妻がゾンビになりまして……

Mr.Six

文字の大きさ
上 下
1 / 21

1-1:妻がゾンビになりまして……

しおりを挟む
 料理を作るようになって1ヵ月、料理の腕もだいぶ上達した。

会社にも説明をして17時には帰れるように仕事を調節してもらった。

といっても、毎日のタスクを定時までに済ませているから帰れるってのもあるけどね。

俺は滝沢亮(たきざわりょう)、東京の中小企業で働く、どこにでもいる普通の中年男性だ。

娘もいるし、俺にはもったいないぐらい綺麗な奥さんもいる。

ただ、唯一ほかの家庭と違うのは……

「うがぁー!」 ガプッ!

「痛い! 痛いって美鈴!」

「あぁー……」

「ごめんね、もう少しでご飯できるからね、はいヨシヨシ」






そう、俺の妻、滝沢美鈴(たきざわみすず)はゾンビなのだ。






俺が頭を撫でると、美鈴は噛みつくのをやめて、机の方に向かった。

 ゾンビになっても美鈴の後姿は凄く綺麗だな。

若いころは読者モデルにスカウトされるほどだったし、体型も昔から少しも変わってない。

むしろ年を重ねるごとに、美に磨きがかかってる。

足はスラリと伸びていて、出るとこは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。

胸元まであるゆるくウェーブがかかった髪は俺の好みど真ん中。

目、鼻、口もくっきりしていて、30代とは思えない肌をしている。

そういえば、ゾンビになる前だったか、よくナンパされるって言ってたな。

ったく、最近の若いやつは人妻が主流なのか?

俺はそんなことを思いながら、料理の支度をした。

「よし、これでオッケ、花音! ご飯だぞ!」

階段を駆け下りる音が聞こえてくる。

「なに? ご飯できたの」

そういいながら、手に持ったスマホをいじりながら席に着く。

滝沢花音(たきざわかのん)は高校2年生で東京の学校に通う娘だ。

美鈴譲りの整った顔と、長い黒髪をハーフアップにしてゆるく髪を巻いている。

あそらく髪の毛をセットしたんだろうが、

手先が器用で、美容師に負けないほどの腕前だ。

化粧も元々の容姿が整っていて、ナチュラルメイクでそれほどいじっていないんだろう。。

自慢の娘だが、いつ男を作ってくるのかと親としてはソワソワしている。

そんな娘だが、中学校に入ってからは態度が急変した。

原因は年頃には絶対にやってくるであろう反抗期。

俺が何かを言えば、すぐに「うざい」とか「黙れ」とか……

ここしばらくはその2つの単語しか聞いてない。

洗濯物は一緒に洗ってほしくないとか、世のお父さんの気持ちが痛いほどわかってきた。

でも最近は、ちょっと落ち着いてきたのかしっかりと会話をするようになった。

自分の母親がこんなことになってるんだ、そんなことも言ってられないってわかってくれたのかな?

「「いただきまーす」」

食卓には家庭的な料理が並んでいる。

1人を除いて……

「がぁっ、あぁ!」 ぐっちゃぐっちゃ

美鈴は生のステーキ肉を手で掴みながら音を立てながら貪っている。

「美鈴? 肉はまだあるからそんな急がなくていいんだよ?」

やっぱり、ゾンビだからなのか、食い方は映画とかで見るゾンビのままだな。

時折見える、前髪の奥の綺麗な瞳を見ると、可愛すぎてつい微笑んでしまう。

「ニヤついてご飯食べないでくれる? きついんだけど」

娘の花音の言葉にハッとなって、急いでご飯をかきこんだが蒸せてしまった。

「ちょっと! 汚いんだけど、何してんの?」

「いや、ゴホッゴホッ、急に花音が話しかけるからだよ」

俺はコップに注いだお茶を飲んで気持ちを落ち着かせた。

「ねぇ、ママは本当に治るの?」

花音はご飯を口に運びながら、俺に話しかけてきた。

「ん? あぁ、治るよ俺たちが諦めなければきっと……」

「ふ~ん、治るねぇ」 チラッ

花音の視線は、美鈴に向いている。

俺も食べながら美鈴に視線を向けた。

美鈴は会話を聞かず目の前の肉を食べていた。

2人は額に汗を流しながら、頬を引きつらせる―――


―――食事を終えて、俺は食器を洗いながら、考え事をしていた。

それは美鈴をもとに戻す方法だ。

娘の前でってのもあって、つい言ってしまったものの、医者からは治す方法は無いといわれている。

美鈴は……ゾンビのままなんだろうか?

いや、もちろんゾンビになった美鈴も可愛いし綺麗だ。

ゾンビのように急に襲い掛かってくるし、噛みついて来るけど、

俺と花音の言葉にはちゃんと反応している。

襲い掛かってくるのは時折自我がなくなるからなのかな?とは思うし、

「やめて」といったら噛むのをやめてくれる。

なにより、

娘の花音には絶対に危害は加えないんだ。

記憶のどこかにはちゃんと俺たちは残ってるんだと思うと、皿を洗ってても涙が出てきてしまう。

「あぁ……くそっ」

泡のついた手で裾をめくって滲んだ涙を拭いた。

あぁ、すべてはあの日から始まったんだ……
しおりを挟む

処理中です...