復讐者は禁断魔術師~沈黙の聖戦~

黒い乙さん

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第20話 守護者から仲間へ

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 狭い範囲で荒れ狂う、雪と氷のせめぎ合い。
 俺は後方に向かう攻撃のみ冷気の波で押し返すにとどめ、氷柱などの直接攻撃以外は自らの体に当たるに任せたまま、目の前のジャックフロストに魔力を込めたナイフの一撃を叩き込む。
 
 ダメージは有る。
 俺の攻撃が当たる度に吹雪が揺らぐのがその証拠で、決定打にはならないまでも、奴の意識が俺に集中する事には成功していると言えた。

 とは言え、それはこちらも同じ事。
 直接的な攻撃は受けない分、こちらに当たるのは吹雪や氷の礫くらいだが、致命傷にはならないだけで痛みを感じないわけではない。
 フラウの魔力を自らの魔力で増幅し、体そのものを氷の眷属に変化させているようなものだが、魔力のこもった吹雪に対して完全に無効化するまでには至らなかった。

 かつて、一匹の猿をフロストジャイアントに変質させてしまった程の魔力。
 その魔力をもってしても、目の前の雪の妖精に致命打を与える事は出来ないでいた。

 俺は一度距離を取ると、右手のナイフに魔力を込める。
 すると、根元から氷が形成され、やがて、自身の右腕と同等サイズの剣へと姿を変える。
 雪の妖精に対して氷の刃など大した効果は得られないだろうが、リーチが長くなる分引き出しも増える。
 俺は先程よりもやや離れた位置で足を止めると、氷刃での攻撃を交えつつ、周囲の吹雪を吹き飛ばした。

 状況は一進一退。
 ジャックフロストがどこまでの力を出しているかはわからないが、少なくともここまで力は負けていない。
 ただし、こちらは全力で飛ばしている為、長期戦になったら確実に負ける。
 自分の中から力を取り出したゲルガーの時とは明らかに違う。
 その力を引き出す度に、俺の意識はゴリゴリと削り取られていっている。
 恐らく、少しでも気力が削がれたら、あっと言う間に俺は氷の眷属そのものに姿を変えてしまうだろう。
 自我のない化け物に。

「おおぉぉぉぉぉおおぉおおおおおっ!」

 俺はジャックフロストを中心として氷の竜巻を発生させると、魔力を氷の剣に全て集めて対象に向かって突進した。

 せめて一時的にでも動きを止める事が出来たなら。

 そう思っての行動だったが、焦りが先の判断を誤ったのかもしれない。
 氷の剣はジャックフロストの体を貫いたが、俺自身の動きも止める結果となってしまった。
 俺の動きが止まったやいなや、俺の身に集中して大量の雪の嵐が浴びせかけられる。

「っ! ぐっ!」

 冷気の気を纏っている俺には致命傷にはならない。
 しかし、動きを止めるには十分な攻撃だった。
 そこへ、巨大な氷柱が俺に向かって突き出された。
 
 氷の刃を何とか動かす。
 しかし、氷の槍の一撃は、俺の氷の刃を貫きながら、俺の腹部を貫いた。

「がはっ!」

 全く同じ事を返された。
 ただ、お互いに違う点をあげるなら、雪の妖精は殆どダメージを残しておらず、俺は致命傷とはならないまでも、動けない程のダメージを受けた事。

 集中が途切れる。
 氷の刃は砕け散り、周囲に展開した吹雪の威力が衰える。
 何より、俺の意識に巣食っていた異物がここぞとばかりに暴れだした。

「あ、ああああぁぁぁ……」

 意識を保つ為に一度全魔力を自分に向けるか、後ろに攻撃を通さない為に魔力を維持する事に振り分けるか。
 それは自分を守るか、家族を守るかの選択。

 俺は即座に後者を選んだ。

 意識が奪われる前に力を解放すると、自分自身を中心とした冷気の渦を作り出す。
 どの道最後なら、出来るだけ多くの時間を稼ぐ。
 魔力を構成、展開。そして──

「お兄ちゃん!!」

 発動。
 その為の魔力を込めたその瞬間。
 茶色の疾風が俺の展開した魔力を切り裂き、ジャックフロストに飛び込んだ。
 両手には光り輝く紅い拳。
 その拳が氷の妖精の腹に吸い込まれると、轟音を立てて破裂した。
 
「神の愛は貴方に宿る!!」

 後方から響くリディアの叫び。
 すると、腹の奥からズグンとした熱さが宿ると、腹に刺さった氷柱溶けて落ちる。
 溶け落ちた場所。穴の空いた服の下に覗いた肌は、傷ひとつ付いていなかった。

「行きなさい!」

 リディアの声に俺は自然と口元が緩んだのがわかった。
 
「待ってたよ。天才魔術師」
 
 一度は外に放出しかけた魔力を自らにかき集めると、再び内から爆発させる。
 恐らくチャンスは後数度。
 俺はナイフに魔力を込めると、レイラに向いた氷の礫を弾き飛ばした。
 レイラの身には揺らぐ陽炎。
 それも、あの時とは比べ物にならない程熱く、エネルギーに満ち溢れたもの。
 恐らく、俺とリディアに使っていた魔力を全てレイラに振り分けたのだろう。
 それならばそうそう冷気を浴びる事はないはず。

 俺は魔力を込めた刃をジャックフロストに叩きつける。
 奴は怯み、その隙にレイラの真紅の一撃をその身に受けて、苦悶の叫びを上げるに至る。
 効いている。
 完全に消滅させるにはいたらないが、確実にダメージを与えている。

 どうする?
 攻撃はレイラに任せて、俺は援護に回るか?
 しかし、それでは俺の魔力が先に枯渇するかもしれない。
 そんな俺の葛藤を打ち切ったのは、またしてもリディアの叫びだった。

「走りなさいテオドミロ! そいつを倒すための力、今あんたに預ける!!」

 最強の魔術師の言葉に俺は駆ける。
 だが、魔力の少なくなった俺の、しかも、冷気をまとった俺の動きは鈍重だ。
 元々冷気の鎧を纏いつつ体に攻撃を受ける前提の戦い方をしていたのだから当然だ。
 それでも、奴の意識は唯一自分を消滅させる可能性を持つレイラに意識が集中している。
 ダメージを与える事が出来るとは言え、致命傷を受ける事のない俺の事などとりあえず無視するだろう。

 だからこそリディアはそこに賭けた。

 俺は残り少ない魔力をかき集め、レイラの身を守るように吹雪の渦を作り出す。
 リディアの攻撃は防御無視のソウルクラッシュ。
 魔力の渦など無視して雪の妖精へと攻撃を叩き込むだろう。
 そして、それはジャックフロストも同じ。
 俺の攻撃は目くらまし程度と判断して、構わず攻撃する筈だ。
 
 俺の方など気にも止めずに。

「ゲルガー!」

 俺は即座に魔力の方向性を切り替える。
 フラウは解放され、変わりにもう1人の自分が顔を出す。
 ひと握りの魔力が体内で弾け飛び、周りがコマ送りの世界へと変わる。 

 ナイフを構えつつ一息で背後へ。

「炎帝の──」

 背後に回った事でリディアの正面に立つ格好になり、夥しい魔力を右手に集めたリディアの瞳と目が合った。
 彼女との付き合いは長くない。
 だが、その瞬間、お互いの考えがわかった気がした。

「下がれレイラ!」

 俺の叫びを聞いた瞬間、レイラが飛び出した時と同等のスピードで後方に跳ぶ。
 ここ最近は「離れて」と言った類の言葉には頑なに拒絶していた少女。
 その少女が俺の言う事を何の疑いもなく聞いた事が何だかとても嬉しかった。

「──宝剣!!」

 リディアの魔術が完成する。
 同時に、俺の右手の先に集まる、強烈な熱と魔力の塊。
 
 俺の操るナイフが顕現させたのは、燃え盛る巨大な炎の剣──

「問答無用でぶった切られる痛み。こいつを受けて少しは──」

 炎の剣を掲げ、振り下ろす。
 こちらを振り向いた雪の妖精はそれでも無表情で……。

「反省しろぉ!!」

 無感情な雪の精霊に吸い込まれた炎の剣は、大量の水蒸気をあげて大地に振り下ろされた。
 一瞬視界が塞がれるが、すぐに突風により吹き散らされる。
 晴れた視界の先に見えたのは、元気に駆けてくる獣人族の少女と、その場にへたり込んだ魔人族の少女だった。





「家族……か」

 仕事を終えて、町へと戻る帰り道。
 その途中でリディアはポツリとそんな事を呟いた。

「何だよ?」

 怪我が治った直後に激しい動きをしたせいか、俺に抱きつくと同時に気を失ってしまったレイラをおんぶしながら、俺はリディアに問い返す。

「いや、あんたあの時言ったでしょ? 家族を守る力を貸してくれって。親を失ったあんたがその子を家族って呼ぶ理由は何なのかなって思ってさ」
「理由……か」

 リディアの問いに、俺は少し首をかしげて考える。
 思えば深く考えた事はなかったかもしれない。
 最初は親を失った者同士、その気持ちを紛らわせたかっただけなのかもしれない。

「うーん。何なんだろうな」
「なにそれ」

 俺の返事に納得いかなかったのか、リディアは唇を尖らせる。

「家族なんてクソだよ。少なくともあたしの家族はそうだった。そうじゃなければ、若い身空でこんな辺境まで来たりしないし」

 魔人族にとっては人間達の住むこの大地こそ辺境なのだな、と、変な知識を得た俺だったが、そもそも、それ程までに家族を嫌う彼女が俺達の事をどうして気にかけるか気になった。

「ふーん。で、それを知ってお前はなにしたいの」

 だから、ストレートに聞いてみた。
 これまでの経験から、持って回った言い方はこの少女にはあまり意味がないと気がついていたから。
 そんな俺の言葉に、リディアはしばらく考えた後に、少しだけ照れたような笑みを浮かべた。

「いや、種族の違うその子があんたの家族だって言うのなら、あたしもなってあげてもいいかなって。あんたの言う家族って奴に」

 こいつは何を言っているんだろう。

 だが、考えてみればこれまでもこの少女は訳のわからない事を言っては背負う必要のないトラブルを背負い続けてきた。
 きっと、これまでもずっとそうだったのだろう。
 そんな彼女にとって、こうして隣り合い、語り合うことの出来る相手はいなかったのかもしれない。
 実の家族とかかわり合いになりたくないと思っているなら尚更。

 しかし、俺が彼女の家族になってもいいというにあたって、非常に受け入れがたい現実があるのに彼女は気が付いているのだろうか。

「え? 嫌だけど?」
「は? 何でよ!?」

 俺の言葉にリディアはムキになって反論する。
 俺は足を止め、俺よりも頭一つほど低い背丈の‘年上の少女’を真っ直ぐに見つめた。

「俺より馬鹿な『姉』はいらない」
「はぁ!?」

 素っ頓狂な声をあげる彼女を置いて、俺は歩行を開始する。
 リディアはそんな俺を追いかけながら、納得できないのか後ろからギャーギャーと喚きだす。

「ば、馬鹿って! 言うに事欠いて馬鹿って! 人間のくせに!」
「ほら、そういう所。種族で人を見下す性格が気に入らない」
「えっ!? ちょ、今の無し! 別にあんたの事は馬鹿にしてないけど、あたしだって馬鹿じゃないよ!」

 俺に追いつき、右腕を掴んで揺らしてくる彼女に、そういう所が馬鹿なんだと思うも、口には出さず、変わりに俺は妥協案を出す。

「まあ、家族にはなれないけど、仲間なら。少なくとも、今回の事で信頼に値する人物だって事はわかったからね」

 俺の言葉にリディアはキョトンとした表情をすると、俺の右腕を掴んだまま聞いてくる。

「仲間って……友達って事?」
「友達は……まだ無理かなぁ……」
「はぁ!?」

 俺の腕を叩きながら喚きだすリディアを半分無視して、俺は町への帰路を黙々進む。
 ただ、思うのは、こうして俺の体にダメージを与え続けるこの少女は、少なくとも俺への護衛を辞めたのだろうと感じた。
 少なくとも、あの時俺に最後の力を託した選択は、俺に対する守護の気持ちはあまりなかった事だろう。
 少なくとも対等の存在として見てくれた。
 俺はそう思っている。
 
 こうしてこの日、俺とレイラを護衛する魔人族はいなくなり、変わりに、協力して旅をする仲間が加わった。
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