復讐者は禁断魔術師~沈黙の聖戦~

黒い乙さん

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第27話 恩人との再会

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 サイレントに向かう前に寄った獣人の里でこれまでの事を説明し、何とか落ち着かせる事が出来たが、森が元に戻る為にはかなりの時間を要するだろう。
 アスラは心底申し訳なさそうに獣人達に頭を下げていたが、獣人達は特に気にする風もなく、ただ、その無事を喜んでいるようだった。
 こうした様子を見るだけで、アスラと獣人達の絆の深さが見て取れる。
 
 それと、獣人達とはリディアも結構親しいようで、随分話しかけられていたのが印象的だった。
 最も、先程の兄とのやり取りもありあまり元気がなかった事から、何だかぎこちない笑顔を浮べるくらいではあったが。
 
 ちなみに、獣人繋がりという事でレイラにも獣人の人達と絡ませようとしたのだが、俺の後ろに隠れてしまいまともに相手にしようとしていなかったのが何とも言えない気分にさせた。
 ひょっとしたら、レイラの中で自分が獣人族だったという事実は、遠い過去に消えてしまったのかもしれない。

 ともあれ、ある程度の状況確認とその後の話をした後、俺達はサイレントの街への帰路へと急ぎ、陽が沈み、辺りがすっかり漆黒に染まった頃、ようやくサイレントの街にたどり着いた。




 サイレントに着くと俺達はアスラを先頭にして足早に城へと歩を進める。
 本当ならば今日は一晩休んでから明日改めて城には伺いたいとの話をしたのだが、アスラがどうしてもと譲らなかったのだ。
 もしも本当に俺にアスラの妹を何とかする力があるのなら、どうしてもすぐに助けて欲しいとの事だった。
 それはいいのだが、今の俺の魔力は枯渇状態だ。
 もしもアスラの妹が患っている病気がドライアドの治癒魔術を必要とする状態であるならば今すぐ会っても無力だと思うのだが……。
 だが、アスラがそれでもいいという以上、それ以上言っても仕方がない。
 俺達は暗くなり静寂に満ちたサイレントの街を進み、城の門までたどり着いた。

「済まないが火急の用である。それから、この者達は私の友人なので心配は不要だ」

 アスラは深夜の登場に驚き、近づいてきた門番にそう言って黙らせると、すぐに俺達を城の中へと招き入れる。
 サイレントの城は俺が想像していた城よりもずっと小さく、どちらかと言うと大きめの屋敷という印象だった。
 敷地は恐ろしく広いために庭に入ったくらいでは城まで目にする事が出来ないために実際に見た事のある人は国内の人間でも少ないのではないだろうか? とは思うが。

 城の造りは木造で、歩いている床も板張りだ。
 しかし、以前ウィルティアで泊まった宿屋のようにギシギシと頼りない音を立てる事は決してなく、室内用の履物の静かな音が響くのみだ。
 ちなみに、城に入る際に靴を脱ぐように言われて内履きに履き替えたわけだが、俺は家に入る際に靴を脱ぐ習慣というものが無かったものだから最初は非常に戸惑った。
 それはリディアも同じだったようで、すごく困惑していたのが印象深かった。
 どうやら、リディアも城の中に入る事自体は初めての事だったらしい。
 ただ、レイラだけは靴を元気に脱いだ後、裸足で歩き回ってしまったものだから、捕まえて内履きを履かせるのに苦労した。
 今では俺の隣で行儀よく歩いてはいるが、どうにも足が気になるらしく、偶にモゾモゾと足を振ったりしていた。
 そういえば、初めて帽子を買って被せて上げた時も、こんな反応をしていたのを思い出す。
 俺が出かけている時は我慢して被っていて、帰ってきたと同時に投げ捨てていた頃がもう遠い過去のように感じる。
 あの頃はレイラと二人、ただ生きていくだけで終わってしまうのではないかとほんの少し思っていたりもしたものだ。
 それが、今ではこうしてしっかりと自己主張することを覚えたレイラと共にいるだから不思議なものである。

