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13 無断欠勤
「無断欠勤?」
「はい…申請されていたヒート休暇が終わったあと欠勤が続いていて連絡がとれないんです」
総務課の課長が社長室に来て、伊井田千遥の無断欠勤を藤郷に告げた。
「同じ課の倉木が一度彼のアパートまで様子を見に行ったのですが、インターホンをならしても応答もなかったそうです。発情期のあとですし、体調を崩すオメガもいます。万一、室内で倒れていたら大変なので急ぎアパートの管理会社に連絡してスペアキーを用意してもらってます。
準備が出来次第また倉木に――」
「…俺が行こう。用意できたら教えてくれ」
「え?しょ、承知しました」
自ら行くと言った藤郷に、少し不思議な顔をしつつ課長は退室していった。
◇◇
伊井田の住むアパートに着き、インターホンを鳴らすが応答はない。
藤郷がアパートを訪ねるのは、発情期以来だった。あの夜、納期間近の開発システムに不具合が見つかったと悲愴な声で担当者からヘルプの連絡が入り、そのまま数日間対応に追われていた。
その間、伊井田千遥のことなどすっかり頭から消えていた。
「伊井田いるか?入るぞ」
綺麗に片付けられた無人の部屋の、ローテーブルの上にあの日と同じようにクラゲのついた奇妙なペンが転がっていた。そしてその隣に退職願と書かれた封筒が置かれていた。
(なんて無責任なやつだ…)
思わずため息を漏らす。
金が無い、仕事がないと泣きつかれて、助ける義理もないのに仕事を紹介してやった。
本当は一切関わり合いたくなかったのに。
正式な手続きも、挨拶さえもなくいなくなったことに多少の憤りはあるが、関わりたくない人間が自ら消えてくれたのだと思えば、結果的に良かったのかもしれない。
とてもオメガだとは思えない、ぱっとしない平凡な見た目。生活のためとはいえ身体を売って暮らしていた男だ。
あんなのが自分の運命の番だなんて絶対に認めない。
出逢った瞬間に理解し、落胆した。
隣にいる美しい観月のほうがよっぽど自分に釣り合いが取れている。それにタイミングも悪かった。その日、藤郷は観月に求婚する予定だった。まさか断られるとは夢にも思わなかったが――
常に自信が無さそうにオドオドして、こちらの顔色を窺って、何度冷たくあしらってもしつこく声をかけてくる。
伊井田千遥の存在すべてが、藤郷を苛立たせた。
いっときの同情心から彼を自分の会社に雇用してしまったことをひどく後悔した。
彼からしたら運命の番が藤郷であったのは幸運なことだったろう。
金も社会的地位もあり、容姿の整った男が運命だったのだ。これで底辺の生活から脱却して、贅沢な暮らしができると内心期待して近づいたのだろう。
だが彼がどんなに心を尽くしたとしても、それは全て無駄なことだ。
藤郷は伊井田千遥と番になることはもちろん、気持ちに応える気も一切なかった。
◇◇◇
夜明け前に目が覚めた藤郷は片手で顔を覆い、ため息を漏らす。最近眠りが浅く、すぐに目が覚めてしまう。
元から睡眠時間は短くても平気な方だったが最近は全く寝ている気がしない。だから疲れもとれない。
「くそっ…」
藤郷が自分の身体に異変を感じたのは伊井田千遥がいなくなってから三週間が経とうとしているころだった。
無性に喉が渇くような、腹が空くような。
どんなに喉を潤しても、腹を満たしても何かが足りない。
社内では気がつくと用もないのに総務課へ足を向けることが増えた。
そしていないことはわかっているのにあの香りを探してしまう。
熟した甘いオレンジのような香り。
「最近よく社長、総務に顔だすよね」
「誰か気になる社員でもいるのかな?」
「きゃっ、私だったらどうしようー」
総務課の社員らの会話を聞き流す。
絶対認めたくない。
認めたくはないが、これが運命の番と出逢ったアルファの本能なのか。
藤郷はこれまで本能に振り回されるなど愚かなやつのすることだと自らを律してきたはずだった。
『藤郷さん』
不意に呼ばれたような気がして振り返るが、そこには誰もいない。
話しかけるのを辞めろと何度注意してもしつこいくらいに近寄ってきたのに、どうして突然自分の前から消え去ったのか。
最後に見た伊井田千遥は泣きそうな苦しそうな顔をしていた。
発情期に放置したのだ。冷たくした自覚はある。
緊張した顔、困惑した顔、悲しそうな顔。
記憶にあるのはそんな表情ばかりだった。
つけたままのテレビのニュース番組から、外出中に発情してしまったオメガがアルファに襲われ、意図せず番となってしまう事故があったと放送が流れる。
たまに聞く不運な事故だ。
いつもなら聞き流していただろう。
だが、もしニュースのオメガが伊井田千遥だったら?
あの男が誰かと番になってしまったら、あの香りは二度と嗅ぐことはできない。
いかにも平凡でベータのような男を望んで番にする物好きなどほぼいないだろうが、不運な事故ならば誰にでも可能性はある。
コンビニで買ってきたオレンジのカットフルーツを一つ食べて、フォークを置いた。
深く息を吐く。
(全然違う…)
まるで依存性の強い薬物のようだ。
近くで嗅いでいたらいつのまにか依存して、ないと落ち着かない。
出逢わなければよかったのだ。
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