56 / 66
第58話・自分の色彩センスについて考えてみるのも悪くありませんがそんな場合じゃないかもしれません
しおりを挟む気合いを入れ直す。
服もゴルフウェアからタキシードへ着替え直した。
誰もいないんだし、楽な格好の方が作業性も上がると思っていたが。
実際、着替え終わると背筋が伸びる感じがした。
同時に、優しさの中にも一本芯の通った感じの、あの衣料品店の女性を思い出して。
やると言ったからには、そりゃもう顔面徹底的にやる。
これは信用の問題なのだ。
そして席に着き、PCに一緒に送られて来ていたCADソフトをインストールし、即立ち上げて基板データを開いた。
(仕事で使い慣れているソフトだったのはラッキーだった)
まずはマスタの基板から。
すると。
「こっ、これは……」
先ずは部品が付いている最外層を開いたのだが。
なんというか、物凄い緊張感のある銅箔図だった。
思わず固唾を飲んでしまったほどに。
他社の設計データを見るなんて、めったにある事じゃない。
だから異質な感じを受けるだろう事は、ある程度は想定していたが。
しかしこれは異常だ。
それになんだろう、この感じ。
割と最近似たような感じを受けたことがあるような……
喉に引っかかった小骨に煩うが、それはわずかな時間だった。
そう、それは初めてここに来た時の、館に対して持った印象そのものだったのだ。
しつこいくらいにくり返される、真四角のモチーフ。
直線以外の角度を許さない、部品の配置や銅箔の接合部。
それは見たことのない緊張感に満ちていて……
何故こんな配置や接続が可能になるんだ?
俺もコンピュータの基板は何枚か設計したことがある。
しかし、それらはほぼ全て色々な大きさの部品を使っているので。
部品配置や接続は、こんなに直線基調にはなり得なかった筈なのだが。
しかし、このスーパーサーバーの基板はそれを成している。
どこの設計会社の仕事だこりゃ。いや、宇治通の社内設計なのか?
いずれにしても凄すぎる。
こんな凄いモノを、俺なんかがダメ出し出来るのか……
いったん席を立つ。
そして、厨房から持って来ておいたカートの前に行く。
カートの上にはお茶セット。
淹れておいたコーヒーをカップに注ぐ。
少し落ち着いた方が良いと思ったのだ。
カートの前で一口飲んで。
そう言えば、先週の金曜日に、地下室で黒服組にお茶を貰って来ると言って。
結局持って行けなかったことを思い出した。
特に美原さんの落ち込み方は、見てて居たたまれなくなるほどだったな……
と思い出したところで、もっと大事なことを思い出した。
美原さんは初日に、このコンピュータのシャーシは液冷だと言ってたと。
だから地下室では、クーラントを冷却する為の設備が冷蔵庫のようなうなり音を立てていたのだ。
つまり、この基板はクーラントの中にジャブ漬けされている。
それ故に、普通の基板では使用されている放熱板が不要になっているのだ。
ああ、それで部品配置の自由度が増して、このレイアウトが可能になってるのか。
なるほどっ、ありがとう美原さん謎が解けたぜ。
と、美原さんが聞いてたら困惑しそうなことを考えながら、再び席に着く。
そして、PCの別画面に送られてきた回路と基板の仕様書を開いた。
うむ、まずは仕様の確認からだな。
設計の基本だな(検図だが)。
基板の仕様は2-4-2の8層でBH無し。
(1-2-3層と6-7-8層の間は小信号用レーザーVIA、それと全層貫通のスルーホール)
意外とシンプルなものだった。
スーパーコンピューター用っていうから、もっとこう大袈裟な、12層で何でもありな満艦飾を想像してたんだが。
ちょっと肩透かし、というか肩の荷が下りた感じだ。
これならなんとかチェックできるかも。
そこで、持って来てたカップに口をつける。
さっきは気にならなかったが少し苦めだったかな。
なかなか祢宜さんのように上手くは淹れられないか。
っと思ったところで、基本的な事に気が付いた。
検図と言いながら、この基板はすでに部品を装着されて稼働しているのだ。
つまり、基板設計会社で行っているような検図はとっくにクリアしてるということ……
コーヒーの苦みが増したような気がした。
実機はいじれない(黒服組全員から固く禁止されている)。
俺がやるべきなのは、先週の金曜に起きた現象を反芻しながら、基板と配線図のデータのみで不具合点を洗い出すという甚だ困難な作業だということだ。
もちろん21世紀のCADシステムで描かれた基板だから、配線図と接続が合わないなんてことはあり得ない。
配線図内部の接続データも、設計者たちによって確認済みだろう。
だから、回路も基板も仕様通りに稼働しているという前提で見なきゃならん。
「ど、どうすれば……」
困ったときは基本に戻れ。
これは俺に仕事を教えてくれた先輩社員の常套句だった。
それを思い出して、再度気持ちを落ち着ける。
今回の場合は、とにかく動作中にダウンしたのだから。
負荷の上昇が原因の異常動作と見なすべきだろう。
それは普通、発熱が原因の場合が多いだろう。
熱で何かの部品の内部が焼けて、動作を止めたと。
停止後、放置してただけで動作が復帰したのがその証拠だ。
それは、+Bとかの電源系ではないだろう。
負荷の上昇でキツくなるのは、増えた情報を直接扱う信号系のLSIの方が先だからだ。
そう考えて、主にデータのバスラインを中心に見ていくことにした。
等長配線が出来てないところとかは要チェックだ。
あとはクロックラインと離れすぎてないか、とかもな。
銅箔ライン上で微妙な遅延が起きると、それはLSI内部のチップの負荷になるかもしれんからだ。
そこで、対象となるバスラインを配線図上から引き出すことにした。
元々ネットゲーム用に据え付け直した、三面鏡状態のディスプレイ。
その真ん中には基板図、右側には配線図、左端には接続データのリストを表示させた。
おお、見易い……ウチの会社もこの環境で仕事させてくれ……ないだろうなあ、社長しみったれだから(涙)。
と感動だか失望だかをしながら、リスト上からそれっぽい名前の接続データを選択し、基板図と配線図に適用した。
分かりやすく、選択したデータを赤色に変えたのだ。
すると……
「ぐはっ……」
員数が数千の接続データが、基板図と配線図を真っ赤に染めたのだ。
基板は8層全てにわたってだ!
「これ全部チェックするのか……」
目の前が真っ暗になるかと思ったが、画面はそれすら許さない程に赤かった。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる