中年オジが異世界で第二の人生をクラフトしてみた

Mr.Six

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23話 成長の実感と、新たな問題点

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 ハンクさんはゆっくりと石の鍬に近づき、手に取ると、ジィッと見つめ、刃先などを手で触り、感触を確かめる。まさか、この短時間で10個の石の鍬を作り上げるとは、〈クラフトLv2〉の効果は〈クラフトLv1〉とは比べ物にならないな。それに技術のステータスを向上させたことで、石の鍬の出来にも影響がこれほど出るなんて……。

 ハンクさんは確認を終えると、静かに石の鍬を金床に立てかける。

「お前さん、この短期間でこれほど成長するとは……一体何をしたんじゃ?」

 さすがのハンクさんも困惑をしているようだ。とはいえ、俺自身驚いているのも事実。それに体力的にも問題はなさそう。チラッと窓から外の様子を眺める。昼時という事もあって、村には活気が戻りつつあり、外から村人の話し声が店の壁を越えて伝わってくる。俺は視線を戻し、苦笑いを浮かべながら頭をかいた。

「いや、自分でも驚いてます。無我夢中でしたから……こんなに作っていたなんて」

  正直、そこまで作ったという実感はない。ただ手が勝手に動き、素材を加工し続けていた――まるでクラフト作業そのものが、頭ではなく体に染み込んでいたような感覚。だが、現実に金床に立てかけられた石の鍬が、俺の成長を証明してくれている。

 少しずつ湧き上がる喜びと、徐々に薄れる驚きが胸の中で交錯する中、じっとしているわけにもいかない。順調にいけば、今日中に30個はゆうに作れそうだ。だが、問題は――やはり材料……石、だ。ちらりと作業台の横に置かれた木箱へと視線を移す。昨夜、ハンクさんがニックさんに頼んで準備してくれた石は、ざっと見ても20個ほど。それでも短時間でこれだけ集めてくれたのはありがたいが、今後を考えると不安が残る。

 単純に、この量を3時間ほどで集めたとして――それはかなり効率的な作業だ。だが、そこには幾つもの不確定要素がある。まず、石がある河川からここ武器屋までの距離。荷車もなしにあの重さの石を運ぶとなれば、往復で優に30分はかかる。しかも相方は子供のリト君。運ぶペースや安全を考慮すれば、それ以上の時間が必要になるのは明らかだ。

 それに、拾って終わりというわけではない。川辺で形のいい石を選び、ツルハシで砕いて持ち運ぶ準備をする。その一つひとつの工程に、地味だが確実な時間がかかる。村の外は夜になればゾンビが湧くし、昨日の夜は恐らく、村の中を練り歩いて石を手に入れたのだろうが、毎回そう上手くはいかないだろう。石も無限にあるわけではないしな。

 木材と違って石の供給は安定しづらい。そして、今後のクラフト数が増えれば、なおさらその差は顕著になるはずだ。

「ハンクさん、この石の鍬の修正をお願いしてもいいですか? 私はちょっとニックさん達の元へ行って手伝ってきますんで――」

 突然、店の入り口からニックさんの声が響き渡る。

「ただいま戻りましたー!」

 えっ、もう帰ってきたのか? 俺は慌てて作業部屋を飛び出し、店内に戻ると、そこには肩に大きな布袋を背負ったニックさんと、その後ろを、両手で小さな木箱を抱えるように歩いてくるリト君の姿があった。

 ニックさんが背中から袋を下ろすと、袋の中からはゴトゴトと鈍い音を立てて、手のひら大の石が転がり出てくる。リト君も、ふぅっと一息ついて木箱をそっと床に置いた。

「思ったより採れましたよ! リト君がすごく頑張ってくれましたから」

 その言葉に、リト君はちょっと照れくさそうに笑って、胸を張った。

「ユウタおじさん、これだけあれば、大丈夫ですか?」

 凄い……。俺は思わず口を開けた。いや、声も出せなかった。
 ニックさんの背中には、自分の体ほどもある巨大な布袋がぶら下がっている。しかもパンパンに詰まった石が中でゴトゴトと音を立てているのに、当の本人は、まるで散歩でもしてきたかのように涼しい顔。額どころか首筋すら汗ひとつかいていない。息も乱れておらず、むしろ俺のほうが見てるだけで肩で息をしたくなる。

