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第2話 三種の人類
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昼食を済ませ家を出た俺が向かうのは、村の外れの森だった。
外れというよりはほぼ隣接している形なので、ある意味村の一部と言ってもいい。
森の入り口は俺の家とは正反対の位置にある為、村の中心を横切る形になる。
辺境に位置するこの村は、20戸程の住宅が井戸を中心にして広がっており、少ないながらも穏やかな人達がのんびりと生活していた。
生活の手段は狩猟が主で、基本的には自給自足。かつてはドリアスと呼ばれ、ほかの街とも多少の交流があったそうだが、現在では領主にすら存在を忘れられているのかと思うほどだ。
現に、現村長以外で領主の姿を見たものはいない。
俺は井戸端で談笑していた村長と森の入口近くに居を構えるラインドさんの奥さんに挨拶を済ませると、まっすぐ森の入口へと向かっていった。
狭い村だけに村の端から端までとは言え時間は殆どかからない。家を出てから30分程で入口まではたどり着く。
入口とはいっても、簡易的な柵で境界線を引いただけの簡単なものだ。
柵の向こう側は自然とそうなっているように、鬱蒼とした森となっており、僅かに人が踏み入った形跡が見える程度だ。
その森の入口そばの一際目立つ木立に、一人の男が背を預けて立っていた。
薄いグレーの短髪に、締まった顔立ち。程よく鍛えられた体が、組まれた腕の太さから見て取れる。
茶色の毛皮で作られた半袖シャツに、同色のパンツ。背には弓が掛けられ、視線は森へと向けられていた。
いつも見慣れたその姿。その名はトドリス。俺の父親である。
「父さん」
「……ん? ああ、テオかどうした」
俺の呼びかけに、父さんは姿勢はそのまま視線だけを向けて答える。
実に隙のないその姿は、俺にとっての理想の猟師そのものだった。
「今日の授業は終わったから、少し狩りの練習でもしようかと森に来たんだよ」
言いつつ弓を見せる俺の言葉に、少し考える素振りを見せたようだが、すぐに問題ないと思ったのだろう。視線を森へと戻し、俺が来る前の姿勢に変わる。
「そうか。まあ、遅くならない内に帰るのだぞ」
「わかってるよ」
村の見張りは大人の男が交代で行っており、今日は父さんの当番の日だった。
見張りの仕事は基本的に外敵から村を守る事と、女子供が森に入り込まないように監視する意味合いもある。
そういう意味で言えば、父さんにとって俺が一人前になりつつあると認めてくれているように感じてすごく嬉しくなったが、既に何度も森に入り込んでいる俺に半ば諦めているだけなのかもしれない。
森に視線を移したまま無言になった父さんの横を通り過ぎ、森への入口へと足を踏み出す。
「テオ」
しかし、体が半分藪の中に入り込んだ俺の背中に掛かる声。
俺は立ち位置はそのまま、振り返るように首を向けると、真剣な顔をした父親と視線が合った。
「わかっていると思うが、森の奥。竜の爪痕の向こう側には行くんじゃないぞ」
「わかってる。行ってきます」
父さんの言葉に頷いて答えると、今度こそ森の中に入り込む。
殆ど人の侵入を許さない深い森ではあるが、入口の近くはまだ多少人の踏み入れた痕があるから進行そのものは問題ない。
そもそも、俺自身毎日のようにこの森には来ているので、殆ど庭みたいなものだ。
最も、先ほど父さんが言ったように、竜の爪痕を超えたことは一度もないが。
竜の爪痕とは、この大森林の奥深くにある深い谷の事で、遥か昔に赤きエンシェントドラゴンが大地に刻みつけた痕だという言い伝えがある。
最も、見た目は完全にただの崖だし、いかにドラゴンが強大な生物だといっても大地を抉るような傷跡を残すとも考えにくい。
