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第59話・そんなバカなというような事でこの世は形成されてるものです
しおりを挟む「くそったれ、やらなきゃ終わらんだろうが!」
伝送線路解析なるソフトもあるにはあるが、それはこの館のPCには無いし、それにそもそもその程度の検証は基板設計時に済ませてあるだろうから。
そういうソフトでは検出できない問題がある、という前提で。
一本一本、目でチェックするしかなかった。
チェックしたバスラインは、分かりやすく青色に着色した。
それで、画面を真っ青にすることを目指して。
黙々とチェックを始めた。
…………
…………
「ぐはっ、いま何時だ?」
急に来た空腹感に、壁の時計を確認する。
それは午後1時を少し回ったところを指していた。
全体表示した画面は、おおむね1/3が青くなっていた。
集中しすぎだと自分自身に呆れつつ、厨房へ昼食を取りに行った。
昨日のコンビニ弁当だ。いや買っといて正解だったな。
まだ問題になりそうな箇所は見つかっていないが、このペースなら今日の夜遅くには全部チェック完了しそうだ。
このペースで行くべ、と、昨日の筋肉痛が残る体を引き摺って自室に弁当を持って戻った。
………………
「くっ、はあっはあっ……」
CAD酔い寸前のところで、画面から目を離す。
ちょっとヤバかったかな。
ところでいま何時、と見た時計は15時5分だった。
お茶の時間か……
すっかり冷めたポットのコーヒーをカップに注ぎ、バルコニーに出た。
ちょっと休まないとな。
「ふうっ……」
夕刻前の爽やかな風、くっきりとした青空に浮かぶ白い雲。
その遥か下には緑のじゅうたんのような森が広がっている。
その雄大な風景に種々の鳥の鳴き声がバランスよく重なって。
今日は、矢板スコールは来ないようだ。
いやあ実にナイスな避暑地のバカンスだね。
……仕事が無ければな。
それも自分から申し出たという。
いや、言いっこ無しだ。
それにもう半分ぐらいは終わったからな。
と思いながらコーヒーを一気飲みする。
冷めて一段と不味くなっていた。
しかし、問題が見つけられない現状は、それはそれでマズいのだが。
チェックが終わればいい、って話じゃないからな。
問題点を見つけられなければ、何もしなかったのと同じだ。
「どうしたもんか……」
雲に隠れていたお日様が顔を出す。
日差しだけは、いくら標高が高いところでも暑いんだよな。
昼を過ぎたら日差し自体は下界とそれほど変わらない。
標高が高いから湿度が下がる分、紫外線とかはむしろキツくなるかも。
思い出す、コース上の笑顔の倍音。
周りはこんなに涼しいのに、露出してる腕とかは日焼けして……
「……ん?」
なにかピンと来るものが。
周りが涼しいのに、だからこそ焼けるところが?
クーラントの中に浸されてるから、焼けやすくなる……?
そんなコトが……
「ひ、ひょってして」
急いで部屋に戻る。
そしてPCに取りついた。
原因は電源系に有るんじゃないのか!?
クーラントに浸されてるから、小さなレギュレータICは放熱板をオミットされてる。
(だから銅箔パターンが全体的にスムースになってるんだったか)
だがクーラントは、アルミや銅と較べて圧倒的に熱伝導率が低い。
そこでもし、それらICに放熱用の(基板上の)銅箔が足りてなかったら?
急に負荷側が大電流を要求してきた場合、クーラントを温める前にIC内部のチップが焼けてしまうのでは?
配線図から、今度はパーツリストを抜き出して左側の画面に表示させた。
そのリストの中、レギュレータICと思しき部品に片っ端からチェックを入れる。
そしてそれらを基板画面上で黄色に着色させた。
「さてと……」
初日の、美原さんの説明を思い出す。
このコンピュータには、いわゆるハードディスクやそれに類するものは無い。
CPUで処理された(或いは処理中の)データは、全てメモリに格納されるのだ。
莫大な容量を持つメインメモリ。
しかし、処理中や外部からの入力でデータの一部にエラーが出る場合がある。
その検証と修正の為に、データを一旦3つにコピーして、それらをメインとサブ、それに控えとして運用するシステムにしたんだと。
(だからバスラインがこんなに多いんだ)
有体に言って、メモリコントローラも3つ必要という事だ。
そしてそれに使われるレギュレータICの数も当然通常の3倍に。
だがそれでも全体の数は十数個と、大した事はなかった。
心理的に余裕で、一か所ずつチェックする。
そして、そういう時に限って欲してるものがすぐに見つかる。
「これか……?」
メモリコントローラ用のDC-DCコンバータIC。通称デコデコ。
この、1.5Vから1.2Vを作る超高周波駆動のICの銅箔が。
普通は放熱用に使われるGNDの銅箔が極端に少なかった。
それもメインのバスライン用のメモリコントローラ用の奴がだ。
オマケに内層のGNDへは小さなレーザーVIA一つだけで繋がってる。
こんなんでよく動作してたもんだ……
他のICは問題は無かった。
全体のまとまりはもちろん、バスラインの細かな処理など、この基板の設計者は偏執に近い完璧さで仕上げていたのだが。
確かに、機械による結線チェックではこのミスは判明しないだろう。
ちゃんと繋がってはいるんだからな、配線図通りに。
だからこれは上手の手から水が漏れる、ってやつだろうな。
なんかホッとした。
それはミスが見つかって仕事が終わるという安心感ではなく、この基板設計者のあまりの完璧さぶりに恐怖すら感じ始めてたところだったから。
なんか人間味があって、良かったなと。
…………
その後、現状の検図の進行状況と発見した問題点(デコデコの銅箔)をまとめてテキストファイルにしたため、それをメールに添付して祢宜さんに送った。
宇治通の美原さんのところへ送って下さいとのお願いと共に。
そして時計を確認。
すでに外は暗くなっていたので、早めだが夕食をとりシャワーを浴びて、残業としゃれこむことにした。
出来れば、バスラインの方も今日中に済ませたかったからだ。
尚、祢宜さんから返信メールが21時頃入った。
それには、美原さんからの感謝を伝えるメールの文面が貼り付けてあった。
その後、バスラインのチェックに力が入ったのは言うまでもなく。
ギリギリで目標の時間内に終了した。
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