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第22話 小さな国の小さな勇者
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サイレント王国の首都サイレント。
王都と呼ぶには素朴な風景が広がる街にたどり着いたその日、俺達は新年を迎える事になる。
正確に言えば、サイレントに到着した時にそこまで乗せてくれた農家のおじさんが俺達に対して発した新年の挨拶を聞いた事で気がついただけなのだが。
しかしながら、人間族よりも長寿であるという理由から新年に対してあまり興味を示さない魔人族のリディアに、そもそも新年を祝う習慣が無かったレイラ相手ではあまり特別な感じがしないのも事実で、今日は少しだけ贅沢でもしようかと思いながら街を歩いていた俺だったが、異民族の二人以外にもそもそもサイレントの街全体がお祝いムードになっていない事に気がついた。
「なんだか、静かな街だな」
周りを見渡しながら言った俺の言葉に、リディアは興味なさそうに首を回すと、つまらなそうに返答する。
「別にこの国はいつもこんな感じでしょ。そもそも質素を美徳とする国なんだから」
「いや、でも新年だよ?」
「だから、知らないってば。年が明けたから何だっての」
俺にとっての疑問はリディアにとってはどうでもいい事らしい。
それ以前に不機嫌さを隠そうともせずに俺に当り散らすことから止めて欲しい所ではあるが。
ちなみに不機嫌の原因はここに来る途中の馬車の上でレイラと恒例の喧嘩をしていた為で、ちっとも魔力の扱いに慣れないレイラに怒った所、逆ギレして噛み付いてきたレイラに対して大立ち回り。
その姿はどう見ても精神年齢同レベルの諍いであり、とても年上の貫禄など感じないものだった。
ともあれ、馬車上のキャットファイトに敗れたリディアのお頭は沸騰寸前であろう。
逆に勝利したレイラは上機嫌で俺の右手と自分の左手を繋ぎ、元気に前後に降っている。
魔力の使い方以外に最近は言葉の方もリディアに教わっているため、ここの所いろいろな事を言ってくるようにもなった。
最も、それがここ最近のリディアとの喧嘩が激しくなっている理由でもあるのだが。
「お兄ちゃん。お腹すいた。何か食べたい」
「うん。ちょっと待ってな。今ご飯食べられる所探してるから」
とにかく、思った事をすぐに口にする上、言葉遣いがリディアに似てきてしまっている。
口調が完全に定着する前に、一度姉さんの所に戻って一から教え直したい所ではあるが、全てが終わるまでは戻らないと約束したし悩ましい所ではある。
このままでは乱暴な口調のレイラが出来上がってしまいそうだ。俺としてはどちらかといえばお淑やかに育てたいのに。
俺は腕を組んで拒絶のオーラを垂れ流しにしているリディアと鼻歌を歌い始めたレイラを伴って、食事処を探すのだった。
結局入ったのは場末にあった小さな食堂だった。
特に出費をケチったわけではなく、大衆用の食事処が殆ど似たりよったりで、数が少なかったのだ。
そうなってくると、ウチにはお腹を空かせた育ち盛りの子供が1人いる訳で、なるべく早く食事を出してくれそうな比較的空いている店を選んだ結果、場末の食堂に落ち着いたというわけだ。
店内は薄暗く、4人掛けのテーブル4つにカウンター席が3つ。
お客は明らかに地元とわかる人が2人で、それぞれカウンター席に座っていた。
俺達は4人掛けのテーブルに座り、今は運ばれてきた料理をそれぞれ口にしている所だった。
「まったく、何度来ても辛気臭い街なんだよね」
食事をする事で多少は機嫌が回復したらしいリディアが、サラダを口に運びながら独りごちる。
店内には少ないながらも人がいる訳で、これだけ静かなのだから会話の内容は丸聞こえだというのにお構いなしだ。
「何度来てもって。お前そんなに何度もこの街に来たことあるのか?」
何だかよく分からない粉で練られた麺状の謎料理を口に運びながら疑問を口にする俺に、リディアは頷く。
「前この街に着いた頃は冬の大地を抜けたばかりで心身共にボロボロで、実際にここに着くまで無気力状態で仕事なんかしてなかったから無一文に近くてさ。ここを拠点にしばらく冒険者としての仕事をね」