 この人、化け物か? 普通の人間なら数個、背中に背負うだけでしんどいのに、ニックさんは片手で軽々と背中から下ろすとは……。底なしのスタミナって言葉が、ここまで似合う人を初めて見た。俺は目をパチパチと瞬きをして気を取り直す。

「う、うん。これだけあれば、今日一日は乗り切れると思うよ……」

 石の山を前に、俺は少しだけ後ずさりながら答える。体は元気なはずなのに、なんだか視界がグラついた。完全にニックさんの規格外ぶりに、精神が持っていかれている。

 そんな俺を心配そうに見つめながら、リト君が小さな足音を立てて近づいてくる。上目遣いで、じっと俺の顔を覗き込んできた。

「大丈夫ですか? 顔色がおかしいですよ?」

 ……いやいや、おかしいのはそこのニックさんだから。思わずそう心の中でツッコミを入れながらも、なんとか表情筋を動かして笑顔を作る。

「大丈夫だよ、今日のお手伝いはこれでおしまいかな、それじゃ約束だね」

 そういって、俺はUIから銅貨を30枚取り出した。ひとつずつ丁寧に数えながら取り出す。リト君の瞳が輝きを帯びた。リト君にとっては大切なお小遣いだ、リト君がどれだけ嬉しいのかが表情見るだけで伝わってくる。

 両手をパッと差し出すと、ニコニコと嬉しそうな笑顔のまま、銅貨を受け取って、胸元のポケットに大切そうにしまい込む。

「ありがとうございます! また明日もくればいいですか?」

 期待に満ちたその声に、俺も自然と肩の力が抜けた。しっかりと目を見て、穏やかに頷いて答える。

「そうだね、またお願いしてもいいかな?」

「はい! それじゃ、また明日ってことで。もう帰りますね!」

 リト君はピョンとその場で跳ねるようにして手を振ると、パタパタと元気に走っていった。その背中を見送る俺の耳に、木の床を蹴る軽やかな足音がしばらく残った。店の中に再び静けさが戻る。俺は気を取り直して、ニックさんに向き直る。

「それじゃ、ニックさんは店番をお願いします、私とハンクさんは石の鍬を作ってきますので」

 すると、ニックさんはドンッと自分の胸を叩き、大きな声で快活に答えた。

「わかりました! 店の物をどんどん売っていきますよー!」

 その声は天井まで響くようで、俺は思わずクスッと笑ってしまった。これだけ元気があれば、店の空気も活気づくってもんだな。俺はニックさんに店番を任して、二人が持ってきてくれた石をインベントリに全てしまい込み、作業部屋に向かった。

 作業部屋ではすでにハンクさんが作業に取り掛かっており、修正が終わった石の鍬を金床の横に丁寧に置いていた。ゆっくりとハンクさんの横に並び、邪魔をしないように俺も石の鍬のクラフトに取り掛かる。すると、ハンクさんが手を止めずに話しかけてきた。

「どうじゃった? 石は集まったか?」

「はい、ニックさんとリト君のおかげで……あ、リト君は昨日、私が呼んだ”助っ人”の子なんですけど」

 そういうと、ハンクさんは噴き出すように笑った。

「おぉ! アルフレッドのせがれか! なら安心じゃのう」

 ハンクさんもリト君を知っていたのか。まぁ、ニックさんが知っているならハンクさんも知っているか。

「えぇ、さて私もそろそろ始めますか……」

 俺は腕まくりをして、作業を再開した。クラフトを続けて2時間が経過したころ、店には大量の石の鍬が並べられた。俺にとっては経験値や、スキルポイントを溜める、いわば稼ぎ時、なのだが、ここに来て新たな問題が浮上した。それは、作りすぎたことで起こる問題……。