一度先生に竜の爪痕について聞いたことがあったが、各地に竜の古代種の伝説は残されているものの、常識的に考えてそこまで大きな竜の存在は信じられないとの事だった。
今でも竜族は存在しているが、現在目撃されている一番大きな個体でも、せいぜい少し大きめの民家程度のものらしい。
もしも、地形を変えてしまうような存在であるならば、その大きさはその辺の山を優に超えるような大きさになるだろうし、古代の人達でさえ容易に発見する事が出来たはずだろうと笑っていたものである。
要するに、先生曰く『眉唾だ』ということだ。
とまあ、ここまでは竜の爪痕の伝説についての考察だが、父さんの心配はこれとは全く関係のない事で、単純に竜の爪痕の向こう側は別の存在のテリトリーだから近づくな。という忠告である。
その存在とは『獣人族』。
先生の授業の受け売りだが、簡単に説明するとこの世界には3つの人類が存在するらしい。
一つ目は『人間族』
二つ目は『魔人族』
そして三つ目が『獣人族』である。
一つ目の人間族は要するに俺達だ。
三つの人類の中では最も個体能力は低いが、繁殖力が高く、この大地に最も多く存在する。
数の多さは力である。人間族は手先の器用さとその数で、遥か昔より大地の多くを支配した。
残り二つの人類に比べて圧倒的に多い事もあり、人類と言うと人間族のみという考え方の人も少なくなく、魔人族と獣人族は迫害の対象になる事もあるという。
その為、普通に暮らしている分には魔人族も獣人族も殆ど見かける事はないが、極希に強力な個体が街中を歩いていることもあるという事だった。
最も、その後どうなるかは自己責任といった所だろう。
二つ目の魔人族は最も魔力に優れた種族と言われている。代わりに体格には恵まれておらず、見た目子供のような個体が多いらしい。
希に立派な体躯を持った個体もいるそうだが、それでも一般的な人間族と比較するとそれほどでもないという事だ。
一般的には魔獣から進化した人類と考えられているらしく、住んでいる地方によって見た目も異なる事が特徴の一つだ。ちなみに、魔獣とは俺達の住む大陸の猛獣を更に凶悪にしたような獣と思ってもらえばいい。基本的には魔大陸と呼ばれる大地に生息し、魔術を使う個体もいるというから驚きだ。
そして、魔人族も魔獣と同じように基本的には魔大陸に住んでいる種族である。
前に述べたように希に人間社会に入ってくる個体もいるようだが、基本的には魔大陸が彼らのテリトリーだ。
最後の三つ目が獣人族であり、この森の奥深くに住んでいると思われている種族である。
彼らは現在大陸に住む獣の進化した人類と考えられていて、大きな特徴としてはその高い身体能力にある。体格は部族によって様々で、ルーツ元の獣の能力を色濃く受け継いでいる。ある部族は力が強く、大きな体躯を誇り、ある部族は小柄だがすばしっこいというようにだ。
その為、三種の人類の中では最も個体差が激しい人類と言えるだろう。
ほかの人類と比べてると知能と繁殖力に劣り、大きなコミュニティを作り出すのに向いていない。
その為、人間族と同じ大陸に住んでいるにも関わらず、人知れず生活している部族が殆どだということだ。
その特徴から、獣人族は単純な労働力や愛玩用としての目的で奴隷とされる事も多く、ただでさえ低い繁殖力と合わさり、いずれは滅び行く種族になりつつあるらしい。
ただ、中には非常に強力な個体もいるようで、そういった個体は人間族の要職に就く事も極希にだがいるようで、魔人族にくらべれば人間族には見慣れた種族と言えるのかもしれない。
その獣人族の集落が、大森林の奥深くに存在するという言い伝えが代々ドリアスの村に伝わっているのだ。
これは俺が14歳になった日に父さんから聞かされた事で、俺がこの村の守り人として認められた証だと思っている。恐らく、村を出て行った他の若者達の中に、この事を知っている人間はいないだろう。