懐かしいなーと言いつつ食事を続けるリディアに、俺はへーっと言いながら隣で肉料理を食べているリディアの口元を拭いてあげる。
「どれくらいいたんだ?」
「移動時間込みで3年くらい?」
「もう殆どこの国の住人じゃないか」
5年余の旅の内3年をこの国で過ごしたのなら、この辺りの事に詳しいのも頷ける。
「でも、3年もいたんなら新年の風景なんかも見たことあったんじゃないのか?」
「だから、知らないってば。興味無い事いちいち覚えてるわけ無いでしょ」
俺の言葉に口元を拭きながら不機嫌そうにリディアが返す。
見ると目の前の食器の中身は無くなっていた。
そんな俺とリディアのやり取りを交互に眺めていたレイラだったが、リディアを指さしながら無邪気に笑う。
「ばーかばーか」
「黙れクソガキ」
レイラの言葉に鋭い目付きで睨むリディアに、俺は再び喧嘩が始まる空気を感じて慌ててリディアを抱き上げる。
普段はともかく、こんな店の中で喧嘩はまずい、
「レイラ。ダメだよそんな言葉を使ったら」
「だって、レイラにいつもばかって言うのはあいつだもん。レイラ、あいつキライ」
だって。
最近レイラがよく使うこのワードは、普段リディアが俺に反抗する時によく使う言葉だった。
「だってあんた言ったじゃん」「だってこれ必要なんだもん」「だってあたしは悪くないし」。
出会って数ヶ月だがその奔放ぶりに頭を抱えたものだが、レイラまでそんな事になったら俺は本当に泣きたくなってしまう。
「レイラ。『だって』はダメだ。将来あんな大人にはなりたくないだろう?」
「だって」
「おいこら。そこのシスコン。お前今なんて言った」
リディアを指さしながらレイラを諌めている俺に対して、人を殺害しそうな視線を向けてくるリディア。どこのマフィアだお前は。
「仲の良いご兄妹ですね」
そろそろ本格的に言い争いが始まるというタイミングで、この店のウェイトレスをしていた少女が食器を片付けながら笑顔で話しかけてきた。
これが仲が良いと見えるあたり、よっぽどこの辺りの人は騒がしい人間が少ないと見える。
「ええまあ。でも勘違いしないで頂きたいのは、あれは兄妹でも何でもないのであしからず」
「あんた本当にいい加減にしろ」
自分に対して差された指に対してとうとう本気で怒ったリディアが、歯を剥きながら俺の指を掴んで本来曲がらない方向に曲げていく。
いや、ほんとに痛いから勘弁して。
その様子を見て眉間に皺を寄せたレイラの頭を撫でて誤魔化し、リディアに掴まれた指を強引に引き抜くと何度も折曲げて動きを確認する。
本当に折れたらどうするつもりだったのか。俺に対してマーキングをしてから、当の本人はもう完全に治癒魔術を使用できなくなってしまっていた為、誰かが怪我をしたら俺が大量の魔力を使用して回復させなくてはならなくなるというのに。
「本当に……元気だった頃の若様と姫様を見ているようです」
そう言って寂しそうな笑顔を見せるウェイトレスの少女に対して、俺は疑問を口にする。
「若様と姫様というと……この国の王子様と王女様ですか?」
「そうです」
少女は頷くと、ここ最近のこの国の事情を語り始めた。
この国には一人の王子と一人の王女がおり、とても仲がよく頻繁に城下に遊びに来ていたこと。
王子である兄はとても強く、サイレントの街の問題をその力でもって解決していたこと。
王女である妹は体は弱いがとても優しく、街の人達の悩みを聞いては、よく父親である国王に進言してくれていたらしい。
小さな国だからこそ王族と国民の距離が近く、その団結力をもってなんとか他国からの進行を抑えていたという事だった。
それが崩れたのが1年前の事。
王女が原因不明の病に倒れ、兄である王子はその原因を探す為に日中城を留守にする事が多くなってしまったらしい。
元々国一番の剣士と呼ばれていた王子様は、その力を持って数々の遺跡を踏破し、様々な凶獣や幻獣を打倒してきた。
しかし、一年経った今も王女の病状は良くならず、その病が全ての国民に伝播したかのように国自体が元気を失ってしまった。
新年になったというのに街全体が消沈したムードになっているのはそういう理由からだった。
