星獣の機迹

なビィ

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062. 店前の開戦

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店の前まで来ると、先程の匂いがより深みを増し

満腹感が未だありつつも食欲を誘ってくる。


木造の建物で華やかな派手さはないが、各所に花や蔦などの植物があしらわれ

小綺麗さと慎みのある佇まいで落ち着いた空間を作り出している。





「良いにおいだねぇ。」


リリナが顔をほくほくさせて両手を頬に当てている。





「これは……魚か? いやそれにしては……。」


ラウルが腕を組み、匂いの大元を探っている。





「ふふぅんっ。 ここはね、なんと……!」


誇らしげに顔をニヤつかせ、鼻高々と説明をするアシュリィ。


「海の幸! 海鮮を取り扱った汁物屋なのっ!」





アシュリィの言葉を聞いたラウルがピクリと反応し、固まる。


「海……だと……!?」


腹の奥底から絞り出すような低い声が響く。

眉間には深い皺が刻まれ、その表情は真剣そのものである。



「うみ……。」


リリナが言葉を復唱する。



「【うみ】ってなあに?」


首を傾げ、どちらに聞くということでもなく

それとなく聞き慣れない言葉の説明を求めるリリナ。



「えっとね――。」


アシュリィがリリナに対して中腰になり、にっこりと説明をしようとした矢先。





「――【海】。

 それは万物の源。この大地の深淵に眠る蒼き闇の母。

 波は命を宿した白い刃となり、堅牢なる大陸をも磨耗させていく。


 星々すら飲み込む無限の水平線は美しくも残酷で、

 『星の道』すら霞む程の太古の結晶である。

 そこには――。」



穏やかに、しかし熱量のある演説を繰り広げていたラウルがはっとする。



自身が何をしでかしていたのかを自覚する。

硬直した全身から汗が吹き出し、美しい毛並みがじっとりと湿気を帯び始める。


恐る恐る、見てはいけないものを見るように二人の方向へと顔を向ける。





おおお、と口を開けて真剣に聞き入っているリリナ。

中腰の姿勢のままこちらに顔を向け、固まっているアシュリィ。





顎をゆっくりと引き、目をじわりじわりと反らしていくラウル。



アシュリィのあんぐりとした口が、にんまりとした形に変化していき

口角を上げていく。



「そこにはぁ~?」


アシュリィがにまにまとしながら聞き返す。



「…………。」


目を合わせようとするアシュリィから逃げるように目を反らすラウル。


そのまま、追っては逃げ、追っては逃げを繰り返してくるくると回っている二人。

よくよく見ると、ラウルの尻尾が股の下で内側へくるんと巻かれている。



 ――



「……はーっ、だめ……っ!

 にやにやが止まんない……!」


呼吸を荒くし、興奮冷めやらぬアシュリィ。

対してラウルは沈黙を貫き通し、

顔を横に向け、視線は二人と逆の方を向いている。

巻かれていた尻尾はようやく伸びたが、今は全身微動だにすらしていない。





二人の様子を見守っていたリリナ。

ラウルの眼下へと近づき、その腹部の服を軽く摘んで

首を傾げながら純真の気持ちで訊ねる。



「そこには……?」





まるでピシッと音が鳴るようにしてラウルが固まり、

息を整えようとしていたアシュリィの口からは盛大に多量の飛沫が噴き出されていた。


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