そんな事を考えながら歩いていた俺だったが、ふと何かに正面からぶつかってしまった事で足を止める。
軽く鼻を抑えて周りを見渡すと、いつの間にか随分と深いところまで入ってきてしまったらしい。
一応見覚えはある景色だが、今日はもっと浅い場所で小動物を標的とした弓の練習でもしようと思っていただけに、しまったという思考がよぎる。
今後狩人としてやっていこうとしている人間として、考え事をしながら森を歩くなど言語同断だ。幸い竜の爪痕までは来ていないようだが、少し村の方まで戻った方がいいかもしれない。
そこまで考えてふと思う。
果たしてこんな所に障害物なんてあっただろうか。曲がりなりにも何度か竜の爪痕までは行ったことがあるので、この辺りの道は目を瞑っていてもわかると言っても過言ではないのに、だ。
正面を向く。
遮られる視界。
色は黒。
手を伸ばして触ってみると、やや固めとは言え、木に比べれば柔らかで暖かな感触が返ってきた。
ブワッと冷や汗が吹き出すのを感じる。
俺はゆっくりと視線を上へと移動していく、黒い「毛皮」は終りを告げ、その終点についている二つの穴と‘目が合った’。
瞬間俺は後方に大きく跳躍すると、右手で弓、左手で矢を抜き出し、先ほどの顔に向かって矢を番える──が。
「わあぁっ!! 近っ!!」
矢は放たず横っ飛び。
すると、先程まで俺が居た場所を猛烈な勢いで獰猛な爪が通り過ぎた所だった。
すかさず矢を放つが、よく狙わず射ったそれは、目の熊の胴体に当たり跳ね返って落ちた。
そう、熊だった。
漆黒の体毛に覆われた大きな体躯。低い唸り声を上げながらこちらを向いた顔には、びっしりと凶悪な牙が並んだ顎が見え、端からは涎がボタボタと垂れ落ちている。
木立に身を預け立ち上がっていた先ほどとは違い、四つん這いになっている今は見上げるほどではないとは言え、膝をついている今の俺とは視線の高さが一緒だったので、3歩ほどの位置でまともにお見合いすることになってしまった。
この森にも熊はでる。
しかし、この森に出るのはリトルベアーという種類で、一般的なヒグマなどよりは小さな種類の熊だった。
目の前の熊ももちろんリトルベアーだろう。
しかし、俺が想像していた大きさをゆうに超えていた。‘リトル’なんて名前がついているから、てっきり大型犬程度の大きさだと思っていたのだ。
汗が止まらない。
ついでに俺も熊も視線を外さず睨み合ったまま。もう何時間もこの状態のままのように感じるが、恐らく数秒か、数十秒しか経っていないのだろう。
じりっと僅かに後退する。
熊もノソリと一歩踏み出す。
残念なことに一歩の歩幅が違うため、先程よりも距離が縮まって締まった。
覚悟を決めた。
俺は手にしていた弓を熊に向かって放り投げると、前方に向かって大きく踏み出す。
飛んできた弓を無造作に振り払った熊に対して、俺は熊の軸足方向に2歩目を踏み出し、右手で腰のブッシュナイフを抜きながら熊の右目に向かって振り抜いた。
「グオオオオオオオオッ!」
確かな手応え。
ナイフの先から肉を切り裂く感触が肩まで抜ける。小動物を解体した時には感じたことのない重さに今までの相手とは違うことを痛感する。
ともあれ、相手は手負いの獣。俺は後ろを振り返らず全力で駆ける。
方向も何もあったものじゃない。とにかく速く、熊から離れる事だけ考え走る。
が、現実はそんなに甘くはない。
後方から猛烈な速度で近づくプレッシャーは先ほどの熊のものだろう。大地を踏みしめる音が近く大きくなっていくに従い、逃げられないことを痛感する。
先ほど覚悟を決めたじゃないか。やるしかないのだ。
俺は全力で森を駆け抜けながら、前方に太めの木があるの確認すると、更にスピードを上げてまっすぐ走る。
熊の足音はもうすぐ後ろだ。
そして、先ほどの木もすぐ近く。
「はあああッ!」