「ここだ」

 アスラが進んでいた足を止めて、一つの扉の前で俺達の方を振り返る。
 木で造られた簡素な扉。
 暗いので細かな装飾等はわからないが、これまでの趣から考えると、他と大差はないのだろう。
 どうも、この国の王族は他国とは違いあまり贅沢の類はしないらしい。
 こちらを伺うアスラに俺は頷くと、それを確認したアスラは扉を軽く叩いた後、ゆっくりと扉を押し開けた。

 広い部屋だった。
 最もそれは、化粧台やクローゼット、後は机や椅子といった必要最低限の物以外は殆ど置かれていない質素な部屋だったから余計にそう感じただけだったのかもしれない。
 部屋の隅にはベッドがあり、誰かが横たわっているのが見て取れる。
 暗いのでよくわからないが、ベッドがこんもりと膨らんでおり、静かな部屋にスースーと小さな寝息も聞こえた。

 月明かりが僅かに差し込むだけの薄暗い部屋の中をアスラはベッドに向かって歩いていく。
 俺たちもその後に着いていき、足を止めたアスラと並ぶようにベッドを上から見下ろす形となった。
 ベッドに寝ていたのは1人の少女だった。
 まだ幼い顔立ちで、枕の上に流された髪は赤か、茶色に近い色をしているように思える。
 しかし、その顔を見た俺は思わず声を上げそうになってしまった。

「どうだろうテオドミロ殿。もしも貴方に何か出来る事があるのなら、どうか妹を診てもらえないか」

 言葉が出なかった。
 
 俺はこの少女を知っている。
 よく知っている。
 
 初めて会ったのは間違いないが、この少女の事はよく知っているのだ。
 会話だってした事がある。
 それも最近だ。
 
 一番近い時はシグルズと戦った森の中。
 その時はとても焦った声で俺に危険を知らせてくれた。

 数ヶ月前には自分の存在を顧みずに助けてもらった事もある。
 その時は会話する事は出来なかったが、その時の彼女は喜びと悲しみの混じった表情で涙を流していた。

 初めて会ったのはおよそ半年前。
 その時の彼女は俺に森の危機を知らせ、その期待に答える事が出来なかったにも関わらず、俺の命を救ってくれた。
 初めて声を聞いたのはその時だ。
 壊滅する獣人の里を憂いながら、それでもレイラを助けて欲しいと頼んできた彼女。
 その時俺は、とても可憐で可愛い少女だと思ったものだ。

「……どうしてここに……」
「……何?」

 俺の呟きにアスラが不思議そうな声を上げるが、俺は構わずベッドの脇に跪くと、布団の中に手を入れる。

「あっ!」
「おいっ!」

 恐らくリディアとアスラだろう。
 驚いたような声を上げる2人に構わず、俺はベッドの中から細く滑らかな彼女の腕を取り出し、その右手をギュッと握る。
 
 これで伝わるはずだ。

 もしも彼女が俺の知っている少女ならば、これで俺と意識が繋がるはずだと確信している。
 俺はここに来るまででほんの少しだけ回復した魔術で意識を検索。
 
 やはりだ。

 やはり彼女は側にいた。
 それも、ずっと、ずっと近く。
 すぐ目と鼻の先に。

「……う……」

 俺の意識が遠のく。
 だが、そこに恐怖は感じない。
 そこはきっといつも彼女と会っている場所だから。
 急速に微睡む意識の外で、慌てたようなリディアの叫びを聞いた気がした。





 真っ白な場所に居た。

 周りは何一つ汚れのない純白の世界。
 まるでこの世の異物は全て排除したと言わんばかりのその場所で、俺達は向かい合って座っていた。

 俺の目の前に座っているのは緑の髪の少女。
 同じ色の瞳をこちらに向けて俺を見ている。
 両足を畳むようにペタンと地面に座っている姿は、今まで見てきたどの彼女よりもリラックスしているように見えた。

「ようやく……貴方に会えました」

 彼女は言った。
 緑の瞳を潤ませて。
 その姿がフラウと初めて会った時の彼女と一瞬かぶって見えたが、あの頃とはきっと違う。
 何故なら、今日の彼女に悲しみの感情は感じなかったから。

