁ、そうか。リト君には初めての光景だよな。う~ん、説明しても多分理解できないだろうしな。ここは軽く流すとするか。

「ま、まぁ、いろいろと……それよりも石ありがとうね、これだけ集まれば大丈夫だから」

 リト君は目をキラキラさせてずっとこちらを向いている。可愛らしくていい子だと感心しながら、俺は川からゆっくりと足を引き抜き、岸に立つと足についた水を軽く乾かした。靴下と靴を履き直してその場を離れるため、リト君に感謝を伝えて、歩き出す。時折後ろから視線を感じ、振り向くと、リト君はこちらに視線を送り続けており、首を傾げていた。何か聞きたがっているのだろうが、俺にもしないといけないことがあるからな。ふと前を向いて歩こうとすると、クエストタブが淡く光っていることに気が付く。

「おっ、これはもしや?」

 歩きながらクエストを確認すると、〈クエスト達成〉の表記。

《サブクエスト達成! 報酬獲得!》
NPCと会話を成立させろ!
報酬:パン+3、小麦+3、スロット+1

 おぉ……マジか。 リト君に出会ったことでサブクエストの条件を達成していたとは……。それにパンだけじゃなくて小麦とジャガイモも付いてくるとは……ありがたい話だな。上手くいけば食料も確保できるかもしれないぞ。それにスロットも追加されたな。これでまた荷物を多く持つことができる。俺は拠点に戻ってクラフトで石の斧を作成した。だが、〈クラフトLv1〉の効果はまだ実感できなかったな。それもそうか、5%短縮したぐらいじゃ目に見える効果ではないかもしれない、とはいえ塵も積もれば山となるだ。石の斧は、木の棒に石を括りつけて刃先を尖らせたような簡易的なものだ。ゴツゴツしているが、木を切るには十分な代物だろう。


「これで木を切れば……、残り時間も少ないし、早めに木材を確保しよう」

 俺は拠点の扉を開けた。するとそこにはキョトンとした表情でこちらを見つめるリト君の姿がそこにはあった。

「どわぁっ!」

  思わず、後ずさりして壁に張り付く。目をギョッと見開き、しばらく呆然としていると。リト君が口を開いた。

「あの~、ここに住んでるんですか?」

 まさか、あの後ついてきていたのか? 子供の好奇心とは時に凄まじいな。突然視界に現れたリト君に驚きを隠せない。まだ心臓がバクバクと音を立てているのがわかる。一体何の用だろうか?

「ど、どうしたんだリト君。ここまで付いてきて……」

 リト君は首を傾げながら不思議そうに尋ねた。

「いや、さっきのどうやったのかなって……」

 まだ聞きたいのか? もういいんじゃないかな。俺は頭をポリポリと掻いて言葉を必死に紡ぎだす。とはいえ、無下に突き返すのもおかしな話だ。彼のおかげで石の斧ができたといっても過言ではないし。俺はリト君に視線を合わせ、頑張って笑顔を取り繕った。

「いいかいリト君? ここは危険な森なんだ、だから子供はこんなところにいたらダメだよ?」

 この森に慣れていないとはいえ、俺は危うく命を落としかけたんだ。好奇心だけでどうにかなるような森でもないんだぞ? はやいところこの場から離れてもらわないと。

「そうなんですけど、ユウタおじさんが気になっちゃって……」

 またおじさん……。いやいや、彼から見れば俺はおじさんか。服は汚れてるし、髪の毛もボサボサで無精ひげも生えてきている。まぁ、どこからどう見てもおじさんだよな。俺は仕方なく話題を広げることにした。

「リト君はどうしてあの川に?」

 俺がそう尋ねると、リト君は後ろを振り返り、とある方向を指さした。

「うん、僕の住んでる村がすぐ近くだから……」

 村? この近くに村が存在していたのか……。待てよ、これはもしかしたら有益な情報を得られるかもしれない。ここで無理やり追い返すよりも、意見交流だと思って会話をするのが得策か? 昼だからゾンビの心配もないし、拠点付近なら万が一拠点に入ればリト君は守れるか……それにせっかくだ、この世界の事もなにか知ってるかも? 俺は石の斧を肩に担いで、拠点の扉を閉めた。

「リト君、ちょっとおじさんと話をしないか? 聞きたいことがあるんだ。その代わり、君の聞きたいことにも答えるから」

「ほんと!? わかりました!」

 目を輝かせて、返事をするリト君に、思わず笑みがこぼれる。これが現代なら間違いなく”誘拐”という犯罪に近い行為なんだろうが、この世界にそのような法が存在するとも限らない、今は治外法権だと思って、話しを聞かせてもらおう。俺はこうしてリト君と交流することに決めた――
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