俺は思い切り跳躍すると、木の幹に足をかける。その部分に大きめの洞があるのが遠目からでもわかっていた。
かけた足の力はそのまま木の洞にかかって更なる力を伝達する。
俺は飛びついた勢いそのままに、足にかかった反発力を利用してバク転するように大きく後ろに跳躍した。
その動きがそのまま熊の突進を飛び越える形となり、まるで猪のようにリトルベアーは頭から木に激突する。
その威力や否や、凄まじい重低音を響かせ、折れるんじゃないかと思うほどに木立が振動し、辺りの木々から一斉に鳥達が飛び立った。
その様子を俺はちょうど一回転して熊の背中を正面にした空中で見ていた。
持っていたブッシュナイフを両手で掴む。
落ちる威力をのせたナイフの一撃。狙うは一点。
両手でしっかりと抑えたナイフの先端が、熊の首筋に触れた瞬間、大きな抵抗と共に一気にナイフの根元まで打ち込まれた。
「グオオオオオオオオオォッ!」
リトルベアーの断末魔。
ナイフを引き抜き後方に下がると同時に、熊の首筋から血飛沫が上がる。上手く大動脈を裂けたのだろう。完全に偶然だが。
おぼづかない足取りで熊が振り向く。
僅かに斜めになった首から伸びた顔に張り付いたその瞳を見た瞬間、全身に鳥肌が立った気がした。
今度は動けなかった。
最後の力を振り絞ったクマの突進をまともに受けた俺は、そのまま後方にあった木に激突する。
その際、自分の胸から、背中からベキベキと嫌な音を聞きながら、前のめりに崩れ落ちる事になった。
体が全く動かない。
いつかアレックス先生から読み書きの勉強用に渡された冒険活劇の劇中で、重傷で動けなくなる描写を読みながら、イマイチ理解できずに首を傾げていたあの頃の自分にこの激痛を教えてあげたい。
それでも僅かに動く視線を前方に向けると、倒れ付し、ピクピクと蠢いているリトルベアーの姿があった。
どうやら、これ以上なにかされる事はないらしい。
最も、それはこの熊からは、というだけだが。
「……ゴフッ!」
俺は胸元から強烈に湧き上がってきた鉄臭い液体を口から吐き出しながら、ゆっくり意識を手放した。
外れというよりはほぼ隣接している形なので、ある意味村の一部と言ってもいい。
森の入り口は俺の家とは正反対の位置にある為、村の中心を横切る形になる。
辺境に位置するこの村は、20戸程の住宅が井戸を中心にして広がっており、少ないながらも穏やかな人達がのんびりと生活していた。
生活の手段は狩猟が主で、基本的には自給自足。かつてはドリアスと呼ばれ、ほかの街とも多少の交流があったそうだが、現在では領主にすら存在を忘れられているのかと思うほどだ。
現に、現村長以外で領主の姿を見たものはいない。
俺は井戸端で談笑していた村長と森の入口近くに居を構えるラインドさんの奥さんに挨拶を済ませると、まっすぐ森の入口へと向かっていった。
狭い村だけに村の端から端までとは言え時間は殆どかからない。家を出てから30分程で入口まではたどり着く。
入口とはいっても、簡易的な柵で境界線を引いただけの簡単なものだ。
柵の向こう側は自然とそうなっているように、鬱蒼とした森となっており、僅かに人が踏み入った形跡が見える程度だ。
その森の入口そばの一際目立つ木立に、一人の男が背を預けて立っていた。
薄いグレーの短髪に、締まった顔立ち。程よく鍛えられた体が、組まれた腕の太さから見て取れる。
茶色の毛皮で作られた半袖シャツに、同色のパンツ。背には弓が掛けられ、視線は森へと向けられていた。
いつも見慣れたその姿。その名はトドリス。俺の父親である。
「父さん」
「……ん? ああ、テオかどうした」
俺の呼びかけに、父さんは姿勢はそのまま視線だけを向けて答える。
実に隙のないその姿は、俺にとっての理想の猟師そのものだった。
「今日の授業は終わったから、少し狩りの練習でもしようかと森に来たんだよ」
言いつつ弓を見せる俺の言葉に、少し考える素振りを見せたようだが、すぐに問題ないと思ったのだろう。視線を森へと戻し、俺が来る前の姿勢に変わる。
「そうか。まあ、遅くならない内に帰るのだぞ」
「わかってるよ」
村の見張りは大人の男が交代で行っており、今日は父さんの当番の日だった。
見張りの仕事は基本的に外敵から村を守る事と、女子供が森に入り込まないように監視する意味合いもある。
そういう意味で言えば、父さんにとって俺が一人前になりつつあると認めてくれているように感じてすごく嬉しくなったが、既に何度も森に入り込んでいる俺に半ば諦めているだけなのかもしれない。
森に視線を移したまま無言になった父さんの横を通り過ぎ、森への入口へと足を踏み出す。
「テオ」
しかし、体が半分藪の中に入り込んだ俺の背中に掛かる声。
俺は立ち位置はそのまま、振り返るように首を向けると、真剣な顔をした父親と視線が合った。
「わかっていると思うが、森の奥。竜の爪痕の向こう側には行くんじゃないぞ」
「わかってる。行ってきます」
父さんの言葉に頷いて答えると、今度こそ森の中に入り込む。
殆ど人の侵入を許さない深い森ではあるが、入口の近くはまだ多少人の踏み入れた痕があるから進行そのものは問題ない。
そもそも、俺自身毎日のようにこの森には来ているので、殆ど庭みたいなものだ。
最も、先ほど父さんが言ったように、竜の爪痕を超えたことは一度もないが。
竜の爪痕とは、この大森林の奥深くにある深い谷の事で、遥か昔に赤きエンシェントドラゴンが大地に刻みつけた痕だという言い伝えがある。
最も、見た目は完全にただの崖だし、いかにドラゴンが強大な生物だといっても大地を抉るような傷跡を残すとも考えにくい。
一度先生に竜の爪痕について聞いたことがあったが、各地に竜の古代種の伝説は残されているものの、常識的に考えてそこまで大きな竜の存在は信じられないとの事だった。
今でも竜族は存在しているが、現在目撃されている一番大きな個体でも、せいぜい少し大きめの民家程度のものらしい。
もしも、地形を変えてしまうような存在であるならば、その大きさはその辺の山を優に超えるような大きさになるだろうし、古代の人達でさえ容易に発見する事が出来たはずだろうと笑っていたものである。
要するに、先生曰く『眉唾だ』ということだ。
とまあ、ここまでは竜の爪痕の伝説についての考察だが、父さんの心配はこれとは全く関係のない事で、単純に竜の爪痕の向こう側は別の存在のテリトリーだから近づくな。という忠告である。
その存在とは『獣人族』。
先生の授業の受け売りだが、簡単に説明するとこの世界には3つの人類が存在するらしい。
一つ目は『人間族』
二つ目は『魔人族』
そして三つ目が『獣人族』である。
一つ目の人間族は要するに俺達だ。
三つの人類の中では最も個体能力は低いが、繁殖力が高く、この大地に最も多く存在する。
数の多さは力である。人間族は手先の器用さとその数で、遥か昔より大地の多くを支配した。
残り二つの人類に比べて圧倒的に多い事もあり、人類と言うと人間族のみという考え方の人も少なくなく、魔人族と獣人族は迫害の対象になる事もあるという。
その為、普通に暮らしている分には魔人族も獣人族も殆ど見かける事はないが、極希に強力な個体が街中を歩いていることもあるという事だった。
最も、その後どうなるかは自己責任といった所だろう。
二つ目の魔人族は最も魔力に優れた種族と言われている。代わりに体格には恵まれておらず、見た目子供のような個体が多いらしい。
希に立派な体躯を持った個体もいるそうだが、それでも一般的な人間族と比較するとそれほどでもないという事だ。
一般的には魔獣から進化した人類と考えられているらしく、住んでいる地方によって見た目も異なる事が特徴の一つだ。ちなみに、魔獣とは俺達の住む大陸の猛獣を更に凶悪にしたような獣と思ってもらえばいい。基本的には魔大陸と呼ばれる大地に生息し、魔術を使う個体もいるというから驚きだ。