「う~む、石の鍬が余ってきたのぅ」

 そう、過剰供給と言われる問題だ。鉄の鍬より、耐久力が無いとはいえ、まだ、店頭に10本以上が並べられている。このままでは、結局この店の経営が破綻するのは明らかだ。ハンクさんが店頭に並んだ石の鍬の前で、悩んでいるのを、作業を止めて、話しを横で聞いていたが、中々改善策が見つからない。

「確かに、需要と供給のバランスがこのままだと崩れて大量に在庫を抱えてしまいますね……、何かいい方法を考えないと」

「まぁ、売れ残れば、武器商人を呼べばいいんじゃがの」

 ハンクさんは首を鳴らしながら、ボソッと呟く。俺は首を傾げ、ハンクさんに尋ねた。

「武器商人? ですが武器商人の方は来月にならないと来ないんじゃ……」

 そういうと、ハンクさんは肩をポンと叩き、老人とは思えないような豪快な笑いをした。

「別に武器商人が1人だけなわけが無かろう、ヤツは売る専門、買う専門の武器商人は定期的に顔を見せるから、その時に売ればええ、勿論、大した稼ぎにはならんがの」

 なるほど、言われてみれば、武器商人はこの世にたくさんいるだろう。俺はまだこの世界の常識や商売の流れを理解できてはいないらしい。長年生きてきたハンクさんのような人だからこそ、こうした柔軟な発想ができるのだろう。いや、あの人だけだと思っていたのがそもそものおかしな話か。村人に売れなければ、他に売る……これなら生産ラインを止める必要もないな。

「それは妙案ですね、さっそく声を掛けましょう」

 ハンクさんは「しばし、店をあける」といって、店を出ていった。時間も昼を過ぎて、あと残り3時間ほどといったところか……。まだ石の鍬の材料はたくさんある、このまま作り続けるのが無難か。俺は店番をしているニックさんに作業に戻ることを伝え、クラフト作業を再開した。石の鍬を追加で10本ほど作った頃、ハンクさんが1人の男を連れて店に戻ってきた。

「その方が商人の方ですか?」

 その男は武器商人とは思えない風貌をしていた。綺麗に整えられたシャツはしわ一つなく、髪も七三分けにしており、まるで異世界のサラリーマンのようだ。その男は満面の笑みを浮かべてニックさんと爽やかな握手を交わす。

「どうも、ニックさんお久しぶりですね」

「相変わらず爽やかですね」

 二人の軽い雑談がされたあと、男はハンクさんの指示に従い、石の鍬を眺める。そして目つきが途端に鋭くなり、何やらメモのようなものを取り出すと、何かを書き始めた。サラリーマンのような服装だが、やはり職人なのだろう、その目は明らかにプロの目をしていた。そして、しばらくすると視線を俺に向ける。

「この石の鍬をあなたが?」

 そう言われて一瞬ドキッとなり、愛想笑いを浮かべながら、ゆっくりと頭を下げる。

「そうですね、一応……何か不具合でもありましたか?」

 彼は首を横に振ると、ニコッと笑みを浮かべて、両手を広げた。

「いえ、むしろその逆ですよ。これならば、買い手はたくさん現れます、この店だけに置いておくには勿体ない、ぜひ、今後もよろしくおねがいします!」

 彼は笑みを浮かべながら、手を差し出した。ホッと安堵する気持ちと認められたような気持ちで嬉しさが込み上げ、俺も笑顔で握手に応じた。その後の事についてはハンクさんとしっかりと話しを進めて、彼は石の鍬を馬車に積み込むと、この店を後にした。ハンクさんも思わぬ収穫に口元がほころび、いつになく上機嫌の様子だ。

「これで、しばらく問題は無さそうじゃ……お前さんのおかげじゃ……ありがとのぅ」

「いえ、僕だけではありませんから、ニックさんもハンクさんも、そしてリト君も手伝ってくれたからこそ、今の結果があるんだと思いますから」

 俺はそう言って、頭を下げた。そろそろ夕方時、帰って明日に備えないといけない。明日以降はもっとハードになるだろう。店を後にした、拠点への帰り道、ふと空を見上げると、雲一つない綺麗な満月が浮んでいた――
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