「若様は毎日傷だらけで帰ってきてとても見ていられません。1年以上もの間ありとあらゆる遺跡を巡っているというのに、姫様のご病気の一端すら判明しないという話ですし……やはり、アスラ様といえどもご病気には──」
「アスラ!?」
ウェイトレスの少女の口からこの国の王子の名前が語られた瞬間、素っ頓狂な声を上げて立ち上がったのはリディアだった。
テーブルを叩きながら立ち上がり、目を見開き口をぽかんと開けたその姿は、いつもの奔放で不遜な態度とは正反対だ。
「アスラってあのアスラ!? ソードマスターの!?」
「え、ええ……。多分、そのアスラ様で間違いないかと……この辺りでその二つ名で呼ばれるのは若様だけですし……」
「アスラ……アスラの妹が病気……?」
呆然としたように呟くと、リディアはストンと腰を落とす。
よほどショックだったようで、視線は虚ろでこちらの事など眼中に入っていないようだった。
「どうしたリディア。ひょっとして知り合いなのか?」
「…………」
俺の問い掛けにも答えず、呆然としているリディア。
俺はどうしたものかと困っているウェイトレスの少女に料金を支払う旨を告げると、放心状態になってしまったリディアをつれて、食堂を後にした。
「さて、そろそろ理由を聞かせて貰おうか」
あれから宿を探して部屋を取った俺達は、サイレントの街で必要な日用品の調達を行い、日が落ちた頃に宿へと戻ってきていた。
今はレイラを寝かしつけて静かになったが、それまでの間は元気の無くなったリディアに見せつけるかの様に甘えるレイラの声で大変賑わっていた。
そんなレイラも久しぶりにはしゃいだ為か、今ではぐっすり眠っているが。
「理由か……どこから話す?」
「この国の王子とお前がどこで知り合ったか……って部分から聞きたいかな」
俺の言葉にリディアは何かを思い出すように目を閉じると、ポツポツと話し始めた。
「王子ね。あたしの主観で言えば、あたしはこの国の王子様とは会った事なんかない。あたしが会った事のあるのは『ソードマスターアスラ』。この国最強の剣士であり、何度もこの国の危機を救った小さな勇者の少年よ」
4年前に出会った、小さな勇者との物語を。
王都と呼ぶには素朴な風景が広がる街にたどり着いたその日、俺達は新年を迎える事になる。
正確に言えば、サイレントに到着した時にそこまで乗せてくれた農家のおじさんが俺達に対して発した新年の挨拶を聞いた事で気がついただけなのだが。
しかしながら、人間族よりも長寿であるという理由から新年に対してあまり興味を示さない魔人族のリディアに、そもそも新年を祝う習慣が無かったレイラ相手ではあまり特別な感じがしないのも事実で、今日は少しだけ贅沢でもしようかと思いながら街を歩いていた俺だったが、異民族の二人以外にもそもそもサイレントの街全体がお祝いムードになっていない事に気がついた。
「なんだか、静かな街だな」
周りを見渡しながら言った俺の言葉に、リディアは興味なさそうに首を回すと、つまらなそうに返答する。
「別にこの国はいつもこんな感じでしょ。そもそも質素を美徳とする国なんだから」
「いや、でも新年だよ?」
「だから、知らないってば。年が明けたから何だっての」
俺にとっての疑問はリディアにとってはどうでもいい事らしい。
それ以前に不機嫌さを隠そうともせずに俺に当り散らすことから止めて欲しい所ではあるが。
ちなみに不機嫌の原因はここに来る途中の馬車の上でレイラと恒例の喧嘩をしていた為で、ちっとも魔力の扱いに慣れないレイラに怒った所、逆ギレして噛み付いてきたレイラに対して大立ち回り。
その姿はどう見ても精神年齢同レベルの諍いであり、とても年上の貫禄など感じないものだった。
ともあれ、馬車上のキャットファイトに敗れたリディアのお頭は沸騰寸前であろう。
逆に勝利したレイラは上機嫌で俺の右手と自分の左手を繋ぎ、元気に前後に降っている。
魔力の使い方以外に最近は言葉の方もリディアに教わっているため、ここの所いろいろな事を言ってくるようにもなった。
最も、それがここ最近のリディアとの喧嘩が激しくなっている理由でもあるのだが。
「お兄ちゃん。お腹すいた。何か食べたい」