そして、魔人族も魔獣と同じように基本的には魔大陸に住んでいる種族である。
前に述べたように希に人間社会に入ってくる個体もいるようだが、基本的には魔大陸が彼らのテリトリーだ。
最後の三つ目が獣人族であり、この森の奥深くに住んでいると思われている種族である。
彼らは現在大陸に住む獣の進化した人類と考えられていて、大きな特徴としてはその高い身体能力にある。体格は部族によって様々で、ルーツ元の獣の能力を色濃く受け継いでいる。ある部族は力が強く、大きな体躯を誇り、ある部族は小柄だがすばしっこいというようにだ。
その為、三種の人類の中では最も個体差が激しい人類と言えるだろう。
ほかの人類と比べてると知能と繁殖力に劣り、大きなコミュニティを作り出すのに向いていない。
その為、人間族と同じ大陸に住んでいるにも関わらず、人知れず生活している部族が殆どだということだ。
その特徴から、獣人族は単純な労働力や愛玩用としての目的で奴隷とされる事も多く、ただでさえ低い繁殖力と合わさり、いずれは滅び行く種族になりつつあるらしい。
ただ、中には非常に強力な個体もいるようで、そういった個体は人間族の要職に就く事も極希にだがいるようで、魔人族にくらべれば人間族には見慣れた種族と言えるのかもしれない。
その獣人族の集落が、大森林の奥深くに存在するという言い伝えが代々ドリアスの村に伝わっているのだ。
これは俺が14歳になった日に父さんから聞かされた事で、俺がこの村の守り人として認められた証だと思っている。恐らく、村を出て行った他の若者達の中に、この事を知っている人間はいないだろう。
そんな事を考えながら歩いていた俺だったが、ふと何かに正面からぶつかってしまった事で足を止める。
軽く鼻を抑えて周りを見渡すと、いつの間にか随分と深いところまで入ってきてしまったらしい。
一応見覚えはある景色だが、今日はもっと浅い場所で小動物を標的とした弓の練習でもしようと思っていただけに、しまったという思考がよぎる。
今後狩人としてやっていこうとしている人間として、考え事をしながら森を歩くなど言語同断だ。幸い竜の爪痕までは来ていないようだが、少し村の方まで戻った方がいいかもしれない。
そこまで考えてふと思う。
果たしてこんな所に障害物なんてあっただろうか。曲がりなりにも何度か竜の爪痕までは行ったことがあるので、この辺りの道は目を瞑っていてもわかると言っても過言ではないのに、だ。
正面を向く。
遮られる視界。
色は黒。
手を伸ばして触ってみると、やや固めとは言え、木に比べれば柔らかで暖かな感触が返ってきた。
ブワッと冷や汗が吹き出すのを感じる。
俺はゆっくりと視線を上へと移動していく、黒い「毛皮」は終りを告げ、その終点についている二つの穴と‘目が合った’。
瞬間俺は後方に大きく跳躍すると、右手で弓、左手で矢を抜き出し、先ほどの顔に向かって矢を番える──が。
「わあぁっ!! 近っ!!」
矢は放たず横っ飛び。
すると、先程まで俺が居た場所を猛烈な勢いで獰猛な爪が通り過ぎた所だった。
すかさず矢を放つが、よく狙わず射ったそれは、目の熊の胴体に当たり跳ね返って落ちた。
そう、熊だった。
漆黒の体毛に覆われた大きな体躯。低い唸り声を上げながらこちらを向いた顔には、びっしりと凶悪な牙が並んだ顎が見え、端からは涎がボタボタと垂れ落ちている。
木立に身を預け立ち上がっていた先ほどとは違い、四つん這いになっている今は見上げるほどではないとは言え、膝をついている今の俺とは視線の高さが一緒だったので、3歩ほどの位置でまともにお見合いすることになってしまった。
この森にも熊はでる。
しかし、この森に出るのはリトルベアーという種類で、一般的なヒグマなどよりは小さな種類の熊だった。