「ドラアド。君は……」

 俺は彼女に……ドライアドに声を掛ける。
 ようやく会えた。
 そう言った彼女の髪の色は緑色。
 しかし、俺が現実にベッドで見たサイレントの姫の髪の色は、薄暗くてよくわからなかったが恐らく赤か茶色の筈だ。
 いくら暗かったとは言え赤系と緑系の色の判別くらいは出来る。
 ならば、今この世界の彼女の髪の色が緑である理由として考えられる事は一つだ。

「精霊魔術師……だったんだな?」
「……はい」

 俺の問いにドライアドは素直に頷く。
 
 そう、彼女は精霊魔術師……だった。
 過去形だ。
 現在は精霊魔術師ではない。
 いや、そもそも人間ですらないのだ。

「精霊魔術の終着点である精霊憑依。伝説として魔人族の間で語り継がれている割にはその存在が人間族の間で知られる事は少ない。当然だ。失敗した術師は人間では無くなってしまうのだから」
「その通りです」

 まるで答え合わせのように頷くドライアドに、俺は自らの仮説が正しい事を確信する。
 
 ずっと思ってきた事ではあったのだ。
 フラウの力を手に入れた唯の猿がフロストジャイアントとして襲いかかってきた。
 ゲルガーを、フラウをこの身に憑依させた時に感じる意識を引っ張られるような感覚。
 まるで、自分が自分で無くなるかのような妙な焦燥感を。
 フラウを憑依させる時、彼女は最後まで俺に抵抗の意を伝えてきていた。
 そんな事よりも逃げろと訴えかけてきていた。
 それを説得して納得させたのは俺だ。
 もしもあの時、俺がフラウの力に負けていたならば、あの猿と同じ道を辿っていたに違いない。
 そして、理性を失いレイラとリディアを殺し、化け物となった俺が憑依魔術を使用し失敗した事を知る者もいないまま、一つの事案として冒険者に狩り殺される。
 おそらくこれが、現状として少ない精霊魔術師と、認知度の低い憑依魔術の実態だ。

「一年前。私はある獣人の少女を助ける為にドライアドの精霊魔術を使用しました。しかし、私の魔力では少女を回復させる事は叶わず、やむなくドライアドを憑依させたのです」

 目の前の少女はそっと俺の右手を両手で包むと、伏せ目がちに告げる。
 まるで、そうしていないと不安だとでもいうように。

「少女を救うことは出来ました。しかし、私の意識はドライアドと混じり合い、体も徐々に変調をきたし、ついには倒れ、今に至ります」
「なるほど」

 俺は頷く。

「完全に精霊としての存在に変わったのが約半年前。そこで自分の意識を外部に伝える手段として選んだのが、最も近くにいた精霊魔術師としての素養を持った俺……という事か」
「全てがそうだとは申しませんが、概ねそれで間違いではありません」

 若干俺の言い方に不満があったのだろう。
 少しの否定と握る力を強めるという行為はあったものの、話自体は肯定してくれた。

「今の私は半人半霊です」

 俯いていた彼女が顔を上げる。
 その瞳は先程とは違い何かの決意を秘めていた。

「意識は完全に精霊となってしまいましたが、体はあくまで人間です。人とは寿命は変わってしまうでしょうが、普通の精霊とは違い肉体を持つ性質上いずれ必ず朽ち果てます。ただ、死後の向かう先が兄様達とは違い、完全な精霊として森の中で住まう事になる……というだけで」
「死後、本当の精霊になる……」
「はい」

 俺の呟きに、彼女は頷く。

「私はこれまで貴方の事をずっと見てきました。私のせいで大切な人達を失い、本来ならば恨んでもいいはずの私の願いを聞いてくれた。私がお願いした獣人の少女を守りながら。更には、その獣人の少女の為に旅に出て、傷つきながらも決してその目的を見失わなかった。そして、今回知り合ったばかりの魔人族の少女の為にその命を掛けて戦った姿は、私が夢見ていた精霊魔術師そのものでした」

 握った手はそのままに、少女が顔を寄せてくる。
 その美しい顔を近くで見て、不覚にもドキリとした自分がいた。

「私はずっと迷っていました。このまま意識のみを貴方の側に侍らせて、力を貸すだけでいいのかと。兄様を始め、父様や母様に心配をおかけしている事もわかっていました。でも、怖かったのです。意識が精霊になってしまった私が、目を覚ましてしまったらどうなってしまうのかわからなかったから。でも……」