「うん。ちょっと待ってな。今ご飯食べられる所探してるから」
とにかく、思った事をすぐに口にする上、言葉遣いがリディアに似てきてしまっている。
口調が完全に定着する前に、一度姉さんの所に戻って一から教え直したい所ではあるが、全てが終わるまでは戻らないと約束したし悩ましい所ではある。
このままでは乱暴な口調のレイラが出来上がってしまいそうだ。俺としてはどちらかといえばお淑やかに育てたいのに。
俺は腕を組んで拒絶のオーラを垂れ流しにしているリディアと鼻歌を歌い始めたレイラを伴って、食事処を探すのだった。
結局入ったのは場末にあった小さな食堂だった。
特に出費をケチったわけではなく、大衆用の食事処が殆ど似たりよったりで、数が少なかったのだ。
そうなってくると、ウチにはお腹を空かせた育ち盛りの子供が1人いる訳で、なるべく早く食事を出してくれそうな比較的空いている店を選んだ結果、場末の食堂に落ち着いたというわけだ。
店内は薄暗く、4人掛けのテーブル4つにカウンター席が3つ。
お客は明らかに地元とわかる人が2人で、それぞれカウンター席に座っていた。
俺達は4人掛けのテーブルに座り、今は運ばれてきた料理をそれぞれ口にしている所だった。
「まったく、何度来ても辛気臭い街なんだよね」
食事をする事で多少は機嫌が回復したらしいリディアが、サラダを口に運びながら独りごちる。
店内には少ないながらも人がいる訳で、これだけ静かなのだから会話の内容は丸聞こえだというのにお構いなしだ。
「何度来てもって。お前そんなに何度もこの街に来たことあるのか?」
何だかよく分からない粉で練られた麺状の謎料理を口に運びながら疑問を口にする俺に、リディアは頷く。
「前この街に着いた頃は冬の大地を抜けたばかりで心身共にボロボロで、実際にここに着くまで無気力状態で仕事なんかしてなかったから無一文に近くてさ。ここを拠点にしばらく冒険者としての仕事をね」
懐かしいなーと言いつつ食事を続けるリディアに、俺はへーっと言いながら隣で肉料理を食べているリディアの口元を拭いてあげる。
「どれくらいいたんだ?」
「移動時間込みで3年くらい?」
「もう殆どこの国の住人じゃないか」
5年余の旅の内3年をこの国で過ごしたのなら、この辺りの事に詳しいのも頷ける。
「でも、3年もいたんなら新年の風景なんかも見たことあったんじゃないのか?」
「だから、知らないってば。興味無い事いちいち覚えてるわけ無いでしょ」
俺の言葉に口元を拭きながら不機嫌そうにリディアが返す。
見ると目の前の食器の中身は無くなっていた。
そんな俺とリディアのやり取りを交互に眺めていたレイラだったが、リディアを指さしながら無邪気に笑う。
「ばーかばーか」
「黙れクソガキ」
レイラの言葉に鋭い目付きで睨むリディアに、俺は再び喧嘩が始まる空気を感じて慌ててリディアを抱き上げる。
普段はともかく、こんな店の中で喧嘩はまずい、
「レイラ。ダメだよそんな言葉を使ったら」
「だって、レイラにいつもばかって言うのはあいつだもん。レイラ、あいつキライ」
だって。
最近レイラがよく使うこのワードは、普段リディアが俺に反抗する時によく使う言葉だった。
「だってあんた言ったじゃん」「だってこれ必要なんだもん」「だってあたしは悪くないし」。
出会って数ヶ月だがその奔放ぶりに頭を抱えたものだが、レイラまでそんな事になったら俺は本当に泣きたくなってしまう。
「レイラ。『だって』はダメだ。将来あんな大人にはなりたくないだろう?」
「だって」
「おいこら。そこのシスコン。お前今なんて言った」
リディアを指さしながらレイラを諌めている俺に対して、人を殺害しそうな視線を向けてくるリディア。どこのマフィアだお前は。
「仲の良いご兄妹ですね」
そろそろ本格的に言い争いが始まるというタイミングで、この店のウェイトレスをしていた少女が食器を片付けながら笑顔で話しかけてきた。
これが仲が良いと見えるあたり、よっぽどこの辺りの人は騒がしい人間が少ないと見える。
「ええまあ。でも勘違いしないで頂きたいのは、あれは兄妹でも何でもないのであしからず」
「あんた本当にいい加減にしろ」