目の前の熊ももちろんリトルベアーだろう。
しかし、俺が想像していた大きさをゆうに超えていた。‘リトル’なんて名前がついているから、てっきり大型犬程度の大きさだと思っていたのだ。
汗が止まらない。
ついでに俺も熊も視線を外さず睨み合ったまま。もう何時間もこの状態のままのように感じるが、恐らく数秒か、数十秒しか経っていないのだろう。
じりっと僅かに後退する。
熊もノソリと一歩踏み出す。
残念なことに一歩の歩幅が違うため、先程よりも距離が縮まって締まった。
覚悟を決めた。
俺は手にしていた弓を熊に向かって放り投げると、前方に向かって大きく踏み出す。
飛んできた弓を無造作に振り払った熊に対して、俺は熊の軸足方向に2歩目を踏み出し、右手で腰のブッシュナイフを抜きながら熊の右目に向かって振り抜いた。
「グオオオオオオオオッ!」
確かな手応え。
ナイフの先から肉を切り裂く感触が肩まで抜ける。小動物を解体した時には感じたことのない重さに今までの相手とは違うことを痛感する。
ともあれ、相手は手負いの獣。俺は後ろを振り返らず全力で駆ける。
方向も何もあったものじゃない。とにかく速く、熊から離れる事だけ考え走る。
が、現実はそんなに甘くはない。
後方から猛烈な速度で近づくプレッシャーは先ほどの熊のものだろう。大地を踏みしめる音が近く大きくなっていくに従い、逃げられないことを痛感する。
先ほど覚悟を決めたじゃないか。やるしかないのだ。
俺は全力で森を駆け抜けながら、前方に太めの木があるの確認すると、更にスピードを上げてまっすぐ走る。
熊の足音はもうすぐ後ろだ。
そして、先ほどの木もすぐ近く。
「はあああッ!」
俺は思い切り跳躍すると、木の幹に足をかける。その部分に大きめの洞があるのが遠目からでもわかっていた。
かけた足の力はそのまま木の洞にかかって更なる力を伝達する。
俺は飛びついた勢いそのままに、足にかかった反発力を利用してバク転するように大きく後ろに跳躍した。
その動きがそのまま熊の突進を飛び越える形となり、まるで猪のようにリトルベアーは頭から木に激突する。
その威力や否や、凄まじい重低音を響かせ、折れるんじゃないかと思うほどに木立が振動し、辺りの木々から一斉に鳥達が飛び立った。
その様子を俺はちょうど一回転して熊の背中を正面にした空中で見ていた。
持っていたブッシュナイフを両手で掴む。
落ちる威力をのせたナイフの一撃。狙うは一点。
両手でしっかりと抑えたナイフの先端が、熊の首筋に触れた瞬間、大きな抵抗と共に一気にナイフの根元まで打ち込まれた。
「グオオオオオオオオオォッ!」
リトルベアーの断末魔。
ナイフを引き抜き後方に下がると同時に、熊の首筋から血飛沫が上がる。上手く大動脈を裂けたのだろう。完全に偶然だが。
おぼづかない足取りで熊が振り向く。
僅かに斜めになった首から伸びた顔に張り付いたその瞳を見た瞬間、全身に鳥肌が立った気がした。
今度は動けなかった。
最後の力を振り絞ったクマの突進をまともに受けた俺は、そのまま後方にあった木に激突する。
その際、自分の胸から、背中からベキベキと嫌な音を聞きながら、前のめりに崩れ落ちる事になった。
体が全く動かない。
いつかアレックス先生から読み書きの勉強用に渡された冒険活劇の劇中で、重傷で動けなくなる描写を読みながら、イマイチ理解できずに首を傾げていたあの頃の自分にこの激痛を教えてあげたい。
それでも僅かに動く視線を前方に向けると、倒れ付し、ピクピクと蠢いているリトルベアーの姿があった。
どうやら、これ以上なにかされる事はないらしい。
最も、それはこの熊からは、というだけだが。
「……ゴフッ!」
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