 少女は目を閉じる。
 俺の息も止まる。
 
 ここは夢の中だ。
 だから、息が止まるという表現はおかしいのかもしれないが、このリアルすぎる夢が、そして、すぐ目の前に見える彼女の顔がそう感じさせてしまった。

「貴方の生き方を見て、私も覚悟を決めました。私はもう怖がらない。例え目を覚ました時にどんな姿になっていたとしても、少なくとも貴方という味方がいるとわかったから。だからどうかお願いです」

 俺の顔から自身の顔を少し離し、それでも息が届く距離で彼女は願う。

「私を守護精霊にして下さい。貴方と共に旅をする事は出来ないけれど、貴方の命が尽きるその時まで、せめて意識だけでも傍にいる事をお許し下さい。貴方の命を守る事。それを私の生きがいにしたいのです。貴方が獣人族の少女や、魔人族の少女にそうしたように」

 彼女の願いに、俺はしばらく考えた後、頷いてみせる。
 彼女はもう人間には戻れない。
 きっと、これから先俺達人間族よりも長い歳月を生きていく事になるだろう。
 人間としての体を持っているとは言っていたが、それでも精霊の身を宿した体だ。ひょっとしたら魔人族であるリディアよりも永く生きるかも知れない。
 そんな彼女の願いを、断れるだけの勇気は俺には無かった。
 だから、言ってみればそれしか選択肢が無かったからそうしたまでなのだが、それでもドライアド──いや、精霊名ではない彼女の名前がわからないからそう呼ぶのも失礼だろうか──ともかく、彼女は嬉しそうに微笑んでくれた。
 俺の気持ちをダイレクトに感じる事が出来る世界と立場なのだから、俺が彼女の願いを承諾した理由もわかっているだろうに、それでも笑顔を見せてくれた。

 やがて、俺の返事が合図だったかのように、世界がぼやけて薄れていく。
 その薄れゆく世界の中で、目の前の少女は握っていた両手を離すと、俺の体にその両腕を巻きつけた。
 夢の中だというのに感じる暖かさに、俺は嘗て救われた時と全く同じ安心感に包まれたまま、白い世界を抜け出した。




 誰かが頭を撫でている。

 母親がいなくなってしまった俺にこんな事をしてくれるのは、今現在ではリディア位しか思い至らない。
 レイラは撫でてくれるというよりはむしろ撫でて貰いたい派なので、レイラの可能性は限りなく低い。
 むしろ、レイラなら寝ている俺を発見したら顔を舐め回すくらいはするだろう。

 なら、今俺の頭を撫でてくれているのはリディアだろうか?
 
 俺はまだ少しはっきりしない頭を起こしながら目を開ける。
 初めに飛び込んできたのは陽の光だった。
 正面にある窓から飛び込んできた朝日が、昨日は詳しく見る事の出来なくなった部屋の中を照らしている。
 一年以上主人が寝たきりだった部屋にしては埃一つなく、毎日しっかりと掃除されていたのだろう事が伺い知れた。

 次に見るのは自分の体。
 俺はちょうどベッドに突っ伏すように寝てしまったらしく、肩には毛布が掛けてある。
 右手は誰かの右手をしっかりと握り締めていたためか、じっとりと汗で滲んでいた。

 そこで思い出す。

 俺は慌てて顔を上げると、右手を辿って視線を上に。
 右手から肩。
 肩から首。
 そして、首から上に視線を移した所で止める。

 彼女は既に上半身を起こしていた。
 起こして、俺の頭を撫でながら、柔らかく微笑んでいた。

 新緑の髪色と同色の瞳を持つ、半年前に初めて会ってから、何度も見たそのままの姿で。

「本来ならばここで『初めまして』と言うべきなのでしょうね。しかし、敢えてこう言わせて頂きます」

 そう悪戯っ子のように微笑んで。

「お帰りなさい。ご無事で何よりでした。私の……ご主人様」

 彼女は……サイレントのお姫様はそう口にした。
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