自分に対して差された指に対してとうとう本気で怒ったリディアが、歯を剥きながら俺の指を掴んで本来曲がらない方向に曲げていく。
いや、ほんとに痛いから勘弁して。
その様子を見て眉間に皺を寄せたレイラの頭を撫でて誤魔化し、リディアに掴まれた指を強引に引き抜くと何度も折曲げて動きを確認する。
本当に折れたらどうするつもりだったのか。俺に対してマーキングをしてから、当の本人はもう完全に治癒魔術を使用できなくなってしまっていた為、誰かが怪我をしたら俺が大量の魔力を使用して回復させなくてはならなくなるというのに。
「本当に……元気だった頃の若様と姫様を見ているようです」
そう言って寂しそうな笑顔を見せるウェイトレスの少女に対して、俺は疑問を口にする。
「若様と姫様というと……この国の王子様と王女様ですか?」
「そうです」
少女は頷くと、ここ最近のこの国の事情を語り始めた。
この国には一人の王子と一人の王女がおり、とても仲がよく頻繁に城下に遊びに来ていたこと。
王子である兄はとても強く、サイレントの街の問題をその力でもって解決していたこと。
王女である妹は体は弱いがとても優しく、街の人達の悩みを聞いては、よく父親である国王に進言してくれていたらしい。
小さな国だからこそ王族と国民の距離が近く、その団結力をもってなんとか他国からの進行を抑えていたという事だった。
それが崩れたのが1年前の事。
王女が原因不明の病に倒れ、兄である王子はその原因を探す為に日中城を留守にする事が多くなってしまったらしい。
元々国一番の剣士と呼ばれていた王子様は、その力を持って数々の遺跡を踏破し、様々な凶獣や幻獣を打倒してきた。
しかし、一年経った今も王女の病状は良くならず、その病が全ての国民に伝播したかのように国自体が元気を失ってしまった。
新年になったというのに街全体が消沈したムードになっているのはそういう理由からだった。
「若様は毎日傷だらけで帰ってきてとても見ていられません。1年以上もの間ありとあらゆる遺跡を巡っているというのに、姫様のご病気の一端すら判明しないという話ですし……やはり、アスラ様といえどもご病気には──」
「アスラ!?」
ウェイトレスの少女の口からこの国の王子の名前が語られた瞬間、素っ頓狂な声を上げて立ち上がったのはリディアだった。
テーブルを叩きながら立ち上がり、目を見開き口をぽかんと開けたその姿は、いつもの奔放で不遜な態度とは正反対だ。
「アスラってあのアスラ!? ソードマスターの!?」
「え、ええ……。多分、そのアスラ様で間違いないかと……この辺りでその二つ名で呼ばれるのは若様だけですし……」
「アスラ……アスラの妹が病気……?」
呆然としたように呟くと、リディアはストンと腰を落とす。
よほどショックだったようで、視線は虚ろでこちらの事など眼中に入っていないようだった。
「どうしたリディア。ひょっとして知り合いなのか?」
「…………」
俺の問い掛けにも答えず、呆然としているリディア。
俺はどうしたものかと困っているウェイトレスの少女に料金を支払う旨を告げると、放心状態になってしまったリディアをつれて、食堂を後にした。
「さて、そろそろ理由を聞かせて貰おうか」
あれから宿を探して部屋を取った俺達は、サイレントの街で必要な日用品の調達を行い、日が落ちた頃に宿へと戻ってきていた。
今はレイラを寝かしつけて静かになったが、それまでの間は元気の無くなったリディアに見せつけるかの様に甘えるレイラの声で大変賑わっていた。
そんなレイラも久しぶりにはしゃいだ為か、今ではぐっすり眠っているが。
「理由か……どこから話す?」
「この国の王子とお前がどこで知り合ったか……って部分から聞きたいかな」
俺の言葉にリディアは何かを思い出すように目を閉じると、ポツポツと話し始めた。
「王子ね。あたしの主観で言えば、あたしはこの国の王子様とは会った事なんかない。あたしが会った事のあるのは『ソードマスターアスラ』。この国最強の剣士であり、何度もこの国の危機を救った小さな勇者の少年よ」
4年前に出会った、小さな勇者との物語を。
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